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2013年1月

2013年1月31日 (木)

真のスポーツ指導者いるのか

大阪・桜宮高校でバスケット部主将が顧問教師の体罰を苦に自殺した問題は、学校立て直しのために体育科入試を中止したら、市や市教委が受験生をいじめてるという話になるし、柔道女子日本代表の監督が選手たちに暴力をふるっていたのは、金メダルを求める国民の重圧のせいだとなっちゃう。おかしいじゃないか。

 

年端もいかない少年にビンタをくらわす、女子選手を殴りつける…そんなの顧問でも監督でもない。単なる暴れん坊だ。そんな顧問の下、それを見て見ぬふりをしてきた教師ばっかりの学校をそのままに新入生を迎えるわけにはいかないだろう。入試中止は新入生たちを守るためじゃないか。いじめているなんていう理屈がどこから出てくるんだ。

 

柔道女子監督だって暴力で選手が強くなるなんていう発想がおかしい。それは指導じゃなくて「しごき」だ。ましてやそこまでやらなければ選手たちを発奮させられないとすれば、自分に余程指導力がないからだって考えるのが普通じゃないか。どんなに意を尽くしても選手がついてこないなら、監督を辞めればいいじゃないか。監督を続けていたいというのは自分の名誉欲のためじゃないのか。

 

金メダルを求める国民の重圧のせいだなんてスポーツ記者や評論家のみなさんもよく言いますね。「柔道男子、依然、金ゼロ」「金メダル、○○選手の1個だけ」「メダル、ゼロに終わる」なんて大騒ぎして書いたり解説してるのはどなたですか。重圧をかけてるのは国民じゃありません。「国民」という言葉を利用するのは政治家だけで十分ですから、考え直してください。

 

相撲部屋で親方の暴力で有為な若手選手が死亡した事件、もう、忘れちゃったのだろうか。オリンピックで2度金メダルに輝いたやわらちゃんこと、谷亮子参院議員は問題の監督を「人間性の素晴らしい立派な監督だ」とおっしゃったそうだが、本心だろうか。そういう立派な監督が選手たちに連名で告発されるだろうか。いろんなところがおかしくなっている。

 

川柳「朝囀」 指導力 ないのがバレて しごきだす    ()

2013年1月28日 (月)

体罰自殺、話がどんどんゆがんでいく

体育科バスケットボール部主将(享年17歳)が顧問教師の体罰を苦に自殺した大阪・桜宮高校で保護者や卒業生が応援団を結成したという。市長や市教委の姿勢を糾弾するのが狙いらしい。1人の前途ある少年が自ら命を断ったという重い事実はどこかに吹き飛んで話がどんどんゆがんで行っているように思えてならない。

 

保護者や生徒が議論の中心になっていく必要があるという考えが応援団の中心を貫いているようだが、学校や部活の在り方について論ずるならそれも間違いではないと思う。でも、唐突に体育科の入試を中止するとか普通科に振り替え募集するとかいうのではない。体罰を苦にバスケ部主将が自殺するという重大事が発生したことに対する善後策を求められての対応だ。

 

少なくとも今春の入試は取りやめて、新入生の受け入れに支障がない状況に改善しよう。桜宮高校への進学に夢を持った受験生たちもいるから、中止する体育科の定員をそのまま普通科として募集し、体育科と全く同じカリキュラムを組んで授業を勧めようというのが市教委の最終決定だ。受験希望者たちを締め出すどころか、そう遠からず体育科への復帰もにじませた処置だろう。

 

あいまいなままで新入生を受け入れれば体罰問題は残り続ける。第二、第三のバスケ部主将の悲劇だって心配になる。それを避けようという学校設置者の責任から出た橋下市長の入試中止指示だろう。在校生や新入生、その親たちを気遣っての対応だ。それを子どもたちは夢があって桜宮に入ったのに、市長につぶされてはかなわん…という一方的な非難になっているのは分からない。

 

大人は何も分かってくれない…という声が子どもたちの間に生まれていると新聞、テレビが報じているが、子どもたちをそんな不安にさらしているのは市や市教委に反発する大人たちではないのか。ここは桜宮をみんなが期待するような学園にするためにじっと耐えて善後策を打ち立てることが大切なんだと子どもたちに諭すべきではないだろうか。

 

新聞やテレビもカメラやライトを必要以上に照らし当てて、子どもや親たちをあおるような報道姿勢は自重すべきだ。現に子どもや親たちの中には本質をはなれて市や市教委の入試中止措置そのものに矛先を向けた議論を嘆く声が広がっているという。誤った熱意が未来ある子の命を奪うような悲劇をなくそう。誰もがそれを願っている。冷静になってもう一度みんなで考えよう。

 

 

川柳「朝囀」 ああ悲し 死を踏みつけて わが夢と   ()

 

 

2013年1月26日 (土)

10人はわが家に帰っただろうか

アルジェリアの砂漠に散った10人はみんなわが家に戻っただろうか。お疲れさまでした。くやしいね…。砂漠の開発のために家族と離れ、黙々と汗を流してきたみなさんに感謝こそあれ…無差別銃撃とは悪魔の仕業だ。その無念、不条理を思うとやり場のない怒りに打ちのめされそうになる。

