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2012年9月11日 (火)

もう少しだ,、がんばろう

もう少しだ、がんばろう

 

初めは避難民だったけど、今は帰る先もない難民です。みなさんも一日でいいからここで暮らしてみてください。東電の新しい経営陣があいさつに訪れた福島県の仮設住宅で女性がそういって辛い生活を訴えた。下河辺和彦会長ら経営陣は言葉も返せなかった。

1万8,700人余の死者・行方不明者を出した東日本大震災から1年半になった。被災地は必死で復興活動に取り組んでいるが、傷あとはあまりに広く深く複雑で思うようにはかどっていない。34万人が今なお家を失い、見えない恐怖放射能のためにわが家に帰れず避難生活を続けている。その現実をどれだけの政治家が分かっているだろうか。党代表戦、総裁選をめぐる民主党、自民党の狂態に被災地の人々は眉をひそめ、怒りのコブシを握りしめたに違いない。細野原発事故担当大臣が「福島の原発事故被災者や震災被災者のことを忘れて代表選に出るなんて私にはできない」といって自ら出馬を辞退したのが救いだった。

 

両親、あるいはその一方を失い災害孤児となった子供たちは親類縁者や心優しい人たちに引き取られ、再出発を果たしたが心の傷は深く、時々、言葉もなく沈んだり泣き出したりする日々が続き周囲も心配している。原発事故からわが家を追われ、大震災から生き延びて仮設住宅暮らしになった人々の辛い生活はなかなか解消されない。生まれ育ったふるさとに帰ることをあきらめざるを得ない地域も出てきた。1つの町や市に及ぶ広い地域を除染するなんて簡単ではない。学者が机上で計算して示す計画のようにはいかない。

仮設暮らしにはまだまだ辛いことが多い。お年寄り夫婦で、あるいは高齢者独りで入居している被災者も多い。仮設暮らしの人同士で声を掛け合う活動を広めているが、お年寄り同士ではそうそう頻繁にできない。高齢者を訪問するのが半日遅れたり1日遅れになったりする。そういう時に限って過ちが起きる。孤独死だ。もう、岩手、宮城、福島の被災3県で41人が孤独死している。高齢による衰弱もあるが、人生の先行きを悲観、肉親を失った悲しみから立ち直れなかったなど背景はさまざまだが、ひとりで最期とはどんなにつらかっただろう。さみしかっただろう。阪神大震災の時は、仮設住宅が使われた5年間に233人が孤独死している。お年寄りだけでなく家族いっしょに暮らしていても長引く仮設暮らしが先の望みを失わせたり、避難場所を転々とした苦労が精神的な疲労を呼び込み死を選んでしまうという例もある。1人でも犠牲者を出さないためにはとにかく近隣の見回りや声掛けしかない。

 

今朝(11日)の新聞、テレビは一斉に「大震災を忘れるな」「3・11を忘れるな」「被災地よ、よみがえれ」と大震災、原発事故の記憶を風化させるな! と呼び掛けた。その通り私たちはこの大震災を決して忘れはしない。でも、さびしいなと思ったのは、肝心な政権与党の代表選立候補者の共同会見で野田首相を先頭に全員、「3・11」にひと言も触れなかったことだ。原発のあり方を含めてエネルギー政策を語ったのは「3・11」について語ったも同じだという反論があろうが、やっぱり何が大切か、何を論ずべきか、心棒がずれているように思う。民主党内からもそういう疑問が出されなかっただろうか。

もっとも、その前に会場を埋め尽くしていた報道陣はどうだといわれれば返す言葉もない。記者はみんな勉強不足だな! そういう叱声が聞こえる。

 

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