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2014年5月

2014年5月30日 (金)

倍返しだ、「ビートたけし、どうにかしろよ!」

 

 

 

「TBSはビートたけし、どうにかしろよ」。

タレントのビートたけしが女子サッカー、なでしこジャパンの澤穂希選手についてテレビ番組で、出演中の医師に「整形外科は澤選手、どうにかしてやってくださいよ」と呼び掛けた侮辱発言をそんな言葉でお返ししたい。

 

それにしてもこの発言がどうして新聞、テレビで問題にされないのだろう。

ビートたけしが出演する番組がたくさんあって騒ぎになるとえらいことになるからだろうか。ビートたけしがいわば芸能界の大物だから、少しのことで騒ぎ立てをするよりそっと静まるのを待っていようというのだろうか。

1億総芸能人の国だから、世間もすっかりたけし側に立ってるのだろうか。

 

今回の発言は冗談でもジョークでもない。はっきり人権侵害だ。

整形手術を連想させる話の中で澤選手にふれ、コンプレックスにつながる顔のことにふれた。まずいと気づいて「あんまり意味はないですよ」と慌てて付け加えたが、医師は苦笑いをするし、司会のアナウンサーが「深い意味はないんですよね」とまずい発言を承知でその場をおさめた。

 

東京芸大の教授に招聘されたり映画監督として海外の大賞を射止めたり、ご本人が言う通り「えらい」芸能人だろう。えらいならえらいなりに事後対応をキチッとすべきだ。一刻も早く澤選手にも番組を見た人にも謝罪すべきだ。それでなければ 

「えらい」という意味を誤解している単なる毒舌家だ。誰もが言えないことを言うのじゃなく、誰もが言っちゃいけないと思っていることを言ってるだけだ。

 

 今、笑いがすべてのような世相になってしまった。

笑いも自然ではなく「作られた笑い」に迎合する。それが人権侵害、人格無視、あるいはこどもたちの「いじめ」の素地へとつながっているような気がする。

テレビなどの映像文化がそれに加担するようになってはおしまいだ。

そこに視聴率競争が絡んでいるとすれば自縄自縛だ。

 

川柳「朝囀」大物が 毒舌と誹謗 取り違え  ()

 

 

 

 

 

 

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2014年5月29日 (木)

信じられるか北朝鮮の拉致全面調査の約束

 

 

29日午後6時半になろうとしている時だった。テレビに字幕スーパーが流れて「拉致被害者の全面調査、北朝鮮が約束。安倍首相が明かす」と出た。

その前、外務省の斎木次官と伊原アジア大洋州局長が官邸で安倍首相にスウェーデンでの交渉経過を報告、首相が粘り強い交渉を指示したばかりだった。

 

一瞬、オヤっと思った。拉致被害者の安否に関する再調査実施の約束も取り付けられなかったし、朝鮮総連中央本部ビル売却問題がその障害になっているという、北朝鮮ペースの交渉に終わったことが伝えられていたからだ。

それが何時間もたたないのに失踪者まで含めて全面的調査を約束なんてなぜ言い出したんだろう。これは何か策略があるなと思った。

 

拉致被害者家族会の人たちが「今度こそ」と期待するように誠実な話ならそれに越したことはないが、これまで何度もだまされてきた。

調査したけど新たな被害者はいなかったとの報告で済ますかもしれない。

あるいは調査を長引かせ、その間に制裁措置を次々外させる作戦かもしれない。

相手はそれくらいのことは平気でやる。

 

いつまでダラダラやっているんだ。「全面調査約束」のニュースが流れる前、拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表は北朝鮮ペースで終わった日朝政府間協議について怒りをあらわにしていた。多分、ニュースが本当であることを念じつつも、半信半疑に違いない。北朝鮮の調査開始で制裁措置解除と首相ら政府の面々は興奮気味だったが大丈夫だろうか。今度ダメなら政府も完全に信用失墜だ。

 

川柳「朝囀」 加害者が いばって被害者 泣かされる  () 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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橋下、石原がやっとけんか別れ…ああ、スッキリした

 

 向こう気が強いところばかり似ている2人がいつまで続くやらと思っていたが、  

やっと袂(たもと)を分かつことになった。 

ああ、よかった。すっきりしたわ…。骨のある人はみんなそう言っている。

 何がって、日本維新の会の石原慎太郎、橋下徹両氏が党を割る、分党のことだ。

 

