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2013年12月 9日 (月)

みんなの党は半数離党で渡辺さんの「私の党」へ

 渡辺さん、「みんなの党」はあなた自身の「わたしの党」になっちゃいましたね。

7月の参院選当日、当時の江田幹事長が維新の会幹部と野党再編の話をしたのに激昂し幹事長から追放しましたね。さらには柿沢衆院議員が民主党や維新の会の若手議員と政界再編を視野に勉強会を立ち上げたのに腹を立て「党を出てけ!」と恫喝し目の前で離党届を書かせましたね。

 

 そんな荒れ狂っている渡辺さんじゃもう持たないなと思いました。

大阪から橋下市長も柿沢さん追い出しは野党再編の起爆剤になる…渡辺代表といっしょにやっていこうという政治家はほとんどいなくなったと扱き下ろした。

そのあたりで今回の大量離党はすでに見えていました。

あそこまで人前で人間否定されたんじゃあ恨みを買うでしょう。

 

 確かに「みんなの党」は渡辺さんが創った党かも知れない。

でも、それはあなた個人の私党ではない。不特定の人たちが参加する公党だ。

あなたの目的は自民党に対抗する政治勢力をつくることではなかったか。

そのために野党を糾合し新党を立ち上げようとする仲間をなぜ罵倒する。

自分の党を解党してもその流れを後押しするのが政党人としてまともじゃないか。

 

野党を糾合し新しい勢力をつくるのに各党がそのままでまとまる政党連合を主張していたが、それも自分の党を解体したくなかっただけではないのか。

「愛党の精神」と言えば聞こえはいいが政党の私物化と権力への執着でしかない。かつて父親のミッチーこと渡辺美智雄自民党副総理がそうだったように権力にこだわるところが多くなってきた。

 

2012年衆院選をめぐって日本維新の会の橋下さんとの共闘交渉で最後まで維新の会の党名を消し、みんなの党として存続することを譲らず、決裂したことを今も覚えているが、あそこで譲歩があれば「第三極」どころか二大勢力の一方になっていただろう。アジェンダ、アジェンダと叫んでいたころが小型ミッチーらしい愛すべき姿だったのかもしれない。

 

結局、党議員35人の何と4割にあたる14人が離党を申し出た。

政策や党運営が原因じゃない。単なる好き嫌い、憎しみ合いの清算じゃないか。

政治の再生、改革に期待を込めて投票した人々を裏切った責任は大きい。

もちろん、離党し新しい政治集団をめざす江田さんたちも責任を免れない。

でも、渡辺さん、権力の魔性に憑りつかれた哀れをあなたに感じざるを得ない。

 

  川柳「朝囀」オレの党 叫び続けて 墓穴掘る  ()

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