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2012年12月

2012年12月30日 (日)

なぜ少ない父母の出席-いじめ死報告会

浜松市内の中学校で今年6月、2年生の男子生徒(当時13歳)が自宅マンションから転落死した事故は第三者委員会の調査で「いじめ」によるものだったと結論づけられた。保護者に対する学校からの説明会が開かれたという新聞報道を読んで釈然としないことがたくさんあった。

 

校長は「4か月間もの長期にわたりいじめを把あくできなかったことは申し訳ない」と謝罪したが、ひと言で済む話ではない。わずか13歳で生涯を断った生徒にどんな悼みを感ずるのか。心の中でどう話しかけるのか。そういう言葉があってはじめて謝罪に心がこもる。学校の管理者としてでなく1人の人間としての言葉が聞きたかった。失われた命はかえってこないのだ。

 

全校の3分の1強の270人の生徒の父母が出席しただけだったという報道にもびっくりした。あとの3分の2の父母はなぜ出席しなかったのだろう。わが子が自殺した生徒とは異なる学級、異なる学年だったからだろうか。所用が重なって出席できなかったのかもしれない。だが、半数以上の子どもの父母が欠席というのは、いじめがテーマの会議にしては異常な数字だ。

 

根拠があってのことではないが、学校やクラスにとってうれしい話ではないから先生から積極的に出席しなくてもいいという意思表示があったのだろうか。自分の子どもがいついじめられる側になるか、いじめる側になるか分からないのだから父母は問題意識を共有しなければいけない。自分の子どもだけがかかわらなければいい…親がそんなでは子どもが見て見ぬふりをするようになる。

 

いじめた側の指導を問われて校長は、いじめられる生徒のつらさや悲しみを認識させ、親にも事実を伝えていくと語ったが、肝心の親たちがいないのでは伝わらない。今、学校はピンチだ。心を病んで休職する先生が増えている。報告会に1人でも多くの父母が出席して学校、先生、そして子どもたちに救いの手を差し延べる時だ。第三者委員会や警察任せは教育放棄だ。子どもの命が軽過ぎる。

 

川柳「朝囀」 先生と 父母のすき間を 落ちる子ら    ()

 

2012年12月29日 (土)

判決から半年-遅すぎる報告

アフガニスタンで2008年、武装グループに殺害された農業ボランティア、伊藤和也さん(静岡県掛川市、当時31歳)の事件で外務省の担当者が両親をたずね、かかわった男3人に対する現地最高裁の判決内容を伝えた。その記事にどれだけの人が目をとめたか知らないが、私は国に対する深い不信感を抱いた。

 

ひと口で言えば、「今ごろになって報告とは何ごとか」という思いだ。現地の最高裁が3人の服役囚に懲役20年、10年、6年の判決を下したのは今年6月のことだ。外務省担当者の両親への報告はそれから半年もたっている。この情報化された地球上でこんな重要な情報が半年もかからなければ当事者に伝わらないなんて考えられないことだ。

 

外務省が判決の内容を知ったのはいつだったのか。いくら外交ルートが十分に整備されていない国だといっても友好関係が築かれている国を通してしっかり情報をたぐる努力をしていれば、情報が得られないはずはない。ボランティア青年が武装グループに拉致され殺害されたという残虐な事件で、広く世界でも注目を集めた事件だ。情報はどんな事件よりも漏れ伝わってくるはずだ。

 

確証があるわけではないが、こうした海外での邦人被害事件の情報収集に格差があるのではないかという疑念が晴れない。外務省や大使館など在外公館の取り組みに差があるのではないのか。6月の判決内容が半年もかからなければ遺族のもとに伝わらないのではそういわれても仕方あるまい。「現場がアフガンだから仕方がない‥で終わらせたくない」という両親の訴えの通りだ。

 

アフガニスタンを緑豊かな国に戻したい。食料で困ることがないようにしたい。伊藤青年の志に水をかけるような扱いをしていないか。民間人1人ひとりの活動を外務省は軽んじていないか。命がけの草の根の活動がいかに人と人、国と国の理解、結びつきを引き寄せているか、そのことを外務官僚は心底分かっているか。あまりにも遅過ぎた今回の報告に同じ思いをしている人が多いだろう。

 

 

川柳「朝囀」 差別ない それはウソだと 風が言う   ()

2012年12月28日 (金)

くっついたり離れたり-恋愛ごっこか

「日本未来の党」が旗揚げする話が出てきた先月末、小沢一郎氏がついに動き出したと書いた。嘉田佐賀県知事に狙いをつけて新党を旗上げさせ、自らは身を引いて強烈な個性と何度も見せてきたあくどい戦術隠しをする。そうカラクリを説いた。その化けの皮が今、国民の前にさらけ出されている。

 

「小沢氏無役」「小沢氏、役職なし」―11月29日付朝刊各紙は、小沢氏が執行部入りしないことに驚いてそう報じた。それが小沢流であることにまだ気づいていなかった。日本新党を旗揚げして政権に就いた時も細川護熙氏を総理にして自分は陰に回った。民主党を政権に就けた時も鳩山由紀夫氏を総理にして支え役に回った。一歩引いたところにあって自分をなぐさめる。

 

それが実力者だと考えるのが小沢氏の人生美学なのだ。今回もその手を使った。「脱原発」1点で政策は妥協できる。「第三極」の主導権を引き寄せられると考え嘉田知事を丸め込んだ。だが、世間は甘くなかった。土地購入に伴う収支報告偽装疑惑は小沢チルドレンを全滅させ、解散時の62議席がわずか9議席に激減した。嘉田知事は党代表との2足のわらじを地元政界から総攻撃されるに至った。

 

貧すれば鈍するという。嘉田知事も小沢氏も責任は相手方にあるとして攻撃し合い、とうとう分党だ。それも地元、岩手県政界が言う通り小沢流むき出しで嘉田知事を追い出して政党助成金は丸ごと自分の金庫にしまい込んでしまった。小沢氏が過去に新党旗揚げ、解党を繰り返し蓄財してきたのと全く同じ手口だ。結局、利用された私が浅はかだった…嘉田知事が涙を流すことになる。

