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2012年11月

2012年11月30日 (金)

文科省に評価通知の資格ない

文部科学省がいじめを隠さず、適切な対応をした教員を評価するよう求める通知を都道府県教育委員会などに出したという。別に間違ったことをやっているわけではないが、ことさら通知しなければならないことなのだろうかとも考えてしまう。こういうことしかできないのが文科省なんだよなあ…とも思う。

 

確かに「いじめ死」という最悪の事態を招いてしまった学校、教育委員会の対応を見ていれば文科省としては何でも注文できることは注文しないと流れを断ち切れない。そう考えてしまうに違いない。直接、いじめ被害の児童・生徒から申告があっても手が打てず、話さえ聞いてやらない先生がいる。その結果が最悪の事態につながっている。加えて校長や教頭、さらに教育委員会も責任感が希薄でいつでも逃げ回る。

 

親たちへの報告や報道陣への説明でも最初から逃げることしか考えていないから被害児童への悼みや謝罪の言葉がない。普段から児童・生徒に寄り添っているのかどうかさえ疑いを持たれてしまう。その根っこは私の現場取材の経験でも教育界に巣食っている「立身出世主義」にあるように思う。中には教壇に立つことを天職とし児童・生徒に寄り添っている先生もいなくはないが、ごくまれだ。

 

すでにそいう志を放棄してその日暮らしの教員生活を送っている人も残念だが大勢いる。

教育委員会も教育現場に輪をかけて「立身出世主義」で凝り固まってしまっているので、いじめなどの問題から逃げたがる。いじめの発生やその対応のまずさが学校の評価や教師・校長・教頭の評価と人事につながるのでは当然だろう。だから、学校現場はいじめの発生やそれに伴う親とのトラブルを厄介ものとして隠したがる。

 

校長や教頭を核にしていじめを隠そうとする構造が出来上がってしまっている。だから、こうした通知や勧告が行われた後の一定期間はまじめな取り組みがみられても、やがて元に戻って隠したりごまかしたりするように戻ってしまう。いじめの発生報告が極端に多かったり、逆に激減したりするのはそのためだと思われる。結局は子どもをめぐるいじめ問題は本質的に何一つ改善されない。文科省が根本的に教育界の構造的病弊であるという認識に立たない限り通知は一片の気休めに過ぎない。

 

文科省の通知は、いじめの有無や件数で評価せず、未然防止や早期発見、いじめに対する迅速な対応などを評価するよう求めているが、教育委員会と学校現場との関係がそのままでは評価そのものが改善されるとは考えにくい。それに文科省自体が教育委員会や学校幹部から意見を吸い上げている現状を変えないといけない。子どもたちと接している教師たちの声にもっと耳を傾けるべきだ。文科省に評価通知の資格はない。

 

 

川柳「朝囀」 自らに 通知がほしい 文科省     ()

2012年11月29日 (木)

結局は小沢氏にひっかき回される

新党「未来」の仕掛け人が小沢一郎前国民の生活が第一代表だと、まだ分かっていない政治家がいっぱいいる。おめでたい。そんなことでこの生き馬の目を抜くような凄まじい勢力争いを勝ち抜けるわけがない。そのありさまを見やりながら小沢氏は「しめしめ」とほくそ笑んでいるに違いない。

 

今朝(29日)の新聞各紙は、新党「未来」の正式な設立を取り上げて、嘉田由紀子滋賀県知事の代表、環境エネルギー研究所の飯田哲也所長の代表代行就任などを伝えた。その中で小沢氏が執行部入りしないことに驚いたのだろう。「小沢氏無役」「小沢氏、役職なし」と無役で参加することを見出しにも取っていた。すべてが小沢氏の仕立てによる予定路線であることにまだ気づいていない。

 

自ら仕掛けをした時はことさら自分が前面に出ることを避ける。いや、隠そうとする。それが「小沢流」なのだ。日本新党を旗揚げし政権に就いた時も細川護煕氏を総理大臣にして自分は陰に回った。民主党を政権に就けた時も鳩山由紀夫氏を総理にして支え役に回った。自らを一歩退いたところに置くことで自分を慰め哀惜の思いに浸る。それが政治家小沢一郎の「人生美学」なのだ。

 

今度も全く同じことで、「第三極」を引っ張る石原・橋下連合軍の足を止めるのにどうするか思案を重ねた末が「橋下に対決するリベラル嘉田知事」の囲い込みだった。「脱原発」1点で対抗できると読んだ。その背後には世界的な音楽家、自然愛護派の杉本竜一氏や環境愛護派で世代を超えて人気がある俳優の菅原文太氏らがいる。広く支持を集められる嘉田知事を口説いた。新党を旗揚げさせ、そこへ自ら合流する。うまくいった。

 

それに小沢氏には3度目の「怨念の晴らし場」になる。1回目は2009年衆院選―師匠竹下登がリクルート事件で失脚した後の跡目相続で小沢氏を見殺しにした自民党に怨念を晴らすべく政権を奪い取った。そして今回は民主党への怨念晴らしだ。土地購入疑惑に絡んで強制起訴される身になった時、何度となく「小沢切り」を演じた民主党。政権与党を実現した自らに冷淡な民主党。怨念のエネルギーは凄まじい。

 

その「小沢仕掛け」がところどころでこぼれ出ている。新党「未来」の政策要綱は「卒原発」と並んで「中学生以下の子どもに子育て応援券を含む年間31万2000円の手当支給」をうたっている。年間31万2000円ということは月額2万6000円。そうです、小沢氏が2009年衆院選で政権を奪った「中学生まで1人月額2万6000円支給」の子ども手当そのものだ。小沢氏が再び子育て世代にねらいを定めている。

 

今回も小沢氏によって選択の舞台は乱された。3年前に小沢氏によって政権の座に就いた民主党がその小沢氏によって脅かされる。不条理極まる。「第三極」への主導権も吹っ飛んでしまった「維新」は大慌てだ。政治とはかくも個人的かつ私的なものだと感じ入る。そんなものに振り回されるなんてもう結構だ。

 

川柳「朝囀」 あなたしか いないとおだて 小沢流    ()

2012年11月28日 (水)

これがマニフェストと呼べるのか

民主党が衆院選マニフェストを発表した。財源や実現時期は掲げず、つまり「票」と「人気」だけを当て込んだもので、さんざんだった2009年衆院選マニフェストから様変わりしている。財源や実現時期を示さなかったのは「現実対応を考慮した」というが、ものは言いようとはよくいったものだ。実現できず批判にさらされた時に備えて逃げ道を作っただけではないのか。

 

「脱原発は民主党の政策だ」と野田首相が声を張り上げているが、「2030年代の原発ゼロ」といっても原発をどのような計画、手順で減らしていくのか、何も示していない。TPP交渉参加だって逃げ道づくりだ。日中韓FTA交渉を同時並行で検討し「政府が判断する」とごまかしている。党内の反対派に配慮した結果だというが、そんな姿勢は不真面目だ。引き続いて政権を担うという決意も伝わってこない。

 

野田首相が国会解散と引き換えに野党に迫った「衆院の定数削減」では小選挙区の「0増5減」法成立を踏まえ、比例代表を念頭に「75削減」を掲げたが、実現の決意は伝わってこない。東日本大震災からの復興を最重点に福島原発事故の影響に苦しむ福島の再生を掲げたが、具体的な取り組みは全くない。被災地の「生きる権利の保障」という視点で見れば、何の約束もしていない。無責任極まる。

 

財源や実現時期の工程明治を避けたことは2009年マニフェストが政権を奪うための方便に過ぎなかったことを自ら認めたものだ。それでも子ども1人中学生まで月額2万6000円を支給すると掲げた「子ども手当」、月額最低7万円を支給すると約束した「最低保障年金」はともに破たんしたにもかかわらず、なおも「実現をめざす」と言い張り、「票」や「人気」ねらいだけは温存した。ポピュリズム政治そのものだ。

 

しかも許せないことは「税と社会保障の一体改革」についても社会保障改革国民会議の議論を経て進めると丸投げし、政権党としての基本理念さえ示していない。政権運営への責任が少しも伝わってこない。ここまで骨抜きになってしまったにもかかわらず依然として「マニフェスト」と唱えていることが理解できない。従来の口約束、アドバルーンに過ぎなかった「選挙公約」に過ぎないではないか。

 

それに新聞、テレビをはじめメディアにも猛省を促したい。2009年衆院選で政権交代を引き寄せながらマニフェストの大半を実現できないと判明した時、「財源予測が外れることはよくある」「マニフェストは必ずしも守る必要はない」などという論陣を張ったのをお忘れだろうか。その新聞、テレビが「工程を示さないのはけしからん」「政権が逃げてどうする」なんて批判ができるんですか。

 

川柳「朝囀」 マニフェスト 若者ことばで サギフェスト   () 

2012年11月27日 (火)

誰にも等しく人生のロスタイムを

今回も大勢の代議士センセイが引退する。30年、いや40年あまりも選挙区の人々や国民に苦労をかけてきたんだから、最後くらい気の利いた挨拶を聞きたいものだが、ほとんど伝わってこない。マスコミも気をつかってそういう場を報道すればいいのに、関心がないのか、勝手に辞めていけっていうのか…冷たいですね。

 

引退の挨拶どころじゃない。後釜のことでごちゃついているセンセイも多い。それは無理やり身内に後釜を譲りたい、世襲願望が強すぎるからだ。そりゃあそうでしょう。センセイになれば政治資金、浄財を除いて1年間に何と1億円余りが懐に入るのだから、他人にみすみす渡したくはないだろう。しかも、世襲だと地盤や知名度をそのまま引き継げるから選挙も戦いやすい。

 

多少、ごちゃついても最後は選挙区の顔役たちがうまい具合に話をまとめてくれる。もう、ずっと昔から繰り返してきたパターンだ。今回だって大勢の引退者の後継は実の息子たちがゾロゾロ。むしろ地域の人々が世襲後継を求める場合だって多い。「おらがセンセイ」意識で地域の名士として政治家一家を丸抱えしている場合が多いのだ。そんなことで政治が良くなるわけがない。腐敗、劣化していくのは当たり前だ。

 

世襲批判はずっと昔からあって、そのたびに抑制措置を打ち出すもののすぐに反故にされ、骨抜きにされてしまう。政治を私物化し、国民を選挙の道具、投票用紙ぐらいにしか考えていないからだ。そんな具合に政治家を家業にしているのだからこそ、引退の挨拶ぐらいは心を込めたものであってほしいと思うのだがそれがない。ゆとりのある、人間らしい引退の弁なんて期待するのが無理なのかもしれない。

 

たった1回だが気の利いた引退の弁を聞いたことがある。「人生のホイッスルが鳴るまでまだ若干のロスタイムがあるのではないか。酒を飲まず、脂っこいものを食べなければ若干は長生きする気がする。そのロスタイムこそ大事に使いたい」。財務大臣を最後に引退した塩じいこと塩川正十郎さんの言葉だ。人生のロスタイム…いい言葉じゃないですか。ロスタイムのある人生のしめくくり…何となくゆとりを感じる。

 

ロスタイムは誰も等しく求める権利がある。等しく与えられる資格がある。だが、国家繁栄の先兵に駆り出され、子どもの教育に追われ、マイホームのローン返済と老親の介護が重なり、気がついた時はロスタイムも使い果たしている。誰もがそんな生涯なのだ。願わくば多少のロスタイムを約束してくれる政治であって欲しいね。

 

川柳「朝囀」 ロスタイム 政治家だけが なぜ長い?    ()

2012年11月26日 (月)

野田首相、責任重大ですぞ!

