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2013年8月 7日 (水)

自民一強は民意とねじれてなんかいない

 国民は「自民党一強」を望んでいなかった。

「ねじれ」の解消も望んではいなかった。

参院選挙から2週間あまり経った今、奇妙な政治評論が聞こえる。

本当だろうか。学者や評論家は国民1人ひとりに確かめたというのだろうか。

 

自民党が得票率の割に議席占有率が高いことを言っているらしい。

選挙区では得票率43%なのに約64%の議席占有率だったし、比例区も得票率は30%そこそこなのに約40%の議席を奪った。

得票率が過半数にも達しないのに選挙制度のカラクリで議席を増やしただけで、民意を正確に反映した議席数にはなっていないというのだ。

 

ちょっと待っていただきたい。

得票率にピッタリの議席獲得数になるような選挙制度があるのか。

もし、あるんだったら教えてもらいたい。

得票率というのは議席獲得数が決まったところで逆算してはじき出されるものだし、得票率から議席数を決めるシステムにはなっていない。

 

今の選挙制度では得票率に比して獲得議席数が大きくなる。

それは何も自民党一強を生んだ今回だけのことではない。

民主党一強を生んで「ねじれ」を招いた6年前の参院選のときだって同じだった。

その時に「国民は民主党一強を望んでいなかったとなぜ騒がなかった。

評論家やメディアにとっては自民党がいじめ安いからだろうか。

 

10人中、3、4人しか自民党に投票していないじゃないかという不満はあろう。

だが、一票でも多く得票した者が議席を得て、議員総数で多数を得た政党が主導権を握る。それが多数原理に基づく民主主義だ。

自民党が「一強」の勢力を得た選挙は有権者の選択の結果だ。

それは国民が望んで描き出したものに最も近い勢力図なのだ。

 

それを否定し、独走、暴走の恐れあると騒ぎ立てるのは民主主義の冒涜だ。

自民党と民意の「ねじれ」が問題だなどというのは暴論である。

多勢に無勢、少数をけしかけ多数に対抗させるのがジャーナリズムではない。

「ねじれ国会」では政治が前へ進まない。

国民は数に頼って国会審議をねじ曲げ重要法案を廃案にしてしまう野党の暴走をまず封じたのだ。自民一強は民意とねじれてなんかいない。

 

川柳「朝囀」 ぼけ評論 民意も敵と 言いくるめ  ()

 (朝のさえずり)

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