« がんばれ,ユスフザイ | トップページ | 鳩山さん、また外交顧問ですか »

2012年10月16日 (火)

「ガンさん」ありがとう

俳優の山田吾一さんが亡くなった。面識があるわけではないが、この人の名演技で自分の進路を決めてしまった。もちろん、それは間違っていなかったし、大いに感謝している。

 

NHKのテレビドラマ「事件記者」が茶の間を賑わしはじめたころ、昭和33年、私は高校2年生だった。正義感あふれる中央日日の中堅記者「ガンさん」役を演じていた。ガラガラ声で飾り気のない、あっけらかんとした記者像は山田さん本人そのものだったのではないか。

他紙に特ダネをすっぱ抜かれた若い記者をあけすけに叱りつける。「お~、くやしいだろう」「オレもくやしいわ」とあびせる。

 

でも、それを必ず後でフォローする。「くよくよするんじゃねえよ」「雨の日がありゃ晴れる日がくる」。そういって若い者を行き付けの小料理屋「ひさご」へ連れて行く…そこには坪内美詠子さん演ずるやさしい女将「おチカさん」がいて慰めの言葉をかけてくれる。「エンちゃん」も「イナちゃん」も「ヤマさん」「べーさん」も、みんな集まっている。

その劇中の雰囲気がたまらなくあったかくて楽しい、生き生きとしていた。人間同士の心の通い合いというものがにじみ出ていた。

 

単純な私はいつしか新聞記者になろうって決めていた。国語が苦手で理系の大学に入学したものの新聞記者への思いを断ち切れず、文系に転向した。念願かなって新聞記者になったが、もちろんあの「事件記者」の空気なんかまるでない。奴隷とまではいわないが、1日24時間働き通し…記者クラブのソファーがベッドになる生活だけは「事件記者」そのものだった。

高校時代の恩師が同級会で「あいつの書いた原稿は注意して読め」と言い渡したそうだ。

 

その国語不得手が何と45年間、新聞記者を勤め上げ無事卒業した。好きなら多少の能力不足は埋め合わせることができる。適職なんて終わりまで分からない。だから、自分にどんな仕事、どんな会社が向いているかなんて初めからこだわることなんかない。

就職雑誌なんか作る会社がああでもないこうでもないと理屈をつけて進路を指導するようなことを書いているが、進路を間違えた手合いにそんなこと書く資格なんかないんです。

 

山田吾一さんだって高校を卒業した後、いったん会社勤めをしたが、俳優の専門学校に入って演技を学び、劇団四季などを経て「事件記者」にめぐり会っている。どこでどんな出会いがあるか分からない。それが人生だ。高校時代に「事件記者」や「ガンさん」に出会わなければ 私も今、こんなことを書いてはいない。山田吾一さんの「事件記者」と出会って新聞記者になった人は全国に大勢いた。いや、いるはずだ。

山田吾一さん、ありがとうございました。心から感謝し、ご冥福を祈ります。

 

川柳「朝囀」 原点は クラブに響いた 「バカヤロ―」    ()

« がんばれ,ユスフザイ | トップページ | 鳩山さん、また外交顧問ですか »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ガンさん」ありがとう:

« がんばれ,ユスフザイ | トップページ | 鳩山さん、また外交顧問ですか »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のトラックバック

無料ブログはココログ