 

こんな政治をいつまで許しておくんだろう。小沢政治を知りながら「一票」を投じた地元有権者はどう考えているんだろう。嘉田知事が「脱原発」にかける執念も分からないではないが、やっぱり2足のわらじは欲張り過ぎだ。権力ばかり抱え込んでもこんな茶番を繰り返しているようではお話にならない。知事職に軸を置くといっても滋賀県民はもう結構だといているではないか。

 

滋賀県民だけじゃない。私たちだってくだらない話に耳目を乱されてえらい迷惑だ。あなたたちがやっていることは政治じゃない。ネックレスしたり、ネクタイをしてママゴト遊びをしている程度のものじゃないか。そんな遊びに血税を使われたんじゃあたまらない。若者に未来も示せず、国民の苦しい生活も知らないのに、「未来」だの「生活」だのとやたらに党名に掲げないでもらいたい。

 

 

川柳「朝囀」 ひと月の 借家住まいで 居住権    ()

2012年12月27日 (木)

全員助かったからいいじゃない

テレビに映し出された事故現場は、強風で白波が立っていた。思い出したのは2年前の浜名湖の手漕ぎボート訓練事故だ。天候急変を予想できたのに中学生の訓練を強行し、中止指令で曳航されていたボートが転覆し豊橋市内の女子中学生が死亡した。その教訓は少しも生かされていないなと思った。

 

千葉県の利根川支流で18隻のボートが転覆した現場付近はアメダスで最大瞬間風速13メートルの強風が吹いていたという。指導者が言っている通り練習を始めたころはそんなに吹いていなかったのかもしれないし、途中で中止指示を出したが間に合わなかったというのもその通りかもしれない。だから、仕方がないというのは言い訳にはならない。

 

指導にあたる者は、天候に細心の注意を配り、強風に変わり、荒れそうだということを見通す知識が必要だ。自然をおそれる心が大切だ。地元の漁業者が「こんな日には漁には出ないよ」とあきれていた。大勢の未熟な生徒たちが参加する練習に少なくとも漁民が「出ない」という天候下でボートを出したとすれば注意散漫だ。あるいは判断が甘いとしか言いようがない。

 

幸い全員が助かったからよかったが、だから文句はないとはいかない。まかり間違えば大勢の命が失われていたかもしれないのだ。「判断が甘かったと言われれば仕方がない」と記者会見で指導者が語っていたが、判断は大甘だったのだ。仕方がない…と開き直っている場合ではない。もし、大勢の犠牲者を出していたら仕方がないなどと言っていられないだろう。

 

10校もの学校が参加した合宿だったから中止して日程を組み替えることをきらったのではないか。地域の天候や気象変化に詳しい地元の漁業者などに意見を聞かなかったのか。海でなく川だから大したことはないという甘い考えはなかったか。いくらも疑問がある。合宿だの強化練習だというと無理をしたがる。命を無視したチャレンジなんか何の価値もない。

 

川柳「朝囀」 助かって 詫び状を書く ことになり   (誠)

 

 

 

2012年12月26日 (水)

安倍内閣発足-有言実行の政治を!

戦後間もない吉田茂以来の再登板という安倍晋三内閣が発足した。内閣の顔ぶれは新聞、テレビ辞令で洗いざらい報道済みで新鮮さも意外性も中ぐらいになってしまったが、それでも国民の期待と願いは並々ならぬものがある。

 

一部の新聞はまだ未練たらたら、組織を立て直して再起せよ、健全なる野党のあかしを…と野に下った民主党にエールを送っているが、とにかくひど過ぎた。政権交代の足がかりになった政権公約、マニフェストをほとんど実現できなかった。子育て世代をねらった子ども手当、暮らしに不安を抱く老人世代をねらった7万円最低保障年金…集票力にモノを言わせた公約ほどやれなかった。

 

そんな不誠実にもかかわらず、よくぞ3年あまりも政権にとどまれたものだと正直思う。駅前や街中の朝の辻立ちで鍛えた弁舌は見事…舌の先で攻撃を交わし、ねじ伏せてきた。だが、それだけじゃ限界がある。国民の目は節穴じゃなかった。3年で刀折れ、矢尽きた。「政権の正統性を問う」…徹底して正義の追求を続けた自民党、谷垣総裁(当時)が象徴的に法相で復活した。

 

安倍内閣にはまず、何よりも出来もしないことを出来るかのごとく言う政治をやらないでいただきたい。国民のなけなしの血税で義理立てをして喜ばせ、その見返りに「1票」を求めるような政治をやらないでいただきたい。それよりここまではできるが、これ以上はできない…ここまでサービスを切り込まなければならない、新たな負担との相談ずくになる…そういうことを正直に示してほしい。

 

国民は2度の政権交代で政権選択に対する怖さより自信を得た。だから、国民を裏切ったり失望させるようなことをやれば躊躇せず政権拒否に出るだろう。国会の解散にだって内閣総辞職にだってためらわず追い込むだろう。派閥の復活がささやかれているが、そんな古めかしい政治に逆戻りするようなことをやれば国会議事堂は怒りの国民によって取り囲まれてしまうだろう。

 

3年半の不作為によって地に落ちてしまった国力を回復し国に勢いを取り戻してほしい。若者がみんな働く場を確保し社会の一員として羽ばたけるような経済状況を創り出してほしい。若者が等しく希望を抱けるような社会にしていただきたい。弱き者、貧しき者が卑屈にならず幸せを実感できるような社会にしていただきたい。そういう社会の入り口に早く立ちたい。

 

川柳「朝囀」 1年も もたない初心 常なれば    (誠)

 

 

 

 

 

2012年12月25日 (火)

文科省は病める教師を救えるか

昨年度、うつ病などの精神的な病気で休職した教員は5,274人、10年前の2倍の深刻な状況が続いているという文部科学省の発表があった。4年連続5,000人を超えた。そのうち復職できたのは37%、引き続いて休職中は43%、20%が退職した。復職後に再発し再び休職に追い込まれた教員は12%もいる。

 