内閣府の調査によると中国に対して「親しみを感じる」人の割合は昨年より8・3ポイント減って18・0%となり、史上最低水準に落ちたという。韓国に対しても「親しみを感じる」人は昨年より23・0ポイント落ちて39・2%にまで冷えているという。

 

これを中国や韓国で調査すれば同じように日本に対して「親しみを感じる」人の割合は史上最低水準にまで落ち込んでいるに違いない。もちろん背景は尖閣諸島や竹島をめぐる日中、日韓の対立が国民感情に影を落としているわけで、政治家の無思慮な行動が何十年も掛けて積み上げられてきた国際間の親睦、信頼関係を一瞬にして壊してしまった。関係修復に動くでもない野田内閣の姿勢には少なからず問題がある。

 

いきなり国による購入で行動を起こし国有化に出た野田首相の姿勢は、領有する権利国のリーダーとして何ら問題がないように見える。国民も領有権があるのだから当然のことだと考え、野田首相の行動に対して批判の一つもあびせていない。確かに日本の領土に違いないが、その所有、管理形態に変化がある場合には事前に関係国に通告するのが国際間の常識である。それを怠っていきなり国家購入、国有化に出たのは常識を超えている。

 

常識は言い過ぎというなら相手の理解を取り付けるための配慮という表現をしよう。その配慮あるやり方ではなかった。事後談として伝えられているが外務省は対決状態になるのを避けるために前段として東京都による購入・管理に任せるべきだと主張したというではないか。それを振り払うように国による購入・国有化を強引に進めた野田首相は現在のような深刻な事態は承知してのことだったのではないか。

 

そんなところで「決められる政治」を演ずる必要はなかったのだ。結果も想像せず行動を起こしたのだから、その責任は負うべきだ。正式に外交ルートを通して収拾の道を探るべきだ。それなのに諸外国に応援を頼み、多勢で解決を図ろうとする姿勢はフェアではない。日中、日韓の関係をますます泥沼化してしまう。すでにその段階にあるというべきだろうが、ここまで冷えてしまった経済や文化や人的交流を元の姿に戻すのは至難のことだ。

 

そこまで言っては失礼だが、このまま泥沼にはまった日中、日韓関係をそのままにしてリーダー交代になるかもしれない。解決の糸口も用意することなく、悪く言えば、逃げてしまう。そんなことは断じて許されない。解散・総選挙を前に論争は盛んだが、なぜ、この領土問題解決の道筋を語らない。TPPよりよほど重い。語りやすい話だけするのは政策論争でも政権論争でもない。単なる票寄せ話術、首相が得意な辻立ち演説に過ぎない。

 

民間外交、つまり国民サイドの交流によって解きほぐす手もあるが、その人的交流さえ冷え切ってしまった今、首相、あなた自身が中国、韓国の指導者と胸襟を開いて話し合い、融和への道を開くことしか道はないのです。総選挙の最中でも取り組んでください。日中、日韓の交流促進にかかわってきた者には首相にそれを求める権利があります。

 

川柳「朝囀」 冷えた友 言い勝ってこそ わびしけれ     (誠)

2012年11月24日 (土)

橋下さん、維新政治どころじゃない

大阪で少年たちが路上生活者を次々と襲って殺した。新聞、テレビは慣れっこになってしまったのか、路上生活者ということでさほど問題視していないのかあまり騒ぎになっていない。尊い命が虫けらのように扱われている。誰もが標的になる恐れがある。内閣支持率がどうの、政界地図がどうなるといった話よりずっと深刻なのに世間も無関心のそぶりだ。

 

人命尊重が叫ばれている時に遊びや気晴らしで無抵抗な人を殺してしまう少年たちが現われた。皮肉でも何でもない。当然の成り行きなのだ。国の財政が苦しくなったから老人の医療費負担を上げろ、生活保護受給者に医療費を負担させろ、わずかな年金のもらい過ぎにもメスを入れる。1年間に1人1億円を超える給与や手当をもらっていながら弱者や老いた者を痛めつける国会議員。口では国民の生活が第一だと言いながら弱者抹殺の思想なのだ。

 

そういう抹殺の思想が充満している社会から脱しようと少年たちが気晴らしに路上生活者を抹殺し、子どもたちが仲間をいたぶっていじめに走るのかもしれない。集団殺人を起こした大阪の少年たちは「ノリでやった」「気分でやった」と話しているという。子どもは次代の担い手だ。社会の財産だ。だが、その期待に応えられるような人材にするためには社会全体で教育しなければならない。

 

子ども中心の社会や家庭にして甘やかしているのは教育ではない。子どもが大人よりも自分の方が重要な存在なのだと錯覚してしまうような催しや行事があふれている。大いに反省すべきだ。少年たちが路上生活者を襲う事件は今始まったわけではない。繰り返し起きている。だが、社会はいつも特別なケースだとして幕引きし、忘れよう、無視しようとしてきた。

 

30年も前、横浜で10人の少年が地下街や公園の浮浪者を次々襲って殺した。そのころにちゃんとした対策を講じていれば、ここまで悪くならなかったはずだ。それなのに東京では駅周辺の路上生活者を役所が排除する模様をテレビが実況中継するという馬鹿げたことをやった。その後に路上生活者襲撃で捕まった少年たちが「じゃまものを追っ払う手助けをしてやったんだ」と供述した。路上生活者をじゃまものと教えたのは大人だった。

 

大阪の橋下徹市長1人の責任だとは言わないが、橋下さん、足元がこんなむごい事件、破壊された少年たちを生んでいるというのに希有壮大な気持ちは変わりませんか。「維新」も「維新八策」も「暴走老人との共演」もいいですが、自分の領地をしっかり治めてからでしょう。こんな足元がぐじゅぐじゅな状態で国政に参画しても望みは実らないでしょう。あなたの「日本維新の会」をめぐって言い寄る政党、政治集団の醜さに辟易としませんか。それより何より大阪市政は大丈夫なんですか。

 

大阪市長と国政政党の代表代行に加えて次の参議院選に出馬し3足のわらじを履くという話も聞きますが、やめるべきだ。大阪市政をしっかりやるべきだ。いくら力があってもすべてが中途半端になっちゃう。それは本望ではないでしょう。

 

川柳「朝囀」世直しを 叫ぶ足元 ぬかるんで     (誠)

2012年11月21日 (水)

恩知らずばかりなんですよ

鳩山由紀夫元首相が、次期衆院選への出馬を断念、引退するという。2年前いったん引退宣言した後、またノコノコ出てきたような人だから、まだ、この先事情が変わることがあるかもしれないが、中途半端な政治家が多い中でも徹底していい加減な人だったから、辞めるとなるとちょっぴり寂しさもある。でも、今回はそういうやり直しは絶対にないようにしてほしい。これ以上政治嫌いな人を増やさないでもらいたいからだ。

 

かつて弟の邦夫氏(衆院議員)とともに自民党に絶縁状を叩き付けて離党、新党「さきがけ」の結成に参加した。祖父、一郎氏(元首相)が保守合同の上で作った自民党だったが、「おじいちゃん、もう僕の体にも心にも合わなくなったよ」といって弟とともに見捨てた。米国嫌い、親ロシア派の祖父の教えだけは体から抜けなかった。反米、反体制の菅直人氏と組んで民主党を結成しリーダーにおさまった。党内の支持を固めるためにザクザクと資金を注ぎ込んだ。自ら金づるとなったのだ。

 

そこに策士、小沢一郎氏(国民の生活が第一代表)が一族郎党を引き連れて参入、政権交代を成し遂げるとその初代首相にまつりあげられた。例の14億4500万円という実母からの巨額献金の使途の一端がそこにあるのだろうが、鳩山金脈が民主党の資金源になったことは否定できない。どんなにおかしな言行があろうが党内から鳩山氏追い出しのノロシは上がらなかった。沖縄の米軍普天間飛行場移設問題に関する失態でも党はかばった。でも、米大統領を直接愚弄した「トラストミー」発言の責任からは逃げられなかった。

 

後ろ髪を引かれる思いで退陣した。首相だった者はその影響力を残し過ぎてはいけないといって、政界引退を表明したが、半年で撤回し、政界に戻った。私が創った民主党だ、私が育てた民主党だという思い入れを切れない。特に野田首相の頑なな党運営がゆるせない。野党が出した内閣不信任案に何回か賛成をチラつかせ野田氏を揺さぶった。そして今回、次期衆院選の公認条件にTPP推進などを突き付けられ追い出しにあった。

 

乾いたノドをうるおす時、井戸を掘った人を想い、恩義を忘れるなといわれる。民主党の窮状に直面し、何よりも結束が欲しい時、党を創った人を想い、恩を新たにする。それが普通の人だが、野田首相は違う。わが身の傷は自ら治癒せよ、わが過ちは自らを責めよという冷酷さなのだ。鳩山氏がどんなに心血を注ぎ、大金を注ぎ込んだにしてもそれは天下の公党であり、私党、個人の持ち物ではないというのだろう。

 

川柳「朝囀」 いまさらに 戻ってみても 椅子はなし    (誠)

橋下さん、自ら骨抜きですか

政治は政策を語っているだけじゃだめで、政党や組織を動かさなくちゃどうにもならないんです。日本維新の会代表代行の橋下さんが遊説カーの上からそんなことを叫んでいるニュース画面が飛び込んできた。橋下さんの一挙手一投足を取り上げてああこういったところでどうにもならないが、それにしても発言がコロコロ変わりますね。どれが本当の橋下さんか、選挙が近づくにつれて分からなくなってきました。

 

政治にとって政策が大切だ。政策が基本だ。そう言っていたのは橋下さんですよ。橋下さんが大好きな石原慎太郎さんと「減税日本」の河村名古屋市長が会談して連携の方向でまとまったという時に、不愉快そうな表情で「政治は政策、連携するには政策一致がまず基本ですよ」って吐き捨てるようにおっしゃってましたね。あれはどういうことですか。石原さんと河村さんが仲良くするのにヤキモチ焼いたんですか。

 

結果的に石原さんの「太陽の党」を西に沈めて、その前に「たちあがれ」もへたり込ませて、自分の「日本維新の会」へ飲み込んじゃった。その過程では石原さんの強引な主張を棒を飲むような思いで飲み込んじゃった。先日も書いたが「2030年代に原発ゼロ」というスローガンはどこへ消えたか分からないし、原発の「げ」の字も合流条件には出てきませんでした。石原さんと一緒になるために自分から柱になる政策を捨てたんですね。

 

それで「ご都合主義だ」「野合だ」って批判の声が上がったから、「政策至上主義」を打ち消しにかかっているんですね。信念めいたことを言えば、方向転換した時に言い訳に苦労する。当たり前の話です。大衆の耳目を集めたいのは分かりますが、あまりやり過ぎると自分で自分の尾っぽを噛んじゃうことになるんです。元々、あなたの思い切った発言、竹を割ったような一刀両断話法が魅力だったんです。

