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2014年4月 3日 (木)

渡辺、猪瀬の比較報道なんて意味がない

 

渡辺喜美・みんなの党代表の8億円借り入れ疑惑と猪瀬直樹・前東京都知事の5千万円受領事件を新聞各紙が一斉に比較報道しはじめた。

比較報道と言えば聞こえはいいが、それは素人の仕事だ。

ジャーナリズムはもっと高いところ深いところで批評し論ずべきだ。

天下の公党を率いる指導者としての深奥をなぜ問わない。

 

渡辺氏も猪瀬氏も選挙直前になって巨額資金を借り受けている。

額の多寡は問題にならなくはないが、私の場合は通帳から通帳へ送り込まれていて(猪瀬氏のように)ゲンナマ・現金ではないという渡辺氏の説明には笑ってしまう。

猪瀬氏の場合は自分の選挙(都知事選)のためだが、私の場合は自分自身の選挙のため(の借り入れ)ではないという説明には開いた口が塞がらない。

 

ボクは盗ったお菓子を友だちにもあげたけど、直チャンは自分でみんな食べちゃったよ。ボクはそんなにワルくないもん…と言ってる。

この程度の人が政治家、国会議員、公党の党首になり国の進路をにぎる第三極構想の軸におさまっているのだ。要するにワルいことをしたんだという認識がまるでない。むしろ正当化しようとさえしている。

 

69人を立て18人が当選した2012年衆院選直前に5億円のり入れを化粧品販売会社会長に申し入れたメール記録が出てきた。「覚えてない」という。

「御礼が遅れてすみません。供託金の支払い終わりました」という選挙後のお礼メールも出てきた。「その時の携帯電話は今ないから確かめようがない」という。

要するに面倒くさい法律によらずともお話にならない人品骨柄なのだ。

 

引責辞任した猪瀬氏に誠実さの欠片を認めるなら渡辺氏にはそれはゼロだ。

新聞各紙は両氏の比較報道の結論で「公職選挙法や政治資金規正法でみると猪瀬氏より複雑で刑事責任追及のハードルが高い」と締めくくっている。

要するに法律以前の問題として渡辺氏の道義的責任は限りなく重い、反論、釈明の余地などないのだということを忘れてしまっている。

 

ジャーナリズムが「政治と金」の問題追及を放棄した結果が今の政治漂流だ。

それが追及放棄どころか幕引きのお手伝いとはどういうことだ。

猪瀬前東京都知事と比べものにならないほどしたたかな政治家なのだ。

記者は渡辺氏の発言の矛盾をなぜその場で追及しない。

詭弁の垂れ流しだけでは悪を懲らしめることなんかできない。

 

 

川柳「朝囀」新聞が 信義正義を 語れない ()

 

 

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