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2012年9月

2012年9月30日 (日)

なんで今ごろ試算なの?

「えっ」と思うような新聞報道がありました。ご覧になりましたか。野田内閣が消費税10%になった時の家計負担の試算をまとめ、国会審議の過程で消費税増税に批判的だった民主党議員だけにそれを示したという。

消費税率引き上げ法案が成立してしまった今ごろになって何をやってるのか。なぜ消費増税に批判的だった民主党議員だけで、他党の議員には教えないのだ。消費増税の痛みを一番受ける国民に公表する予定もないそうだ。この内閣は一体、何を考えているんだ。

 

その試算では年収500万円の4人家族で社会保険料などを含めて年間33万8000円の負担増が家計にのしかかるとなっている。9月20日の本欄「生活防衛は大丈夫か」で日本生協連の試算を33万3932円と紹介したが、それとほぼ同じになる。

いずれにしろ給料1か月分がそのまま消えるという勘定だ。1年間を給料11か月分で暮らさなければならなくなる。家計をあずかる奥様方、相当な負担増ですよ。覚悟はよろしいですか。旦那さんの給料はもう何年も1銭たりとも増えず、むしろ目減りがひどいのにこの負担増ですよ。本当に大丈夫ですか。消費税率が10%になる2015年10月までまだ時間があるなんて呑気なことを言ってると大変ですよ。暮らし改造なんてそんなに簡単にできるものじゃありません。消費増税に対してどんな対策を考えているか、世論調査にほとんどの人が「外食などを減らし生活費を切り詰める」「旅行などレジャー費用を減らす」などと答えてますが、口でいうほど、頭で考えるようにはいかないんですよ。

政治家は口を開けば「国民の暮らしを考える政治」「民意尊重だ」って言うけども、騙されちゃいけませんね。彼らは本心と真逆なことも平気で言える人たちです。国民の生活が第一…なんてウソ丸出しの名の政党までできたじゃないですか。

 

少し話がそれちゃいましたが、それにしても消費税率引き上げ法案が国会で成立してしまった今ごろになって何ですかね。法案を国会に提出する前にイの一番に税の負担者である国民に示すのが当然でしょ? いかに国民を軽視しているか、よく分かりますね。

国会審議の段階でも法案に批判的だった身内から負担増の試算を示せという声があったのに、それを無視して法案を成立させた。それから1か月も経った今ごろになって試算をまとめ、その批判的だった身内議員に限って教えた。なんで秘密にするんだ。国民の理解を得るためにむしろ積極的に公表していくべきじゃないか。今に至っても公表する予定はないそうだ。

消費増税と一体として進める約束だった社会保障制度改革は置き去りだ。議論の舞台として約束した「国民会議」はどんな構成でいつ発足するのか、見通しも立っていない。消費増税で最も厳しい影響を受ける低所得者対策だって議論先送りされたままだ。

こんな野田内閣なのに橋大阪市長は「野田首相は決める政治の推進者だ」とおっしゃっていた。どこが「決める政治」なのか聞きたい。無理やり「決めつける政治」の推進者じゃないか。

 

(お詫び) 本欄9月26日付け「野田さん、辞任しかない」の書き出しは「隣国」です。お詫びして訂正します。

2012年9月29日 (土)

首相は辞任で責任取れ!

「中国に対してもう少し柔軟に対応できないのか」って米倉経団連会長が野田首相を批判したそうだが、どうにもならない石頭だね。米倉会長の方じゃなくて野田首相の方だよ、もちろん。首相の単純頭脳と短絡神経回路のせいで日本の国威は日に日に凋落している。このまま事態が悪化を続けると世界のはぐれ鳥になっちゃうね。

 

国交正常化40周年という節目の年に日中両国が対決状態になる。国家間の交流はもちろん草の根の交流までがストップしちゃった。国連まで出かけて行ってわざわざマイクのボリュームをあげて相手を誹謗する。船橋駅前で自民党政権を扱き下ろしてきたのと同じ手法じゃないか。松下政経塾の点取り虫の名残りを漂わせた若造の時と何も変わらないじゃないか。

尖閣は確かに日本固有の領土だ。だから地権者から国が買い取って管理する。つまり、国有化する。それも間違いではない。だが、ものごとにはそれを他人に理解してもらわなければならないこともある。そのためには分かってもらうよう話し合いが必要なのだ。

領土を国有化する話はまさしくそれにあたる。それなのにいきなり国有化しておいて、「何が文句あるか」と開き直るのはマナーに反する。人の頬っぺたを殴りつけておいて、何が文句あるかって開き直っている図だ。向こうっ気ばかり強いあんちゃんと何も変わらない。品格と上品さを売り物にする文化大国の代表にしてはちょっと落ちるね。その自覚もないんだから泣けてきちゃうよ。

 

もう1人の品格も上品さの欠片もない頑固爺さん、石原東京都知事の挑発に簡単に引っかかって、「国で買い取ってケリをつけてやる」「都知事を出し抜いてやる」と突っ走った。何度も書いているが本当に単細胞だね。

都が買って管理している状態なら、最悪こじれても「一自治体がやっていることだから、国としてはちょっと口出しもできませんね」くらいのことを言って時間稼ぎをすればいい。そうしておいて40周年記念が終了したところで、やおら話し合いを持ちかければよかった。

だが、向かうっ気ばっかり強いからそんな計算もできない。「決められる政治の推進者だ」と新聞、テレビでもてはやされていい気になっていたこともあって、一気に最終段階の「国有化」に突っ走り、中国側を怒らせてしまった。

今まで誰もやれなかった「国有化」をやったんだ。どうだ、大したもんだろう。そんな強がりで、鼻をふくらませている顔なんか見たくもない。

本欄はひと足早く9月26日付けで「即刻、引責辞任を」と書いたが、この混乱の広がりを考えればもう結果責任を取るしかないだろう。野田首相は、「一蓮托生」という言葉がお好きのようだから、石原東京都知事と一蓮托生でお辞めになったらどうだろう。

そういう声が新聞、テレビから出てこないのも不思議だね。

 

2012年9月28日 (金)

命守る視点で考えよ、県民条例

浜岡原発再稼働の是非を問う県民投票条例案は、地元の静岡県議会の足並みが整わず葬り去られることになりそうだ。過半数を占める自民改革会議が修正案を提出しない方針を決めたのに続いて、県政与党である民主党・ふじのくにも修正案提出の見送りに傾いたためだ。

市民団体から16万5000人の署名とともに提出された条例案に修正を要する部分が多すぎたというのが表向きの理由だが、要は面倒なことはやりたくないというのが本音だろう。

 

人の命を守るのか、末代に及ぶ恐怖を避けるかという問題なのに相も変わらず政党・会派、イデオロギーの渕にはまり込んで駆け引きをやっている。福島原発事故の恐怖なんかもう頭の隅にもないのだろう。多くの人々がふるさとを追われて避難生活を続ける。村ごと、町ごと、地域ごとふるさとを捨てざるを得ない人たちさえいる。

国の原発安全対策が決まっていないし、浜岡原発の安全策も完了していない中で再稼働の是非は問えないという議員側の主張は一面では正論だが、原発依存のエネルギー政策を支持するのか否か、原発依存社会の在り方をどう考えるかなどという根本を考える場を否定し奪ってしまうのは正しくない。だから法律でなく条例なのだ。条例案に修正すべき点が多すぎるという点は無視できないが、市民団体側は修正を全面的に受け入れるといっている。あらゆる手段を講じて署名者の理解を得て修正に全力を挙げるべきだろう。

地方政治にイデオロギーなんか要らないとまでは言わないが、住民の暮らしの安全を確保するのにいちいちイデオロギーをたたいている必要はない。原発の再稼働をどう判断するかという問題も第一に地域住民の安全、将来にわたる放射能の恐怖への備えをどうするかという人間共通のテーマだ。党派や会派は関係ない。

福島の原発事故をみても事故の結果は住民が一方的に背負わされている。再稼働の最終判断に住民が加わるべきだという市民団体の主張に理がある。県民投票を実現させるべくあらゆる努力を重ねるべきだ。専門家や政治家が信頼に応えず大事故になったのが福島原発事故であり、最終判断に住民が加わっていくのは自然の流れだ。浜岡だけのことではない。

 

条例請求に必要な数の3倍に迫る署名が集まったのは、条例制定を求める民意の高さを反映している。県議会の仕事は県民、市民の声をできる限り政治や行政に反映させていく道を探ることだ。道をふさぐ方便をさがすことではない。

県民投票条例が成立しなければ署名に加わった16万5000人の意思は葬り去られてしまうし、この先県民が原発に対して意思表明できる機会はほとんどなくなってしまう。政治と国民、政治と住民の隔たりが大きくなっている時代にあって、こうした直接的な意思表示や決定の機会は拡大していくべきだと考える。

エネルギー政策の根幹であり、国家の責任と当事者権限が重くのしかかる原子力のあり方を住民の意思で決定するということには疑問の声もある。住民投票にはそぐわないテーマだという識者の意見もある。だが、そういう識者が信頼を裏切ってきたのであり、福島原発事故は専門家や政治家が安全神話を捏造し惰眠をむさぼってきた結果だ。その痛みや傷を住民が一方的に背負わされているというのは理不尽だ。

条例は投票結果の尊重を求めているが法的な拘束力はない。その点では間接民主主義を阻害するものではないし、投票結果も安全性に限って尊重することに配慮すれば実効性のあるものになるはずだ。住民が原発や原発社会とどうかかわっていくか、わがこととして考え、判断する足がかりになる。住民、地域社会の安全を守るという視点で丁寧に扱うべきだ。

福島原発事故は、専門家や政治家が「取り返しがつかない事態になるかもしれない」という不安を半端な「科学の力」で押し切ってしまった結果だ。科学以外の力、「こころ」で判断することが必要だという教訓だ。静岡県議会に再考を促したい。

 

 

2012年9月27日 (木)