 

テロリズムに大義などあろうか。人間は誰もその生まれ落ちた国と生まれ落ちた時代に多かれ少なかれ翻弄されて生きる。それこそ神が私たちにもたらした宿命というものだ。貧しさに厳しさに打ち勝って生きることを神は人間に求めている。それを国家や権力や民族のせいにして、勝手な大義によって打ち倒そうとするテロリズム…それこそが神を冒涜する大罪である。

 

あたたかな血が流れる人間を信ずる私たちは卑劣なテロリストをゆるさない。テロと戦う国際社会と連携し必ずその悪行をとめる。そのことを犠牲者のみなさんに誓いたい。こういう災難があるたびに資源のない小国の宿命のようなものを痛感する。資源の眠る国の開発に積極域に参加していかなければならないからだ。誰もが「ひとごととは思えない」と感じたのもそのためだろう。

 

その担い手として民間の開発業者が先陣を切る。日揮は天然ガス開発プラントの設計施工に乗り込んだ。国の威信を背負っていくから開発参加の戦いに負けるわけにはいかない。勢い、危険度の高い国や地域にまで進出していくことになる。テログループがしきりに「ジャポネ」「ジャポネ」と叫び声をあげ、日本人を狙っている情景が現地からの映像に流れていた。

 

人質として日本人がモロに狙われる時代なのだ。高い身代金が欲しけりゃ日本人をねらえ…とテロリストたちの間で囁かれたこともある。人命第一に考えるわが国の姿勢を逆手に取った卑劣だ。決して許すわけにはいかない。私も長男が何回目かの海外勤務をしており、ひとごとではない。勇敢だった日揮の10人に何と言ってねぎらいの言葉をおくればいいのか…合掌の手がふるえて止らない。

 

 

川柳「朝囀」 雨にぬれ こきざみに揺る 献花たち   ()

2013年1月25日 (金)

仙谷元幹事長、著作で元首相らバッサリ

政治家は時々、仲間割れしたり距離をおき合うことがあった方がいいなとつくづく思う。普段は息もぴったりお互いに生きるも死ぬるも一緒だというくらいにやっていた政治家が案外不信感の中でやっていたとか、憎しみでいっぱいだったとかということが分かって面白いからだ。

 

先の衆院選挙で落選した民主党の仙谷由人元官房長官が在任中の回顧録「エネルギー・原子力大転換」を発刊するという話を新聞で読みながら、へ~え、そんな間柄だったのか、とても信じられないね…といった感慨のようなものを覚えたからだ。時々、落選して恨みの人や敵を明かす著作を出してくれると政治家を人間として信じられそうな気がする。

 

脱原発を主張した鳩山由紀夫元首相に官房長官として仕えた仙谷さん、うまくいっていたと思ったが、あにはからんや…「深く悩んだり、苦悩する政治家ではなかった」と扱き下ろし、首相官邸前の脱原発の抗議行動に参加した鳩山氏の姿勢には真っ向から疑問を呈した。そして「(原発維持が前提の)温室効果ガス25%削減の国連演説を忘れたのか」と切り捨てた。

 

また、衆院選前に「原発ゼロ」の時期を明示するよう訴えた菅直人元首相にはそれはそれは厳しい声…「原子力への(世論の)不信を利用し、選挙に向けた政治運動論として脱原発を掲げたことには賛成できない」と断罪している。当時の民主党内は菅方針に全員が右へならえだったのかと思ったが、国家のエネルギー政策と政治運動は別だとする正論が息づいていたことに新鮮な思いがする。

 

もう一人の元首相についても触れておかないと不公平だが、「2030年代に原発ゼロを打ち出したものの、原発問題の持つ課題の大きさ、深さをどう捉えているのか、もうひとつみえなかった」と、野田佳彦元首相への評価は案外だ。社会保障と税の一体改革で手いっぱいだったのかもしれない…とも述べている。「近いうち」の読み違え解散についても書いてほしかった。

 

ニクソン大統領に仕えた名国務長官キッシンジャーが、ニクソン失脚のあとで「わざとらしい、不愉快な人物だった」と扱き下ろし拍手喝采を浴びた。先の自民党総裁選に先立ち幹事長だった石原伸晃環境相が再選をめざしていた谷垣禎一総裁に「幹事長を一生懸命やってきたのはあなたのためではない」と殺し文句、谷垣氏を引き下ろしてしまった。今、法相と環境相という立場で向き合うように閣議で座るお二人がどんな思いか聞いてみたい。

 

川柳「朝囀」 政治家は 仲良しごっこ 演じてる   ()

 

2013年1月23日 (水)

この親たちにして、この子らあり

私たちの将来はどうなるんですか。報道陣の前に立って「市長も十分に話を聞いてくれなかった」と心の内を語った体育科の在校生たち…実質は看板を掛け替えたかっこうで存続することになったことをどう受け止めているだろう。そして亡くなった友のことは今、どう考えているだろうか。