 共同代表っていえば仲がいいか、あるいはどっちも譲らないかのどっちかだ。

その答えは言うに及ぶまい。その鼻っ柱の強いことを考えれば明明白白だ。

 橋下氏が進める大阪都構想に石原氏は一国に二つも首都が必要か、考えるのもバカバカしい…とせせら笑ってきた。石原氏が描く自主憲法制定に橋下氏は今すぐできる話じゃない…と鼻であしらってきた。

 

 それが結いの党との合体に向けた議論で抜き差しならなくなった。

橋下氏が自主憲法拒否の結いの党に傾いたから石原氏が別れようと断を下した。

政治は自主憲法や大阪都構想だけじゃない。国民の暮らし、国家の将来にとって大事なことが山積している。それなのにリーダー2人が勝手な大義にこだわって民心も時間も血税もドブに流すようなことを続けてきた。

 

いい加減にしてくれって言ってやりたかった。

2人の信頼感はそんなに深いものでも真面目なものでもない。

石原氏は若い橋下氏の行動力、決断力ありそうな政治手法に惚れ、事大主義の橋下氏は石原氏の老いても衰えぬ人気、著名ぶりにすがっただけだ。

お互いに党勢がもたつく中で不満爆発といった程度なのだ。

 

特に橋下氏は従軍慰安婦発言でミソをつけ、勢いを失った。

選挙のたびに負ければ退陣といいながら居座り続けてきた。日本維新の会ではなく「日本保身の会」のリーダーそのものだ。膝元の大阪市民からも「もう、ええわ」と愛想尽かしされる。石原氏は14、5人の一族郎党を抱えて新党旗揚げだそうだが、余計なことながら新党の名は「落日の党」でどうだ。

 

川柳「朝囀」 集団も 個人も守れぬ 維新の会  () 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月28日 (水)

今度は18年も身元不明の認知症老人…あすはわが身だ

 

 

今度は埼玉県狭山市だという。身元が分からないまま老人ホームに18年間も保護されている認知症の男性がいることが分かった。

徘徊に出たまま行方不明になり老人施設で寝たきりになった認知症の老女が7年ぶりに夫と面会するという出来事が群馬県館林市であったばかりだ。

 

この男性は平成8年秋、狭山市内の路上で倒れているところを保護された。

認知症にかかっており当時60歳前後に見え、「ノムラショウキチ」と名乗り、電車に乗って遠くから来たと言っていたという。

狭山市は警察に届け出るなどして手を尽くしたが身元の特定には至らず、18年間、特別養護老人ホームで暮らしている。

 

埼玉県ではこのほかにも路上で保護された認知症の女性が9年間身元が分からぬまま病院に入院しているという。他県にもそういう例があるのではないか。

 どうしてこんなことが頻繁に起きてしまうのだろうか。

家族はどうしたんだろう。捜索ねがいを出しただろうか。

ひとり暮らしだったとしても民生委員を中心に地域社会のネットがあるはずだ。

 

毎年のように世帯家族調べが行われ地域の住人はもれなく把握されるはずだ。

地震や津波など大災害に対応して要介護者の調査も行われている。

その情報の網の目をくぐり抜けているとすれば調査や調べがいい加減なのだ。

私たちの社会は肝心なところでおざなり、手抜きになっているに違いない。

私たちの「情報化社会」はそれほど確度の高い信頼性のあるものになっていない。

 

人間のやることに限界があるからかもしれない。いや、社会が複雑に絡み合ってしまったからかもしれない。認知症などで徘徊に出て行方不明になる人が年に1万人もいる。あすはわが身かもしれないのに、世情はみんな「ひとごと」のような顔をしている。10年、20年身元不明の認知症老人が家族を待っています…それは何年か先のあなたかもしれないんです。

 

 

 川柳「朝囀」突然に 老人さがす 電話増え  () 

 

 

 

 

 

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2014年5月27日 (火)

ビートたけしが澤穂希選手を侮辱、いい気になるな!