小沢に仇うちだ、安倍さん

安倍新総裁、首相経験者が再び党総裁に選ばれたことを自民党嫌いの記者や評論家は人材不足だと笑っているけど気にしない気にしない…。もう、失うものも怖いものもない、腹をくくって思う存分暴れまくってください。

おっしゃる通り、みんなが幸せを感じられるような国、子どもたちがこの国に生まれて良かったと誇れるような国に日本を再建してください。

 

かつてニューリーダーの1人として国民の期待を集めながら志半ばで逝った父君,晋太郎元外相は寡黙な紳士だった。私のような田舎記者も他の国会詰め記者と同じようにねんごろに接してくれた。自分もかつて政治記者だったからだろうか。バランスの取れた政治観は今でも保守政界の鑑だ。その後を継いで安倍さんは戦後生まれの初の首相、戦後最年少の首相として6年前、期待の中で就任した。文字通り「戦後レジームからの脱却」の旗手だった。

でも、それじゃあ面白くない政治家が1人いた。権力亡者、民主党(当時)を一手におさめていた小沢一郎現国民生活が第一党首だ。政権取りの野望のほぼ最終段階にあった小沢氏は安倍氏打倒へあらん限りの陰謀を企てた。

2007年参院選で「消えた年金情報」で自民党が自滅、衆参ねじれに悪乗りした小沢氏は参院を政局の府に貶めて法案をことごとくつぶした。特にテロ対策のため自衛艦がインド洋で給油する法案延長を止め、国際社会の信用を失墜ならしめた。法案採決の国会を放り出し、大阪府知事選挙の応援遊説に飛び回る小沢氏にメディアは批判の声一つあげなかった。安倍氏は神経性の内臓疾患を発症し、やむなく志半ばで辞任した。

小沢氏は、それに味をしめたのだろう。国会を暗闘の舞台と化し、同意人事をすべてつぶし、こともあろう日銀総裁人事を半年間にわたって空席にして再び国際社会の信用を失墜させた。そして仕上げは2009年の「ばらまきマニフェスト」による子育て世代から老人までを一網打尽にした政権交代選挙だった。

 

政権を奪取するための方便だったマニフェスト選挙がばれ、民主党政権の正統性に疑問を抱いた谷垣前総裁は早期解散による政権の問い直しを迫り続け、あと一歩というところで能無しの身内の長老たちによって引きずり降ろされてしまった。

安倍新総裁は当然、この谷垣前総裁の遺志を受け継ぐことになる。「近いうち」の約束を果たさせることはもちろん、「ばらまきマニフェスト」の政治責任を民主党に取らせることだ。それに何と言ったって自らを病気にまで追い込んだ小沢氏への反撃、そして小沢悪政に悪乗りしてきた民主党への反撃、安倍氏は遠慮は要らない。徹底して対決すべきだ。

政治は大砲を持たない戦争だといわれる。大砲の代わりに政策や理念、思想、信条をもって議論し合う戦いであるべきだ。それを相手を貶め、苦しめる戦いに引き込んできた勢力を野放しにしてはならない。正義と信義を放り出した政治が世相の乱れを生んでいるということを彼らに教え説かなければならない。

これからの政治の枠組みを示せ、不安な外交を何とかせよ、二大政党の役割を果たせ…民主党政権の乱れを安倍新総裁に正せと言っているような新聞論調ばかりで驚いてしまうが、そういう誤解を解くためにも民主党政権と臆することなく対決することだ。

途中で絵筆を取り上げられた悔しさを思い切り政治キャンバスにぶっつけてほしい。戦後レジームからの脱出に間に合ってよかった。

 

川柳「朝囀」 「責任」と 書く新聞の 無責任      ()

 

 

2012年9月26日 (水)

維新との融合めざした自民党

自民党総裁選は国会議員による決選投票の結果、安倍晋三氏が新総裁に選ばれた。安倍氏は5年前志半ばで首相の座を去ってからの再挑戦を実らせた。自民党の総裁経験者が再選されたのは初めてのことである。

虚々実々の多数派工作の結果としての安倍氏の勝利だが、その実は次の総選挙の結果を見据えた戦略が描かれている。つまり自民党の面々は、総選挙で橋下大阪市長率いる「日本維新の会」が多数を獲得すると踏んでいる。その場合に連立政権の誕生が有力だ。その時に誰が一番可能性があるか、有力か。答えは言うまでもなく安倍氏だ。

 

安倍氏は「日本維新の会」が国政に進出するに当たって橋下氏から新党の党首あるいは指南役への就任要請を受けるほど橋下氏とは気脈を通じている。自民党総裁への思いを断ち切ることができず、橋下新党への参画は断念したが、その絆は少しも弱まっていない。その絆を念頭に自民党の面々は、次期総選挙の結果をいろいろ予測するにつけ、橋下新党の勢力は決して無視できない、少なくとも野党のみじめな立場を早期に脱したい、という思いを選挙戦を通じて強くした。安倍氏への支持は終盤に向かうにつれて勢力を伸ばし、投票日ぎりぎりで石破氏をとらえたといえる。国会議員票一つで再選に漕ぎ着けた。

安倍氏といえば、5年前、新世代を開くリーダーと期待され総裁に選ばれ首相に就任したが、大逆風のなかの参院選で敗退し「衆参ねじれ」に悪乗りした当時の小沢民主党の横車政治に打ち倒された。すべての法案を参院でつぶし、当時、最大のテーマだったテロ対策特別措置法に基づくインド洋での給油延長法案をつぶされ、国際社会の信用を失墜するという苦境に陥った。安倍氏は神経性の内臓疾患を発症し、断腸の思いで退陣した。

その小沢民主党の人の道に背く政治手法とそれを打ち砕くこともできなかった自民党の非力さへの恨みは想像するにあまりある。その意味では今回の再挑戦はそうした政治集団への無言の反撃であり、志半ばで奪われた絵筆を手に描きかけたままだった作品の完成を目指したものだ。それだけに念力では他の候補者はまるきり及ばなかった。

 

安倍氏は当選の挨拶で「5年前の責任は決して消えるものではない」と述べ、そこが再挑戦への基底であることを何度も強調した。それはそのまま政権奪還への誓いでもあったろう。

強い日本、豊かな日本、日本に生まれたことを誰もが幸せと思える日本、子どもたちがそこに生まれたことを誇りに思える日本をつくることをめざし、政権奪還に向けて全力でつとめてまいりたい。民主党と違い、責任ある政治をやる」と語った。

総裁選の遊説そのままの決意表明だったが、久々に活気のある言葉を政治家から聞いた。

「政権を失い、未曾有の脱力感に覆われていた自民党をここまで支えあげてくれた谷垣前総裁に限りない感謝の言葉をおくりたい」と谷垣氏へのねぎらいのことばを忘れなかった。それが聞いていてうれしかった。続投の意欲いっぱいだった谷垣氏を無理やり引きおろした石原氏とその勢力とえらい違いだ。

有権者の「一票」をまやかしの政権公約「マニフェスト」で一網打尽にした小沢民主党の不実を受け入れることができず、正義のために、信義のために、政権の問い直し、早期解散を叫び続けた谷垣氏の3年間は決して無駄ではなかつた。鈍感な世相の中にあって、その一徹さに目を覚まし心躍らせて政治の道を志す青年たちが私たちの周囲でも生まれている。彼らが必ず自民党再生、政治再生の推進者として成長するはずだ。

「政治は嫌いだ」といって背中を向けてしまうのはたやすい。その方が楽だ。だが、それじゃあ政治家の思うツボだ。「一票」の振り込め詐欺が政界で常態化する。どんなに苦労して税金を納めても何も還元されない時代になっちゃう。そんな時代にしちゃならない。

 

 

野田さん、辞任しかない

 国との友好関係をズタズタにした首相の失政を国民や役人がなり直しに追われている。こんなあべこべな話があるだろうか。中国にしても韓国にしてもちょっとやり過ぎではないかと考える人たちが多いだろうが、立場が逆になったらどうだろう。やっぱり同じように激しい対抗措置、対決行動に出るのではないか。野田首相の短慮は見過ごせない。

 

 首相の短慮は明白だ。石原東京都知事が尖閣諸島を東京都が買って管理すると言い出したら、すぐに自分対する非難だと早合点し、「ヨシ、その前に国で買ってやる」と身構えた。自分の非を指摘されるとすぐ反発する。石原知事の言動が計算し尽くされた挑発であることはすぐ分かるのに、それを分別する余裕もない。

「国で買って、都知事を出し抜いてやるぞ」と一か月もしないうちに心に決め、藤村官房長官らに伝えている。その背景には「オレはその辺の政治家のように口ばかりではない。必ずやると言ったらやるぞ」と「決められる政治」に酔っていた。

その後はもう外交オンチ、政治オンチそのものだ。外務省幹部は東京都に購入と管理は任せ、国は距離を置く方がこじれた時に話がしやすいと主張したにもかかわらず、「いや、国が購入して管理した方がすっきりする」とゆずらなかった。一気に進めれば石原都知事をギャフンと言わせることもできると考えたのだろう。

「一自治体がやっていることだ」と言って中国側を押し返せたのに、国が買って「国有化」しちゃったら一挙に国対国の領土問題なっちゃうと考える知恵も経験もなかったのだ。つまり、ひと言でいえば野田首相が一人合点して売っちゃった喧嘩なのだ。

 

それなのに国連総会に出席のため訪問した米国では対話の必要を言い出し、同行記者団に「時間がかかっても話し合いで解決したい。大局を見失わないようにしたい」などと悪びれず言っている。いきなり相手の頬っぺたをぶん殴っておきながら、自分から「話し合いだ」「対話だ」なんて人間性を疑われちゃうね。とっくに自分が大局を見失ってるじゃないか。