 

                           

 

からだと心の健康を学ぶ体育科の教育は一体どうなっているのか。顧問教師の体罰を苦にバスケットボール部主将の少年(享年17)が自殺した大阪市立桜宮高校の顛末を見ているとそう考えてしまう。1人の友が自ら生涯を閉じたというのに、自分の夢や将来にだけ目を向ける子どもたち…それをなぞるように、子どもたちがかわいそうだ、夢を砕くなと合唱する親たちだ。

 

日本を代表するアスリートになりたい。将来、オリンピックに出たい。進路は桜宮体育科しか考えていない。正直に思いを語ることは悪いことではない。だが、その前に人として大切なことがある。自ら生涯を断ち、その夢や希望さえ描くこともできず散ってしまった友への悼みの心だ。

 

私たちの将来は…と叫ぶ前にその友の無念を思って欲しかった。「君たちが自分の将来にこだわるように友も叱られる中で自分の将来が不安になったのだろう」「志望先の学校や学科を替えることは友の苦しみを思えば乗り越えられるだろう」「進路や希望を替えなくちゃならんことは人生にはいくらもある」…先生たちにはそういう話を生徒にしてほしかった。

 

それもしない市教委はすでに生徒たちから見透かされている。決まった入試措置をみても少年の死があまりに軽んじられている。いや、ほとんど無視されている。体育科としての募集は中止するが、定員120人は普通科として募集し、カリキュラムも試験科目も体育科と同じにする。体育科の入試を停止しろという橋下市長に看板を替えて応え、子どもたちには体育科で学ぶのと何ら変わらないよう配慮した。

 

市教委の長谷川恵一委員長が自嘲気味に語っていたように「単なる看板の掛け替え」だ。ほとぼりが冷めたらまた体育科に看板を戻すのだろう。少年の父親が顧問教師を暴行の罪で警察に告訴した。わが子の死を石コロでも避けるようにすり抜けたつじつま合わせをこのまま放免するわけにはいかなかったのだ。

 

川柳「朝囀」 天あおぐ その親にして その子あり   ()

 

 

 

 

 

2013年1月22日 (火)

バスケ少年の死は生かされたか?

橋下市長から入試中止要請が出ていた大阪・桜宮高校の体育科の扱いは、募集を中止し定員120人を普通科として募集、スポーツに特色を持たせたカリキュラムを組む、試験科目などは従来の体育学科と同じにする―で決着した。

 

結局、市長の入試中止要請に応じながら、実質は体育科生として生徒を迎え入れる、いわば「単なる看板の掛け替え」(長谷川恵一大阪市教育委員長)というかっこうで終わった。橋下市長が「教育的な視点から素晴らしい決定をしてくれた」と狂喜するような内容とは残念ながら思えない。新聞、テレビは「折衷案」と評価しているが、こんなお茶濁しの対応で体罰常態化の教育環境が改まるとは思えない。

 

入試の扱いをめぐる保護者や在校生たちの集会、会見発言を聞いていると、入試がいかに人間としてのやさしさや平常心を乱しているかを嘆かざるを得ない。「受験に向けて子どもが積み上げてきた努力を大人の都合で潰すことがゆるされるのか」「大人の議論に振り回される子どもがあまりにかわいそうだ」…何を言ってるんだとしかり飛ばしてやりたいような声ばっかりだ。

 

子どもたちが深く傷ついていることは誰も否定しない。多感な少年期にどんなにむごい話であろう。でも、忘れてはならない。みんなを傷つけた起因者は顧問教師の独り善がりの指導とそれを見て見ぬふりを続けてきた多くの教師たちだという事実だ。橋下市長を含めた教育関係者の議論は子どもたちを救済すべく続けられたのであり、非難されるような「大人の都合」なんかではない。

 

「市長は十分話をきいてくれなかった」「受験が邪魔されるなんて許せない」などと記者会見する子どもたちを新聞、テレビの記者たちはどう受け止めただろう。教師たちはどう感じたか。命を賭した1人のバスケットボール少年の自死はいたましい抗議というより受験直前の厄介ものとしか受け止められなかったとすれば、そんな不幸はない。絶対そんなことはないとあなたは言えるか。

 

 

川柳「朝囀」 少年の死 踏みつけ無残 名解答   ()

 

2013年1月20日 (日)

橋下市長、ぶれることなく募集停止貫け!