志半ばで教壇を去った者は無念だったろう。休職者は年齢が高いほど多く、50代以上が最多で39%、20代が最少で8%。50代は20代の5倍という多さだ。若い教員ほど経験が浅く、子どもの扱いに不慣れの上、親たちからのプレッシャーで苦しんでいると思われがちだが、実際は経験のあるベテランほど追い込まれている。

 

文科省は40代以上の教員に業務が集中しストレスを抱えていると分析、「学校現場の業務量が増え教員が多忙になっていることが背景にある」と言っている。よくもしゃあしゃあとそんなこと言えるものだなと思う。指導要領や手引きを頻繁にいじって研修をやるなど業務を増やしているのは文科省自身ではないか。

 

現場はたまったものじゃない。中学、高校のベテランは教科指導の他に進学資料の作成や就職指導などで124時間でも足りない時に講習や研修をやられ、時間を奪われてしまう。へまをすればダメ教師のレッテルを貼られる。まじめにやればやるほど追い込まれる。校長や教頭が無理解とくれば地獄だ。

 

教員の多忙感を和らげる方策を考えると文科省は言っているが、それを現場に徹底するといってまた研修や講習だろう。文科省はひまにまかせていろんなことを思いつくだろう。押し付けられる現場は逃げ場がない。心病まない方がおかしいくらいだ。文科省は地方に出向いて、御身大切の校長や教頭でなく、教壇に立っている教員の生の声を聞いてから方策を考えるべきだ。

 

 

川柳「朝囀」 言うことと やること逆さ 文科省    (誠)

2012年12月24日 (月)

これで政治がよくなるだろうか

総選挙から1週間…当選者は早くも次の決戦の時をめざして陣容の再確認に全力投入、落選組は支援すじをたぐって捲土重来の可能性を探るのに懸命です。選挙戦で訴えた政策や公約はもとより、国民のためにどんな汗をかくのかも頭から抜け落ちてしまっているようです。

 

今、始まったことではない。ずっと昔からそうでした。まさに戦い済んで日が暮れて…の態です。これだから政治は変わらない。日に日に政治は、いや、国会は国民から離れていってしまう。そして国民の目が届かない国会では駆け引きがはじまる。自分たちがいかに安心して金バッジを胸に付け続けることができるかをめぐる駆け引きです。国民の幸せなんか一番後回しのようです。

 

何よりも早く解決しなければならない「一票の格差」是正なのに、いつ手をつけるかも分からない。違憲状態のままで解散・総選挙に及んだ。国会が憲法を踏みつけにしているという恐れさえなかった。それで国権の最高機関たる国会で正義や信義を論ずることができるのか。違憲状態のまま総選挙に突入したことによって「一票の格差」は2・42倍まで広がってしまった。

 

いや、そういう不埒が続く元は政治家よりも私たち国民の側にあるのかもしれない。違憲状態下の総選挙を私たちがボイコットすればよかったのです。それを国民運動にすべく活動したら公職選挙法違反か何か罪になるだろうか。まさか憲法を守るよう活動することが罪になるわけがない。社会の過ちに鋭く反応し改革をぶち上げる橋下大阪市長がどうしてそういう声をあげないのか不思議です。

 

憲法を守るといえばもう一つ重大な問題がある。憲法が保障する基本的人権としての選挙権です。誰の一票も無駄にしてはならない。だが、今回も小選挙区では議席に結びつかない、いわゆる「死に票」が山のように出ました。全300小選挙区で3730万票、全投票数の56%が紙くずになった。国民が投じた票の半分以上が紙くずになる。これは民主主義への冒涜です。

 

理屈っぽい話ですが、政治のゆがみの根幹になっている大きな障害です。分かりにくいといって私たちが放置してきたから今日の政治漂流を招いている。政治不信が深まっている時だから、なかなか食いついてもらえないが、みんなで政治家に改善を働きかけよう。不平や不満をこぼしているだけでは政治家を動かすことはできない。みんなで立ち上がろう。

 

 

川柳「朝囀」 やせがまん 善人ぶって 後で泣く    (誠)

2012年12月22日 (土)

野田さん,壊しっ放しでドロンですか

尖閣諸島を国で購入、国有化を強行し、日中関係を断絶状態にしたまま野田さんは首相の座を去る。強がりばっかり言っていたが、結局、何の結果も出すことはできず、「決められる政治」の実践者どころか、「やりっ放しの政治」の見本のようなかっこうで終わった。

 

尖閣列島は確かに日本固有の領土だ。それに異議を唱える人はいない。ただ、なぜあの時点だったのか。なぜ事前説明もなく抜き打ちだったのか。そこが野田さんのリーダーとしての見識が問われるところだ。丹羽宇一郎前駐中国大使が日本記者クラブでの講演で「事を荒立てるばかりなのに、なぜそんなことをするのかと疑問に思った」と語ったそうだが、丹羽さんの言う通りだと思う。

 

なぜ、あの時?というのはほかではない。中国の当時の胡錦濤国家主席から会談で自重を求められた、その2日後に国有化を強行したからだ。その直後に中国各地で反日デモが相次いだのであり、野田さんは中国リーダーの直接の外交申し入れを跳ねつけたばかりか、国有化をあえて強行し信義を裏切っているという点で外交上の基本を踏みにじっている。

 

丹羽さんは反日デモの後で「私は中国の国民から泥棒の親分のような扱いをされている」と嘆いたが、野田さんのやり方がいかに外交上の非礼、信頼関係への冷や水であったかが分かろうというものだ。中国側の反発が予想できたのに野田さんは収拾をどう描いていたのか。外交は「力」だけではない。「信頼」がそれ以上に不可欠だ。いきなり相手のほっぺたを叩いておいて間違ったと思わないのか。

 

尖閣諸島に対してわが国が主権を譲る必要はないが、領土の支配主体を替えるなら周辺国に事前説明することは当然だ。外交の作法だ。そのパイプを自ら閉じてしまうような行動をとったことを野田さんは公式な席で釈明する必要がある。外交関係の冷却、経済、文化、人の交流の頓挫した状態をこのままにしてはおけない。対話の環境づくりくらいはやってやめていただきたい。

 

川柳「朝囀」 けんか屋が こぶしをあげて 逃げ支度   (誠)