 

 

はっきり言ってセクハラを通り越して人権問題じゃないか。

何がって…タレントのビートたけしが女子サッカー、なでしこジャパンの澤穂希選手(35)についてテレビ番組で、出演中の医師に「整形外科は澤選手、どうにかしてやってくださいよ」と呼び掛けた発言のことだ。

 

その場のふン囲気に気づいて「あんまり意味はないですよ。深い意味はありません」と慌てて付け加えたが、医師は苦笑い。司会のアナウンサーが「深い意味はないんですよね」と引き取ってその場をおさめた。

東京芸大の教授に招聘されたり映画監督として海外の大賞を射止めたり、すっかり「大物」になったから言うことやることに世間は一目置いてきた。

 

だが、今回の発言は冗談でもジョークでもない。

番組での医師とのやり取りが整形外科のことであり、整形手術のことを連想させるはなしの中で澤選手にふれた。コンプレックスにつながる顔のことで笑いを取ろうとしたとしたら許せない。セクハラを超して人権侵害だ。

 このひと言でビートたけしの芸術、芸能界への功績はすべて帳消しだ。

 

番組の中で「俺はえらいはずなんだけど…」という発言をしている。

「えらい」という意味をどっかで取り違え、誤解しているようだ。

誰もが言えないことを言える「毒舌芸人」だとか、庶民の気持ちを代弁できる「大衆芸風」だとか言われてきたのにいい気になっている。誰もが言えないことを言うのじゃなく、誰もが言っちゃいけないと思っていることを言っているだけだ。

 

 1日も早く公開の番組の中で澤選手に謝罪せよ。

それこそ誰もがやるべき反省と謝罪だ。若い者に対する影響力も大きい人なのだから自分で一番人間らしい罪滅ぼしをすべきだ。

 司会のアナウンサーをはじめ当日の番組に関係したすべての人にも猛省を促したい。公的な電波の中で毒舌を暴走させたことは大罪だ。

 

 

  川柳「朝囀」大物は 舌禍で笑い とりません  ()

 

 

 

 

 

 

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2014年5月26日 (月)

こんな無関心でいいのか…政治家の借入金疑惑

 

 もう一度書くことにする。

みんなの党の渡辺喜美前代表の巨額借入疑惑はどうなった。

面倒くさがって知ろうともしない国民の無関心のせいだ。

「政治家はみんな同じことをやってる」と分かったようなことを言う人が多い。

みんながやってるなら大変じゃないか。

 

浅尾新代表のカラーが浸透し始めるなんて“よいしょ”記事が新聞にあった。

幕引きのお手伝いをしたかと思えばさっそく応援団をやっている。

国民の無関心のせいで新聞、テレビまでピントが狂ってしまっている。

党として調査したが選挙に使われた事実はない、法律に違反する事実はなかったと一方的に発表して終わりだ。

 

疑惑の8億円のほかに新たに判明した6億円借り入れも貸した人のプライバシーを理由に一切明らかにしない。弁護士を入れた調査だというが、その弁護士は党所属の衆院議員じゃないか。身内による調査で前代表が不利になるようなことを公表するはずがない。そんな発表をこと細かに書き連ねている新聞、テレビはまさしく幕引きのお手伝いだ。

 

党調査委の「問題なし」発表の後、前代表がぬけぬけと「法的にも道義的にも問題ないとの判断をいただいた。疑問や誤解を与えたことをお詫びします」とのコメントを発表した。この茶番劇こそ幕引きの儀式だ。今や政治家の大半が大量の借入金を抱えて苦しんでいるという報道があったが、何でそんなに金がかかるんだ。それこそ渡辺前代表の金の使途をしっかり追及すべきだ。

 

 こんなありさまで憲法改正だなんてよく言える。

それもこれも元はと言えば不正も不明も何一つ疑問を発せず無関心を装ってきた国民と正義も信義もどこかに置き忘れたメディアの甘さだ。

怒ることを忘れてしまったメディアのていたらくには言葉もない。

国民、新聞、テレビが政治家を叱らなくて、誰が叱るんだ。

 

 

 川柳「朝囀」 考えも しないのだから 誤解なし  ()

 

 

 

 

 

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2014年5月21日 (水)

あなたはどっちを望むか…みんなで考えよう

 

 

 徘徊に出たまま行方不明になり7年ぶりに家族と再会をはたした認知症の老女について、群馬・館林市長が施設に保護していた間の費用を請求しないと決めたことに「人情市長」と書いたらそれは違うとお叱りをいただいた。

 費用は7年間で約1000万円、市民の税金で処理するには多すぎるという。

 