国家間の友好、信頼は築くのに100年を要し、崩れるには1年もかからない。国会詰め記者も長くやり多くの政治家を近くで見てきたが、野田首相が外交や国際交流・友好でどんな活躍をしたのか知らない。聞いたこともない。その苦労は分からないのだろう。

産業、経済、文化、教育、観光、そして人の交流とあらゆる面で友好関係崩壊の流れを強めている。首相が想像する何倍、何十倍もの負の結果を招いている。

そのなり直し、関係修復に産業界を含めた国民と役人が駆り出されている。工場や店舗を焼き打ちされ破壊された企業関係者はほとんど現地での事業再開をあきらめなければならないと言っている。その怒りと嘆きは野田首相は聞いているのだろうか。

持久戦を覚悟しなければならない情勢だが、首相自ら解決の前面に出て、そこでこそ「決められる政治」を見せてほしい。さもなくば即刻、引責辞任を求める。

2012年9月24日 (月)

ついに40年記念式も中止

中国が日中国交正常化40周年の記念レセプション中止を通告してきた。もちろん日本政府の尖閣諸島国有化への対抗措置であり、友好関係の放棄にカジを切ったものと理解すべきだ。野田首相は事態の重大さに目を覚ませ。国連なんかに出かけておべんちゃら演説なんかして悦に入っている時ではない。

 

日の丸を焼いたり日本企業を破壊したり中国各地で展開された反日暴動は誰からも支持されるものではないが、そこまで硬化させた原因は言うまでもなく野田首相の単細胞だ。外交オンチ、功名主義そのものの政治姿勢のせいだ。

尖閣諸島の領有問題は、周恩来や鄧小平らによって日本の実効支配が認知された形で推移してきた。つまり、中国は日本の領土であることを受け入れてきたのだ。それをもっとはっきりした形にしたいという石原東京都知事が動いて都が買い取って管理しようとした。いわば中間的管理だから中国への刺激度はそう心配するほどでもなかった。

ところが単細胞で「点取り虫」の野田首相は、一気に国による買い取りでケリをつけてやる、同時に石原知事を出し抜いてやる、国民には「決められる野田政治」を印象づけられる-などと早合点した。都の買い値の20倍という金を払ったのもそのためだが、国が買い取って国有化してしまえば一気に国対国の領土問題になっちゃうなんていう頭が働かない。ただただ一気にケリをつけてやると意気込んじゃった。

その結果があの反日暴動だ。自分で喧嘩を売っておきながら「仲直りだ」「対話だ」なんて言い出しているんだから始末がわるい。一方では米国に「尖閣は日米安保の対象だ」なんて言わせて中国を牽制しているんだから、悪知恵は相当なものだ。

 

それもこれも人材不足の民主党の中で2、3位連合の結果誕生した首相だから仕方がないのかもしれない。苦労という苦労をしていない。井戸を掘ったこともない。だから、40年前に日中国交正常化の井戸を掘った人たちの苦労も知らない。知ろうともしない。いいことはすべて自分の手柄、失敗は他人のせい、そういう政治家だから後先の判断ができない。

恐らく今度のことも時間が解決してくれる、米国がうまく圧力をかけてくれる、経済界が裏で対立を軟化させてくれる-くらいにたかをくくっているに違いない。だが、今回は事態はそれほど簡単ではない。中国は指導部の交代期にあり対外的に譲歩することは考えられない。経済力、軍事力はかつてとくらべものにならないほど大きくなっており対外的に強気展開になっている。韓国の李明博大統領が竹島上陸を強行した時に「日本の国際社会における影響力はかつてほどない」と言ったように野田政権の影響力の弱さは中国にも見て取られている。

いずれにしろ首相の短絡的な判断によって国民が迷惑を被るなんてまっぴらだ。日中国交正常化以降、新聞社で交換記事の執筆担当を受け持ったり、中国からの研修生の指導を担当したり日中友好の末端で少しばかり汗を流してきた立場からも野田政権の短慮には腹立たしい思いがする。いばるばかりが能じゃない。

 

2012年9月22日 (土)

不可解な首相

                               

 

野田佳彦という人は首相としても1人の人間としても不可解な人だ。自分から相手のほっぺたを殴りつけておきながら「仲直りするには対話が必要だ」「話し合いをしよう」と言い出した。わが国の領土だから国が買い取って国有化した。文句あるか。そういう感覚なのだ。

外交とは何か。外国との付き合いはどうあるべきか。そんなことも知らないで総理大臣になった。先輩が築いた国なのに自分が作ったように振る舞う。そんな雰囲気だから友人ができない。G8だってG20だって野田首相に積極的に話しかけてくるリーダーはいない。わが国の国際社会での孤立化がジリジリ進んでいる。

 尖閣は確かにわが国固有の領土だが所有者は民間人で、中国の漁民が周辺で漁をすることがあっても民間-民間という関係であり、ギクシャクすることはあっても対決状態になることはなかった。こじれても外交チャンネルを通して対話する余地が残されていた。                                  それを国が買い取ったことで少なくとも中国の人々には国-国、日本-中国という位置づけに替わってしまい、国家間の領土問題として顕在化してしまった。一足飛びに国有化することによって話し合いの余地を消してしまったのだ。       実力者鄧小平は、日本の実効支配を事実上受け入れて騒ぎにならないよう気配りしてきた。そんなことも首相は知らなかったんだろう。「オレが決めてやる」くらいの功名心で、石原都知事を出し抜いてやろうとした。単純細胞だね。       東京都と尖閣所有者との間で進められていた買収交渉に割って入り、都の交渉値をはるかに上回る20億円を超える高値で買い取った。誰だって高い値段の方に引っ張られるのは当然だから所有者が国の話に飛び移ったのは仕方がないが、いきなりの尖閣国有化は話し合いの余地を吹き消して一挙に対決姿勢に出たという点で野田政権が売った喧嘩だ。日中関係が泡立つ事態になったら米国にすがればいいと考えていたのかもしれない。                           都が購入して守るという石原発言で、まったくお留守になっていた尖閣問題に目を覚まされ、一気に国による買い上げ、国有化で名誉を挽回しようとした。ダメ宰相によって歴代政権によって築かれた国威はボロボロにされてしまった。

それにもう一つ気になるのは、首相の周辺に「尖閣だって竹島だって、あやふやな状態にしたままできたのは誰か」と自民党政権のせいにする声があることだ。確かに理屈ではそうだが、一体、何のために政権を取ったんだと言ってやりたい。政権与党に座ったということは過去も含めて国の安全と繁栄、国民の幸福のためにすべての責任を負うということだ。借金財政、肥大化した行政、拡大する社会保障など、民主党は都合わるくなるとそれらを過去の政権のせいにする。それは与党責任を放棄する発言だ。

ましてや領土問題ともなれば政治の根幹をなす話だ。そこを周辺の友国から脅かされるということは国を守るという備えや心構えが政権にできていないことを見て取られている何よりの証明だ。そのことを考えれば政権を担う面々は顔青ざめてしかるべきだろう。重厚なテーブルを挟んで、美しい女性通訳をしたがえて、ものものしくやり取りをするのが外交だと思っている人たちには、その危機感もないだろう。幼稚すぎる。

2012年9月21日 (金)

沖縄を泣かせるな

                             

 

怪鳥オスプレイの試験飛行が始まる。配備先の沖縄や試験飛行の地岩国の人々の反対の叫びを掻き消すように怪鳥の羽ばたき音が圧する。それに先立って地元の政治家を招いた体験搭乗も行われる。誰が、何のためにセットしたなんて考えるのもむなしい。

どんなに大勢の人々が反対しようが、その声は無視され、防衛大臣は日本の大臣なのか米政府の広報係なのか区別がつかないようなことを言い、振る舞い、肝心の首相は口をつぐんだままである。人々の声は政治に届かない。

 

体験搭乗は人々の不安を掻き消す方便に使われる。体験した人は例外なく興奮し「安全」の宣伝マンに豹変する。それも地域で指導的立場にある大物ほどその効果が大きい。だから政官財界のリーダーたちが招かれる。でも、米軍岩国基地がある山口県岩国市の市議会で福田良彦市長は「27日に計画されているオスプレイの体験搭乗に参加するのか」と問われ、「搭乗する考えは全くない」「私が乗ることで安全が確認できるものではない」と答えたという。なかなか気骨のあるせいじかだ。その前日に森本防衛大臣と会談しており、その中で大臣が米政府から要請を受けた通りに体験搭乗の話を持ち出したのだろう。

オスプレイが安全だということを理解してもらうために全力で取り組むと言っていた森本大臣は自ら訪米してオスプレイに体験搭乗した。1度や2度の搭乗体験で安全なんか確認できるもんか、と報道陣から扱き下ろされたにもかかわらずほとんど反省もしていない。

大臣は米軍による試験飛行計画を示したが、福田市長は岩国上空での飛行を拒否し、「どうしてもやるなら政府に全責任をもってもらう」とクギを刺した。それに対して大臣がどう答えたのかを知る由もないが、万々一事故があって市民に危害が及んだ場合には関係閣僚にも野田首相にも政治家を辞めてもらいたい。配備を自ら受け入れ、それを押し切るのだから、その結果について責任を負うのは当然だ。

 

オスプレイの沖縄配備計画は4、5日ズレただけでほぼ米政府のスケジュール通り運んでいる。日本政府の独自の安全確認がどう行われたのか定かでないが、政府は「安全宣言」を出して米政府にゴーサインを出した。岩国基地を拠点に試験飛行を重ね、28日前後から配備先の沖縄・普天間基地に全機を移すことになる。

今ごろ何を言っても始まらないのだろうが、オスプレイの安全性が問題になり、配備に反対の声が上がりはじめたころ、野田首相が「日本がああこう言ったってどうなるものではない」と日米安保の枠内の米軍機能強化に口出しなんかできるものではないということをポロリ漏らしたことを思い出す。それを知ってか知らずしてか、多くの人々が炎天下で連日、反対を叫び続けた。それを無視したのは米政府ではなく日本政府だった。