2012年12月19日 (水)

若者に希望さえ与えられぬ政治

結局、自分もさして変わらない大人なのかと思って恥ずかしくなってしまう。選挙が終わって、どっちが勝ってどっちが負けた。その背景はどうの、国民の心理はどうの…と、好き勝手なことを言っている。やがて1か月、2か月もすればまた政治の運びをあれこれと理屈をつけて嘆いているだろう。

 

そんなことで世の中がよくなるわけがない。国民の目もいつの間にか政党の勢力争いや駆け引きに向けられ、日本列島は失望と嘆きのるつぼと化してしまうに違いない。政治のリーダーシップが大切なことは言うまでもないが、それに劣らず新聞、テレビ、評論家と称する人たちに指導力を発揮してもらいたい。つじつま合わせの理屈なんかより、どうすればいいのかを示してもらいたい。

 

オバマ米大統領ではないが、私たち大人は次代の担い手たる若者や子どもたちのことを本当に考えているのか。若者たちがどんなに大人社会に失望しているか。政治家のみなさん、ご存じですか。学生や青年たちが今回の選挙に何を期待したか聞いて回った結果、暗然たる思いになった。ひと言でいえば「期待なんかしていない」「期待なんかできない」という言葉に凝縮されたんです。

 

政治家がいろいろ政策を掲げて声を枯らしたが、すべて自分たちの当選、生き残りのためだけだ…という見立てだ。どんな国を引き継がれるのか見当もつかない。大体、結婚できるような暮らしなのか、子どもを育てられるような経済状況なのか、何も示していないという指摘だ。「未来を指し示すことが政治の原点だ。その目鼻立ちさえ示せない。そんなの政治じゃない」という。

 

「少なくとも『国会議員』というなら国の形、国の姿くらい自信をもって示してほしい」。政治家のみなさん、この若者たちの嘆きに答えてください。落選閣僚のみなさん、みぐるしいじゃないか。敗戦の弁、いや、嘆き節は恥ずかしい。田中文科相、「野田首相は独り善がりで、人の意見も聞かず、他人の土俵に乗ってしまった。自爆テロ解散だった」とは何ですか。

 

城島財務相、「有権者にマニフェストを理解してもらう時間がなかった」とはどういうことですか。民主党のマニフェストはまがい物だと国民は十分理解していました。まだ騙し続けるつもりだったんですか。そんな政治集団に政権を担った経験を生かせ、建設的な責任野党になれ、政権のブレーキ役になれ…なんて言っている新聞もある。ますます分からなくなってしまう。

 

川柳「朝囀」 こわし屋を ドジョウにゆずり 未来屋に   (誠)

2012年12月16日 (日)

振り切れた怒りの振り子

公約違反の民主党に対する怒りの振り子は、第三極グループに目もくれず、そのまま自民党・公明党に振り切れて止まった。2009年総選挙の政権交代が正統性のないものだったということが証明されたといっていいだろう。

 

国民の厳しい目を半ば無視するように各政党が勝手な大義を並べ、国民の心から遠く離れたところで選挙戦を続けてきたことを厳粛に反省する必要がある。東日本大震災、福島原発事故の被災地では30万人を越す人たちが避難生活に追いやられたまま難民になっている。ふるさとを捨てなければならないところに追いやられている人たちもある。

 

その被災者たちへの冷淡な対応ばかりか、人々を苦しめている「原発」を選挙の勝ち負けの道具にした選挙戦を展開した。そんな自分たちのことしか考えられない政治家を国民は選挙戦を通して、黙って冷静に見続けた。そしてその自己本位と鈍感さに鉄槌を食らわせたのだ。政権だけ奪いながらその約策も守ろうとしない民主党に失望しているところへの追い打ちだから怒りは頂点に達した。

 

「救済の第三極」をうたった新興勢力の裏切りもひどいものがあった。「数」を得るために無理やり合流、連携し、主張がぼけてしまった。橋下「日本維新の党」代表代行が石原慎太郎前東京都知事の名声に引きずられ、「原発」も「消費税」も政策論から消えてしまったのは「第三極」グループをひとまとめに国民の関心から遠ざけてしまったとさえいえる。

 

準備不足だった、いや、出遅れだ。「第三極」グループは予想外の苦戦にそんな逃げ口上を並べているが、それはどの政党も同じだ。どんなに準備をしてもそれが国民に信用されるかどうかなのだ。民主党の「子ども手当」「7万円最低保障年金」の裏切りが、国民に「うまい話」は警戒すべしの意識づけをした。民主党政権3年間の実績はそのことだったとすればあまりに皮肉すぎないか。

 

単独過半数を獲得し政権を奪還した自民党も浮かれていればまた谷底だ。確実に政策を実現する政治、痛みはまず自分たちが引き受ける…そういう政治をやらなければ必ず憂き目にあうだろう。国民は政権のすげ替えはこわくない。いつでもやれるんだ。そういう自信と確信を得た。政治家こそ民意のこわさを知るべきだ。

 

 

川柳「朝囀」 裏切りに 見限ることで 憂さ晴らし    ()

2012年12月14日 (金)

やっぱり安全は二の次だったんだ

つり天井を固定するアンカーボルトが抜けたり、ゆるんだり、中には手で引っ張ると簡単に抜けたり…。そんな危ないトンネルのままで車を通らせていた。金を稼ぐには高速道路の利用者の命なんかどうでもいい。そんな堕落した経営倫理がまかり通っている。みんななぜもっと怒らないのだろう。

 

犠牲になった9人が本当にかわいそうだ。助けを求めながら息絶えていったあのトラックの男性…さぞ無念だったろう。犠牲になった人たちには気の毒だが、あの時点でもし事故が起きなかったら今もいつ落ちてくるかもしれない天井の下を車が往来していることだろう。もっともっと大きな事故が起きる可能性だってあった。そのことを考えると犠牲になった人たちの死を決して無駄にしてはならない。

 