今春の桜宮高校の体育科の募集は停止する―橋下徹大阪市長の思い切った決断が飛び出して1週間、衝撃はおさまるどころか多くの国民がわが身に迫る問題だと成り行きを案じている。テレビのワイドショウではタレントや芸能人が何を勘違いしたのか笑いを取る話にして平然としている。

 

そんなことだから子どもたちが暴力にさらされる。子どもたちは救われない。「死ぬことはなかったじゃないか」「親は救ってやれなかったのか」…テレビ番組を見ていれば言いたい放題が聞こえてくる。自殺したバスケットボール部の主将が自分の子どもだったらどうだろう…救ってやれただろうか。思いつめている子どもに手を差し延べられなかった両親の無念をなぜ忖度してやらない。

 

芸能人がテレビでしゃべるほど単純ではない。「橋下市長がえらそうに募集停止発言をしたけど、人気商売の市長が市民を敵に回すようなことをやれるはずがない」「パフォーマンスだけだよ」…そんなことを言ってる評論家もいる。橋下市長、意地にかけても募集停止を貫き通してください。桜宮高校体育科に進学することを楽しみにしていた子どもも大勢いるだろう。

 

将来、檜舞台で大活躍が期待できる子どもも大勢いるだろう。だが、体育科の募集停止措置はあくまでも教育現場として態をなしていないからという理由で執られた教育的措置だ。第2、第3の悲劇が起きる恐れがあると橋下市長は判断したからだろう。生半可な判断で停止指示を出したのではないはずだ。弁護士時代も教育には特に関心を持って活動してきた橋下市長だからこそ早い決定だった。

 

体罰を続けていた顧問教師は、自分の間違った行為が大勢の子どもたちから夢と希望を奪ってしまったという認識があるだろうか。もっとも、あればそんな体罰なんかやらなかっただろうけど…。大阪市教委には40、50件の苦情や抗議の電話やメールが舞い込んでいるそうだが、橋下市長、そんなものにひるまないで初志貫徹だ。体育科はほかの高校にもある。市教委や教師たちは子どもたちをそこに導いて夢を育てる協力者になってほしい。

 

それでこそ自らの死をもって訴えた主将の遺志にこたえられる。教育現場も痛みを受けることによって体罰指導を見て見ぬふりをしてきたことを反省する機会になる。なぜ、体育科停止なのか。なぜ、入試直前に迫った中でも停止しなければならなかったか。そのことをしっかり考えることが大切だ。命を賭してまで抗議したバスケットボール部主将の苦しみをあなたは本当に理解できるか。

 

川柳「朝囀」 散る花に 市長がおえつ すすり泣き   ()//

2013年1月19日 (土)

民主党が「中道」ですって?

民主党が初めて策定する党綱領に「中道」を明記するかどうかで悩んでいるそうだ。党勢を回復して政権党に再生するためには広く支持を得られるよう穏健なイメージを売り込みたい。だが、党員の構成ややってきたことを考えれば「中道」と名乗るのは気が引けるというところだろう。

 

週明けにも素案を取りまとめる運びだそうだから、結果を見守りたい。その前に当の基本方針を定めた党綱領もなしで民主党は政権に就いたという事実も国民は知っておく必要がある。少なくとも政権党たるものはしっかりとした外交・防衛の基本方針を備えていなければならない。北方領土にロシアの指導者が乗り込み、竹島や尖閣に韓国や中国の侵入をゆるしたのはその辺を突かれたともみられる。

 

ひるがえって民主党が「中道」だという認識をどれだけの国民がもっているだろうか。わが国の政治体制や統治体制を反転させようと政治運動に身を置いた人たちが指導的立場を占める。日米安保粉砕を叫んだ中核派の生き残り横路孝弘前衆院議長、江田五月元法相、わが国の教育に多大な影響をもたらした日教組のドン・輿石東前幹事長、韓国の反日デモに加わった千葉景子元法相などあげればきりがない。

 

菅直人元首相に至っては政治経歴は言うに及ばず、赤軍派による全日空「よど号」乗っ取り・北朝鮮亡命事件の主犯を父に、有本恵子さんら日本人留学生を北朝鮮に拉致した実行犯を母に持ち、反日政治活動を率いる青年に6千万円を超える巨額献金を続けていた。こうした生々しい過去を顧みれば「中道」を唱えることには自ずから無理があるというものだろう。

 

もとより思想・信条の自由は憲法で保障されているのであって、過去をもって否定されたり、退けられるものではないが、政治姿勢は国家や国民に避けがたい影響力を及ぼすことになる。「穏健な中道勢力であり続けるのは大切だ」(海江田万里代表)とする党としての願望は分かるが、国民に理解してもらえるだろうか。選挙や党勢を得るための変節、つじつま合わせは国民を混乱させるだけだ。

 

 

川柳「朝囀」 穏健な 体罰だって あるそうな    ()

2013年1月17日 (木)

3年半で血税37億円消える

秘密のベールに包まれた内閣官房機密費…その使途が明らかにされる日は果たしてくるのだろうか。民主党政権下(2009年9月~2012年12月末)で何と37億2千万円も国庫から引き出されていたことが分かった。そのうち野田内閣が引き出したのは15億3千万円で、民主党3内閣では最も金遣いがあらかった。

 

37億円もの血税が一体何に使われたのか。問題はその使途だが、もちろん民主党は明らかにせず秘匿したまま政権を去った。けしからんことに民主党はかつて野党時代に一定期間後の公開を義務付ける法案を提出するなど公開を叫び続けたばかりか、その声に応えるように大阪の市民団体が起こした訴訟で大阪地裁が外交上相手を特定できないような場合を除いては公開すべきだと下した判決をも無視した。

 

