« 政治家までも生活保護をと言いかねぬ | トップページ | 問題なしだと…みんなの党は何を調査したんだ »

2014年4月24日 (木)

わが子の入学式優先した教師たち…私もそうしたい

 

 

 

 人間は他人のことを批判する時、案外、自分の深層心理をさらけ出しているのではないか。わが子の入学式に出るため勤め先の高校の入学式を欠席した新入生の担任教師がやり玉にあがってるが、厳しく非難する人たちの心には出来るなら自分もわが子の方を優先したいという心理がはたらいてるのではないか。

 

非難は「公私の混同だ」「職業的責任を忘れている」「不安な新入生への心配りがない」といったものが多く、教師という仕事に課せられた倫理的な自覚を問うところに集中している。日本人は仕事を何よりも優先させる、公の責任ということに強く縛られて生きている国民だということが想像される。しかし、問題はそれがいいことだ、当然だと信じているのかどうかだ。

 

教師たる者はまず公的、社会的立場を優先させるべきだというのは理屈から言って単純で明快だ。そこには自らの暮らし、家庭、家族は二の次にすべきだという厳しい戒めが絡んでいる。だが、今回のことに非難をあびせている人たちの中には「そこまでは誰も要求できないのではないか」という声もある。図らずも自分もできるならわが子の入学式を優先させたいというのだ。

 

自分は我慢しているのにそれをわが意を通してやってしまう者がいる。

それは許せないことだ。だから非難の声が一段と強くなってしまう。つまり厳しい非難は「自分もそうしたいのにできない」ことへの苛立ちでもあるのだ。

そう言えばPTAの集まりや会合では教師たちは父母に向かって「親子の触れ合いを大切にしてください」と呼び掛けるが、それにも矛盾している。

 

 批判や非難は教師だけでなく社会全般にあるだろう。

公のために私を犠牲にして生きることが多い現代は人々を不満の塊にしている。

だから、何かがあると一気にそこに不満がぶっつけられることになる。

不幸な話だなと思う。そう思う人が多いはずだ。親子の触れ合いが大切だと思うなら、それを他人にも認めてやる。そんな社会に早くしたいもんだ。

 

 

川柳「朝囀」わが不幸 お前も不幸に と閻魔さま (誠)

 

 

 

 

 

 http://gonbee-72.cocolog-suruga.com 

« 政治家までも生活保護をと言いかねぬ | トップページ | 問題なしだと…みんなの党は何を調査したんだ »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

果してこの担任はクラスの生徒から信任が得られるのか。生徒より自分の子供を大事する教師が生徒の信頼を得るのは不可能に近いのではなかろうか。
こんな事で多感で大事な人格形成の時期の生徒と魂で結ばれたクラス運営や教育が出来るのかと担当教師に問いたい。
自分の子供に入学式に出席出来ないことの説得も出来ないような親なら親としても失格だ。子供だってよく説明すれば理解できない年頃でもない高校生だ。教師としても子を育てる親としても失格者だ。
それにしても最近は大学の入学式や就職先の入社式まで親が付いて来るそうで過保護時代なのか何時までも子離れが出来ない親バカ時代なのかなあ。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: わが子の入学式優先した教師たち…私もそうしたい:

« 政治家までも生活保護をと言いかねぬ | トップページ | 問題なしだと…みんなの党は何を調査したんだ »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