 確かにこの高負担のご時世に1000万円は高額ではある。

しかし、認知症は社会全体の問題であり、人道的に判断する必要がある。

たまたま館林市で保護され、7年間も身元をつまびらかにすることが出来なかったという行政としての不備もあったではないか。

だから、特例として経費の請求を免除しようということになったと聞いている。

 

納税者としての市民からは特別扱いにもほどがあるという不満はあろう。

細々たる収入でギリギリの介護生活に追い込まれている人たちも多いし、家族から忘れられたような7年間のさびしい施設生活への同情をもってしても甘やかしだという見方もあろう。でも、7年ぶりの対面も進んでしまった認知症のために喜びの言葉もない、その様子に同情以上のものを感じさせたことも事実だ。

 

 こんな特別扱いをすれば、最後は行政が何とかしてくれるからと認知症の老親、肉親を放り出す風潮を世にはびこらせてしまうのではないかという声もある。

確かに老親の死を届け出ず年金を不正受給していた実態があばかれた国だから、それはないとは言えない。でも、人間、そこまで落ちたくはないじゃないか。貧しくても苦しくても肉親を心で看取る誇りが欲しいではないか。

 

 甘やかしに目をつぶれというのではないが、わが暮らしに誇りと喜びを感じながら生きたい。他人の得や幸運をうらやみ、ねたんでも自分の人生は変わりはしない。つつましくも健康に生きられることを感謝する側にいることを幸せとしたい。

 もっとも、昨今は国民に不公平や不公正を感じさせることが多すぎるが…。

 

 

 川柳「朝囀」 重くなる 負担でゆがむ こころ根も  ()

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月20日 (火)

7年間の費用免除がそんなにうらやましいか

 

 

 徘徊に出たまま行方不明になり7年ぶりに家族と再会をはたした認知症の老女について、施設に保護していた群馬・館林市長がその間の費用を請求しない措置を決めたことに「人情市長」と書いたらそれは違うとお叱りをいただいた。

 費用は7年間で約1000万円、市民の税金で処理するには多すぎるという。

 

 確かにこの高負担のご時世に1000万円は高額ではある。

しかし、認知症は社会全体の問題であり、人道的に判断する必要がある。

たまたま館林市で保護され、7年間も身元をつまびらかにすることが出来なかったという行政としての不備もあったではないか。

だから、特例として経費の請求を免除しようということになったと聞いている。

 

納税者としての市民からは特別扱いにもほどがあるという不満はあろう。

細々たる収入でギリギリの介護生活に追い込まれている人たちも多いし、家族から忘れられたような7年間のさびしい施設生活への同情をもってしても甘やかしだという見方もあろう。でも、7年ぶりの対面も進んでしまった認知症のために喜びの言葉もない、その様子に同情以上のものを感じさせたことも事実だ。

 

 こんな特別扱いをすれば、認知症の老親、肉親を放り出しても行政が何とかしてくれるという風潮を世にはびこらせてしまうのではないかという声もある。

確かに老親の死を届け出ず年金を不正受給していた実態があばかれた国だから、それはないとは言えない。でも、人間、そこまで落ちたくはないじゃないか。貧しくても苦しくても肉親を心で看取る誇りが欲しいではないか。

 

 甘やかしに目をつぶれというのではないが、わが暮らしに誇りと喜びを感じながら生きたい。他人の得や幸運をうらやみ、ねたんでも自分の人生は変わりはしない。つつましくも健康に生きられることを感謝する側にいることを幸せとしたい。

 もっとも、昨今は国民に不公平や不公正を感じさせることが多すぎる。

 

 

 川柳「朝囀」 重くなる 負担でゆがむ こころ根も  ()

 

 

 

 

 

 

 

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大川小訴訟、つらい悲しい口頭弁論始まる

 

 

助かる可能性がいっぱいあったのになぜ救えなかったのか…。

全校児童の7割にあたる74人が津波の犠牲になった石巻市・大川小の遺族が、石巻市と宮城県を相手取り損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論は、子どもの死を受け入れられない父母のつらい切ない声で埋まった。

 

1人1億円…わが子の命を賠償額に置き換えるのはつらかっただろう。

でも、悲劇の真実に迫りたい…その思いに背中を押された。

どこかに娘はいるはずなのに見つけてあげることが出来ず、心臓をえぐられるような思いです…。あの日から一歩も前へ進めません…。

 法廷は新たな悲しみに包まれた。

 