結局、政府与党のやることにはいろいろケチをつけて責め立てるが、自分たちがその立場になるとそんなことはなかったように振る舞う。民主党だけではないという声も聞こえるが、国民に説明もできないような税金の使い方は許されない。本来、機密費などという金が用意されているのがおかしい。国が仕事を円滑に進めるために官房長官の判断で機動的に使える経費というが、公金をチェックもなしに使えるなんておかしい。

 

自民党の小渕内閣の官房長官だった野中広務氏ら歴代の官房長官経験者の中には使途の一部を漏らしている人もいる。いわゆる根回しのために政治評論家や野党議員に配られたことや海外出張する与野党議員への餞別や背広代、あるいはパーティー券の購入代などに充てられたことが明らかになっている。後ろめたい使われ方をしているからこそ公表できないのは明らかであり、国民への裏切りであることに違いはない。

 

政治家の心の中に特権のように巣食ってしまっている経費だとすると由々しきことだ。この際、官房機密費は全廃し、どうしても必要だというなら、個々の費目を明示して予算計上したらどうだ。もちろん、その前に使途透明化を正義面をして掲げてきた民主党は、政権下の3年半に使用した37億2千万円の使い道を具体的に明らかにせよ。うそつき呼ばわりされるのは不本意だろう。

 

 

川柳「朝囀」 プライドも 神も忘れて 悪銭に    ()

2013年1月15日 (火)

安倍政権のどこが右傾化か

 中国共産党の機関紙「人民日報」が、中国と韓国が協調して警戒しようという評論を掲げるなど日本の右傾化を懸念する動きがある。政治体制が異なる国が何を言おうが自由だが、わが国を代表する著名な評論家や新聞、テレビまでが安倍政権を安直に右傾化呼ばわりしているのは少なからず気になる。

 

何をもって右傾化というのだろう。憲法改正を唱えるからだろうか。自民党は憲法改正を党是として誕生した改憲政党だ。憲法を改正して恒久平和の理念や戦争放棄の理念を塗りつぶそうとしているなら問題だが、9条の精神を守りながら自前の平和憲法を策定しようというのに何の問題があろう。自衛隊の改組は再軍備ではない。時代に合致した防衛組織にしようというのだ。

 

北方領土、竹島、尖閣諸島を隣国が勝手に踏み込むことを許し、領土を脅かされる元をつくった民主党政権の失政をただし、領土主権の確立を図ろうとすることが右傾化だろうか。その民主党は尖閣諸島の国有化を強行して隣国と国交断絶寸前の危機に陥れたまま政権を去った。40年の歳月を費やし築いた日中国交・友好関係をぶち壊しておきながら右傾化批判ではみもふたもない。

 

かつて日本の政治体制や統治構造を破壊しようと活動した人たちから見れば自民党政権に変わることはそれ自体が右傾化かもしれない。共産党一党支配を続ける中国からすればその対極に位置する自民党政権になることは右傾に違いない。それをことさら騒ぎ立てて極端な政治体制になるかのごとく言いふらすのは信義にもとる。その他国の宣伝をそのまま口移しに喧伝することは騒乱そのものだ。

 

こんな情けないことになってしまうのはわが国が正しい思想教育を怠ってきたために、いや、思想を持たないように教育が行われてきた結果として、国民が自らの「立ち位置」が分からなくなってしまったのだ。メディアはもちろん評論家も学者も無責任に「右傾化」などと口にしないでもらいたい。保守化ではあっても左翼政治の対極にある右翼政治ではない。

 

川柳「朝囀」 根なし草 右も左も 分からない    ()

2013年1月13日 (日)

マッチポンプだよ! 民主党

福島第一原発周辺での「手抜き除染」はどうやらゼネコンの確信犯罪の臭いがしてきた。被災地を食いものにするような悪質なゼネコンにいつまで事業を任せるんだ。一刻も早く契約を破棄して交付金を返納させよ。民主党もおかしなことを言い出した。「手抜き除染」を見逃した当の責任者なのに日本維新の会やみんなの党など野党に呼び掛けて衆院予算委員会の閉会中審査を申し入れるという。

 

盗人猛々しいと言ったらおかしいが、自分たちのへまを野党の仲間を引き入れて裁くというのだ。「マッチポンプ」じゃないか。責任があるから真相を明らかにして国民の理解を求めようというなら分かるが、自分たちには責任がないというかっこうにして幕引きをねらっているのだろう。国民には分かりにくい話だ。わずか3年あまりの与党生活でそこまで責任観念が薄弱になってしまったのか。

 

作業員たちに「手抜き除染」をやらせておいてそれがバレたらインターネット上の記録を消すように隠ぺい作業に追われたゼネコンの責任者は一部始終を明らかにし、まず、原発事故被災地の人々に謝罪すべきだ。そして政府が請け負い業者の差し替えをしないというならゼネコン各社は自ら契約解除を申し出るべきだ。それをしないなら政府はすべての公共事業の指名から除外せよ。

 

