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2014年3月 7日 (金)

悲しみこらえ訴訟へ…津波にのまれた大川小児童の親たち

 

 東日本大震災から間もなく3年…また悲しみ、くやしさが戻ってくる。

助かるはずだったわが子を信頼していた学校の手落ちで失った遺族の苦悩はひときわ深く痛ましい。全校児童の7割にあたる74人が犠牲になった石巻市・大川小の遺族が、被災日の前日にあたる10日、石巻市と宮城県を相手取り損害賠償を求めて仙台地裁に訴えをこすという。

 

大川小が津波襲来を知らされた時は50分も余裕があった。

しかし、子どもたちを校庭に集めたまま避難先や避難ルートをめぐって混乱し、避難行動を開始した時は10分もゆとりはなくなっていた。

しかも、安全な裏山でなく危険な河川堤防を避難先に決めたため、避難を始めて数分で津波に遭遇、子どもたちは手をつないだまま濁流に飲まれていった。

 

専門家らによる第三者委は、多くの児童が犠牲になったのは危険な河川堤防を避難先に選んだことや避難決定の遅れが「最大の直接的な要因」と結論付けた。

しかし、その遅れの原因については関係者が死亡していることから遺族の疑問に十分には答えられなかった。さらに再発防止策を提示するのが(第三者委員会の)目的だという説明に遺族は打ちのめされ、独自に真相に迫ることにした。

 

 遺族は、子どもたちの命への配慮が欠けていたことを学校に認めさせ、何らかの責任を迫ってほしかったのに素通りされた。

 生き残った子どもたちから聞き取ったメモを廃棄してしまった市教委に鉄槌を加えてくれるのは第三者委しかないという最後の望みも断たれた。

 

犠牲になった児童の遺族の半数が提訴に参加を表明、賠償請求額の調整を済ませた。わが子の命を賠償金に置き換えることには悲しみや戸惑いがあるが、悲劇の真相に迫りたいという思いが遺族の背中を押した。

助かる可能性がいっぱいあった子どもらをなぜ救えなかったのか、遺族はその一点で納得の可能性をさがす旅に出る。

 

 川柳「朝囀」 訴訟という 悲しみの旅に いま出ます (誠)             

 

 

 

 

 http://gonbee-72.cocolog-suruga.com 

 

 

 

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