 

でも、思い起こせば関西電力大飯原発の再稼働に徹底反対だとおっしゃっていたのに、産業界の攻勢に「うわべだけ言ってたって仕方ないですわ」と折れてしまったり、怪しいところが目につきますね。企業献金禁止の旗も石原さんに配慮して撤回だそうじゃないですか。そんなことして約束を次々と骨抜きして、小骨一本残らないクラゲのようになっちゃうじゃないですか。橋下さんらしさは鼻っ柱だけじゃないでしょう。

 

政治を変えたい。世を変えたい。国会議員の力量不足を何とかしたい。橋下さんの志は尊いと思います。でも、結果を急いだり、人を利用したりしようとすれば、それは「仕掛け」や「駆け引き」になってしまいます。さもなければ、老獪な古臭い政治の餌食にされてしまいます。あなた自身がとても軽い政治の実践者、ピエロになってしまいます。

 

 

川柳「朝囀」 命をば 捨てる覚悟か 竜馬問う    (誠)

 

2012年11月20日 (火)

仮免のままでいいのか原子力規制委

国会同意を求めず、福島第一原発事故で緊急事態宣言が出ていることを例外適用して存続させている原子力規制委員会の委員長・委員人事について違法性を追及する声がどこからも上がってこない。不思議だね。政界や国民の原発問題に対する関心は果たして本物なのかどうかきわめて疑わしい。

 

「原子力の安全規制を一元的に行う新組織」と前宣伝は勢いがあった原子力規制委員会だが、その委員長と委員4人の任命に国会の同意が義務付けられているにもかかわらず野田首相は国会の同意を求めず、首相権限による例外的な任命で逃げてきた。いわば仮免許のままで職務に当たらせている。事情はあるにしてもさらしものにされている5人の心情を少しは考えたらどうだ。野田政権は口で言うほど原子力行政に真剣ではない。

 

田中俊一委員長(前原子力委員会委員長代理)らが原発推進側、いわゆる原子力ムラ出身であることに与、野党から反対論が強く、強行採決すれば民主党から大量の造反者を出してしまうというので委員会設置法の裏をかく手を使った。国会閉会中は国会の同意なしで首相が任命できるという付則規定の悪用だ。国会の閉会まで待って9月に首相任命した。いわば異常分娩だ。首相任命の場合でも次の国会で速やかに事後同意を得ることが義務付けられているのに首相はそれも見送って、仮免許のままで職務させている。

 

臨時国会が開会したのに今度は福島第一原発事故で緊急事態宣言が出ていることを例外適用して同意を求めることを先延ばし存続させている。逃げ道やへ理屈を探して不承認を回避しているが、このままで5人が責任ある仕事ができるだろうか。そのせいではないだろうが、先に公表した国や地方の原発政策の柱になる全国の原発ごとの放射能拡散予測シミュレーション結果でミスが重なった。原子力規制に対する信頼回復どころではない。この先には原発の安全判定や再稼働是非の判断など重要な役割が待っている。

 

民主党政権の原発行政は極めて無責任に進められていることをさらす話だ。原発再稼働について民主党や政府、規制委の間で責任のなすり合いが続いたが、民主党は最終的に「政府は安全性が確認された原発について再稼働するというのが大方針。規制委が安全と判断すれば方針通りやる」という原則を明らかにした。規制委の判断がすべての基本ということであり、そんな重大な任務を国会同意もない仮免集団に任せておいていいのか。

 

福島第一原発事故に伴う放射能拡散調査の未公開データが発見されるなど原発事故対策でも民主党政権の対応に不安が指摘されているのに専門家はなぜ声をあげないのだろう。原発事故被災地住民の安全を放置したまま「原発」を争点に進む選挙戦に見るように今、政治は国民からすっかり離れてしまっている。それも国民の無関心に目ざとくつけ込んでいる。そんな政治をやって、その先にどれほどの幸せと喜びがあるのだろう。

 

 

川柳「朝囀」 被災地に 心とどかぬ 冬木立     ()

2012年11月19日 (月)

橋下さん、ずっと言い訳続けますか

自ら暴走老人と呼ぶ石原前東京都知事率いる「太陽の党」と合流した橋下「日本維新の会」代表代行は「合流は自分たちの考えることを実現するための道だ」と記者団に語ったそうだ。「日本維新の会」だけでは、議員を数名誕生させて国会で質問するだけで終わり、次の選挙はどうなるかも分からない。そんなことのために「日本維新の会」をやろうと決断したのじゃない…とも語った。

 

 原発についてこれまで言ってきた「2030年代に原発ゼロにする」という話が「太陽の党」との政策のすり合わせで消えてしまった。「みんながいい加減に言いたい放題に言っている状況で、そんなバーゲンセールに乗るのはよくない。ゼロにするためのオプションが出ていない段階で、年代を設定してゼロにするという方が無責任だ。今までめざしてきた目標に第一歩、第二歩を進めるために政治的な判断をしたのであり、方向性を変えたわけではない」と語った。いや、言い訳をした。

 

 自分が勝手に「2030年代の原発全廃」を言い出したじゃないか。言いたい放題を言って多くの人々を煽っていたのは橋下さん、あなた自身じゃないか。2030年代という具体的なタイムスケジュールを持ち出して人々を信用させてきたのはあなた自身じゃないか。ほかの誰かに責任があるような言い方は弁護士出身らしくない。石原さんの「人気」「集票力」をアテにしてなりふり構わず合流したって言えばいいじゃないか。あっけらかんとしてそんな発言をしてきたのがあなたの持ち味だったじゃないですか。

 

「原発ゼロ」政策を消して、「新しいエネルギー需給体制の構築」って発表したけど、その中に原発再稼働をどうするとか、原発依存度をどうするとか、現存する原発の扱いを議論しなくちゃならないでしょう。原発論議は避けられないでしょう。総論よりも各論が難しいから国民はその扱いを知りたいんです。それなのに分からないように、方向がバレないように政策を丸めて発表する。「野合」そのものでしょう。

 

新しい日本の夜明けになるような政治をするんだとおっしゃっていた橋下さん、あなたがなぜ「古い時代」の象徴のような老人に追従するのか。数は少なくても時代の先駆けを演じ、若い力を結集していくんだ。そう言ってたじゃないですか。石原さんだって、若い者に数でなく質の高い政治の大切さ教えるのじゃなかったんですか。政党政治のケジメも理念も踏みつけ、ばらまきマニフェストで国民を一網打尽にして政権を詐取した3年前の小沢一郎さんと何も変わらないじゃないですか。

 

いずれにしろ人間は一度言い訳をしてつじつま合わせをすると、その先ずっと言い訳を繰り返さなければならなくなる。これだけ出発点で言い訳をしなければならない人たちが一国の流れを左右するような「第三極」とか「第二極」になれるのだろうか。国民の多くがそんな疑問を抱いてしまいました。噴き出す矛盾や不条理を片っ端から片づける力があるならまだしも、とてもそうは思えない。国民をもてあそび政界の数あそびの手先になるようなら一日も早く撤退した方がいい。

 

川柳「朝囀」 すみません 政策どこに ありますか     ()

2012年11月18日 (日)

捨てたのは「小異」でなくて「大異」だ

その場で合意できないものをいったん持ち帰った後でまた会うとまとまる。不思議だな。2、3回それを繰り返すと全部が合意しちゃう。「第三極」めざして進む合流協議を見ているとまるでマジックだね。だが、当人たちは気づいていないだろうが、その手の下からタネもシカケも丸見えで観客は必死で笑いをこらえている。怒り出す客もいる。

 

野田首相もたまにはいいことを言う。「第三極」めざしてなりふり構わず進む合流に「小異でない、大事なものを捨てて、くっつくのは野合だ」と批判した。そうですね。石原「日本維新の会」代表や橋下代表代行が考える「小異」と野田首相が考える「小異」とは丸っきり違う。消費増税と消費税の地方税化は大して違わない「小異」だと石原、橋下の2人はいう。石原氏の原発推進と橋下氏の30年後の原発依存度ゼロとは大して違わない「小異」だというのである。本当にそうでしょうか。

 

もちろん、野田首相はいずれもどんな理屈を持ち出しても同じにはならない「大異」だと考える。維新劇場に集まった観客の多くも「小異」ではなく「大異」だと考えている。それを石原、橋下マジシャンは「見事にくっつきました」と言ってコブシをあげ、観客に拍手喝采を求める。もちろん、タネもシカケも見え見えだから、拍手なんかする観客は1人もいない。その冷ややかな客席に両マジシャンはブスッと仏頂面だ。

 

そんな田舎マジックを新聞、テレビがまともに取り上げ、「維新と太陽合流」「第三極の軸まとまる」「有権者の選択肢広がる」なんて騒ぎ立てている。この連中の平衡感覚、正義感は一体どうなっているんだ。つじつま合わせた作文で紙面を埋め、それらしい見出しで飾り立てていれば読者は満足するとでも思っているのか。それでも社会の木鐸としての誇りはあるのか。目を覚まさせようという声は内部から出ないのか。

 

何よりも政策の一致が条件だと言っていた橋下さんだったじゃないか。ねじ曲げて同じ格好にしたのが「一致」ですか。やっぱり肝心なところでシッポを出しましたね。すじを通す男じゃなく、ご都合主義そのものじゃないですか。「独裁者」じゃなかったのか。「暴走老人」の毒気にあてられたのか、まるで青菜に塩の萎びようだったじゃないか。そんなことで衆議員の数の半減なんかできるんですか。

 

政治は国民を諭し国を導くという役割を背負っている。国民にすがり国の進路をあやふやにするのが仕事ではない。少なくとも詭弁を弄してまで「数」や「権力」を得ようとするのはまともではない。「たちあがれ」はへたり、「太陽」は沈み、「みんな」は一部になり、「減税」も増税に替わる。希代の「世直し人」ともてはやされる2人が演出したのはそんな漫画チックな世界なんです。笑っちゃいますね。

 

川柳「朝囀」 この国は 野合と無知で 出来ている     ()

 

2012年11月17日 (土)

3年遅い民主党政権の問い直し

「近いうち」といった約束を果たすために解散した。野田首相はわるびれるでもなくそう言ってのけた。間違いではないが、ちょっとふざけていませんか。そこまで「うそつき」呼ばわりされるのが嫌だったんだろうか。「一票の格差」違憲状態のままで選挙戦に突入しても構わないほどの万能権が与えられているとでも思っているんだろうか。そう言っては失礼だが民主党は最初から最後まですじ道を踏みつけている。

 

そのすじ道の話だが、新聞、テレビはもう投票結果の予測合戦に高飛びして民主党は惨敗、自民党は伸び悩み、「第三極」躍進…などと騒ぎ立てている。いつものことだ。解散・総選挙によって私たちが問われていることは何か。ここまで政治が劣化してしまった原因は何か。その政治を再生させるために私たち民主主義の主人公はどうすればいいのか。この選挙を通して政治家や政党に何を求めるべきか。テーマはいくらもある。

 

