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2012年9月18日 (火)

教育界こそ道徳を学べ

浜松の市立中学で陸上部の顧問をしていた男性教諭が、女子生徒を練習場に送った車の中で肩を抱いたり、合宿先で深夜に自分の部屋に呼び出し抱きついたりする行為を繰り返していた。これは普通に理解してセクハラであり、教師としては許されない。教師は懲戒免職など最も重い処分に付されるべきだ。

 

 ところが浜松市教育委員会は、「不適切で行き過ぎた指導」として文書による訓告処分にしていた。「二度とやってはいけません」という紙切れ一枚を渡していただけだ。こんなことが教育界では通用するんだ。あきれちゃうね。

「不適切で行き過ぎた指導」とはどういうことだ。絶対にあってはならない人権侵害じゃないか。「指導」とは何だ。深夜、自分の部屋に呼び出して抱きついたりするのが指導というのか。レスリングとかラグビーの指導ではあるまい。生徒という弱い立場にあって抵抗もできない。そこにつけ込み、しかも車の中や深夜の個室という閉ざされた密室で、卑劣きわまる。

 女生徒が両親に訴えて明るみになったというが、耐え忍んだ末のことだっただろう。

 

教諭もどうかしているが、市教委はもっとどうかしている。「教師本人がセクハラの意思を認めなかったので、セクハラ行為だと断定できなかった」と説明している。教師としてあるまじき行為が発覚し、自分にとって不利な状況になっている中で、「その思いでした」とセクハラの意思を認めるわけがいだろう。そんな素直な人間なら最初から一人の少女の生涯を傷つけてしまうようなことをやるわけがないじゃないか。

今、全国で教育界、特に教育委員会のあり方が問題になっているが、それは教育委員会制度や組織の問題じゃなく、そこにぶら下がって高禄をはんでいる人間の問題なのだ。

つまり、セクハラを認めたくなかったのは自分たちに責任が及ぶのを恐れた教委幹部たちだったのではないか。教師本人よりも教委が小事に封じ込めたのではないか。こんなことで教育界は巷間を顔をあげて歩けるのか。教育委員に地域の名士、著名学歴者を座らせ、教育長には校長経験者のボスを座らせ、名誉と権力の伏魔殿にしている以上、子どもたちの不幸、悲劇は永遠になくならない。

それを糾弾することもできないメディアはどうしたんだ。

 

 

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