被災地、それも住み慣れたわが家を追われて避難生活を続ける30万人からの「原発難民」に顔をあわせられるか。恥ずかしくないか。そこまで卑しくなってしまったのか。除染の監督責任者だった前環境大臣の細野民主党幹事長は「根本は除染で出た廃棄物を置く仮置き場がないからで、手抜きを考える人が出てもおかしくない状況だった」と他人事のようなことを言ったが、責任を感ずるなら請け負い業者差し替えの先頭に立つべきだ。

 

民主党の歴代首相は国会審議で行政の停滞を追及されると決まってこう答弁した。「すべては自・公政権の責任です。前政権が先送りしてきたからです」。その言葉を今、そっくり民主党にお返ししたい。そして「手抜き除染が横行しているのも分からないほど被災地から遠のいていた前政権の責任です」と付け加えたい。被災地の人々はお世話になっているという思いから怒りを押し込んでいるんです。

 

その思いを私たちはもっとしっかり受け止めなければならない。「手抜き除染」などという裏切り行為に対してもっと怒らなければいけない。「世の中、税金で仕事をする連中は多かれ少なかれそんなもんだよ」なんていう街頭インタビューを聞くと情けなくなる。ふがいない政治、のろまな行政を批判する資格なんかないじゃないか。怒るべき時に怒ることを忘れてしまっては敵の思うつぼだ。

 

 

川柳「朝囀」 放射能 わざわざ散らす 血税で    ()

 

2013年1月12日 (土)

スポーツの暴走を止めろ!

 

空手の練習中に指導方法をめぐって対立した77歳のOBに回し蹴りをかけて死亡させた男子大学生が先月東京で逮捕された。奈良ではフットサルの試合中にレッドカードを受けたのに腹を立て相手選手の首を蹴ってケガを負わせた元フットサル日本代表の男が逮捕されたばかりだ。

 

一体、何を考えているんだろう。スポーツをやる資格もない輩だ。スポーツは人格を陶冶する、練り鍛えてくれる。私もそれを信じて学生時代に運動部に所属して心身の鍛錬をしてきた。野球も重量挙げもそんな檜舞台に出れるような存在にはなり切れなかったが、それによって丈夫なからだと少々の逆境にもがんばれる根性を身に着けることができた。

 

鍛えた身体、強靭な手足、腕力は使いようによっては凶器になる。なま身の人間にとどめをさしてしまうこともできる。だから、心と精神が鍛錬されていない者が腕力だけ、からだだけ強くなってしまうとそれを悪用し、暴力にかえる。スポーツの指導者は強くなること、うまくなること、速くなることだけを求めてはならないし、指導者自らが立派な人格を磨かなければならない。

 

そういう人としての指導がないがしろにされたところで暴力事件や暴力による虐待が起きる。強靭な脚力から蹴り出された足に首を蹴られてはたまらない。いくら鍛えたからだだといっても77才の老体に空手の回し蹴りをかけられては頭も壊れてしまう。どっちも鍛えた力を凶器にかえた狂態だ。いずれの大学も時を置かず全運動部の活動を停止して、心の指導を徹底すべきだ。

 

柔道の内柴正人五輪メダリストの大学女子部員に対する強姦事件は、語るもけがらわしい。酒で酔わせた上でのことを合意の上だの何だのと理屈をつけて逃げている。まさにスポーツマンの風上にも置けない。IOCに金メダルを召し上げてもらいたいくらいに思う。ここまで乱れてきたのはスポーツ界が甘やかされていることに起因しているかもしれない。

 

大学のスポーツ推薦入学を廃止せよ。スポーツで入学生を確保するなど邪道だ。彼らに免除される入学金や授業料は、1点、2点で振り分けられてくぐり抜けてきた一般入学生の負担にかかっているではないか。そんな不条理が田中真紀子前文科相が怒った大学乱造にもつながっている。高校出たての17歳、18歳の少年に契約金1億円、年収2千万円という破格の金がすべてを狂わせている。

 

 

川柳「朝囀」 筋力脳 腕力ばかり 強くなり   ()

2013年1月 9日 (水)

手抜き除染、業者替えるべきだ

ルール通りにやってたらいつ終わるか分からない。除染で出た廃棄物を置く場所もないから仕方ないと請け負い業者。監督責任があった前政権環境相、民主党の細野幹事長は、根本問題は仮置き場がないことで、手抜きを考える人が出てもおかしくない状況だった…と他人事のようなことを言っている。

 

除染作業は地域住民の健康にかかわる重大事で先送りは許されない。それだからこそ綿密な作業手順を練って、委託先の業者も厳しく審査して始めたはずだ。中間貯蔵施設の設置問題がなかなか進まないとはいえ、除染作業に着手するからにはそれなりの廃棄物置き場を確保してかかったのではないのか。それを手抜き除染が明らかになったら、手抜きを考える人が出てもおかしくない状況だったとは無責任過ぎる。

 

私にも責任がある―という発言だけで片づく話ではないだろう。手抜きした上に建物や道路から20㍍外側に廃棄物を捨てていたというのでは除染の意味さえない。高圧洗浄機を使用すれば作業は手っ取り早いが、放射性物質を飛び散らすだけで除染目的に逆行するから禁止されたのだ。除染作業に使用した水はポンプなどで回収するよう請け負い業者には申し付けてあったのにその通り行われていなかった。