これから2度と同じような事故を起こさないよう道路会社は徹底した安全確保に努めてほしい。国土交通省の緊急点検で、中央自動車道笹子トンネル上り線と同じように下り線でもボルトが抜けたり、さびで腐食したりの不具合が670か所も見つかったという。1か所でもあってはならない「危険」がごろごろあるということだろう。正直、安心してトンネルを通れない。

 

新聞、テレビは、不具合や危険が見つかった箇所は補修をはじめており、問題はないという…と伝聞報道をしているが、それでいいのだろうか。どんな補修が行われているのか、その補修で事故は絶対に起こらないという専門家の証言が得られているのか。そこを追及しない限り国や道路会社の言うことを鵜呑みにした話になってしまう。少なくとも9人もの尊い命が失われた事故なのだから、国や道路会社に徹底して安全を求める姿勢がメディアに必要だと考える。

 

いつ自分がその犠牲者になるかもしれないという想像力を働かせた姿勢は私たち一般国民にも必要だ。国や道路会社や安全認定にかかわる専門家と称する人たちがどこまで人命を守ることに真剣になっているかを注視しなければならない。仲間うちで適当につじつま合わせをされて、そのシワ寄せが一方的に罪もない利用者に及んでしまうのでは私たちは命がいくつあっても足りない。そういう国民泣かせの利益構造を早く追放しないといけない。

 

 

川柳「朝囀」 亡き命 不運といつも 閻魔さま    ()

2012年12月12日 (水)

北朝鮮にしてやられた

北朝鮮にまんまとやられた。政府はミサイルの発射も、沖縄上空を飛んでいるのも後追いで知り、すべてが終わってから「フィリピン東の太平洋上に落下したものと推定される」の発表だ。すべては「あとの祭り」だ。情報として自らつかんだものはどこまでだったのか。こんなことで国を、国民を守れるのか。

 

今さら大騒ぎしても始まらない。騒げば騒ぐほど相手を頭にのぼらせるだけだ。でも、これからも何があるか分からない。政府はまじめに失敗から学ぶ覚悟をもってもらわないと困る。でも、今回はわが国だけでなく韓国もアメリカも中国もだまされた。「技術的なミスが見つかった」「そのために発射予告を一週間延長する」。北朝鮮が、わざわざ発表するのはおかしいと思わなければならなかった。

 

それを疑いもしないで自分たちの都合がいいように解釈した。「ミサイルが発射台からはずされた」という情報をめぐって韓国政府内は責任のなすり合いになっているが、確かめられもしない情報が独り歩きした。アメリカの偵察衛星による画像解析に頼っている状況では、見落としも間違いもチェックできない。それを北朝鮮が計算に入れて現場のカムフラージュをしていた可能性もある。

 

新聞、テレビの報道も韓国政府関係者の発言や韓国内での報道をなぞった話ばかりだが、それを時として事実のように踏み込んでいるから困る。「韓国政府関係者によると北朝鮮はミサイルを解体し、発射台から下ろした模様だと語った」「下ろされたミサイルが近くの建物に運ばれたもようだ」…不確かな言葉が含まれた話が事実のような印象を与える記事になっている。ミスリードだ。

 

「ミサイルが軌道に乗った。北朝鮮のロケット技術は相当高いところにある」「相当に技術は進歩している」。そんなことを語っている脳天気な科学者には腹が立ってしまう。国連安保理に話を預けるのではなく、わが国独自の対応を小じっかりとする必要がある。拉致問題を交わす方便などに「核の脅威」を利用しようというところも感じられる。政府は相当の覚悟をすべきだ。

 

 

川柳「朝囀」 ミサイルの 発射にかけた コメとカネ   (誠)

人生100年時代の選挙です

人生80年時代…20歳で選挙権を得た人がその後の60年間でどれほどの選挙の機会があるかご存じですか。ボランティア講師を頼まれた市民講座でそう話しはじめたら、突然、受講者席の女性から「80年時代じゃないよ。100年時代だよ」という言葉が飛んできた。何とか時代というのはそれが平均的にならないと駄目だと考えていたが、そうじゃない。100歳を生きる人が出てきたら「100年時代」なのだそうだ。

 

なるほど、「人生100年時代」ねえ…すごいね。そういえば「敬老の日」を前に厚生労働省が発表した100歳以上の老人は5万1376人と新聞の切り抜きにある。昨年より3620人も増えている。言うまでもないことだが、それだけわが国の高齢化が進んでいることでもある。国の金庫をあずかる財務省は気が気ではないだろう。一銭でも取れるところから税金も医療費も取りたいだろうな。

 

そういう目で新聞を見ていると広告はいじわるなのが結構多い。老後に備えて貯えを忘れるな、生命保険もお得な掛け方があるんだよなんていうのは、まあ、真意は勧誘でもところどころにやさしい言葉があって許せる。でも、いくら親切心でも「これがあれば大丈夫」「これで安心」なんていう大きな見出しとともに尿漏れ防止パンツをズラリと並べた広告は嫌らしいね。あんなものに世話になるなら死んだ方がましだなんてつい思ってしまう。広告主としては損だろうなと思う。

 

親切の押し売りだと腹が立つのはお墓の分譲宣伝だ。確かに美しい山並みに包まれた自然豊かな地に広がる広大な墓地は魅力いっぱいだ。だが、個人で買える区画はその中のほんの一部の一部、左右前後を肩をすぼめるようにおさまるしかない広さだ。あっちの世界に行っても大きい区画で威張れるヤツと息をひそめて生きるヤツと差別されるのか。そう思った瞬間、二度とそんな広告見るもんかと思った。

 

老人マンションの宣伝もいい加減にしてもらいたい。確かに至れり尽くせりのサービスが用意されていて心豊かに老後を送れそうな気がする。だが、一か月や二か月、一年や半年の間はもの珍しさもあって楽しいかもしれないが、足腰が弱くなって動けなくなったり、病気になったりすると見捨てられてしまいそうな気がする。だって、そうなってはじめて分かることだし、分かった時にはもう時すでに遅しだものね。

 