「沖縄の安全」「沖縄の負担軽減」…民主党が沖縄問題を語る時に必ず掲げるスローガンだが、現実にやることはいつもそれとは反対だ。どうしてそう易々と裏切るのだ。また、今回も沖縄の人々を泣かせ苦しめて終わるのか。

 

川柳「朝囀」 沖縄に 安全安心 なかりせば      ()

 

2012年9月20日 (木)

原子力規制委は異常分娩

                             

原子力の安全規制を一元的に使う新組織「原子力規制委員会」の委員長・委員は、国会の会期切れや民主、自民両党の代表選、尖閣をめぐる日中間の緊張などのどさくさで、国会の同意を得ないまま首相任命で就任した。いわば異常分娩だ。

原発再稼働だ、原発ゼロ化だという重大な舵取りを担う新組織の出発さえまともに運ばれない。国会の同意という重いハードルをすり抜けてその人事が決まってしまう。田中俊一委員長らが「高い独立性だ」「地に落ちた信頼の回復」などと叫んでもむなしく聞こえてしまう。

 田中委員長と4人の委員を任命する人事案は7月に国会に提出されたが、いずれも原子力ムラの出身であり独立した規制行政ができるかどうか疑わしいとして野党のみならず与党民主党からも差し替えるべきだという声があがり、国会の同意は先送りされていた。原子力規制委員会の設置期限が迫る一方、国会も会期が切れてしまったため、国会の同意なしに首相が任命できるという付則規定に基づいて任命された。

それでも原則として次の国会で「事後同意」を得なければならないから、そこで同意が得られなければ委員長・委員は罷免されることになる。5人は当分、仮免許ということだ。罷免されることがあるかって?。あるわけないじゃん。座ってしまえばそれまでで、各党間の根回しが行われ、議運理事会の段階で「全党異議な~し」ってなことになるんです。そこまで行くと国民には何も情報も流れない。新聞、テレビもなぜか批判しない。

重要な人事を同意なしのまま政権に押し切らせた民主党の国会運営は常識外だ。そんなやり方を見て見ぬふりをしている新聞、テレビの記者、論説人たちはみんな永田町の出身者か住人に違いない。

記憶力のいい方は覚えているでしょうが、2007年の自民党安倍晋三内閣の時の日銀総裁人事案をめぐる当時の野党、民主党のやり口を民主党に思い出してもらいたいね。参院多数の「衆参ねじれ」に悪乗りして次々と法案をつぶし、人事など同意案件は壊滅状態にした。

その中でも元大蔵省事務次官、武藤敏郎氏が候補に充てられた日銀総裁人事を「財・金分離の原則にそぐわない」と難クセをつけて同意拒否、何と半年間にわたって日銀総裁ポストを空白にし、国際社会の笑いものになった。

規則や手順にうるさい民主党だが、自分たちがやることにはまことに寛大で、自由気ままなのだ。法や規則に沿っていくのではなく、法や規則を自分たちの都合に合わせてしまう。

田中委員長は、福島原発事故後、原子力の平和利用を進めてきた者として国民に深く陳謝するという声明を出した専門家16人の1人で、その反省を行動に移して除染指導を続けてきた。誠実な人柄と受け止めるが、そういう人物まで後ろめたい思いにさせて新組織をスタートさせる民主党の不実には腹が立ってしまう。

川柳「朝囀」 「一任」と うやむやが好き 民主党      ()

生活防衛は大丈夫か

ドジョウだと言ってたのに途中からキンギョになっちゃって、尾ひれ背びれで人々を幻惑して延命を図ったうそつき宰相、野田佳彦に振り回された1年だったが、その中でも消費税増税はゆるせない。政権公約になかったばかりか政権任期の4年間は凍結と言っていたのに強行したんですからね。これほどのうそつきはありませんよ。

家計をあずかるお母さん、その憎っくき消費税増税に対する生活防衛は準備できましたか。まだ先のことだなんて思ってると痛い目にあいますよ。習い性といって身についてしまったものはなかなか直せないものです。今のうちにいろいろ備え、消費税10%となっても慌てないようにしましょう。

 

消費税は2015年10月から今の5%から10%へ2倍になるわけですが、それが皆さんの家計にどれほど負担増をもたらすか、おさらいをしておきましょう。日本生協連の調査によると2011年には1世帯当たり16万6966円だった年間の消費税額が、2015年10月以降は33万3932円になる。税率が2倍になるんですから、税額も2倍になる。

賢い皆さんはとっくにお気づきでしょうが、この税額は皆さんの給料・収入のほぼ1か月分にあたります。つまり、1年を11か月分の収入で生活しなければならなくなる勘定です。給料の1か月分とは重い税負担です。欧米に比べたらまだまだ軽いと政治家や政府の御用学者は言うけども税金は生活の満足感と連関していることを無視した話だ。成長路線を描き出せない政治、収益を給料で社員に配分することを忘れた経営者…もう給料はビタ一文上がりもしない。負担感は重くなるばかりです。

それなのに世の中には物分かりが良すぎる人たちがいる。消費増税が国会で議論され始めると「消費税率の引き上げはやむを得ない」なんて言い出したんです。一時は国民の6割に迫ったんです。「孫たちの時代が心配だ」「今の社会保障の水準を維持するには仕方がない」とまるで財務省の広報係のようなことを言っていた。国民が増税を解説付きで受容する国なんて世界広しといえど、どっこにもありません。

 

国会議員は何から何まで合算して1人年間1億円もの実入りがあるわけですから、税による負担感なんかないでしょう。豪華な邸宅に暮らし、子どもを2人も3人も外国に留学させることができるのは政治家ばかりです。生活保護の受給者は日に日に増えている。生活保護家庭の子どもの半数は高校全入時代だというのに進学をあきらめている。

政治が国民の方を向いていないんだから、自分の暮らしは自分で守るしかないでしょう。その生活防衛が食費を切り詰めるとか医療費を切り詰めるという方向に進んでしまったら、その方向行ってしまうのは避けられないでしょうが…どうするんだろうか。

もっと心配なことは生活設計ができないから結婚しない、結婚できない若い世代をつくり出してしまうことだ。その結果は、少子高齢化にますます拍車がかかり、社会が疲弊し、国が衰退の道をたどることだ。

それが現実になった時は、今の政治家も役人もこの世にはいない。政治家も役人も口を開けば「責任」「責任」と言うけど、彼らは責任の一端も負う覚悟はないんです。歴史にさえ責任を感じることがないんです。

もう、こうなったら「維新新党」の向こうを張って「生活防衛党」でも旗揚げして平和ぼけの国会の度肝を抜いてやるしかありませんね。その前にあなた自身の生活防衛の備えをお忘れにならないようにしてください。

 

2012年9月19日 (水)

沖縄に水ぶっかけた安全宣言

やっぱり米政府の「人為ミス」説を鵜呑みにし、ちょこっと飛行ルートをいじっただけで「絶対安全」の確証を得られないまま危なっかしい“怪鳥は日本上空を飛び回ることになつた。保身の権化となった首相、未熟な外務大臣、大臣になりたかっただけの防衛大臣は、とうとう日本の政治家ではないことを白日の下にさらした。

沖縄県民をはじめ必死で反対を叫んできた国思いの人たちに冷水を浴びせるように政府、民主党は新型輸送機オスプレイの国内飛行を認める安全宣言を出した。米軍は10月中に普天間飛行場で本格運用をはじめる。

 

政権党に就いていきなり鳩山首相(当時)が普天間飛行場の移設問題で米政府につけた傷は癒えていない。その修復のプレッシャーがついて回る。尖閣をめぐる日中関係修復では野田首相は米政府にすべての救いを託している。オバマ大統領が首を横に振れば民主党政権の息の根は止まってしまうし、日本は国際社会で居場所さえなくなってしまう。

ここはもうオスプレイだろうが何だろうが受け入れざるを得ない。オスプレイの沖縄配備の問題が明らかになってからというもの首相も外相も防衛相もいかにつじつまを合わせ、沖縄県民や反対国民に目くらましをかけるかがすべてだった。飛行ルートを多少いじったものの、人口密集地での飛行を避けることでは「可能な限り」と条件を添え書きしただけで、現実は米軍の判断に任されている。低空飛行訓練の高度を約150㍍としたが、騒音対策では多少効果があるものの、墜落防止には何の役にも立たない。

こんな子どもだましのようなことをやって「安全宣言」を強行したのだ。それもこれも米軍から言われている「10月中の本格運用」という予定に合わせるためだ。

 

オスプレイ。どうしても「オズの魔法使い」を連想させる、けったいな名前の飛行機は新鋭機と呼ぶにはどうも抵抗がある。工場の排気ガスを放出する煙突を左右に取り付けたようなおかしなかっこうをしている。ヘリコプターの上昇下降機能と水平飛行機能を併せ持った、欲張りな構造だ。「天は二物を与えず」ということわざ設計者に教えてやればよかった。

上昇から前進へ移る時に左右のプロペラを前に倒していくが、その時に一瞬、推力が落ちるはずだ。前のめりになって不安定になる。素人でもそんな欠陥は分かる。それを機体の構造上の欠陥やエンジンの問題ではない、パイロットの操縦ミス・人為ミスと言ってきた米軍の発言を野田政権は鵜呑みにしちゃった。

「安全性を確認できるまでは飛行しない」と言っていた米国防総省関係者の約束もどこかに吹っ飛んでいってしまった。

絶対に忘れない。森本防衛相がオスプレイ配備に対する反対が強まる中でこう言っていた。「これ以上反対運動が激しくなったら日米安保体制が揺らぐのでは(ないか)という側面を否定できない」…と。もはや日本の防衛相ではない。

 

尖閣に打つ手なし野田政権

尖閣国有化に反対する中国の反日行動は、拡大し暴動化しつつある。中国政府は、時間をかけて鎮静化するのを待つ構えだが、わが野田政権は元々、外交能力、領土意識ゼロだから何もできない。寄り掛かられる米国も「えらい迷惑だ」と言いだしそうだ。