 

言うなれば汚染された廃棄物や除染水を周辺にまき散らしていただけのことではないのか。それも巨額の国費を請け負い代として業者は受け取っていた。悪く言えば巨額の国費、国民の税金をだまし取っていたことになる。監督責任がある環境省の作業現場見回りもおざなりで、作業員たちはさして気にもとめていなかったという。大変な作業であるに違いない。だからこそ責任感の強い業者に委託すべきだ。

 

環境省は請け負い業者から詳しい状況を聴取すると言ってるが、つじつま合わせの話しか出てこないだろう。請け負い契約時の約束で守られていないことを片っ端から調べ、改善が期待できないようなら委託業者を替えるべきだ。環境省に気に入られるような仕事をするのではなく、原発事故による汚染地域の人々のために作業を請け負うのだという心構えがしっかりしている業者にすべきだ。

 

川柳「朝囀」 手抜きとは 官・業合作 伝統芸    ()

体罰自殺-そんな学校つぶしてしまえ 

将来のある少年を死に追いやるような行いが指導であるはずがない。それを見て見ぬふりをしてきた学校は教育機関ではない。人々はなぜ怒らない。なぜ戦おうとしない。自分の子どもだけが犠牲にならなければいいのか。そんな学校に子どもをあずけて平気なのか。闇の社会じゃないか。

 

大阪の市立桜宮高校で男子バスケットボール部の2年生男子が顧問の体育教師の度重なる体罰に苦しんだ上、自宅で首をつって死んだ。死に損だ。だって、体罰を加えていた顧問の教師に直接宛てた遺書を残していたというのに、学校も市教委も警察も自殺が体罰とつながりがあるかどうか調べるなんて言ってる。ひどい体罰に対する悩みを友人たちにも相談していたというじゃないか。

 

まさか「自殺は体罰を苦にしたものではない」なんていう発表にならないだろうな。学校や市教委の意を戴した第三者委員会とやらに委託してそういう話にしてしまおうなんてことにならないだろうな。体罰の情報は以前から市教委にも届いていたのに顧問に話を聞いただけで済ませていたという。市教委が男子生徒を顧問教師の暴力のさらしものにしたとさえいえる。

 

47歳。円熟した年代だ。自分にも男子生徒と同じくらいの子どもがいても不思議でない。バスケットボール部を全国大会に出場させたこともあるという。だから少々の体罰は許されるというものではない。男子生徒がキャプテンだったから、気持ちを発奮させるために体罰的な指導をしてしまったと顧問は話しているようだが、生徒たちは顧問の名声をあげるための道具じゃないんだ。

 

桜宮高校では男子バレーボール部の顧問教師がやはり体罰で3か月の停職処分を受けたこともあるという。そこまで無茶をしてクラブ活動を盛り上げなければならないようなところに教師たちが追い込まれているのか。それとも栄達心や名声欲の塊みたいな体育教師が集まってくる伝統があるのか。そんな学校ならつぶしてしまえ。文部科学省も理屈をこねていないで体罰教師を追放すべきだ。

 

 

川柳「朝囀」 橋下さん 国政よりも 足もとだ    ()

2013年1月 7日 (月)

2足のワラジどころか3足だよ

欲ばり屋さんたちのワラジの話はどうなっただろうか。女だてらに…なんていわれてムキになっていた嘉田由紀子滋賀県知事はやっと県民の声に従って知事職に専念するようだ。でも、新生「日本未来の党」の代表は降りても、党員としての活動はやめないという。時々、内緒で2足のワラジを履くらしい。地域主義推進のためだというのだからみんな無関心ではいられない。

 

滋賀県民がそれでいいというなら仕方がない。知事職だけでもこなしていくにはなかなか骨が折れる時代だが、それを問題なくやり遂げてみせますと言っているのだから大したものだ。それにしてもここまで来るのに随分時間がかかった。京都大学に学んだほどの秀才でシャープな頭脳と判断力を持っているにしては引き際がわるい。人間、金と権力欲には限度がない…本当ですね。

 

男たちはすごい。2足のワラジどころか3足のワラジに向けて着々と理論展開を続けている。日本維新の会代表代行の橋下徹大阪市長と幹事長の松井一郎大阪府知事は、2足のワラジ批判を蹴散らかして居すわるばかりか次期通常国会で首長と参院議員の兼職を可能にする地方自治法改正を実現して参院選に出馬するのだという。当選すればの話だが、そろって3足のワラジを履くことになる。

 

橋下市長の言い方がふるっている。地域主義に向けた改革には地方から国政を揺さぶる必要がある。国会や省庁に補助金もらいの陳情ばかりやってたら地方は見下される。国政選挙は大阪市政にも影響するから選挙は市長公務より重要。維新の会でやっていることは大阪のためになる仕事だ。みんな大阪のための仕事だから、市長公務を疎かにしていることにはならない…という。なるほど。