その私たちが問われている一番のことは政治の選び手としての姿勢だ。もう、何十年もそこが肝心だったのにいい加減にされてきた問題だ。それは政治家、政党の約束の厳格性への私たちのこだわりだ。選挙が終わってしまえば、その約束が守られようが、守られなかろうがほとんど問題にしない。つまり、誰が持ち込んだか知らないが横文字への憧れにつけ込んだマニフェスト(政権公約)の登場だ。あれもやるこれもやると店のウインドウのように飾り立て人々の心を鷲づかみにする騙しの戦術だ。

 

民主党はそのだましの戦術で2009年総選挙で政権を手にした。そしてそのマニフェストに掲げた約束は最初からほとんど実現不可だと判明した。公正な社会は約束が履行できないと分かればその場で契約を破棄して元に戻し、違約金を払って終結する。つまり、民主党はマニフェストの実現がほとんど見通せない、政権交代の足場が崩れた時点で政権を返上するか、国会を解散して政権の問い直しをするべきだったのだ。

 

その意味で今回の解散は、3年にしてようやく、その時点に戻ったということがいえる。つまり、野田首相は2,009年総選挙で実現した政権交代の正統性を国民に問うたのだ。そうなら国民はしっかりしなければならない。ただ「政権」、権力を手に入れるために甘言を弄して票を集める政治をこれからも許してしまうのか。未曾有の大災害に「人災」と断を下されてしまうような政権を許すのか。明日の暮らしや国の将来を託す担い手選びを「一度やらせてみるか」などとやっていていいのか。問題は選ぶ側にまずある。

 

新聞、テレビの上手な解説やあたかもそれらしい理屈に乗せられているとまたまた同じ過ちを犯してしまう。選挙はお祭りではない。私たち1人ひとりが「生きる権利」の確実な実現に向けて自分で駒を進める作業なんだ。「第三極」がどうのこうのと新聞、テレビが騒ぎ立てているが、彼らはそのこと自体が国民の選択眼をねじ曲げているとは気付いていない。新聞、テレビが国民の選択や政治の進路を誤らせても責任を取ったことは一度としてないんです。ムードに乗せられるのが一番こわいのです。

 

 

川柳「朝囀」 どさくさに 威力発揮の へ理屈や     ()

2012年11月16日 (金)

格好だけでした…民主党

「総選挙前に民主溶解」って新聞の見出しにあったが、正直に言ってよくここまでごまかし続けられたものだと思う。もちろん民主党の政治理念に賛同してそこに身をおいてきた人たちが大勢いることは承知しているが、党を率いた人たちが悪すぎだ。公党を率いることにどれほどの責任感があったのか、聞いてみたいくらいだ。

 

政治は政権を取ってはじめてその真価が証明されるという。2009年総選挙で政権を取った時、民主党はその任に応えられるだけの担当能力を備えていたか。正直に言って「ノー」だった。大臣になった嬉しさで舞い上がった人たちが「コンクリートから人へ」などという荒唐無稽なスローガンを掲げ、それに加えて「政治主導」などというできもしないことに手を染めて役人を封殺しにかかった。国会答弁は答弁書も携えずアドリブでやると大見得を切ったが、答弁書の棒読みになってしまってはどうにもならなかった。

 

自民党の跡目相続で敗北し、その恨みを意趣返しにかえて政権取りの鬼になった小沢元代表にその足がかりにされたことが不幸の始まりだった。新党を結成しては潰し、潰しては新党旗揚げするという繰り返しの中で政党交付金をたくわえ、金力をつけた小沢氏に自民党に対抗できる数への足がかりにされた。小沢氏がちらつかせる「政権」の2文字は当時の民主党リーダーたちには夢にさえ見た「その日」だった。

 

若き日、日本の統治構造を転覆させよう、体制をひっくり返そうとして闘った人たちが背広の胸に金バッジと姿を変えて党のリーダーにおさまっていた。そこへ40歳半ばで自民党幹事長におさまり権力の中枢でほしいままに振る舞っていた小沢氏がただただ自民党に恨みを晴らすための「数」にねらいをつけて合流した。怨念を晴らすために足がかりにされたのに、それでも夢にまで見た与党になり、大臣、副大臣という権力の座におさまることができた。小沢さまさまだったのだ。

 

自民党を野に追い落としてしまった小沢氏は民主党に何の愛着も未練もない。「民主党には政権担当能力が備わっていない」と公言し、土地購入疑惑を境に冷たくなった党を逆恨み、いつ絶縁状かという姿勢に変わった。そして野田首相の消費増税断行を対立軸にして民主党を飛び出し、「夢よもう一度」というのだろう、政権を奪取した時の民主党のスローガン「国民の生活が第一」をそのまま党名にして新党を旗揚げした。

 

党のリーダーでありながら反日政治組織に巨額献金を続けた菅元首相、日米安保闘争の中核派の生き残り横路衆院議長、江田元法相らが率いる政治集団と自民党の中枢にいた小沢氏が政治信念や政党の論理を無視して、いわば「野合」した結果としての民主党政権が命脈を保つことには元々、無理があったのだ。思想、信条は自由だが、そういう分かりにくい混濁した政治思想の中で政治活動を続けることは他の政治家にはつらいだろう。民主党を支えるまともな政治家や党員にとって不幸だ。

 

こうした混乱を振り返ると思想性の薄弱化した現代社会の不幸かもしれない。人間の価値観を構成する基底であるイデオロギーが軽視されるようになって久しい。そこを小沢流の政治に狙われた。今、解散・総選挙を前に「第三極」めざした連携・合流ばなしが進んでいるが、そこでも政策はもちろんそれぞれの政治理念、イデオロギーは無視され、「数」の確保だけが暴走をはじめている。私たち選ぶ側にすべてがかかってきた。

 

川柳「朝囀」 政治家の うまい話の 裏を読め    ()

2012年11月15日 (木)

生まれるか、大野合集団

選挙だからまず当選すること、政党として出来る限り大勢の議員を得ること、そして数で優位に立って政権を握ることが目標になる。今や議員になること、政治家になることが目標で、つまり政治家が職業になっている人たちばかりになってしまった。地方だってそうです。特定の政党の役員になれば一生政治家で食っていける。

 

そういう人たちが広く社会のために奉仕するだろうか。まず、個人、自分のために動くでしょう。その次に自分の所属する政党や組織のために動く、広く、地域、国民のことは最後になる。政治家は、役人とともに「全体の奉仕者である」なんていわれるが、そんなことはない。もう、何度となくそういう姿を見せられてきましたから改めて説明なんかする必要もないでしょう。またそのことを考えさせられる時が来ました。

 

つい3年前、私たちはその自分や権力のことしか頭にない政治集団にまんまとだまされてしまいました。大事な政権を与えてしまいました。お子さんに毎月1人2万6000円あげます。誰も月に最低7万円もらえる年金制度を作ります。高速道路は全部無料にします。そういう政権公約、マニフェストとやらをチラつかせられ、そっくり信用してしまいました。でも、何もやってくれなかった。そのための資金を考えてなかったんです。

 

それでもまだ同じようなマニフェストを続けるそうです。大阪市長の橋下さんが率いる日本維新の会は、衆院議員の数を半分にするマニフェストをチラつかせて「第三極」を引っ張ろうとしています。本当に議員半減をやれるんですかね。その「第三極」といえば野田首相に抜き打ちの解散宣言で機先を制せられ大慌てですね。太陽の党率いる「暴走老人」は「♪やると思えばどこまでやるさ…」と人生劇場なんか歌ってごまかしていたようですが、困るのはこの先やることが見境なくなることです。

 

それが証拠に早くも太陽の党へ河村名古屋市長率いる減税日本が合流するというじゃないですか。橋下氏は政策が違い過ぎる哲学が違うと減税日本に懐疑的だが、一方に大好きな「暴走老人」がいてはいつまでもそんなことを言っていられないだろう。これに渡辺氏のみんなの党がくっつくことになる。さらに新党きずなを抱え込んだ剛腕小沢氏率いる国民の生活が第一がひっつくのにそう日時はかからないだろう。いろいろ不満はあるだろうが、ぶざまな結果になれば「第三極」そのものの命脈が断たれる。

 

最後は「暴走老人」の鶴のひと声、大同団結!で史上まれにみる「大野合集団」となって選挙になだれ込むことになるのではないか。そうなると2009年衆院選で小沢氏が議席3倍増を引き寄せた二の舞だってみえてくる。国民が再び追い風起こしに加担し、マニフェストにだまされ、「一度、第三極にやらせてみよう」などという政権選択に走ればの話だ。そこまで国民の学習能力が落ちているとは思いたくないが…。

 

「第三極」の結集に向けては当然、政党間の政策の一致は絶対条件だということを見落とさないようにしよう。「一票の格差是正」「税と社会保障制度の一体改革」「原発政策」は一致させなければならない基本政策だ。このうちの一つでもあやふやにして結集するようならそれは「野合」であり、ごまかしだ。そこを許したら向こうの思うつぼだ。「第三極」などという夢のような表現にだまされてはいけない。

 

川柳「朝囀」 そんなはず ありませんよと 自問する    ()

 

2012年11月14日 (水)

暗黙の「話し合い解散」ですね

野田首相、さんざん気を持たせて引きずったけど最後はあっけない幕引きでしたね。こんなことならもっと早く解散すればよかったじゃないですか。追い込まれ解散じゃなく自主解散だ、主体的解散だと政経塾でコブシを突き上げていたころのまんまの調子だったけど、やっぱり追い込まれたじゃないですか。

 

追い込むって…別に野党に限ったことはありません。今回は「年内解散反対」「年内選挙反対」と燃え盛った党内の反抗にやられましたね。野田さん、あなたが「機能強化がねらいだ」と大見得切って断行した内閣改造で「一心同体」「一連托生だ」といって続投させた輿石幹事長が追い込みの大将になりましたね。今、解散なんかしたら野党に転落だ…政権から転落だ…そんなことも(首相は)分かっていないんだ。そういって解散反対は党内の総意だと迫りました。党の大将から迫られて腹をくくりましたね。

 

衆院の定数削減を来年の通常国会までに実現することを確約するなら今週16日に解散してもいいと思っている。あなたの発言に自民党の安倍総裁が一瞬、えっ?何ですか?と戸惑いをみせていましたね。正直、また新しい条件を持ち出して延命発言をするんじゃないか…そういう疑念を抱きながら党首討論に臨んだ安倍総裁でしたから、びっくりしたんでしょう。党本部に戻ると何分もかからないで安倍総裁や石破幹事長は首相が提案した衆院定数の削減を来年の通常国会までに筋道立てるよう協力する方針を決めました。

 

「然るべき時に」が「近いうち」にかわっただけで解散時期を巡る攻防だけでまるまる1年過ごしてしまった。「うそつきだ」「ドロをかぶるのか嫌いなどじょうだ」…首相もいろいろ悪評を立てられました。でも、あなたにどうじょうする気にはなりません。だってすぐムキになって後先も考えないことをやってきましたからね。尖閣の国による購入、即国有化による中国との領土問題化は、いかにも短慮でした。あなたはそう思っていないでしょうが、暴走老人に引っかかったんです。

 

いきなり国で買わないで東京都に買わせて管理させておけば、中国が難くせつけてきても「一自治体がやっていることで、国は関与していない」とクッションを置いた話で済ませたではないか。領土問題だから国民からはあなたに対する批判は出にくいが、ここまで日中間に負の影響をもたらしてしまうと本来は責任問題です。解散うんぬんどころではないんです。まあ、「一票の格差」是正も定数削減問題も違憲宣告されている問題で自民党だって公明党だって年度後半の必須作業だ。話が反れることはないだろう。結局、あなたは暗黙の「話し合い解散」を選んだっていうことですね。