 

すべての始まりは、すぐムキになる野田首相の幼稚な性格だ。石原東京都知事の挑発的な発言と都による尖閣購入発言に短絡的に対抗した。子どものころから点取り虫で1点でも負けるとその相手にムキになって対抗した。石原発言に「やられた」と思ったのだ。領土政策に安閑としてきた怠慢を一気に挽回しようと中国の出方も多くの在留邦人の安全も考えず、一足飛びに国で尖閣を買い取る、即国有化に走ってしまった。それも得意の「決められる政治」の演出になるとでも考えたのだろう。

手詰まりになれば、ノラリクラリの時間かせぎと「頼りになる」同盟国、米国への限りなき依存だ。米軍基地問題では言いたい放題を言いながら、困った時には泣きついてくる野田政権には米政府も爆発寸前かもしれない。

 

一番基本的で、一番有効な外交チャンネルを通した時間をかけた中国政府との話し合い抜きにして、国による買い取り、国有化という「対抗措置」に出た野田首相がいかに外交オンチかという証明だ。竹島に上陸を強行した韓国の李明博大統領がわるびれず「日本の国際社会における影響力は小さくなっている」と強行した背景を語った。民主党政権がアジアの仲間たちからいかに見下されているかということだ。

頼りかかれる米国だって中国と喧嘩するわけにはいかない。陽が沈む国にかかわっているより陽がのぼる国を大事にしたいだろう。ただ、その陽が沈む国もアジア戦略の軸としては捨てられない。現実に多くの基地機能を置いている。米政府は米中関係と日米関係に差を感じさせないよう中国に対して交渉力を維持させることに腐心している。それを野田政権は忖度できない。その低い外交水準は米政府にとって悩みのタネになりつつある。当の野田首相は、報道陣に何を聞かれても「緊張感を持ってしっかり対応していきたい」と繰り返すばかりで、何の方策も持っていない。米国に掛けた迷惑のお返しは、オスプレイの沖縄配備を実現してやることでかっこうがつくとでも考えているのではないか。

そんな時に民主党、自民党の代表選挙に立候補している9人の中で誰を次のリーダーにしたいかという世論調査で、国民はトップにそのダメ宰相をあげている。私たちは政治家、それもリーダーに恵まれぬ時代に生きていることを思い知らされる。

2012年9月18日 (火)

教育界こそ道徳を学べ

浜松の市立中学で陸上部の顧問をしていた男性教諭が、女子生徒を練習場に送った車の中で肩を抱いたり、合宿先で深夜に自分の部屋に呼び出し抱きついたりする行為を繰り返していた。これは普通に理解してセクハラであり、教師としては許されない。教師は懲戒免職など最も重い処分に付されるべきだ。

 

 ところが浜松市教育委員会は、「不適切で行き過ぎた指導」として文書による訓告処分にしていた。「二度とやってはいけません」という紙切れ一枚を渡していただけだ。こんなことが教育界では通用するんだ。あきれちゃうね。

「不適切で行き過ぎた指導」とはどういうことだ。絶対にあってはならない人権侵害じゃないか。「指導」とは何だ。深夜、自分の部屋に呼び出して抱きついたりするのが指導というのか。レスリングとかラグビーの指導ではあるまい。生徒という弱い立場にあって抵抗もできない。そこにつけ込み、しかも車の中や深夜の個室という閉ざされた密室で、卑劣きわまる。

 女生徒が両親に訴えて明るみになったというが、耐え忍んだ末のことだっただろう。

 

教諭もどうかしているが、市教委はもっとどうかしている。「教師本人がセクハラの意思を認めなかったので、セクハラ行為だと断定できなかった」と説明している。教師としてあるまじき行為が発覚し、自分にとって不利な状況になっている中で、「その思いでした」とセクハラの意思を認めるわけがいだろう。そんな素直な人間なら最初から一人の少女の生涯を傷つけてしまうようなことをやるわけがないじゃないか。

今、全国で教育界、特に教育委員会のあり方が問題になっているが、それは教育委員会制度や組織の問題じゃなく、そこにぶら下がって高禄をはんでいる人間の問題なのだ。

つまり、セクハラを認めたくなかったのは自分たちに責任が及ぶのを恐れた教委幹部たちだったのではないか。教師本人よりも教委が小事に封じ込めたのではないか。こんなことで教育界は巷間を顔をあげて歩けるのか。教育委員に地域の名士、著名学歴者を座らせ、教育長には校長経験者のボスを座らせ、名誉と権力の伏魔殿にしている以上、子どもたちの不幸、悲劇は永遠になくならない。

それを糾弾することもできないメディアはどうしたんだ。

 

 

おかしな代表選・総裁選

                             

民主党の代表選、自民党の総裁選の候補者たちによる地方遊説をどう思いますか。「選挙の顔」選び、その予行演習だと言えなくもないが、何か変だ。だって、一般の国民はその投票権もないんですから…。国会の中でやってりゃいいんです。

経費だってばかにならないでしょう。どうせ国民の税金が原資の政党交付金を使ってやるのだろうから、いくらかかろうが構わないんでしょうけど…。そう、年間320億円…政党が「もらわにゃ損だ」と群がっているあの金です。

その結果が大して指導力もないリーダーが選ばれる。それが次の総選挙の結果次第で総理大臣、首相になっちゃうんだからえらいことです。まあ、党の代表や総裁を選び出す国会議員を国民が選んでいるわけだから、無関係だとはいわないが、国民がリーダーを選んでいるというイメージからは遠い。やっぱり国民が直接選ぶ首相公選制を早く導入すべきかもしれません。

そういえば自民党総裁選で各都道府県連がどの候補を支持するかという調査記事が新聞に出ていた。半数以上がどの候補だとは明言していないが、どんなリーダーが理想か答えているから、一読すればその県連は誰に投票するかすぐ分かる。やっぱり地方に人気がある石破茂前政調会長が一歩、いや二歩ぐらいリードしている。

石破さんには運よく追い風が吹いている。尖閣や竹島、北方四島など中国、韓国、ロシアなどとの間で領土問題が勃発し、国防、領土政策が争点になりつつある。「国防の石破」といわれるくらいだから、断然、有利だ。

                                       

でも、一国のリーダーは国防だけできればいいわけではない。経済、社会保障、税制、教育、原発政策などすべてに通じていなければならない。34万人も依然として避難生活に追いやられている東日本大震災の復興だってある。日曜、祭日、それも忘れたころ被災地に姿を見せる程度のリーダーじゃあお話にならない。   「選挙の顔」という視点だけでリーダーを選んじゃっていいのかなあ…。野田首相には悪いが、ドロにまみれて国民のために尽くすと「ドジョウ」を唱えながら、途中から「キンギョ」になって尾ひれ背びれで国民を幻惑し保身を図るというリーダーはご免だ。常に自分を犠牲にできるリーダーでなければ困る。

前にも触れたが、アフリカの原野で大群を率いるヌーのリーダーは、対岸にライオンたちが待ち構え、水中には大ワニたちが口を開けて待つ中を、いつ川に飛び込めばより少ない犠牲者で済むかを見極め、誰にも相談することなく川渡りを決行する。シベリアに帰る雁のリーダーは、いつ飛び立てば全員無事に帰れるかを見極めて自ら先頭を切る。リーダーになること、お山の大将になること、そんなことが目的ではない。生きること、仲間を守ること、種族を守ること、それが使命なのだ。

その使命感が一番乏しい、金と名誉だけが目的の政治家たちに国や国民を守れるはずがない。

 

川柳「朝囀」 老親を 背おいてたずぬ 進む道         ()

 

2012年9月17日 (月)

また狙われる子育て世代

子育て中のお母さん、お父さん、民主党が次期衆院選に向けた政権公約(マニフェスト)の中でまたまた財源保障もないのに児童手当5割増し論をぶちあげているのをご存じですか。あの破たんした子ども手当の二の舞にならないよう警戒が必要です。

誰だって長期の景気低迷による低所得の中で喉から手が出るほど子育て補助が欲しいにきまってますが、選挙にかこつけてアメをチラつかせ、「一票」をかすめ取ろうとはえげつないじゃありませんか。国民を物乞い、乞食のように見下す政治はゆるせません。

 

皆さんはそこまで堕ちてはしまわなかったでしょうが、3年前の衆院選挙では民主党は中学生まで子ども1人月間2万6,000円を支給する子ども手当をマニフェストに掲げ、政権交代を引き寄せました。行政の無駄をなくせばその財源は確保できると言い張って強行しましたが、結局、財源の見通しも立たず、月1万3,000円の半額支給を1年間実施しただけで破たんしてしまいました。つまり、公約は果たせませんでした。

段々、分かったことは民主党は最初から選挙の票集め、政権交代を引き寄せるための方便として子育て支援をマニフェストに掲げたのでした。皆さんがすでにご承知のことです。一方では国民誰もが月に最低7万円の年金を手にすることができるという新年金制度もマニフェストに掲げ、子育て世代からお年寄りまで一網打尽にして政権を奪ったのです。

つまり、国民は政権交代のための道具にされたのです。皆さんの中にも「ああ、騙されたか」「乗せられたな」と悔しい思いをされた人が大勢いるのではないでしょうか。2度とその手をくってはなりません。

 

約束を守らない、守れないというなら、約束を反故にして違約金を払うなどの責任を果たし、契約はなかった状態に戻すのが約束社会の原則です。つまり、子ども手当を約束通りやれなくなった2年目に民主党は政権を返上するか、解散して政権のありようを問い直すべきだったんです。でも、そういう声は自民党など野党の一部だけで新聞、テレビでさえ財源の見込み違いはいつでもあることでマニフェストを改正すればいいんだなんて言って、民主党の不実をかばってしまいました。