 

橋下、松井両氏は嘉田知事が2足のワラジをつぶされたのは県議会や市議会の支持基盤が弱いからだといい、大阪府議会や大阪市議会の支持に自信をもっているようだ。それに橋下市長は殺し文句発信の名手だ。「大阪市長の給料だけで維新の会も参院議員もやると言ったら、それでも文句ありますか?」という。それなら文句ないな…コロッと騙されてしまいそうことを言う。危ない、危ない。

 

川柳「朝囀」 何もせぬ はだしの市長に 手を焼くわ   ()

 

 

 

2013年1月 6日 (日)

宝くじなんか買わないぞ…ささやかな抵抗

1月3日付の朝日新聞読者欄の『かたえくぼ』は秀逸だった。「今年こそ」のタイトルで、「年末に宝くじを買わない生活を―庶民」となっていた。作者は(静岡・弁天大王)だった。いろいろ推測しながら作者の思いをたぐると庶民の心の叫びが伝わってくる。年頭に年末の心がけという早手回しもいい。

 

勝手ながら弁天大王さんの思いを綴ってみる。「年末に宝くじ」というところは年末ジャンボが念頭にあってのことだろう。前後賞あわせて5億円という、とてつもなく大きな幸運に庶民のはかない夢が込められている。それも1年の最後の最後にすがるという切なさがにじみ出ている。年末-という言葉から「あきらめるしかない」というあわれも伝わってくる。

 

今回も3億円、あるいは運よく5億円という幸運を引き当てた人が必ずいる。何が運、不運を分けるのか。なぜ自分には幸運の女神が微笑みかけることがないのか。一生懸命働き、国の支え役としてささやかながらもまじめに、倦まずたゆまず働いてきた。天に背くようなことは何一つした覚えはない。それなのに幸運にかすりもしない。それでも年末になると買い求めてしまう。あわれだ。

 

そんな宝くじにすがるような生活はやめにしたいね! と虚勢を張る。ささやかな抵抗だ。でも、それはやっぱりやせ我慢であり、その禁を守れるかどうかおぼつかない。情けない人間だぜ! 自らをせせら笑って慰める。それでもやっぱり心の隅にあってやるせない思いにさせられるのは格差社会、既得権が巣食ったこの社会だ。何とかならないか。いや、何ともならない。なぜだろう。

 

まじめに働いた者がそれなりに報われる。それがまともな社会だ。でも、そんな社会になっていない。みんなが求めてきたのに実現しない。むしろそこから遠いところへ向かっている。持てる者はますます太り、持たざる者はますます貧しく矛盾の連鎖だ。それを正す倫理と哲学が政治にない。むしろ政治家は自分たちが太る側に回ろうとする。年末に宝くじを買わぬ-は政治への怒りなのだ。

 

川柳「朝囀」 やせ我慢 その陰で政治 調子づく   (誠)

2013年1月 3日 (木)

傷口に塩なすりつける報道

 「生活の党」の小沢一郎衆院議員が1日、東京・野沢の私邸で開いた恒例の新年会には一体何人が集まったんだろう。そう感じた人が多かったのではないかと思う。その数は新聞やテレビによってまちまちで、どっちかと言えば少ない方に傾斜した報道が多かった。そこにはかつての勢いを失った「小沢王国」退潮を印象付けようという邪気さえ感じられる。

 

「新年会,70人を超える参加で盛況」「私邸に60人招き新年会」というのもあったが、「出席議員13人も『参院選に勝負かける』と小沢氏」「新年会、参加者わずか20人」「新年会、かつての面影なし」という新聞見出しが目立った。それに「党幹部ら120人が参集した平成23年に比べると様変わり」という記事が添えられ、「小沢王国」の凋落ぶりを強調していた。

 

よく調べてみると確かに出席者のうち現職の国会議員は党代表の森裕子代表ら13人だが、先の衆院選で落選した前国会議員ら「政治家」という人は全体で70人を超えていた。「小沢チルドレン」がほとんど全滅、落選議員が続出した小沢氏の勢力減衰はすでに報じられており、新年会の参集ぶりを取り上げ重ねて落ち目を強調するのもどうかなとは思う。

 

新年会に13人しか出席者がいなかったかのような印象を与えるとは悪意に満ちている…小沢氏の支持者や支援者にしてみればおもしろくないだろう。読者に誤解を与えようというのは報道倫理にもとるという不満が出ても仕方がない。政治家、それも権力を操った実力者だからメディアから厳しい目を向けられるとはいえ、落ち目にはなりたくないものである。

 

解散時62あった議席がわずか9に縮んだ敗北と分党で心を痛めている小沢氏にそこまで追い打ちをかける資格がメディアにあるのか…という声もある。田中真紀子前文部科学相の落選で親子が60年守ってきた議席を失い、「田中王国」も崩壊した。それを揶揄する報道も続いている。傷口に塩をなすりつけるような報道は人も社会もとげとげしくするばかりだ。

 

川柳「朝囀」 悪意込め 砥いだペン先 わが身刺し   (誠)

 

 

 

 

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