 

 

川柳「朝囀」 政界は 引導いつも 身内です     (誠)

 

そんなに御身がかわいいですか

政治を通して国民を幸せにするのが目標じゃなく、政権を取って権力に酔い痴れていることが目標の民主党のみなさん、何をたわけたことをおっしゃってるんですか。「今解散したら、完璧に政権を失う。野党に転落する」? 輿石幹事長、じゃあ任期満了選挙になれば勝てるんですか。政権にとどまれるんですか。支持率は20%そこそこ、政権はもうすでに虫の息になっているんですよ。

 

お言葉を返すようですが、民主党政権の存廃どころか日本の存在が危うくなっているってことをご存じですか。元々、成長戦略もなく格差のない社会などという訳のわからない政策に寄り掛かっている皆さんだから経済が疲弊し、国の借金が1000兆円を超えるような事態になっても何が重要か理解できないのだろう。個人が営々と築いた富を税金でひっペはがし、それをばら撒いて弱者救済だと言いふらし、見返りに「票」を奪っていく…そんな「票」の振り込め詐欺のような政治をいつまで続けるんですか。

 

首相が解散の前提として掲げた3項目の政治課題が片付く見通しがついた。それならさっさと解散・総選挙によって新しい政権を選び出し、国力の回復と国民の暮らし再生に向かうのが当然じゃないか。皆さんのバッジを守るために解散の時期をああこう転がすゲームに付き合わされているのはもう結構だ。皆さんがここへきて言ってることは何の理念もない保身ばかりじゃないですか。

 

解散なんかしている時じゃない? 政権与党なんだから東日本大震災の被災地や原発事故の被災地の復旧・復興に全力を挙げるべきだ? 政治空白になる解散はやるべきでない? 民主党のみなさん、今ごろになって何をおっしゃるんですか。復旧・復興をこれだけ怠けてきて、よく言えたものです。被災地は国の政治はアテにならないと言ってます。先週お会いした福島県のある市長さんは「肝心な時に力にならないのが政権だ」と泣いてました。皆さんが政権にあること、それ自体が政治空白を作っているんです。それがお分かりになりませんか。

 

さんざん冷たく放ったらかしてきておきながら、党内確執が始まったらその政争の道具に「震災・厳罰事故被災地」を持ち出すとはひどいじゃないか。皆さんを責めることが結果として、年内解散・選挙に踏み切る方針を決めた首相の応援になってしまうのは本意ではないが、皆さんの圧力に負けて首相が方向を変えてしまえばまさに「嘘つき政党」になっちゃいますよ。その先に勝算なんか見えるはずもないでしょう。それこそ政党の形もとどめず雲散霧消でしょう。

 

元々、政治理念もなく政党交付金に群がり、政権を奪う足がかりだけで合流した徒党の集団である実相がこういう時にこぼれ出てしまう。その政権を奪う戦略を打ち立てた張本人は今、党にはなく、新たな政治集団を率いて何と皆さんに襲いかかろうとしているではありませんか。何をどう説明しても皆さんの周辺はまともではない。「偽りの政権」が命脈を保ち続けてきたそのシワ寄せはこれからどれほど深刻なものになって現われるか想像もつかない。もう、これ以上国を壊さないでいただきたい。

 

川柳「朝囀」 壊し屋が 壊れた国を 救うとな     ()

シカたちを殺さないで!

動物たちは「人間って勝手だなあ」と嘆いているに違いない。奈良公園の天然記念物に指定されているシカのうち公園域から出て農作物などに食害をもたらしているものについて奈良県が殺処分を検討しようとしたところ、全国から「殺さないでほしい」という声が寄せられているという。

 

予想できた話だ。生きているものを殺そうとすれば反対が出るのは当たり前だ。特に子どもや女性、動物好きな人たちにとってはとんでもない話だろう。いくら公園の外で観光客と接することがない、いわば場外組のシカたちだと言ったって、公園域でおりこうにしている大半のシカたちと区別なんかできない。せんべいを欲しいとすがってくる、与えればもっと欲しいといつまでもついてくる。そんなかわいい動物なんだ。

 

動物嫌いな人はそれがいやだろうし、汚いというだろう。だが、ペットも同じで小さいうちはベタかわいがりしておいて、大きくなったら邪魔にするなんて絶対いけない。かわいがってくれたのに突然邪険にされたら動物たちは悲しむだろう。なぜだろう?ってノイローゼになっちゃうかもしれない。シカを奈良公園の名物にしようとした時に数が増え過ぎたらどうしよう、公園域をすり抜けて市民生活の邪魔になるようになったらどうしよう…そんなこと考えておくのは動物飼育のイロハじゃないか。

 

全国あっちこっちの観光地でサルによる害が問題になっている。山から1匹2匹と下りてきているうちはかわいいと夢中で餌付けをし、観光客が増えてくると大量に食べ物を与えてたちまちサル公園にしてしまう。そのサルが店の商品を奪う。観光客の持ち物まで狙う。そうなると突然、サルを敵にしてしまう。サルたちは人間の態度の変化なんて理解できない。追い払われるたびに狂暴化して逆襲までするようになる。そこで人間は猟友会を動員して殺処分という地獄送りに出る。むごい。

 

シカやサルたちになぜ殺処分に及ぶのか説明することもできないし、お前たちが悪いんだと分からせることだってできない。人間にそれを分かってもらうようきちっと説明して、受け入れてもらう努力をすべきじゃないか。いきなり学識者を集めて処分方法を話し合うというのは手抜きだ。数を減らすには確実に去勢手術しながら進めるべきだろうが、学識者が動物嫌いだったら躊躇なく殺処分へ結論づけるだろう。動物嫌いの学識者をより多く選定して片づけるなんていうのは言語道断だ。

 

中学生のころの記憶だが、グレゴリーペックだったと思うが猟師のおじいさんが孫と猟に出る。おじいさんが農作物を食い荒らすシカを射ち殺すところを目撃した孫が「なぜ殺すんだ」と泣いて困らす映画があった。年を取っていくことによって理解が進む…という設定で、やがて孫が年取っておじいさんと同じように孫を連れて食害対策でシカを射止めることになった時、おじいさんの行為を理解する。子どもには時間をかけて理解させるしかないのかもしれない。どうしても殺処分しかないのならそれを理解してもらうよう説明をしっかりやることだ。それしかない。

 

川柳「朝囀」やさしさの かけ違いでシカ 襲いくる    ()

2012年11月12日 (月)

小沢氏重ねて無罪、疑惑晴れたか

土地購入をめぐる政治資金収支報告書の虚偽記載で強制起訴された元民主党代表・小沢一郎被告に対し東京高裁は1審判決を支持し無罪を言い渡した。検察官役の指定弁護士による追加の証拠請求がすべて却下されていたことを考えれば予想された結果だが、これによって検察審査会制度の廃止などという極論に直結することを警戒しなければならない。

 

証拠主義の裁判制度の下では有罪と結論づけできなければ無罪になる。仕方のないことだ。ただ、強制起訴を議決した検察審査会のメンバーや多くの疑問を抱いている国民は司法の専門家ではない。ごく平易な常識的な判断に基づいて生きる人たちだ。常識に照らして「おかしい」「合点がいかない」と感ずることが解明されないでまかり通ることを見過ごせないというだけのことだ。そこは証拠に基づいて針の穴を通すように罪の有る無しをたたかわす法廷とは明らかに落差がある。

 

つまり、強制起訴の議決自体が市民目線で見ても市民感情からしても「おかしい」という心情に基づいて行われているのであり、言い換えれば「常識」というフィルターを通した疑念だから、裁判結果が無罪になるケースが多いのは当然ではないか。小沢裁判を含め強制起訴による裁判が6件とも無罪判決が下されていることで、制度の存在そのものを否定する声が政界を中心に強くなっているが、短絡過ぎる。裁判員裁判制度をはじめようやく緒に就いた司法の市民化という流れに逆行するではないか。

 

今度の控訴審でも、なぜ問題のないものなら記載時期をズラすなど不可思議なことをやらなければならなかったのか。いかに信頼しているとはいえ4億円もの多額の金の処理を秘書にまかせっきりにするだろうか。虚偽記載そのものを代表が一切知らなかったということが考えられるか。そうした市民の常識が証拠主義の司法を打ち破れなかっただけで正義を貫く社会を構築するために私たちはその挑戦を今後も続けなければならない。

 

私たちの社会では検事が裁判の証拠を改ざんしたり、無実の人を証拠の偽装によって法廷に引き出すという過ちを演じている。その反対に起訴して法廷で裁かれるべき者がそこから逃れるようなことがあってはならない。検察が罪を問うことを見送ったものを起訴し、裁判で立証することは極めて負担の重い仕事だ。今回のように政界の大物と言われる政治家、それもさまざまに影響力を及ぼしている実力者にかかる疑惑だ。

 

その解明の場をつくった検察審査会制度を評価すべきではないか。確かに市民目線、市民感情で起訴され法廷に引き出される被告の精神的負担はいかばかりか想像に難くない。だから、今回の控訴審によって小沢代表の無罪がより明白に立証されたとすればその制度成立を唱えた代表としても本望だろう。政界の一部が叫んでいる検察審査会の廃止という方向は間違った選択だ。無罪が重ねて宣言されたのだからこそ本人が自ら国会の場で真実説明の責任を果たすことが望ましいとも考える。

 

 

川柳「朝囀」 罪晴れし この世を嘆く 不条理を    (誠)

前原さん、いまさら何をおっしゃる

いまさらこんな話を聞いてもどうにもならないですね。2009年衆院選で民主党が政権交代を実現したが、その足がかりになったマニフェスト(政権公約)は単なるポピュリズム・人気取りで、私は不信感をぬぐえなかった…民主党の前原国家戦略大臣が今週末に発売される著書でそう書いている。

 

前原大臣は、まず、違和感をぬぐえなかったのは「国民の生活が第一」というキャッチフレーズで、単なるポピュリズムであり、政権を取ってもばらまきになるのではないかと思ったという。現実にそのマニフェストの中身はほとんど実現できず、予感の通りになった。最近、民主党はマニフェスト実現率を31%と発表、全国で「お詫び行脚」をはじめたが、それでも私たち国民とは随分かけ離れた評価のような気がする。

 

中学生まで子ども1人月2万6000円を支給すると約束した「子ども手当」は、半額支給を1年やっただけで自・公政権時代の「児童手当」に戻った。農家に対する戸別所得補償は立法化できず、高速道路の無料化も予算計上できず、月額7万円支給するという最低保障年金は具体化先送り、後期高齢者の医療制度の廃止は法案の国会提出を先送り…といった具合だ。マニフェストの心臓部はことごとく実現できていない。

 

実現できたのはただ一つ、高校授業料の無償化だけだ。それも私立高校生には高い授業料負担が残ったままで、かえって差別感を膨らめた。やるべきことをやらないで、マニフェストになかった消費税率の引き上げ、TPP参加協議入りを強行するというチグハグぶりなのだ。予算の組み替えや無駄の洗い出しだ16兆8000億円の必要財源をねん出すると言ったが予定が外れ、事業仕分けで省庁・出先機関を締め上げたが、しずくも出なかった。それから3年も経って「財源見通しが甘かった」と遅ればせの謝罪をした。