話を戻します。子ども手当に代わる今の児童手当は、原則、3歳未満と小学生までの第三子以降は月に1万5,000円、3歳から小学生までの第一子、第二子、中学生は月に1万円ですが、その給付額を5割増しにするというんです。割増しの具体的な方法も、どこから財源をねん出するのかも示さない、またまた集票ねらいそのものです。2度と騙されないようにしましょう。気を緩めてはなりません。そんなものに飛びついて入れば、その結果はその子どもたちにツケとなってしわ寄せされるだけです。私たちの親たちはどんなに貧しくても自分で働いて子育てをしました。政治や行政が子育てに口出ししたり、しつけに手を出そうものなら頑として拒否しました。

弱さ、貧しさにねらいをつけ「助けてやろう」と言い寄る政治をこれ以上はびこらせてはならないんです。

 

 

 

2012年9月13日 (木)

世の中なめてるな

                                 世の中なめてるな

 

自民党総裁選に立候補している石原伸晃幹事長が、福島第一サティアンだ、生活保護をスラングの「ナマボ」呼ばわりしたり舌禍を繰り広げているが、やっぱりなというのが実感だ。こういう政治家をリーダー候補にしなくちゃならないほど日本は人材難になっしまったのだ。

がんと闘う奥さんを案じながら国政に全力をかけ、徐々ながら党勢を引き上げてきた現役総裁に対して「(幹事長として)あんたのために政治家をやってきたのじゃない」「もう、交代だ」と

脅したくって総裁選から降ろしちゃった。半世紀近い歳月、政治記者をやってきたが、こんな人間性の貧しい政治家は見たことがない。

 

はっきり言ってこんな政治家がリーダーになったらイの一番に捨てられるのは私たち国民なんです。政治家は何があっても自分が先頭に立って難関に立ち向かい、命をかけるものだ。だが、こんな生意気で、自分本位の政治家は口では国民を守るようなことを言いながらイの一番に自分が逃げてしまうんです。アフリカの大地を移動するヌーの大群の先頭に立つリーダーは、対岸にライオン、水中にワニが待ち構える激流を先頭を切って渡る。誰にも相談しない。今なら一番犠牲者が少なくて渡れるという時を見極めて命をかける。そんな決断のできる者が政治家になっているか。リーダーを目指しているか。

親の七光りはもちろん派閥の力を頼りに出て、協力した者は大臣ポストや党役員ポストで見返りをする。ポストをタネにした買収選挙じゃないか。もう、何十年となく、自民党でも民主党でも行われてきた村ウチの選挙なのだ。

 

親や親族が大物なら大物ほど二世、三世がいばる。尊大になる。世間は何か間違ったモノサシを持っていて、そういう手合いに心を寄せる。政治家の世襲制に反対の声が上がったこともあるが、反対していた民主党から世襲議員がいっぱい登場してくるに及んで消えちゃった。もちろん、ダメおやじに優れた政治家が生まれることもなくはないが、まあ、それは例外だろう。他人のことになるとあれだけよく気が付いて、適格にして厳しい判断を下す父、石原慎太郎東京都知事がなぜ息子にクギを刺すようなことができないのだろうか。

われわれ凡人、俗人家庭では「親ばかちゃんリン」ということがあってもいいだろうが、首相を呼び捨てにして罵倒するような大物がそれでは困る。いや、わが子でも大人になったら口出しをしないのが石原家の流儀ですというのかもしれない。

こういう舌禍によって自民党員はリーダーを選び損なわないで済むのだから、舌禍大いに結構と言いたいところだが、選び間違うこともあるから、お互い注意しましょう。

来月下旬あたりには解散、総選挙があるかもしれない。私たちもきちっとした選挙をしないといけない。そこの選挙がいい加減なら、いい加減な政治家が多くなっちゃうのだから、立派なリーダーなんか誕生するはずもない。

人生80年時代、20歳で選挙権を得た者は以降60年間に約80回の投票の機会がある。その1回1回をいい加減しなければ政治に騙されることはないんです。

候補者が忘れた被災地

                                 候補者が忘れた被災地

 

全国のみなさん、民主党の代表選、自民党の総裁選に名乗り出ている政治家全員に不信任案ならぬ不信任状を突き付けようではありませんか。それに大阪「維新新党」の橋下党首に対しても突き付けよう。だって立候補の弁を聞いたって、討論会に耳を傾けたって、誰ひとりとしてあの東日本震災地の復興や被災者の救済を語らないじゃないですか。今の国政の最重要問題だ。

肉親兄弟や孫子を失い、住む家もなくなった人たちはどんかつらい生活をしていることか。加えて原発事故によって多くの人たちがふるさとを追われた。34万人もの人たちが今なお避難生活を続けているいう話だ。大震災で発生したがれきの80%が未処理のまま残っている。放射能の除染だって遅々として進まず、「もういいよ」というあきらめの声だって聞こえる。

 

政治家は政治が取り組むべき仕事をよく「1丁目1番地」という。災害によって痛めつけられた人たちの救済こそ「1丁目1番地」だ。政治家がそこに踏み込んでひと時も離れてはいけないという意味では「官有無番地」ではないか。それにもかかわらず、どの立候補者も被災地の救済、復興をひと言も語っていない。新聞を読んで確認してみてください。

社会保障と税の一体改革だ、領土問題だ、一票の格差是正だ、国会解散の時期だ、TPP交渉だというのもどうでもいいわけではないが、みんな約束が約束にならない、相手の出方や保身のために勝手に変えてしまう問題ばかりだ。テレビカメラの前でかっこうのいい能書きを並べるが、自分自身の信念になっていないじゃないか。

弱き者、恵まれぬ者にイの一番に手を差し伸べるべき政治が邪険にし、「票」になるところに手を差し伸べ、媚びをうっている。政治の一番醜い姿だ。

 

被災地の人々は不審がっている。政治家にとって被災地の訪問はデモンストレーションか気休めかって…。だって日曜、祭日にしかやってこないし、邪魔になるって分からないのかという。日曜、祭日といえば被災地は地域の人たちも遠くからやってきてくれるボランティアの人たちもまとまって活動しやすい時だ。その時に政治家に来られてああこう聞かれ、現場作業の足を止められるのは大迷惑だという。

そんなことを気遣う政治家なんかいない。被災地、避難所にさえ「一票」が転がっていると考える政治家が多いのではないかと心ある人たちは嘆いている。

だが、そんな政治家を増やしているのは新聞、テレビかもしれない。政治家の後をくっついて歩いて、屁でもない話に尾ひれ背びれをつけて大原稿に仕立て上げ、写真や映像までつけて大宣伝しているからだ。もしかすると立候補者の共同会見や討論会のテーマ設定で大震災復興を忘れているのはマスコミ側かもしれない。

政治の話には辟易たる思いかもしれないが、無関心を決め込んだら、政治はもっとダメになっちゃう。これ以上劣化させないために頑張ろうじゃないか。

2012年9月11日 (火)

もう少しだ,、がんばろう

もう少しだ、がんばろう

 

初めは避難民だったけど、今は帰る先もない難民です。みなさんも一日でいいからここで暮らしてみてください。東電の新しい経営陣があいさつに訪れた福島県の仮設住宅で女性がそういって辛い生活を訴えた。下河辺和彦会長ら経営陣は言葉も返せなかった。

1万8,700人余の死者・行方不明者を出した東日本大震災から1年半になった。被災地は必死で復興活動に取り組んでいるが、傷あとはあまりに広く深く複雑で思うようにはかどっていない。34万人が今なお家を失い、見えない恐怖放射能のためにわが家に帰れず避難生活を続けている。その現実をどれだけの政治家が分かっているだろうか。党代表戦、総裁選をめぐる民主党、自民党の狂態に被災地の人々は眉をひそめ、怒りのコブシを握りしめたに違いない。細野原発事故担当大臣が「福島の原発事故被災者や震災被災者のことを忘れて代表選に出るなんて私にはできない」といって自ら出馬を辞退したのが救いだった。

 

両親、あるいはその一方を失い災害孤児となった子供たちは親類縁者や心優しい人たちに引き取られ、再出発を果たしたが心の傷は深く、時々、言葉もなく沈んだり泣き出したりする日々が続き周囲も心配している。原発事故からわが家を追われ、大震災から生き延びて仮設住宅暮らしになった人々の辛い生活はなかなか解消されない。生まれ育ったふるさとに帰ることをあきらめざるを得ない地域も出てきた。1つの町や市に及ぶ広い地域を除染するなんて簡単ではない。学者が机上で計算して示す計画のようにはいかない。

仮設暮らしにはまだまだ辛いことが多い。お年寄り夫婦で、あるいは高齢者独りで入居している被災者も多い。仮設暮らしの人同士で声を掛け合う活動を広めているが、お年寄り同士ではそうそう頻繁にできない。高齢者を訪問するのが半日遅れたり1日遅れになったりする。そういう時に限って過ちが起きる。孤独死だ。もう、岩手、宮城、福島の被災3県で41人が孤独死している。高齢による衰弱もあるが、人生の先行きを悲観、肉親を失った悲しみから立ち直れなかったなど背景はさまざまだが、ひとりで最期とはどんなにつらかっただろう。さみしかっただろう。阪神大震災の時は、仮設住宅が使われた5年間に233人が孤独死している。お年寄りだけでなく家族いっしょに暮らしていても長引く仮設暮らしが先の望みを失わせたり、避難場所を転々とした苦労が精神的な疲労を呼び込み死を選んでしまうという例もある。1人でも犠牲者を出さないためにはとにかく近隣の見回りや声掛けしかない。

 

今朝(11日)の新聞、テレビは一斉に「大震災を忘れるな」「3・11を忘れるな」「被災地よ、よみがえれ」と大震災、原発事故の記憶を風化させるな! と呼び掛けた。その通り私たちはこの大震災を決して忘れはしない。でも、さびしいなと思ったのは、肝心な政権与党の代表選立候補者の共同会見で野田首相を先頭に全員、「3・11」にひと言も触れなかったことだ。原発のあり方を含めてエネルギー政策を語ったのは「3・11」について語ったも同じだという反論があろうが、やっぱり何が大切か、何を論ずべきか、心棒がずれているように思う。民主党内からもそういう疑問が出されなかっただろうか。