ああ、そうそう「人生100年時代」の選挙の回数の話ですが、国政選挙、地方選挙合わせて約80回に上る計算です。その一回一回、立候補者や政党をしっかり調べて取り組めばここまで政治が漂流してしまうことはなかったと思います。今度の衆院選は政党乱立で落穂ひろいのような選挙だから、一段と厳しい姿勢で取り組まないとひどい結果になる可能性がある。孫や子たちに恥ずかしくない結果を引き継がないといけない。

 

 

川柳「朝囀」 ぼけがぼけ 選ぶ選挙が ちょうどよい     ()

2012年12月10日 (月)

ミサイルをさっさと撃ってと官房長官

政治家が舌禍の後で必ず言う言葉をご存知ですか? そうです。「誤解を招いたとすれば、お詫びしたい」って言うあれです。今度も藤村修官房長官が「北朝鮮がさっさと月曜(10日)(ミサイル)を打ち上げてくれるといいんです」としゃべって2時間後に「誤解が生ずるとすればお詫びしい」と陳謝した。

 

誤解が生ずるとすれば…ってどういうことでしょうか。日本政府は韓国や米国といっしょになって北朝鮮にミサイル発射の自制を求めているというのに、官房長官ともあろう人が早くミサイルを発射してくれって、とんでもないことを言った。深刻な事態を分かっていない。そんな浮いたかひょうたんで政府の要を担っているのか。そんな政権に国のかじ取りを任せちゃおけないな。

 

多くの国民はそう受け止めている。何も誤解なんかしていないよ。国を、国民を守らなければならない内閣の責任者の1人が自分の衆院選挙運動のことの方が心配になって、募る苛立ちをつい報道陣にぶちまけた。やっぱり政権を任せるには問題が多い政党だな。国民がそう考えたのは誤解だというんですか。民主党政権はそういう政権なのだと国民は正しい理解をしています。

 

訪問先の宮城県庁で知事を罵倒して辞任に追い込まれた松本龍初代復興大臣も福島の原発事故被災地を視察した後、「人ッ子1人いない死んだような町だった」と不穏当発言し辞任した鉢呂経済産業大臣も、誤解を招いたことを陳謝すると言った。誤解を招いたのじゃなく、事態の重大さ、深刻さが分かっていないということがよく分かるような発言をしてくれたのだ。

 

だから、藤村官房長官から謝ってもらうどころか、私たち国民からむしろお礼を言わなければならないんです。そうじゃありませんか、みなさん。選挙戦の真っ最中で政治家はウソを言ったり無責任なことを言っているのが分かれば有権者はたちまち離れてしまいます。だから、政治家はみんな本当のことを話していると思います。だから、藤村さん、私たちが誤解しているなんてご心配は無用です。

 

 

川柳「朝囀」 脳天気 撃ってとすがる ミサイルを    ()

 

2012年12月 9日 (日)

ボルト2本にぶら下がった命か!

死者9人を出した中央道「笹子トンネル」のような危ないトンネルは本当にないのか。安全点検は完璧なのか。信用できるのか。不安で仕方がない。今も危ないトンネルを車が走っているかもしれない。政府や道路会社や専門家と称する人たちに聞きたい。2本のボルトで私たちの命を守れると本当に思っているのか。

 

重い天井がたった2本の埋め込みボルトで支えられているなんて知らされてもいなかった。あなたたちはいつも「想定外」の事故だという。机上の計算を信じ切っているか、予想しないだけの話ではないのか。50年に一回とか100年に一回起きるいう想定は、過去の事故を基準にした計算であり、それを超えたらすべて「想定外」というのは逃げ口上でしかない。

 

東日本大震災でマグニチュード9を超えた大地震は「想定外」の規模だったというが、計算上はあり得た規模ではなかったか。原発事故、特に原子炉の爆発や炉心溶融は、絶対に起こらない「安全神話」というより、取り返しがつかないようなことになってしまう事態を恐れて想定から外していただけではないか。人間が科学をもって自然を手の内に入れることができると考えた過ちなのだ。

 

専門家と称する人たちは、福島原発事故以来、「あてにならない人たちだ」ということが分かった。笹子トンネルも建設完了後の検査で欠陥が指摘されていたという。安全対策を完璧に講じて開通したのだろうか。かかわった専門家は今でも問題なかったと言えるのか。今になって欠陥を指摘する大学教授らはなぜ事故になる前に指摘しなかった。人災そのものじゃないか。

 

わが国の高速道路は高度経済成長に乗って建設され、トンネルの約23%が開通から30年以上経ている。成長を支えた基盤だから痛みも早い。改修やメンテナンスの時期に差し掛かっている。金がなくても先延ばしできない。社会保障費急増に宇宙開発が重なって道路改修など公共事業を削り国土崩壊を招いた米国の例がある。コンクリートから人間へなどと無責任なことは言っていられない。

 

非常口が開かなかった笹子トンネル。やっと開いた非常口の先は車がうなりをあげて疾走する反対車線だった。そんな構造を見逃しにしたのは専門家だ。生きる保障が後回しにされる経済大国に私たちは生きている。

 

川柳「朝囀」 生き死にを 決めるは二本の ボルトです   ()

 

2012年12月 7日 (金)

未来、嘉田代表2足のわらじ叱られる

女性が政治家を務めることにまだ偏見が解けていない社会で滋賀県の嘉田由紀子知事の「2足のわらじ」が注目されていたが、やっぱりクレームがついた。彦根市の獅山向洋市長が嘉田知事に対する給与の支払い停止を求める住民監査請求を滋賀県に対して起こしたのだ。

 

その理由はもちろん、嘉田知事が新党「日本未来の党」代表として衆院議員選挙に没頭し、知事としての公務をないがしろにしているというわけで、獅山市長は監査請求が受け入れられなければ住民訴訟も検討すると言っている。すでに嘉田知事に対しては滋賀県議会からも「県政をしっかりやってほしいと県民は知事に選んだのに期待に応えていない」と厳しい声が集中している。

 

大津市の越直美市長のように「小沢一郎氏は手を変え品を変え政党を替え、国民をだましてきた。そんな政治家といっしょに嘉田知事がやるというのは人々への裏切りだ」という不満の声もある。県民も「嘉田知事の行為は県民への裏切りだ」「県政に全くの影響がないならいいが、明らかにお留守の状態だ」「知事を辞めてやるべきだった。少なくとも県民に説明をしてやるべきだった」と手厳しい。