 

最初から有権者を一網打尽にして政権を奪う「方便」だったことはバレていた。「マニフェスト詐欺」とまで野党から扱き下ろされた。その時点で政権を返上するか国会を解散して政権の正統性を問い直すべきだったことは言うまでもない。マニフェストを中心になって作成した小沢一郎元代表(現新党「国民の生活が第一」代表)について「政権を取りさえすれば後はどうにでもなるという姿勢だった」と前原大臣は批判している。

 

前原大臣にいまさら白状されてもどうにもならない。「財源予測は外れることはよくある」「マニフェストは修正すればいい」という新聞・テレビの庇護報道、さらには国民の無関心に救済されたポピュリズム政治はいまだに延命を続けている。その新聞、テレビが今ごろ「マニフェストは約束と結果の整合性が大事だ」とまともなことを言い出したが、整合性は自分たちの報道ついて問われるべきものだ。マニフェストが政権奪取の「方便」だとバレた時に国会解散をなぜ叫ばなかったんだろう。

 

小沢元代表が政権奪取に賭けた執念は、リクルート事件で失脚した竹下登首相の跡目相続で自分を見捨てた自民党への意趣返しであり、小選挙区制の導入・小選挙区比例代表並立制への選挙制度改革・衆参ねじれの悪用・ばらまきマニフェスト…と綿密に仕組まれた戦略の結果であることは言うまでもない。それを薄々気づきながらも貴い「一票」を投じた国民の慚愧を刺激するだけの前原大臣は無責任のそしりを免れない。小沢元代表に罪をなすりつけても始まらない。著作を買って読む気にもならない。

 

川柳「朝囀」 憎しみの 手先にされる 私たち    (誠)

2012年11月 9日 (金)

年内選挙なら「早期解散」ですか?

 

あとひと押しだというところで自民党も公明党もグラついて民主党にあしらわれてしまう。ここへきてまた特例公債法案成立へなびいちゃった。解散をちらつかせて協力を引き出すという民主党お決まりの戦術にまたまた引っかかっちゃった。甘い、人がいい。民主党は「お坊ちゃん政党だ」ってみんなが笑ってる。

 

なぜ何度も何度も同じことを繰り返すんですか。政治家、政党にとって一番大切な闘争心がないんですかね。相手は若き日には日本の統治構造、国家体制をひっくり返してやろうとした人たちですぞ。現実に党幹部が反日政治組織に多額献金を堂々と続けてきた集団ですぞ。余程の覚悟と戦意をもって当たらなければ勝てるわけがない。政権を奪うと決めたらウソだってごまかしだってやり抜く人たちですぞ。

 

いつまでも対立して法案を通さないでいれば国民の批判が強まる? そんな環境になったら衆院選挙を勝てない? 政権奪還もおぼつかない? そんな意気地のないことで百戦錬磨の民主党に勝てるわけがないでしょう。そんな政党に国民が自分たちを守ってもらえると考えるだろうか。未来を託そうなんて考えるわけがないでしょう。だからこそ「第三極」をめざした勢力が跋扈し始めているんです。

 

「早期解散」って言ってたけどもう政権交代から3年です。嘘つきと言われるのを極度に嫌う野田首相が「近いうち」に国民の信を問うと言った日からもう3か月です。早期も近いうちも、もうどうでもいいでしょう。自民党が「早期解散」を迫った理由は何だっただろう。マニフェストに掲げた公約がほとんど実現できない。マニフェストはまやかしだったではないか。早期に解散して政権交代の正当性、政権の正統性を問い直すべきだ。そういう理由だったでしょう。

 

それが3年もズルズル、それも言いたい放題を言われて、その都度くやしい思いをしてきたではないか。谷垣前総裁は何と3年間、それを迫り続けたがかなわず、総裁再選の直前で引きずり降ろされた。じゃあ、今、しゃかりきになっている「年内解散・総選挙」って「早期解散」なんですか? 政権交代から3年も経とうというのに「早期解散」ですか?早期解散を迫り続けてきた意味さえ分からなくなっているのじゃないか。

 

首相は、解散前に特例公債法案、衆院の定数是正と削減、社会保障制度改革国民会議の設置という3点を掲げている。だが、それだって「解散の約束条項」ではない。それを実現できなければ首相は支持率も地を這うようになる。いかんせんそうなる前に解散するだろう。それは自・公両党の希望的観測に過ぎない。恥の概念がない首相には支持率10%も5%も全く関係ないのです。

 

内閣不信任案に対抗し内閣を守るためにある解散権を自分を守るたるため、メンツを守るための武器くらいにしか考えていない首相や政治集団に解散を迫っても意味がない。政権に対する国民の評価はすでに出ている。いつ解散しようが構わない。どうせ任期いっぱい権力にすがりたい「政権乞食」たちだ。そこまでやらせればいい。それより衆院の「一票の格差」是正や社会保障制度改革などにしっかり取り組んで国民の評価を高める方がずっとましだろう。 

 

川柳「朝囀」 解散は 早期、早期で 3年も    (誠)

2012年11月 8日 (木)

石原・橋下の野合を監視しよう

石原さん個人とは一緒にやりたいけど他のメンバーとは思想も色も違う、考え方も大きな開きがあるしねえ…。たちあがれ日本との連携で言いたい放題を続けてきた日本維新の会の橋下代表だが、連携どころじゃない。明日9日に立ち上がれとの政策協議で何と合流を打診するそうだ。

 

当人同士が良ければいいんだと結婚したって家族が応援してくれなければ長続きはしない。もちろん例外もあるけど…。橋下代表と石原前知事のどっちが嫁でどっちが婿か分からないが、わがままで我の強い2人がうまくいくとは思えない。お互いが次期衆院選に向けて「数」と「人気」が欲しいだけ…まさに「あばたもえくぼ」ってとこだろう。うわぁ気持ちわるう~なんて声も聞こえるが、「タデ食う虫も好きずき」っていうからね。

 

「暴走老人」の人気がどれだけ残っているか分からないし、週刊誌でお互いに隠し子問題や女性問題を騒ぎ立てられ、プラスはないだろう。でも、最近の世評は理解しがたいところがある。政治家に女性問題は致命傷だと思ったら、「男のかい性だ」なんていう女性たちが多いのだそうだ。正しくは「昔、女性だった人たち」だという。そういえば週刊誌ネタになった政治家が結構活躍してるものな。どうなっちゃったんだろう。

 

まあ、いずれにしてもそんな「野合」をされたらはたが迷惑するだけだ。一番いい例が今の民主党だろう。自民党総裁の跡目相続に敗れた小沢一郎氏(現国民の生活が第一代表)が自民党への意趣返しを企て、いくつかの新党旗揚げと解党を繰り返して増勢の末、政権奪取のために民主党と合流した。一方はわが国の統治構造を転覆させようとした反体制勢力、自民党の中枢で権力をほしいままにした保守本流との合流は「数」の確保以外に説明しようにも説明がつかない。

 

そんな政治勢力が政権を得て与党になったから党内合意を得るのもたやすくない。政策決定に時間がかかる。閣僚間でさえ意見が乱れる。まにまに閣内不一致を惹起する。人材不足の上に未熟で対応力に欠ける。その閣僚がそれぞれに勝手なことを言って舌禍を起こし辞任騒動を起こしている。こともあろう暴力団と仲良しだった人物が大臣になった田中慶秋法相、資質に問題ありの田中真紀子文科相だ。文科相は3大学開設不認可発言で騒がせておきながら、「3大学にはいい宣伝になった」とうそぶくありさまだ。

 

それと同じで実質的に石原前東京都知事率いるたちあがれ日本と維新の会が政策や理念の違いをごまかして合流すればその先は混乱だ。迷惑をこうむるのは私たち国民だ。たちあがれ日本の園田幹事長は、同意できる政策がどれだけあるかということから始めたいといっているが、その姿勢を貫けるだろうか。原発維持の石原氏と30年代の原発依存ゼロの橋下代表が一緒にやれるわけがない。一緒にやろうとしているのがそもそも間違いだ。

 

前国民新党代表の亀井静香さんが気の利いたことを言ってる。新聞の発言録欄に「石原慎太郎さんはひどい。平沼さんや園田さんや一緒にやろうと言ってた人が、橋下代表から面罵され、それでもなお一緒にやろうなんておかしい。俺だったら橋下を怒鳴りつけるね。そんなお前となんかやれるかい、とね」と出ていた。亀井さんも時々狂うけど、先日も「橋下風情に持ち上げられて、いい気になってる」と石原氏を厳しく批判していた。今回は亀井老人の方がまともだ。

 

川柳「朝囀」 好物の 権力少し 食べ過ぎた   (誠)

 

2012年11月 7日 (水)

首相は茶番劇の責任を取れ!

何だ、これは?これが政治か…子どものままごとか。2日に3大学の開設「不認可」を発表、7日の国会審議でも前半は新しい審査基準を設けて判断するといばっていたのに、後半になると一転して今の制度のもとで速やかに認可すると萎れてしまった。3大学が認可されることになったのだから後はどうでもいいじゃない。1人の見識もない大臣に振り回され、最後は道理も理屈もなく元のさやに戻っちゃった。茶番だ。

 

野田首相、岡田副総理、輿石幹事長…民主党政権を率いるみなさん、恥ずかしくないですか。ひと口までには自・公政権の時代も同じだとおっしゃるけども、こんな見苦しいへまは一つとしてなかった。わけも分からないのに政権を取って、大臣になって権力を握ったら有頂天になってそれを振り回す…前原国家戦略担当相が国交相に就任していきなり八ッ場ダムの建設中止を宣言、さんざん世間を惑わした挙げ句に建設続行に追い込まれた話を思い出す。帯刀をゆるされた侍たちがやたらに刀を振り回したのと同じだ。

 

わずか5日間のドンデン返し、それも理屈も説明にもならない立ち話のような運びでつじつま合わせをする。こともあろう人づくりを進める大学、その行政を担う文部科学省の根幹行政をめぐる「お手付き」だ。笑っちゃいけないが、笑わずにはいられない。もう、怒る気にもならん。内閣の機能強化だとぬけぬけといった改造なのにこともあろう暴力団と仲良しの古参が法務大臣になって首にされたばかりで、今度は訳も分からずに大学設置に水をぶっかけてしまう文部大臣の登場だ。

 

野田首相を追及したっていつものように「任命責任は私にある」と繰り返すだけで何の解決にもならないが、今度こそは具体的に任命責任を取るべきだ。言うまでもなく最低でも田中文科相の更迭、差し替えは当然だ。それでなければ文部行政の信頼を回復することはできない。首相まで文科相の父、田中角栄元首相の威光に圧倒されて腰が引けているようなら民主党は一刻も早く下野した方がいい。そんな政治勢力にいつまでもしがみついていられたら、この国が死に神に取りつかれてしまう。

 

誰が考えたって、まともな政治集団ではない。国政をあずかるには未熟すぎる。史上経験したこともない未曾有の大震災だというのに被災者の救済に集中できない、各種の調査検証委員会は政治が負の役割を演じた「人災だ」という判断を下している。政権を奪うために理念も政策もへったくれもなく、ただ数だけの確保をめざした徒党集団であることが重大な政治場面でのへま続発につながっている。

 

田中大臣は世間を騒がせたことをお詫びしたいと謝罪したが、記者団には「役所主導の政治を変えていくのは大変なエネルギーが要ることで、許認可権の問題はハードルが高かった」と述べたそうで、今度の騒動のおさめどころで役人の世話になっているのにその反省もないようだ。こういう大臣じゃまた悶着を起こす。これだけミソをつけたのでは田中大臣のもとでは文部行政はうまく運ばない。早く辞めさせた方がいい。3年前に「一度、民主党にやらせてみよう」といって政権交代を誘導した人たちも目が覚めただろうし、大臣更迭に文句をつける人はいないだろう。

 

川柳「朝囀」 歩けない 地雷抱えた 文科省    (誠)

文科相はとっとと首にしろ!