もっとも、その前に会場を埋め尽くしていた報道陣はどうだといわれれば返す言葉もない。記者はみんな勉強不足だな! そういう叱声が聞こえる。

 

2012年9月10日 (月)

お見合い政治だなんて…

お見合い政治だなんて…

 

 「まるで面接だ」「いや就職内定会だ」「合格したい一心だもの、文句なんか言うわけない」。久しぶりに新聞、テレビがまともな評価を報道していた。こうでなくちゃあジャーナリズムが死んじゃうものな。それが第一感だった。

橋下大阪市長が率いる新党「日本維新の会」が開いた公開討論会の取材に集まった100社、400人の報道陣は一体何を期待していたのだろうか。「維新八策」をめぐって蜂の巣をつついたような議論が展開されるとでも思っていたのだろうか。

 

新党が次期衆院選を機に国政に進出する先陣を切る民主、自民、みんな各党の衆参7議員を招いての討論会だ。7人はすでに「維新の会」に対して参加の意思を伝えており、離党はしていないが拒否されれば行くところがなくなってしまう立場にある。その政策や橋下党首の政治姿勢に賛同する人たちばかりだといわれるが、実態は次の選挙に生き残りをかける人たちもいる。維新党を救命ボートに見立てて脱出組という酷評もされている。

もちろん「維新の会」としても国政化するには最低5人の国会議員が必要であり、気に入らないから、政策に開きがあるからといって、そう簡単に排除できない。その通り橋下党首は冒頭で「お見合いムードで…」と切り出したくらいだ。

 

政策集として発表している「維新八策」について教育や経済政策、社会保障などについて討論したが、議論は深まらず、突っ込んだ議論を吹っ掛ける者はもちろん、異論を差し挟む者はいなかった。むしろ賛辞、賛美、賛同の声の連発で、まさにお見合いムードだった。そして終わった後は橋下党首側からも議員側からも「価値観の基本は確認できた」「おおむね価値観は一致した」と互いを持ち上げあうという気味わるさだったという。傍聴した有識者たちも5時間余りもお世辞や自慢話を聞かされるのは苦痛だったと酷評していた。

維新を掲げて発足させる新党、それも「国を作りかえる」とまで豪語しているのだから、1分でも5分でも惜しんでその具体策を議論し、広く国民にアピールしていくべきなのに、そんな出来レースを演じていていいのか。橋下党首や維新党が唱える「国の現状と未来を憂える」というアピールの真贋に疑問を抱かざるを得ない。

仰々しく儀式を重ね、それを派手に振る舞って力や勢力の大きさをひけらかす。橋下党首らが新党を立ち上げたその先で厳しく批判してきたやり方ではないか。勢いや派手さに目を奪われていると、私たちは真実を見誤る。

そのことをこの馬鹿げた公開討論会は教えている。本番入りの前に私たちは新党の危うさを知ることができたのはせめてもの救いだ。

2012年9月 7日 (金)

細野さん、不出馬は正解

細野さん不出馬は正解だ

 

細野原発事故担当相は、民主党の代表選挙に立候補しないことを決めた。原発事故が収束していない中、その担当大臣が代表選挙に出るようなことが許されるはずがないと考えたのだろう。決断は正解だと思う。
 
 細野氏が政界に進出して以来、ずっと政治記者としてその政治姿勢をながめ、率直に意見も 交わしてきた一人として無責任な神輿に乗らなかった判断は賢明だったと思う。中堅・若手の 有志議員からの立候補要請は、細野氏が言っていたように非常に重かっだろう。離党者が急増 し求心力を失っている党の窮状は無視できない。その立て直しの先頭に立てといわれれば、政 権党の責任を強く自覚している政治家としては、なかなか嫌だとはいえない。
 
 それに細野氏が福島のことがずっと頭にありました、と言っている通り原発事故と被災地の 復興が頭から離れなかったに違いない。虚栄心や栄達心の塊のような政治家ばかりが目立つ今 の政界では、安易に神輿に乗ってしまうだろうが、細野氏はそこを思いとどまった。そうさせ たのは福島の遅々としてはかどらぬ復旧、復興だ。私たちは初めは避難民でしたが、今は家も ふるさとも失った難民です。一晩でもいいから、仮設暮らしをしてみてください…という乳飲 み子を抱えた若い女性の涙の訴えを忘れていまい。

細野氏の選挙区、静岡県三島、富士、御殿場などではぜひ立候補してほしいという期待の声 が強かった。党を任され、一国のリーダーとなるチャンスはそうめぐってはこない、というの だ。41歳という憲政史上最も若い首相の誕生に期待を膨らませたようだ。
 
 しかし、その若さというのはこと政治の舞台では致命傷になる場合が多い。若さ=経験不足 という図式はこと政治では定理に近い。民主党政権が未曾有の大震災、原発事故への対応でつ まずき続けたのがそれを物語っている。
 
 いつも代表戦や総裁選になると若い世代へバトンタッチをということがいわれるが、ステレ オタイプにそういう声が出されることは問題がある。若い世代へという言葉は多くの場合、現 職を引き下ろすための口実である場合が多いからだ。
 
 中堅・若手グループといわれる人たちはそこまで世代交代が必要だというなら、自ら立候補 すればいいのだ。細野氏に立候補を迫った人たちは、細野氏にぶら下がって自らの栄達、地歩 固めを図ろうと企んでいたのかもしれない。そんな輩に限って細野氏が立候補して一敗地にま みれるようなことになれば、いち早く去っていくのだ。
 
 細野氏にはまだいくらも党を率いる立場になるチャンスはいくらもあるはずだ。AKB48 の人気投票のような浮ついた代表選にしゃしゃり出てその芽をみすみす摘み取ることはない。
 
 身を溶かしながら明かりを灯し続ける一本のロウソクのように、社会と時代を照らし続けるような政治家になってほしい。

 

2012年9月 5日 (水)

もう1日も早く解散を

 

解散して出直すしかない

 野田首相、言いたいことは山ほどあるでしょうが、ここはもう1日も早く解散して出直すしかないでしょう。だって予算執行が思うようにできない、人間でいえば栄養が満足に体に回らないという異常事態です。国が壊れても首相だけはやっていたいなんて話にもなりません。

 赤字国債発行法案が成立しなければ予算が執行できない。地方交付税交付金4兆円の地方配分を見送る。国はそれでいいかもしれないが、地方はお手上げだ。行政そのものが止まってしまうのはいうまでもないが、医療、福祉といった分野はきちっと予算執行できるようになるまで止めておくことなんかできないのだ。病院で患者の治療や手術をこま切れにすることはできないし、老人施設で給食を減らすなんていうことはできない。地方は崩壊する。

 そんな状態に追い込んだ自民党など野党の無責任を責めたいでしょうが、それは目くそ鼻くその図です。そういう状況を招いたのは首相自身の国会運営にも原因があるからです。確かに首相の専権である解散をめぐって時期の確約を迫るという自民党の姿勢は異常でした。だが、首相自身が消費税率引き上げ法案を人質に取った形で「政治生命をかける」と言って、野党をズルズルと引っ張りまわした。自民党は法案を共同提案するという思い切ったこともやった。そして消費税率引き上げ法案の採決と成立に向けて協力の確約ともいうべき三党合意に踏み切り、民主党にとって最大の障害である小沢切りまで協力した。

 そこまで自民党に「屈辱的な同調」をさせ、その裏に「早期解散」への並々ならぬ思いがあることを「こころ」ある人間なら理解できたはずだ。ところが、首相は消費税率引き上げ法案を自民党の協力で成立させると、突然、解散までにはまだ赤字国債発行法案や衆院の一票の格差是正などがあるんだと言い出した。立場を入れ替えて考えてみてください。消費税率引き上げ法案が成立すれば、解散して国民に信を問うんだなと信じ込ませておいて、まだ、先があるなんて言われたら、それは慌てるでしょう。慌てた自民党の谷垣総裁は直接、首相に解散時期の確約を迫るという聞いたこともないような行動に出ました。その結果、首相は谷垣総裁に「近いうち」という言葉で半ば解散の確約をしました。

 でも、その言葉は確約でも何でもなかった。輿石幹事長や樽床幹事長代行ら党内の空気を考慮し首相自身が自民党をズルズルと引き回す「釣り言葉」だったんです。「こころ」のない首相だからこそやり通せた非情だったと今も思っている。それでも生き延びて党代表、首相再選を果たしたいというなら仕方がない。しかし、そこまで人を傷つけておいて再選されても決して楽しくはないでしょう。また、国のためにもならないと思います。

 どんなことがあっても騙される方が悪いだなんていう社会にしてはならない。

 

2012年9月 4日 (火)

小沢A級戦犯説に思う

小沢A級戦犯説に思う

 不況脱出の手立ても取れない。社会の門をたたいた若者が門前払いされる。その一方で社会保障費切り詰めのために高齢者雇用を法制化して若者を圧迫する。そんなことで次代を担う若者たちに志が生まれるはずがない。「未来は希望」なんて夢のような話だ。弱り目に何とかで高負担・低給付がなし崩しに押し付けられる。そこへ隣国が次々とわが領土に手を出し国家主権の根幹を脅かしている。

新聞、テレビが真っ先におびえ、政府を弱腰と批判し攻勢をあおる。冷静であるべき立場を失っている。先次の大戦前夜を思わせる。あの時、なぜ誤ったのかを振り返ったはずだ。なぜ、今の政治がここまで堕ちたのか、劣化したのか。それを今、真剣に振り返るべきだと考える。それは小沢A級戦犯説を吟味することでもある。3年前の衆院選で民主党は308議席を奪って政権交代を引き寄せた。100議席そこそこだった政党がいっぺんに3倍に議席を増やした例はどこにもない。それだけ自民党に失望し、民主党に期待したともいえる。