 

立候補届け出で比例区名簿の提出で大失態を演ずるなどトラブル続きの上に留守中の城の守りをめぐって城下から思わぬ反旗、しっかりしているといっても女性の身には響くだろう。いや、嘉田知事をよく知る人たちは「そんな反旗の一つや二つに動ずるような女性じゃありません」という。でも、衆院選の戦い方をめぐって小沢氏とのすれ違いもささやかれる。やれやれ…。

 

この騒ぎを多少びくびくしながら横目で眺めているのが嘉田知事のライバル、橋下徹「日本維新の会」代表代行だ。大阪市長との2足のわらじ履きの批判は政治塾を立ち上げたころから見舞われている。「誰もやったことがないことなのでとにかくやり抜くだけだ」とやってきたが、選挙の結果によっては袋叩きに遭うかもしれない。松井一郎大阪府知事もびくびくしているだろう。

 

一つのこと、それも負託された任務に集中できない首長さんが増えてきた。自分の庭の芝生も管理できなくて何ができるのか…外国には政治家の資質を評するそんなことわざがある。かみしめるべきことばではある。

 

川柳「朝囀」 ふるさとを 捨てて夢など 見えますか    ()

2012年12月 5日 (水)

政党政治のケジメ取り戻そう

12の政党がひしめく異常きわまる選挙戦を繰り広げているのに、相変わらずどの政党が勝って、どんな政権の枠組みになるかに焦点を当てた報道が展開されている。それも一つの視点に違いないが、すでに政党政治のケジメが崩れてしまっているという重篤な事態であり、その立て直しこそ急ぐべきではないだろうか。

 

政党とは、一つの理念のもとに同志が集い、その中で政策論議をたたかわせてより高い理念に引き上げ、国民のために善政を施していくものだ。1つの理念のもとに集まっても個々の政策ですれ違いや対立することはある。そこで議論を深めるからこそ政策を磨くことができ、政党はより強固、より質の高いものに成長していくことができる。すれ違いや対立こそ政党政治の活力源なのだ。

 

でも、今の政界はまるで違う。意見がすれ違ったり対立すると、議論を放り出し党を飛び出し、新党を旗揚げする。政策の名称一つでそんなことになる。分党どころか「1人政党」寸前である。政党に愛着のない政治家が増え、政党の何たるかも分からない。2人、3人の「孤党」でも寄り添って5人の国会議員をそろえれば政党交付金を受けられる。そこが逃げ道になっている。

 

今回の総選挙の争点の柱としての「原発」は、基本的には「反原発」なのに、その中身はすぐに原発をなくする「即時廃止」、徐々に減らしていく「卒原発」、将来に向かって全エネルギーの中の原発比率を下げていく「減依存度」、あるいは自然消滅の「フェードアウェイ論」などと分かれている。「反原発」を具体的に進める工程ごとに政党が分立しているのだ。

 

政党政治のケジメ崩壊の背景として無視できないのは、保守政党の本流勢力が政権奪取に向けて対極の政治勢力と野合ともいうべき合流を強行したことだろう。右翼と左翼の異常合体である。小党、孤党の乱立は当然、多数派工作をめぐって駆け引きに終始する。国会は乱れ法案の成否は危うく予算さえ成立しない事態にもなる。国民生活は成り立たなくなる。政党政治が消滅する。

 

今回の総選挙はその予兆だ。本来の政党政治のケジメを取り戻すにはどうすればいいか。政治家は真剣に考えてもらいたい。メディアはもっと建設的に言いにくいことを言い、書きにくいことを書くべきだ。私たち国民も民主主義の主人公としてしっかりしないといけない。

 

 

川柳「朝囀」 政党が 人の数ほど ある国に    ()

2012年12月 4日 (火)

「選挙100マス計算」の選挙だね

何も気ぜわしいドン詰まりに来て選挙なんかやらなくてもいいのに…迷惑がっている人はいても喜んでいる人はそういないだろう。そのはた迷惑な師走選挙がはじまった。29年ぶり、5回目の師走総選挙だそうだ。ちり紙交換が姿を消して静かになった年の暮れを政党や候補者名を叫び続ける連呼合戦はやめてもらいたい。くれぐれも病院や学校の周辺ではマイク音量をしぼっていただきたい。

 

何を考えているのか、4党が開戦の地に大震災と原発事故で痛めつけられた福島を選んだ。民主党の野田首相は福島県いわき市で、自民党の安倍総裁は福島市で第一声をあげた。新党「未来」の嘉田代表は福島第一原発のひざ元飯館村、南相馬市で卒原発を、社民党の福島党首も負けじと会津若松市で即時原発停止を訴えた。「原発」と「被災地復興」重視の証明だそうだ。へ~え、そうですかねえ…これまでに何度、被災地に足を運びましたか。

 

何でそろいもそろって福島にやってくるんだ。そんなにオレたちのことを心配してくれるならもっと早く来てほしかったな…地元の被災者たちは口をそろえて嘆いている。政権党自慢のキャッチフレーズ「福島の再生なくして日本の再生なし」は福島のことを案じているようだが、選挙に勝つためには傷ついた者でも利用しようという身勝手さの表われだ…という怒りの声も聞かれる。「脱原発」もいいが、あなたたちのやり方は民意無視、「脱国民」だ…という皮肉の声もある。

 

何度となくうそつき呼ばわりされた向こうっ気強いドジョウ宰相が、内閣の生命線として認められている解散権、伝家の宝刀を「権力」と勘違いして抜いた。抜く時を引っ張り延ばしてきたから、その間にすっかり錆びついて、口上は船橋駅前で鍛え上げただけあって超一流だが、ボロボロの刃は政治課題一つ切れない。おでんの大根さえ切れない。それなのに選挙後の政権の枠組みなど語っている。

 

何と12の政党がくつわを並べる乱戦もよう。原発にはじまって外交、国防、経済、福祉、医療、年金、教育、子育て…という争点ごとに政党の主張を組み合わせた表を作ろうとすれば、とてつもなく大きな複雑なものになってしまう。今風に言うと「選挙100マス計算」表といったところだろうか。「沖縄」がないのは変だ。ナゾ解きのような選挙の先はどうなるかまるで見当がつかない。