大川小が津波襲来を知らされた時は50分も余裕があった。

だが、子どもたちを校庭に集めたまま避難先や避難ルートをめぐって混乱し、避難行動を開始した時は10分もゆとりはなくなっていた。

最後は安全な裏山でなく危険な河川堤防を避難先に決めた。避難を始めて数分で津波に遭遇、子どもたちは手をつないだまま濁流に飲まれていった。

 

第三者委員会は、避難決定の遅れや危険な河川堤防を避難先に選んだことが多くの児童が犠牲になった最大の直接的な要因と結論付けた。

だが、避難決定の遅れについては関係者が死亡していることから遺族の疑問に十分に答えられなかったばかりか、再発防止策を示すのが(第三者委員会の)目的だという説明に遺族は打ちのめされ、真相究明を法廷に求めた。

 

 市教委は生き残った子どもたちから聞き取った証言メモを命を投げ捨てるかのように捨ててしまうなど子どもたちへの気遣いに欠けていた。そのことにも鉄槌を加えて欲しかったのに第三者委はほとんどを素通りした。

訴訟という悲しみの旅はいつ終わるか分からない。受け容れられるような真実に行き逢えるか分からない。つらい、むごい日々を思うと言葉もない。

 

川柳「朝囀」日は経れど 子の顔、声は あの日のまま  (誠)

 

 

 

 

 

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人情市長、7年身元不明老女に入所費猶予

 

 徘徊に出て身元不明のまま館林市の介護施設に入所、7年ぶりに夫と再会した認知症の女性(67)のことで安楽岡一雄市長は,これまでにかかった入所費用を家族を含めて請求しないことにしたという。

 安楽岡市長は、認知症は社会全体の問題であり、人道的な見地から請求すべきではないとその理由を説明している。

 

 現在、裁判中だが91歳のやはり認知症の男性が徘徊中に駅構内で列車にはねられ死亡した事故でJR東海は、乗客の振り替え輸送などで損害が発生したとして当時85歳だった妻に720万円の賠償を請求した。一審の名古屋地裁は妻と長男に全額を支払うよう命じ、第二審の名古屋高裁は賠償額こそ半額に減じたものの妻だけに支払いを命じた。

 

 7年間も身元をつかむに至らなかった社会の頼りなさに不満は残るが、世間は市長のはからいは血も涙もあると反応する。一方、85歳という高齢者に常識で支払い不能な高額の損害賠償を請求した鉄道会社には冷酷・無慈悲との批判の声が伝わってくる。認知症の高齢者による徘徊が引き起こした問題だが、世間の反応は真っ向から異なる。あなたはこの2つの異なる措置をどう考えるか。

 

JR東海は事故による損害は原則弁償してもらうという主張であり、館林市長は認知症は社会全体の問題であり人道的見地が大切だという。一方は列車事故、他方は保護という福祉措置。一方は民間企業であり、他方は自治体という公的機関と立場も違う。弁済,弁償負担が小さい方が免除されて重い方が責任を問われるという措置結果は果たして公平、公正だといえるか。

 

認知症や徘徊が誰にでも起こり得るものだとすれば社会的に対応が遅れている実態からは免除措置は当然だろう。それでない限り徘徊を防ぐために認知症の人を縛り付けたり閉じ込めたりする強硬措置を誘発する。老齢者の虐待につながるようなことは断じてあってはならない。認知症対策も徘徊対策も高齢化社会が備えていなければならない基本姿勢なのだ。

 

 

川柳「朝囀」徘徊も 出会った人で 天地の差  ()

 

 

 

 

 

 

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2014年5月15日 (木)

また許した国会議員のお手盛り

 

 

増税と物価増高に泣いている国民を尻目に国会議員はさっさと8%の賃上げを断行した。震災復興支援と消費税増税に呼応してわが身を切ると実施した歳費カットを元に戻しただけだと物分かりのいい()人たちは同情的だが、震災復興も消費税増税もまだ進行中だ。

 

これこそわが身、わが懐のことしか考えていない政治家の姿です。

選挙のたびに「おらがセンセイ」と血道をあげて応援してもこの通りなんです。

もう一度言おう。有権者のみなさん、そろそろ目を覚ましたらどうですか。

選挙で反発されるから2割カットを継続しようという声もあったが、それを無視

して強引に元に戻したんだから、お仕置きをしないといけない。

 