だが、その圧勝を実らせた直接の戦術は、当時、選挙対策を担った小沢一郎元代表だった。その戦術の柱はご承知の子ども手当や7万円最低年金など子育て世代から高齢者までを一網打尽にした「ばらまきマニフェスト」だった。そのマニフェストはその後ほとんどを実現できず、自民党など野党から「マニフェスト詐欺だ」と糾弾され、政権の正統性を問い直すため解散して選挙をし直すべきだという正論と、政権にしがみつく民主党の逃げ口上とがせめぎあいを続けてきた。

つまり、政権取りに血眼になった小沢氏が演出した戦いだった。小沢氏のA級戦犯説がささやかれるゆえんだ。だが、そのA級戦犯を新聞、テレビは「マニフェストは財政状況でやれないこともある」「修正すればいいんだ」といってかばった。それに何が正義かも忘れた大衆は小沢氏の罪に気づきもしなかった。

小沢氏の企みは1993年に遡る。リクルート事件に絡んで竹下登首相が失脚した後の跡目相続で敗れ、その恨みを怨念に代えて一族郎党を引き連れて自民党を飛び出し、意趣返しを企てた。細川新党による小選挙区制導入など政権奪取への下地づくりを着々と進め、2007年参院選で勝利して「衆参ねじれ」を悪用、良識の府たる参院を政局の府に貶め,安倍、福田、麻生の自民党3政権を次々と倒し、圧倒的追い風の中2009年総選挙を圧勝させた。

 その小沢氏は、国民の審判を受けずして、自らが政権を引き寄せた民主党の野田政権に絶縁状を突き付けて飛び出し、「国民の生活が第一」などという大衆迎合の新党を旗揚げした。めちゃくちゃだ。小沢氏はただ政権を奪うために、それも個人的な怨念で、理念、政策を問わず民主党の「数」を利用し、つまり、政党政治の本質をめちゃめちゃにするという大罪を犯したのだ。

 こんな過去を振り返ることもなく、宣伝、煽動にあおられて、「一度、やらせてみるか」などという安直な政権選択をするのだろうか。

 

 

市長と党首両立できるの橋下さん?

市長と党首両立できるの橋下さん?

 

大阪維新の会の新党党首に橋下市長、幹事長に松井知事が就くことになったそうだ。いわば超人ともいうべき人たちだから心配はないだろうが、市長、府知事をやりながら党首、幹事長が務まるのか。いや,党首、幹事長の片手間に市長、府知事がつとまるだろうか。もちろん、兼職違反とかなんとかいうわけではないから、目くじら立てる必要はないし、大阪市民、府民からは余計なお世話といわれるかもしれない。

だが、いくら百人力のご両人でも生身の人間だ。やれることには限界がある。元々、市長、府知事の負託を受けたことは、第一義的には市民、府民の幸せづくりが責任だ。それがやれてなお余裕があるというなら、国政に手を出すことも構わない。でも、実態はそんなところではない。財政難は無論のこと、生活保護政策をはじめ市民、府民生活にかかる部分で問題山積だ。橋下市長が懸念している職員の入れ墨問題、教育問題など放置できないだろう。

そんなことはどうでもいい。それより今、必要なことは国の立て直しをどうするのか、国政の再生だと市民、府民が考えるなら脇からくちばし入れることはない。だが、そんなことはないようだ。市政、府政に専念しろという不満の声は広く聞かれる。

政治の再生に立ち上がろうという志は貴い。批判を乗り越えて初志を貫こうとする情熱は見上げたものだ。だが、繰り返すが第一に自らに託された責任を果たした上でのことだ。これまでだって問題ないのかな、と思わせる状況だった。市長、府知事という激職にありながら、全国から2000人余の受講生を集めて政治塾を開催してきた。それが市政や府政にしわ寄せされることはないか。手抜きされることはないだろうが、よく市民、府民は黙っているな、というのが実感だった。

それは一言しゃべっただけで新聞、テレビが群がってきてちやほやする。やがては総理・総裁だなんて騒がれるのは悪い気はしない。騒がれる、注目されるからこそ隠忍自重も大切だ。

 民主党の前原政調会長が、政治塾でそんなに簡単に国政を担える政治家が育つか…なんてあてこすったのもそのあたりを突いてのことだろう。まあ、いずれにしろ、国政をこれ以上堕落させないようお願いしたい。

自分たちの政治に自信を持てない既存政党があたふたと「橋下詣で」なんかするからおかしくなる。やっぱりこの国の政治は落ちるところまで落ちないとダメかなあ…。

2012年9月 3日 (月)

国会議員に年間一億円も 

国会議員が今月からようやく私鉄の無料パスを返上したね。経営難の私鉄各社がずっと廃止 を求めていたのに頑として応じなかった。ケチくさい人たちだね。
 
 ところで国会議員の月給、年俸でどれくらいになるかご存知ですか。国民の皆さんはそのス ポンサーなんだから、それを知っていないといけない。知りたいでしょう。でも、国会議員は 絶対に公表しないし、新聞、テレビも政治家に嫌われるのはいやだから報道しない。

きょうは それを克明にお知らせします。「金持ち喧嘩せず」を地で行くような世界であることが分かっていただけるのではないか。

政治家の給料といえば、おそらく皆さんは月額約130万円の歳費とボーナスにあたる年2 回の期末手当を合わせた年額約2100万円とお考えになるでしょう。その金額だって米国の 約1400万円、ドイツの約950万円をはるかに上回る世界最高水準です。でも、それだけ で驚いてはいけない。その歳費・期末手当のとは別に「文書通信交通滞在費」が非課税で年額 1200万円、さらに議員1人当たり3人の公設秘書を置くことが認められており、その雇い あげ費用として参院議員に約2500万円、参院議員に2600万円支給される。

ここまでで 国会議員1人に対して年間約5900万円が支給される勘定だ。

その他に立法事務費として1人当たり年間780万円、さらに1人当たり約4400万円に 上る総額約320億円の政党交付金(共産きは制度に反対し受け取っていない)が交付されて いる。それにJR無料パスなど交通費の支援もある。
 
 だから、合算すると議員1人当たり年間約1億円余りが懐におさまることになる。厳密に言 えばそれだけではない。個人献金、企業献金など政治活動に使える浄財がそれに加わるのだ。
 
政治家がいかに国民の血税に特権的に支えられているかが分かるだろう。

国会議員は当選したその日からこんな高禄にあずかる。それが本会議でも委員会でも何をし たらいいのか分からず、ヤジを飛ばしたり拍手するのが仕事では国民はやりきれない。国会議員の仕事ぶりや人品骨柄を考えると政党交付金の廃止論や格安の議員宿舎廃止論が出 てくるのは誠に当然だ。
 
 でも、怒り狂う前にちょっと考えてみよう。そんな役立たずの議員を選んでいるのは私たち 国民なんだ。考えもなしに「一票」を投じているからだ。

次期総選挙では候補者1人ひとりを 1億円の借金札と考えて投票しよう。
 

川柳「朝囀」 借金漬け 1億円が あふれてる    (誠)

谷垣さんはお人好し

谷垣さんは人がよすぎる

 

政治家は本当に信じられないね。きのう言ったことを平気で翻すし、人は裏切るし…キツネ かタヌキの生まれ変わりではないのか。
 
 自民党の総裁選をめぐる石原伸晃幹事長の発言を聞きましたか。鹿児島市での講演で「私は 谷垣さんを支えるために政治家をやってきたわけでは決してない。日本を何とかしなければな らない」と自ら出馬の意思を表明したという。これまで「谷垣総裁が出るときは応援する」と 言っていたのに、この豹変だ。気が小さい田舎者はたちまち人間不信に陥ってしまう。
 
 そのまま喧嘩別れになるならまだしも、党総裁と党幹事長としていろいろ相談して やっていかなければならない。党本部や国会の中で会った時どんな顔であいさつするんだろう。 気まずいなんていうことはないんだろうか。そんなことお互いさまだというのか、厚顔無恥と いうのだろうか。
 
 厚顔無恥といえば、森喜朗元首相も相当なもんだね。さんざん谷垣総裁の再選支持の発言を していたのに突然、「総裁選に巻き込まないようにしてあげた方がいい」と言い出した。谷垣総 裁が野田首相に対する問責決議案に同調したことが背景のようで、「公党の代表として民主党に 失礼だ」と扱き下ろした。だが、消費増税の公約化に始まり法案の共同提案、三党合意と国会 採決などすべてに口をさしはさみ、谷垣総裁に民主党への強調路線の先で「解散」を導き出す という戦術をとらせた張本人じゃないか。
 
 それを信じて解散確約を迫る異常行動に出た谷垣総裁を今ごろになって「解散を引き出せな かったのは力不足」と責め立て、古賀誠元幹事長と一緒になって「総裁選では協力できない」 だなんて卑怯じゃないか。
 
 谷垣総裁もどうかしている。盛岡市で講演し、まだ「近いうち」解散がありそうなことを言 っていたというじゃないか。赤字公債発行法案や一票の格差是正など重要課題を考えると野田 首相は秋の臨時国会までに解散するしかないと予測してみせたという。
 
 谷垣総裁は野田首相が政治生命をかけるといった消費税率引き上げ法案はわれわれの救いの 手で成立、辛うじて命が延びていることは首相も分かっているはずだと述べ、早期解散に未練 たっぷりだったというじゃないか。

「こころ」のない野田首相とその一座に谷垣総裁の思いが届くはずがない。谷垣総裁はそこが 分かっていない。自分と同じ「こころ」をみんなが持っていると考えているからだ。
 
 保身と自己愛しかない徒党集団にこのお人好したちがかなうわけがない。
 

 

 川柳「朝囀」 いのち綱 見せて穴掘る 金バッジ     (誠)

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