 

 

川柳「朝囀」 「沖縄」は なぜか今度も 落ちている   ()

2012年12月 3日 (月)

政治家が薬なら毒薬だよ

何の役にも立たないものを「毒にも薬にもならない」と言うが、日本未来の党の嘉田由紀子代表と小沢一郎氏のインターネット番組対談の薬談義を新聞で読むと、政治家は自分たちを毒ではなく薬だと考えているらしい。よしんば薬だとしても人のためにもならない毒薬ではないだろうか。

 

対談の中で嘉田さんは、自分を漢方薬だと言い、小沢氏を「良薬は口に苦し」の効果の高い苦い薬だと持ち上げたという。自らを漢方薬と表現したのは、じりじりと薬効を発揮し政治再生の担い手になるとでも言いたかったのだろう。小沢氏に対する苦い薬という評価は大きく外れてはいないが、良薬といえるかどうか。

 

良薬といわれてうれしくなったのか小沢氏は、「嘉田さんは西洋医学の薬と漢方の両面を持っている」と褒めちぎったそうだが、聞いていた報道陣は一瞬、「気持ちわる~」となったとか。その前に嘉田さんはすっかり敵になった日本維新の会代表代行、橋下大阪市長を劇薬と扱き下ろしたという。

 

劇薬呼ばわりされた橋下さんが歯牙にもかけず無視するわけもない。これから何と言って反論するか楽しみだが、政治家が薬ほどためになる存在だと思っている人はそう多くはいないだろう。ちょっとした病気なら置き薬で結構間に合う。政治家は肝心な時に役にも立たないのに金がかかり過ぎる。置き薬は安価だ。

 

マニフェストやらの効能ばかり宣伝している薬に飛びつくと病気は治らないばかりか副作用がひどかったりするのが落ちだ。つい3年前にひどい宣伝に引っかかって「一度、やらせてみよう」などと手を出したら、国のあっちこっちで合併症が起きて床に伏してしまうかもしれない。あまり薬に頼らないで健康な体を保っていけるように1人ひとりが健康管理しないと駄目だね。

 

 

川柳「朝囀」 ぬけぬけと 私はくすり 寝言だよ    ()

2012年12月 2日 (日)

野田首相も重複立候補なの?

政治家は選挙に落ちればただの人といわれるが、ずっとただの人で生きてきた私が見た限り、落ちても決してただの人にはなっていない。周囲が気をつかって公職、役職を用意してそれなりの生活をしている。それが政治家が言う「浪人」というなら私たちは一生、浪人生活をしているようなものだ。

 

民主党代表の野田首相は、4日に公示される総選挙で千葉4区と比例南関東ブロックに重複立候補するという。現職の総理大臣が「究極の命綱」ともいうべき重複立候補にすがるとはあきれるばかりだが、そんな自信もないリーダーに率いられているのが今の日本なのだ。

 

今の選挙制度「小選挙区比例代表並立制」になってから過去5回の総選挙が行われたが、現職の総理大臣が重複立候補した例はほとんどない。ただ、2000年の総選挙で現職の森喜朗首相が重複立候補した例はある。重複立候補は現職が生き残るための「究極の命綱」と悪評されるが、各党の幹部や現職総理は体面もあって重複を辞退してきた。

 

野田首相の今回の重複立候補は森首相以来の恥ずかしい(?)記録になるが、実は野田首相には苦い経験がある。1996年、新進党から立候補した総選挙で当時の小沢一郎党首が小選挙区に密着した政治をすべきだと重複立候補を限定したため、野田首相は小選挙区で105票差で落選し、そのまま浪人生活となった。

 

その悪夢の再来が野田首相の脳裏をかすめたわけでもないだろうが、現職の総理大臣という「究極の強み」を持った人が「究極の命綱」にすがる姿は情けない。もしかすると、野田首相には「まさか」の坂道が見えるのかもしれない。

 

川柳「朝囀」 強がって 見せてもしょせん 票頼み    ()

2012年12月 1日 (土)

いつまで仮免でやらせるの?

原子力規制委員会が30日発表した原発事故による被曝リスク予測に早くも地方から「今度は間違いはないか」と批判とも皮肉とも思える声が上がっている。全国の原発の放射性物質の拡散予測に次々と間違いが見つかり、自治体の地域防災計画作りに間に合わない状態が続いているためで、原子力安全保安院時代の頼りなさをそのまま引き継いだような不名誉が続いている。

 

発表された被曝リスク予測は、原発からの距離ごとに避難や屋内退避など防護策の有効性を示したものだが、あくまでも一つのモデルケースだという。それを原発立地地域の自治体がどう防災計画に生かせばいいのか、肝心なことは示されていない。予測をまとめた原子力機構の本間俊充安全研究センター長は、実際の事故による被曝量はその時の風向きなどで異なるから、個別の具体的な試算は意味がないと言っている。住民の不安に応えるものではないというのだ。どうしてそんな意味もないものを発表するんだろう。

 

それより何より原子力規制委員会のミス続きは困ったものだ。どこまで信頼していいか分からない。原発再稼働の是非決定は、その規制委員会の安全判断が前提だというではないか。拡散予測は委託先がコンサルタント会社に丸投げしていたことも判明した。「原子力の安全規制を一元的に執り行う画期的な組織」と前宣伝ばかりが先走った規制委員会だが、そんなことで原発の安全を担えるのか。衆院選挙を前にした政党の原発政策論議だってどこまで信じていいのか分からない。

 

もっとも規制委員会は「私たちをそんなに重視しているんですか」と開き直るかもしれない。委員会の田中俊一委員長と4人の委員はまだ国会が同意を与えていない。総理大臣が特例で任命したままで、いわば仮免許の状態で任務を負わされている。政権の無責任さ、原発政策へのいい加減さをさらけ出している。規制委員会に文句を言う前に政権の責任を問うべき話なのだ。

 

 

川柳「朝囀」 安全は 政権の手を すり抜ける     ()

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