それにしても強引に元に戻した理屈がけしからん。

「借金して事務所の切り盛りをしている国会議員が多い。(政治家が)生活に困窮する状況はいかがか」(石破自民党幹事長)なんて政治家を何様だと思ってるんだ。

借金して事務所を切り盛りしてるっていうけど大勢の秘書を雇って選挙で勝つ備えをしてるからでしょ。選挙で当選するための票固めじゃないか。

 

国民のための政治活動じゃなく自分のための選挙活動じゃないか。

年2回のボーナスと議員歳費で年間2100万円の給与から2割削減されたら年間1700万円弱ともらいは少なくなる。でも、政治家として使える金は別に支給されている。事務所の運営だって公設秘書を3人まで雇いあげられる経費として年間2600万円も支給されているじゃないか。

 

それ以上の私設秘書を抱えるのは自分のためじゃないか。そのほか文書通信交通滞在費が年1200万円、議員立法費用が780万円、政党交付金320億円が1人あたり換算で年に4500万円、ひっくるめて1人あたり年間約1億円が支給されている。ほかに企業などからの政治献金もある。航空機や新幹線の利用経費だって補助されている。それでも困窮するなら自分の責任だよ。

 

頼みもしないのに選挙にしゃしゃり出てきて政治家になったんじゃないか。

天下国家を論じ国の進路を築くために政治家を志したのではないのか。

議員削減も給料カットの理由の一つだったけど、それもやってない。

月額26万円の引き上げっていえば地方の労働者1か月の給料まるまるだよ。

いい加減にしろ!

 

 

川柳「朝囀」 政治家の お手盛りにはや 抵抗なし  ()

 

 

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2014年5月14日 (水)

隣りの大統領の人気落ち騒いでいる時か!

 

 

 ダボハゼというのか、見境ないというのか、新聞、テレビはどうしたんだ。

韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の支持率がガタ落ちだといって騒いでいる。当然じゃないか。旅客船の沈没に続いて電車追突と足もとがゆれている。

支持率ガタ落ちはもはやニュースじゃない。

 

 安倍首相の靖国参拝や従軍慰安婦問題を国内外でネガティブ宣伝し、伊藤博文初代総裁を射殺した抗日戦士、安重根を英雄扱いして凶行地に記念館を建てるなど、大統領就任から途切れることなく反日の限りを尽くしてきた。

 父親の朴正煕元大統領はわが国の陸軍士官学校で軍人になったという因縁を考えても論評に値するとは思えない。

 

 大災害の連発、それを受けての支持落ち…気の毒に思わない人はいないだろう。

それを同情的に報道するのも戒めを込めて報道するのも自由だが、自分の国が置かれている状況を考えればそんなことで紙面や電波を無駄づかいしている時ではない。特定秘密保護法に続いて集団的自衛権行使の問題、それに絡む憲法改正問題と国の行く先を占う重要案件がいっぱいじゃないか。

 

 憲法解釈や安全保障、自衛隊の海外活動など、どちらかというと新聞、テレビが苦手なテーマだから核心に迫る報道を怠っている。それよりよその国の大統領の支持率が上がった下がったという人気占いの方がよほど楽だからだろう。

 8%まで引き上げた消費税率を果たして予定の10%まで引き上げることが出来るのかどうか。それが出来なければ社会保障改革は挫折してしまう。

 

 それより何より最重要課題である財政改革が破たん、日本沈没が現実味を帯びてくる。国民1人当たり何と800万円の借金を背負っているという恐ろしい財政難を新聞、テレビは承知しているのか。これからどう解決していこうというのか。

 自分の家が炎に覆われているというのに隣の家の安普請をあげつらうような真似をいつまで続けるんだ。しっかりしろ!

