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2012年11月17日 (土)

3年遅い民主党政権の問い直し

「近いうち」といった約束を果たすために解散した。野田首相はわるびれるでもなくそう言ってのけた。間違いではないが、ちょっとふざけていませんか。そこまで「うそつき」呼ばわりされるのが嫌だったんだろうか。「一票の格差」違憲状態のままで選挙戦に突入しても構わないほどの万能権が与えられているとでも思っているんだろうか。そう言っては失礼だが民主党は最初から最後まですじ道を踏みつけている。

 

そのすじ道の話だが、新聞、テレビはもう投票結果の予測合戦に高飛びして民主党は惨敗、自民党は伸び悩み、「第三極」躍進…などと騒ぎ立てている。いつものことだ。解散・総選挙によって私たちが問われていることは何か。ここまで政治が劣化してしまった原因は何か。その政治を再生させるために私たち民主主義の主人公はどうすればいいのか。この選挙を通して政治家や政党に何を求めるべきか。テーマはいくらもある。

 

その私たちが問われている一番のことは政治の選び手としての姿勢だ。もう、何十年もそこが肝心だったのにいい加減にされてきた問題だ。それは政治家、政党の約束の厳格性への私たちのこだわりだ。選挙が終わってしまえば、その約束が守られようが、守られなかろうがほとんど問題にしない。つまり、誰が持ち込んだか知らないが横文字への憧れにつけ込んだマニフェスト(政権公約)の登場だ。あれもやるこれもやると店のウインドウのように飾り立て人々の心を鷲づかみにする騙しの戦術だ。

 

民主党はそのだましの戦術で2009年総選挙で政権を手にした。そしてそのマニフェストに掲げた約束は最初からほとんど実現不可だと判明した。公正な社会は約束が履行できないと分かればその場で契約を破棄して元に戻し、違約金を払って終結する。つまり、民主党はマニフェストの実現がほとんど見通せない、政権交代の足場が崩れた時点で政権を返上するか、国会を解散して政権の問い直しをするべきだったのだ。

 

その意味で今回の解散は、3年にしてようやく、その時点に戻ったということがいえる。つまり、野田首相は2,009年総選挙で実現した政権交代の正統性を国民に問うたのだ。そうなら国民はしっかりしなければならない。ただ「政権」、権力を手に入れるために甘言を弄して票を集める政治をこれからも許してしまうのか。未曾有の大災害に「人災」と断を下されてしまうような政権を許すのか。明日の暮らしや国の将来を託す担い手選びを「一度やらせてみるか」などとやっていていいのか。問題は選ぶ側にまずある。

 

新聞、テレビの上手な解説やあたかもそれらしい理屈に乗せられているとまたまた同じ過ちを犯してしまう。選挙はお祭りではない。私たち1人ひとりが「生きる権利」の確実な実現に向けて自分で駒を進める作業なんだ。「第三極」がどうのこうのと新聞、テレビが騒ぎ立てているが、彼らはそのこと自体が国民の選択眼をねじ曲げているとは気付いていない。新聞、テレビが国民の選択や政治の進路を誤らせても責任を取ったことは一度としてないんです。ムードに乗せられるのが一番こわいのです。

 

 

川柳「朝囀」 どさくさに 威力発揮の へ理屈や     ()

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