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2014年1月17日 (金)

小野田さん逝く、国に殉じ次代にエール送り続けた

 

 フィリピン・ルバング島のジャングルで太平洋戦争終了後も約30年間潜伏し、生還した元陸軍少尉の小野田寛郎さんが亡くなった。

91歳だった。ご冥福をお祈りする。

1743月、よれよれの戦闘帽で背筋を伸ばし右手で敬礼をしてルバング島から出てきた小野田さんの写真を今でも鮮明におぼえている。

 

命令がない限り、戦闘はやめない…となかなか説得に応じなかった。元の上官が作戦解除の命令を下し、半信半疑の中で島を出た。

たたき込まれたゲリラ戦教育がそこまで徹底していたとは驚きですらあった。

命令にはいささかも逆らうことは許されなかった。

組織の極限といわれた旧軍隊の厳しさを見る思いがしたものだ。

 

敗戦を知らず、30年間もジャングルを逃げ回り命令を守り続けた。

朝の約束が夕方まで守られるかどうか分からぬような時代には信じられない。

軍隊の徹底した非人間性を哀しく痛ましくさえ思う人も多いだろう。

 ブラジルの大地で牧場経営に乗り出した時は閉ざされたジャングルからの解放感を存分に味わったに違いない。

 

青少年のための野外教室「小野田自然塾」を開くなど、子どもたちに生きる強さを教えようとしたのも、詰め込み教育や受験過熱の中で失われていくたくましさを取り戻してやりたいという思いからだったろう。

 30年間のジャングル生活の代償を求めようとはしなかった。

それどころか次代を担う若者たちへのエールを送り続けた小野田さん。

 

首相の靖国参拝を新聞は「独り善がりだ」といい、野党は「挑発行為だ」という。学識者は「歴史認識の逆転だ」と扱き下ろしている。その乱れを小野田さんはどう見ていただろう。政争の具にして恥じない政治家たち、軍国主義と決めつけ国内統治の手段にするアジアの隣人たちは、翻弄されながら生きた一人の軍人の生涯のむごさを理解できるか。

 

 川柳「朝囀」ジャングルを 生き抜けて今、卒寿なり (誠)   

 

 

 

 

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