失礼ながら、どうしてこんな半端人間が国会議員、それも人づくり国づくりの根幹を担う文部科学大臣なんかやってるんだろう。女左膳だ、じゃじゃ馬だ、ちゃぶ台返しだ、故障ラジエターだ 、とろくなあだ名がないのもむべなるかなだ。とっととくびにしろ!

 

もちろん今、日本の大学新設計画をぐちゃぐちゃにしてしまった田中真紀子文科相のことだが、案の定、最後は文部省の役人どもにコブシの下ろしどころを用意してもらってかっこうをつける。元々、大学の新設に関する審査や認可についてほとんど何の知識も持ち合わせていない。そのくせ私は実力派の女性議員なのだ、文部行政を大改革する道筋もたてられなかった過去の大臣とは違うんだ。そういう自惚れだけは強い。

 

そりゃあそうだろう。大実力政治家、今太閤とまで呼ばれた田中角栄元首相の娘であり、いっては悪いがその存在の大部分が親の七光りだか栄光によって支えられている。何を間違えたのか知らないが自民党時代には「わが国最初の女性総理だ」なんて騒ぎ立てた人たちもいる。先の民主党代表選挙を控えて党内に臆面もなく党代表選候補に推薦する人たちもいたほどだ。どれだけの資質があるのかも分からず、ただ人気頼みで政治をやっている人たちがいかに多いかという証拠だ。

 

かっこうをつけて3大学の新設に「不認可」と言ってしまったが、大学側の反発にびっくりするやら自分の浅慮に情けなくなるやら…日に日に消沈した。黙って見ていられなくなった役人が善後策をめぐらした。大臣に対する事務方の事前説明が不十分だったことにすれば大臣に傷がつかないで済むじゃないか、いや、それじゃあ大臣をかえって子ども扱いにする…悩んだ挙げ句が、設置認可の仕組みを見直し、改めた基準で結論を出しますという話になった。大臣が「不認可」と結論を出したのに結論を出すとはどういうことだ。子どもだましもいい加減にしろ!と叫びたくなる。

 

設置認可の仕組みを見直すのもそんなに簡単じゃないはずだが、今回に限って「1か月もあればできる」という。もちろん、見直しなんて口ばかりで基準の文言をちょっといじる程度に決まっている。たった1人のその任にもかなわぬ政治家のためにこれほど多くの人たちが迷惑をこうむる。そのことを大臣本人はしっかり受け止めているのか。それでなければ即刻、辞任させるべきだ。小泉内閣の時の外相時代に続いて2回目の混乱であり、2度あったことは3度目も危うい。

 

それより何より役人の悪知恵と姑息な手段で政治家、それも著名人の親族というだけでこんな「裏ワザ」がまかり通るのだということを国民にさらした。正義も信義もへったくれもない国になってしまったことをさらけた。これから国を背負っていこうという若者たちがそれを目の当たりに見てどう考えるか。それも人づくりを担う文科相が原因者になった2重3重のチョンボだ。本欄はこの騒ぎが起きた時に大至急、大臣を含めて協議し決定を出し直せと書いたが、それに加えて大臣の差し替えを求める。

 

 

川柳「朝囀」 口先が 力踏みつけ 勇み足    ()

横浜では生徒が成績を書き換えられる?

小中学生をお持ちの全国のお父さん、お母さん、みなさんはどう思いますか。横浜市の教育委員会が成績通知表を父母はもちろん、児童生徒本人に事前に見せるよう各学校に通知していたという問題です。通知から3か月の間に実際に児童生徒や父母に見せ、成績への不満が寄せられたという。批判を受け急きょ撤回したが、もうお話にならない。

 

成績通知書、特に学業成績については学校が守らなければならない最重要な秘匿事項であることは言うまでもない。それを事前に児童生徒や父母に見せるという異常事態になったのは、昨年11月から今年10月の間に計235校、2916人の通知表に誤記載が見つかったのが理由だった。その原因などを市教委や校長で編成したプロジェクトチームが調べた結果、各学校での点検を徹底するとともに、成績や出席日数を児童生徒、父母が事前確認する方針を決定、市教委が市内506校に通知したという。

 

当然、そんなことをすれば児童生徒や父母、市民から批判が出る。学校は自分たちの責任を放棄したのか。先生は使命感の欠片もないじゃないか。そんな厳しい声が市民や市議たちから市教委に集中した。通知表を見た父母から自分のこどもの成績への不満が持ち込まれたという。中学2年生3年生にしてみれば高校受験の内申書に書き込まれる成績だから1ランクでも2ランクでも上が欲しい。人間誰も欲目があるのだから、成績に不満をぶっつける父母がいても不思議はない。

 

そういう不満をどう処理したのだろうか。市教委も学校も明らかにしていないから分からないが、それで評点やランクを上げたような例があるなら言語道断だ。それじゃあやり得になってしまう。そんなことで高校受験の内申書が作成されているとすれば全市民の信頼を失ってしまう。市教委は厳しい批判にさらされたために今週月曜日に急きょ通知方針を撤回したが、すでに大部分の小中学校でやってしまった後で不祥事の汚点は拭えない。市教育長が「批判を真摯に受け止めたい」とコメントするだけでは済まない。

 

全国の市町村教委がいじめ死事件をめぐる処理で不手際を連発しているが、基本的な教育処理もまともに行われていないのかもしれない。単に横浜市教委だけのことではないのではないかという疑いさえ抱いてしまう。ただ、今回、62小学校、15中学校は事前確認をしていなかったことが分かった。その理由は十分な点検で誤記載を防げたという一方、市教委の通知に違和感や不信感を抱いたからやらなかったという。その通知を無視したことに疑念を差し挟む向きもあるだろうが、市教委の通知でも疑いのあるものには従わないという主体性に救いを感じる。さて、文科省はどうする。

 

 

川柳「朝囀」 ご自由に 書き直しても 公正と     ()

2012年11月 6日 (火)

まとまるのか、「第三極」

その気になって見るからだろうか、石原慎太郎前東京都知事と「第三極」連携の話し合いをした後の橋下徹日本維新の会代表はげっそり老け込んでいる。いっぺんに5歳も6歳も年を取ってしまったように見える。それだけ「暴走老人」の毒っ気というか気迫というのが凄いのだろう。あの橋下代表にしてそうなんだから、石原知事にくっついている若い記者たちが立ち向かえるはずがない。変なところで納得してしまう。

 

東京都知事の職を突然放り出し新党結成と国政転身を発表した会見で記者席から「80歳という高齢で…」と質問されると、ムッとして「そうだよ、80だよ。若い者、しっかりしろよ」と逆襲していた姿が目に浮かぶ。トゲがある話しっぷりがこの人の持ち味だろうから、記者たちはあまり気にならないらしいが、はじめて聞いた人はびっくりする。新聞記者協会から招かれゲストスピーチした石原氏に質問した友人が「質問が悪いって叱られちゃったよ」と困惑していたが、そんなのは珍しくもない。

 

そんな石原氏に橋下代表らが魅かれる、いっしょにやっていきたいという気になるのはなぜだろう。薩長連合して既成政党を打ち砕こうとするところは同じだとしても、30年代の原発依存ゼロや消費税の地方税化を唱える橋下維新の会に対して石原氏は原発維持・消費税賛成とかなり隔たりがある。はっきり言って2人は水と油だ。

だから、石破自民党幹事長からは「そういう2人が一緒になれるのか。そういうのを日本語で野合という」なんて揶揄されている。

 

橋下代表も戦略に長けた人だから頭の中では計算ができているのだろう。水と油でも石原氏の人気、集票力を利用できると踏んでいるのだ。石原氏の方は橋下氏の実行力と国民の期待値を使えると判断しているのだ。だから石原氏は持論の「憲法破棄」を「憲法改正」に軌道修正したりして、「暴走老人の狂言」(田中真紀子文科相)「年寄りの火遊び」(中野寛成元衆院副議長)「市長風情に持ち上げられ、まな板で料理されるだけだ」(亀井静香元国民新代表)などという批判にも我慢している。

 

橋下代表が「たちあがれ」を軸にした連携に戸惑っているのはその高齢さにあるといわれるが、誰だって年を取る。若いくせにだらしのない輩より余程増しだ。生き残りをかけてあっちの党、こっちの党と渡り歩く輩ばっかりじゃないか。今や「第三極」はばらばらになっていく「散極」、党を食べ散らかす「蚕極」、計算が先立つ「算極」、金力の傘下にぶら下がる「傘極」だとか言われる。本欄は、政界は今や志も意欲も失ったみじめな「惨極」だと断じよう。

 

川柳「朝囀」 太陽が かすんで見える 季節です    (誠)

 

2012年11月 5日 (月)

真紀子大臣、早く3大学に説明を

田中真紀子文部科学大臣、あなたは設置不認可とした3大学に対して早く説明をすべきだ。その責任がある。大臣だから人殺しや強盗でもやらない限り、何をどう決定しても自由だろうが、その理由をきちっと説明する必要がある。それでなければただ権力を振り回しただけの話で傍若無人ということになってしまう。

 

大学が増え過ぎて経営難にさらされている。大学設置審議会が大学人中心の編成になっていて広く国民の声を反映しているとは思えない。確かに今の大学行政や審議組織は大臣がおっしゃる通り問題がある。大臣になってみて文部行政の異様な側面に驚かされたでしょう。憤る気持ちもよく分かります。でも、大臣、そうした問題はそれこそ大臣が中心になって是非を問うべき文部行政なのです。3大学の設置に向けた講座編成とか学籍管理とかいう個別の問題を検討した結果としての設置審議会の結論は尊重すべきです。

 

3大学は文科省の厳しい指導の下、さまざまに改善改良を加えてきた結果、つまり大臣の部下たちの指導通りに改良を加えてきたから設置審議会をパスできたんです。それを社長たる大臣が一刀両断に否定し「駄目なものは駄目」と取り付く島もないというのでは部下たちを否定してしまうことになる。この先いっしょにやっていけないでしょう。部下たちと衝突して涙でその席を離れた外務大臣の時と同じじゃないですか。それは大臣としても繰り返したくなかったことじゃないですか?。

 

