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2013年7月17日 (水)

批判と誹謗混同した政治評論

 与党はその行使する権力の大きさゆえ牽制されるのは仕方がない。

それにしても参院選審判を前に自民党に向けられるメディアの攻撃はすごい。

党、与党としてめざす衆参「ねじれ」の解消さえ許すまいという論調だ。

親の仇のように叩けるところだけ狙っているのか。

批判と誹謗を混同していないか。

 

 「ねじれに終止符を打たねばならない」。

与党の訴えは何も批判される筋合いのものではない。

参院の数を盾にして首相問責決議案を可決、重要法案を廃案に追い込んだ野党。

与党の時は参院を政局の府に貶める邪道と叫んだのに野党になったら平気でやる。

それを責めるべきメディアなのに論調がおかしな方向を向いている。

 

 野党時代の自民党も同じ愚かを演じたことを首相は忘れた、と揶揄する。

2007年参院選を大勝し、ねじれを引き寄せた当時の小沢民主党は参院でことごとく法案をつぶし、テロ対策特別措置法に伴うインド洋上での給油活動法案の延長をつぶした。

さらに日銀総裁人事の国会同意を蹴って、中央銀行総裁を長きにわたって空席にするという異常事態を演出した。

 

 議会制民主主義を無視した小沢民主党の力ずくの暴政を批判するのが先、いや、すべてじゃないだろうか。

政権を奪うために参議院を政局の府に貶め、さらに財源保証のないマニフェスト、バラマキによって民意を籠絡した悪政にひと言も触れず、ただ、ひたすら政権党、与党の行動を攻撃するやり方は公平を欠いている。

 

 多数の勢力を抱えた与党が悪で、弱小勢力の野党が正義のような誤ったイメージを刷り込む報道、論評は政治嫌いを育てるだけだ。

叩きやすいものを叩くやり方なら素人でもできる。

豊富な経験とそこから導き出された優れた見識の持ち主らしい評論を期待しているのは私だけではないだろう。

メディアはその期待の半分もこたえていない。

 

 

川柳「朝囀」 強すぎて にくまれること いつの世も  ()

 

 

 

 

 

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