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2012年9月27日 (木)

小沢に仇うちだ、安倍さん

安倍新総裁、首相経験者が再び党総裁に選ばれたことを自民党嫌いの記者や評論家は人材不足だと笑っているけど気にしない気にしない…。もう、失うものも怖いものもない、腹をくくって思う存分暴れまくってください。

おっしゃる通り、みんなが幸せを感じられるような国、子どもたちがこの国に生まれて良かったと誇れるような国に日本を再建してください。

 

かつてニューリーダーの1人として国民の期待を集めながら志半ばで逝った父君,晋太郎元外相は寡黙な紳士だった。私のような田舎記者も他の国会詰め記者と同じようにねんごろに接してくれた。自分もかつて政治記者だったからだろうか。バランスの取れた政治観は今でも保守政界の鑑だ。その後を継いで安倍さんは戦後生まれの初の首相、戦後最年少の首相として6年前、期待の中で就任した。文字通り「戦後レジームからの脱却」の旗手だった。

でも、それじゃあ面白くない政治家が1人いた。権力亡者、民主党(当時)を一手におさめていた小沢一郎現国民生活が第一党首だ。政権取りの野望のほぼ最終段階にあった小沢氏は安倍氏打倒へあらん限りの陰謀を企てた。

2007年参院選で「消えた年金情報」で自民党が自滅、衆参ねじれに悪乗りした小沢氏は参院を政局の府に貶めて法案をことごとくつぶした。特にテロ対策のため自衛艦がインド洋で給油する法案延長を止め、国際社会の信用を失墜ならしめた。法案採決の国会を放り出し、大阪府知事選挙の応援遊説に飛び回る小沢氏にメディアは批判の声一つあげなかった。安倍氏は神経性の内臓疾患を発症し、やむなく志半ばで辞任した。

小沢氏は、それに味をしめたのだろう。国会を暗闘の舞台と化し、同意人事をすべてつぶし、こともあろう日銀総裁人事を半年間にわたって空席にして再び国際社会の信用を失墜させた。そして仕上げは2009年の「ばらまきマニフェスト」による子育て世代から老人までを一網打尽にした政権交代選挙だった。

 

政権を奪取するための方便だったマニフェスト選挙がばれ、民主党政権の正統性に疑問を抱いた谷垣前総裁は早期解散による政権の問い直しを迫り続け、あと一歩というところで能無しの身内の長老たちによって引きずり降ろされてしまった。

安倍新総裁は当然、この谷垣前総裁の遺志を受け継ぐことになる。「近いうち」の約束を果たさせることはもちろん、「ばらまきマニフェスト」の政治責任を民主党に取らせることだ。それに何と言ったって自らを病気にまで追い込んだ小沢氏への反撃、そして小沢悪政に悪乗りしてきた民主党への反撃、安倍氏は遠慮は要らない。徹底して対決すべきだ。

政治は大砲を持たない戦争だといわれる。大砲の代わりに政策や理念、思想、信条をもって議論し合う戦いであるべきだ。それを相手を貶め、苦しめる戦いに引き込んできた勢力を野放しにしてはならない。正義と信義を放り出した政治が世相の乱れを生んでいるということを彼らに教え説かなければならない。

これからの政治の枠組みを示せ、不安な外交を何とかせよ、二大政党の役割を果たせ…民主党政権の乱れを安倍新総裁に正せと言っているような新聞論調ばかりで驚いてしまうが、そういう誤解を解くためにも民主党政権と臆することなく対決することだ。

途中で絵筆を取り上げられた悔しさを思い切り政治キャンバスにぶっつけてほしい。戦後レジームからの脱出に間に合ってよかった。

 

川柳「朝囀」 「責任」と 書く新聞の 無責任      ()

 

 

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