虚心坦懐、考えていただきたい。あなたが3大学の開校をつぶしたことで何のプラスがあるんですか。あなたも人の親ですから、開学をつぶされた大学に挑戦しようとしていた学生の親たちが今、どんなに不安な気持ちになっているかお分かりでしょう。3大学の関係者は、米国に留学するなど人一倍向学心に燃えた青春時代を経験した大臣が学生たちの挑戦の芽をつぶしてしまったことに怒りと驚きを訴えています。

 

お父さんの角栄元首相は、人づくりに携わる教師が卑しい心に追い込まれるようではいかんと待遇改善に立ち上がったほどの人だ。その熱い血を受けた大臣が、教育界を惑わすなんて何かの間違いだ。過日、本欄で緊急に大臣を中心に話し合って大臣の決定の出し直しをすべきだと訴えた。人間誰にも誤り、勘違いというのはある。大臣だって同じだ。とにかく大臣から直接3大学にも国民にも分かりやすい説明を急ぐべきだ。

 

川柳「朝囀」 いざの時 回転ドアに 滑り込め    (誠)

 

 

 

野田首相レベルの国になっちゃった

またもや野田首相が解散問答をはじめたそうじゃないですか。公債法案、一票の格差是正、社会保障制度改革の国民会議設置の3課題について、「解散するにしても、ほったらかしにできない宿題で、これ以上先送りできない」と言ったそうだ。内閣記者会の代表インタビューに答えての発言だというからウソはないだろう。

 

「解散するにしてもほったらかしにできない」「これ以上先送りできない」。この2つの発言を合わせると普通に日本語をやり取りしている人は、3課題を片づけて解散するんだな、その解散もそんなに先にいくことはないな…と解釈する。

自民党も公明党もそういう普通の日本語のやり取りが通用する人たちの集団だから、じゃあ国債法案、一票の格差是正、国民会議設置に協力すればそんなに先にいかないで解散があるだろう。そういう腹積もりなんだなと解釈する。

 

ところが、3課題が片付くか片付かないかの瀬戸際で野田さんの口からは「3課題をほったらかしにしたままで解散はできないとは言ったけども、解散するとは言っていない」という言葉が飛び出すに違いない。そして「新年度予算のすじ道もつけなければならないし、原発再稼働の基本方針も目鼻をつけなければならない」「政権にあるものは常に先々のことを念頭に置いて行動しなければならない」なんて言い出す。まるで駄々っ子だ。

そのまま放っておけば人の目、世論がうるさいからついつい話を聞いてやることになる。それが自民党と公明党だ。お人好しなんだから…。

 

「消費税増税はどの政党が政権にあっても避けて通れない」「私は政治生命をかけてやる」「税と社会保障制度の一体改革はどんなことがあってもやり遂げる」「すべてをやり終えた上で国民の信を問う」…そういう野田語に始まった解散問答だった。政治生命をかけるというんだから協力しよう。その暁にはきっと解散があるだろう。そういって自・公両党は協調し消費税増税法を成立させた。だが、解散はなかった。詰め寄る野党、特に自民党に「そう遠からず」「近いうち」と野田語を連発しズルズルと延命を図ってきた。

 

この解散がありそ()でなさそ()な「黄色いサクランボ」状態の中で国力は衰退の一途だ。国の借金は1000兆円を超え増税も焼け石に水だ。生活保護受給者は220万人を超え、世は乱れて人の命が虫けらのように粗末にされている。世相の乱れは深刻だ。領土領海を脅かされる事態は心配だ。こんなことで若い世代が心躍らせて将来に夢を抱けるか。

この国は今や、野田首相、あなたの資質のレベルになってしまった。そのことを考えると責任は大きい。一度、おのれを無にしてお考えいただきたい。

 

このままあなたとあなたの仲間が政権にしがみついていても国は坂道を下るばかりだ。歴史に責任を感ずるのであれば即座に下野するか解散して然るべき政党に政権を委ねた方がいい。自民党をはじめ野党も、3課題が片付いたら解散に応ずるだろうなんて期待して協調すればだまされる。輿石幹事長を中心とする党内の解散反対組を向こうに回してまで解散する度胸は野田首相にはないのです。解散しそうな空気を引きずって任期満了選挙に逃げ込もうとしているだけです。解散に追い込むしかないでしょう。

 

川柳「朝囀」 まだやるの? 解散問答 聞き飽きた    ()

2012年11月 3日 (土)

鶴のひと声にも変なのがある

やっぱり地が出ましたね。天国で角栄さんも泣いてるでしょう。開学不認可になった大学関係者はもっと泣いてるでょう。こういう人を国会議員に選挙で選んだ地元の人たちはどう思ってるんでしょか。本人の責任だ、私たちには関係ないって言うでしょうね。こんな議員をこともあろう文部科学大臣に任命した野田首相は何を考えてるんだろうか。本当に人事ベタですよね。

 

田中真紀子文部科学大臣は、前の日の大学設置審議会の答申をひっくり返して秋田公立美術大など3大学の新設を不認可とした。審議会の審査を通れば100パーセントOKというのが従来からの流れだから、まずは良かった。そういって安堵していた大学関係者にはまさに寝耳に水だった。政治家、国会議員はエライかもしれないが、その力を振り回すにも作法がある。多くの人が納得するやり方で、順序立ててやらなければならない。いきなり「私が決める。文句あるか」では辻強盗と同じだ。

 

それぞれの大学は4か月後に開学が迫っている。入学志望者への説明会などすぐにでも始めなければならないほど日程がつまっている。志望学生だって突然の開学不認可では方向転換しなければならない。これまで続けてきた準備は水の泡になっちゃう。頭脳明晰な田中大臣がそんなこと分からないはずもない。なぜ、そんな破天荒なことを突然にやり出すのか。人の話をじっくり聞いた「よっしゃ、よっしゃ」の父、角栄元首相は私も番記者をしたことがあるが、そんな突発発言症はなかった。突然変異なのかな。

 

石原慎太郎前東京都知事が突然に辞意を表明し新党結成を発表した時、「暴走老人の狂い言」と言って報道陣を喜ばせていたから、そろそろ「いい子にしているのも限界かな」と思ったらその通りになっちゃった。地が出ちゃうんですね。ちょっと気に入らないことや気に障ることを役人から言われるとそれが心のひだに引っかかっちゃう。それが何かのきっかけで爆発したように飛び出しちゃう。その瞬間は恥も何もない、女性であることさえ忘れてしまうんじゃないだろうか。

 

ただ、田中大臣の指摘の通りだというところもある。大学がめたらくたら増えすぎた。学生を集めておきながら何も教育していない大学が多すぎる。大学が産業の一つとして金もうけの場になり下がっている。だから、少子化で学生の数が減るとたちまち経営難に陥って学生や親たちに迷惑をかける。その穴埋めに中国などからの留学生を掻き集めている大学だってある。オリエンテーションもそこそこに学籍管理もおざなりになっている大学だってある。国際信頼にもひびが入る。大学関係者も反省すべきだ。

 

しかし、今回の田中大臣の異例判断の背景には「誤解」がある。つまり、学生数の掌握をどう進めるか、それによって大学の数を国内にどれくらいにとどめるべきかという「大学行政」や大学人中心の「審議会」のあり方は、別に文部行政として取り扱うべきものだ。大学の学部や講座編成をどうするかという個別の問題は専門の審議会に委ねるべきだ。そんなことまでいかに学才にたけた大臣でも分からないだろう。

じゃあどうすべきか。文科省は緊急に大臣を中心に話し合って大臣の判断・決定を出し直すことだ。大臣が3大学の開校をつぶしたからといって何の前進になる。

 

川柳「朝囀」 変な声 鶴のひと声 世を乱す    ()

2012年11月 2日 (金)

懲りずにやるの?マニフェスト

自民党は次期衆院選で「マニフェスト」の呼称を使わないと決めた。本欄はマニフェスト廃止の全国運動を訴えてきた。偽りの厚化粧とも言うべき、集票の方便を廃止するのは当然だ。マニフェストの呼称をやめるだけでなく、責任のある公約とするよう内容についてもきちっとしてほしい。

 

一方の民主党は、前回のマニフェストが総崩れしたことへの「おわび」からスタートするという。あれだけ国民を裏切り、政治への信頼を貶めておきながら、まだ「マニフェスト選挙」を続けるというのだからあきれる。前回のマニフェストの達成率を31%と先に発表したが、どうせお手盛りだろう。問題は政権交代につながった主要テーマの成否だ。中学生まで子ども1人当たり月額2万6000円支給の「子ども手当」は半額支給を1年やっただけ、農家の戸別所得補償は立法化できず、高速道路の無料化も予算計上できず、月額7万円の最低保障年金は具体化先送り…といった具合だ。

 

実現できたのはただ一つ高校授業料の無償化だけだ。マニフェストにも載せず、政権の任期4年間は触れもしないといっていた消費税率の引き上げはやるわ、TPP参加協議入りは強行するわ、約束違反の山だ。予算の組み替えや無駄の洗い出しで16兆8000億円の財源をねん出できると豪語し、省庁や出先機関を事業仕分けでつるし上げたが、雫ほども出なかった。3年も経ってから「財源見通しに甘いところがあった」と国会で首相自ら認めたが、それも口ばかりだ。最初から有権者を一網打尽にして政権を奪う方便だったことがバレた。

 

「マニフェスト詐欺だ」と野党の厳しい批判を浴びたが、ズルズルと逃げ延びてきた。約束が守れない、履行できないとなれば契約を反故にして資格を失う。それが約束社会の原則だ。正義だ。即座に政権を返上するか、解散して政権の正統性を問い直すのが当然じゃないか。それを逃げ回ってきた。その逃走を助けてきたのが新聞、テレビだ。「財源予測は狂うこともある」「マニフェストは修正すればいい」なんて、ウソや方便を認めるようなことを言ってきた。一番の被害者であるはずの世間だって、何ですか、この無関心は!

 

だから、今回だって民主党は、マニフェスト作成にあたって、当初は成果をアピールしたものにしようとしていたというではないか。だが、いかんせんそれは通らないだろうと軌道修正した。しかし、マニフェストを集票マシンと考える集団だからあきらめはしない。今度は国民の意見を聞いてマニフェストを作るのだそうだ。国民の「一票」が集まりそうな声を選び出し、それに財源や実現時期を書き加えていく、ばらまき手法になる。まさしくポピュリズム政治、人気取り政治だ。今、国民が政権に期待しているのはこの国をどんな国にするのかという大きな方向付けだろう。何を考えているんだ。

 

自民党だってそうだ。マニフェストは国民の信頼を失っているから言葉として使わないというだけじゃなく、政権交代につながるような「政権公約」の厳格性についてきちっと議論してかかるべきだ。仮に政権を奪還しても公約が守れないような事態になれば、これまで民主党の「約束不履行」を責めてきた手前、政権にとどまることはできない。即刻、政権を返上するか解散して政権の問い直しをしなければならないのだ。それが出来なければ今の民主党に対する批判よりはるかに厳しい反発を覚悟しなければならない。

それにしてもこんな欺瞞性の強い、ウソの上塗りともいうべき「マニフェスト」をわが国に持ち込んだ輩は一体、何を考えているんだ。釈明一つぐらいあってもいいだろう。

 

川柳「朝囀」 「一票」の 振り込め詐欺を またやるの?   ()

 

 

 

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