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2013年4月16日 (火)

ボストンの悲劇は人間の狂態だ

人の命を奪おうとする悪魔に卑怯だ、卑劣だと言ったところではじまらない。

そう思うとその非人間的な行為を責める言葉が見つからない。

一世紀余りの歴史を持つ世界的なマラソン、しかも市街地を通るコースで有名なマラソン、走る人も観客も多いマラソンとして知られる。

世界中が注目するマラソンで1人でも多くの人を犠牲にする狙いだったのだろう。

 

爆発部は詰めかける観客の数が最も多いゴール付近に仕掛けられていた。

観客が熱狂し、最も無警戒になるゴール付近を狙うなんて悪魔のしわざだ。

多くの観客が1人ひとりの走者の力走をたたえるゴールに爆薬を仕掛けるとは人間の血が流れているとは思えない。

無差別殺人を狙った計画的犯行に間違いない。

 

まさかこの歴史的なイベントにそんな悪魔の仕業が仕掛けられているなんて誰が想像しただろう。誰も想像しなかったろう。

州の祝日「愛国者の日」で学校が休みだったこともあり、死傷者の中に子どもが大勢含まれていたことが悲しみを誘っている。

お父さんやお兄さん、先生の応援にやってきて被害に遭った子もいる。

歴史的なイベントを側面から支えようと参加したボランティアも被害にあった。

 

犯人はどこかにいるはずだ。

自分たちが犯したことがいかに馬鹿げたことか考えることはないのだろうか。

罪もない人々を地獄に突き落として何になるのか。

憎しみ、憎悪の連鎖に加担する人生に何の価値があるのか。

大義があるなら暴力ではなく、堂々と言論で主張せよ。

 

支配―被支配、富―貧困などの対極を論拠にした暴力、破壊論は絶対に許さない。

甘っちょろい人権論に与するようなこともしない。

今こそ国際世論がしっかりと立ち上がらないといけない。

それでなければ地球上いたるところが地雷を踏むようなことになる。

ボストンの悲劇は、人間の狂態そのものなのだ。

 

川柳「朝囀」 破壊して 幸せなんか 戻るのか  ()

 

 

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コメント

これは何か、ミャンマーのテロを思い出させますね。

イスラム系にしては目標が違い過ぎるのではないでしょうか。
マラソンではイスラム系のヒトも走っていますしね。

北の暴発のような気がするのは私だけでしょうか?

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