 

 

 川柳「朝囀」隣のボヤ わが家の火事を 先に消せ  ()

 

 

 

 

 

 

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2014年5月13日 (火)

認知症の女性,7年ぶりに夫と再会…でも、喜びの言葉もなく

 

 

身元不明のまま老人施設で寝たきりになった67歳の女性が7年ぶりに夫と面会したテレビニュースをNHKで見た。この国の先が不安になった。

 7年ぶり、それも結婚記念日だったのに認知症が進行し寝たきりになった女性に面会を喜ぶ言葉はなく、悲しい再会となった。

 

 かつては民放ラジオ局のアナウンサーをした女性、60歳の若さで若年性認知症を発症し、ある日徘徊に出たまま行方が分からなくなった。

 捜索のためのポスターやチラシが何度も配られたが行方はつかめなかった。

衣服には名前も書かれていたのに手がかりにはならなかった。

名前ほど確実な手がかりはないのになぜなんだろうか。

 

一体、「情報」って何だろう。

私たちは「情報化社会」という情報が決め手の時代に生きているはずだ。

でも、現実は何の決め手にもなっていない。肉親が離れ離れになってしまったというのにその再会をお膳立てできないようで何が「情報化社会」だろう。

そんな機能、現実の社会では作動していないのかもしれない。

 

それは社会が複雑に絡み合ってしまったからかもしれない。

いや、社会のところどころでまともに情報をつなげようとしない人間がいるからだろう。実相は途切れ途切れの社会なのだ。

 認知症などで徘徊に出て行方不明になる人が年に1万人もいる。

情報をきちっとつなぎ合わさなければ同じような出来ごとはいくらも起きる。

 

もっと早く見つかっていれば認知症の進行を抑える治療を受けさせてやれたのに残念だ…夫の言葉にはやり場のない怒りがあった。

同じ老境を迎えているわが身を思うと戸惑ってしまう。

老い坂は誰もが迎え、越えなければならない坂だ。

もっと楽に迎え、越えられないのだろうか。

 

 川柳「朝囀」7年に 言い訳ばかり 先に立ち  () 

 

 

 

 

 

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2014年5月12日 (月)

全国に広げよう、小選挙区廃止運動

 

 

 政治の話は敬遠されがちだが、1人でも読んでくれることを願って書き続ける。衆院の選挙制度改革、もっとみんな関心を持とうよ。

原発だって憲法改正だって集団的自衛権だって、いくら反対したって、それを推し進める政治家を選ぶ選挙制度に問題があればなんにもならないのだ。

 

小選挙区比例代表並立制―舌を噛んでしまいそうな今の選挙制度を一刻も早く廃止しよう。それを全国運動に広げようじゃないですか。

問題は主に2つある。1つは「小選挙区制」だ。定員1人だから2位以下は失格であり、その候補たちに投じられた票は議席に結びつかない、いわゆる「死に票」になってしまう。せっかく投じた「1票」が紙切れになってしまう。

 

その票は2012年衆院選では3730万票、全投票数の56%だ。有権者の半数以上の票が議席につながっていない。「1票の格差」なんて大騒ぎしているけど、有権者の半数以上の「1票の価値」をゼロにしているじゃないか。

1選挙区の定員が3~5人の「中選挙区制」なら「死に票」はせいぜい7~8%にとどまる。どっちが民主主義に沿っているかはっきりしている。

 

もう一つの問題は、政党の得票率と獲得議席数とが比例しない変則性だ。

2012年衆院選の自民党の得票率は43%なのに獲得議席は全小選挙区300議席の73%に上った。その前の政権交代になった2009年総選挙では民主党の得票率は47%だったのに全小選挙区議席の74%を占めた。

 2位以下は「死に票」になってしまうことがその原因なのだ。

 

 小選挙区の当選議員1人がさまざまな有権者の声を受け止められるか。他党の政党要望を聞き受けられるはずもない。そんな矛盾の中で政党政治を標榜しているのだ。民主主義の本質は、より多くの人の権利や利益を守ることだから、それに沿っていない。定員複数の中選挙区制が金権選挙や派閥政治につながるのは政治家の質の問題で選挙制度のせいではない。小選挙区制廃止の声を全国に広げよう。

 

 川柳「朝囀」 無関心 政治家たちを よろこばせ  ()

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月 9日 (金)

老女、鬼の列車事故賠償判決に上告

 

 

 91歳の認知症の夫が徘徊中に列車にはねられ死亡、振り替え輸送などの損害賠償を命じられた当時、85歳だった妻は9日、最高裁判所に上告した。

控訴審判決で命じられた賠償額は第一審の半額に減じられたとはいえ359万円…ごく普通の老女が簡単に支払える金額ではない。もし、あなたならどうする。

止むに止まれぬ上告だっただろう。

 

それにしても控訴審判決で老女に介護責任を果たしていないとして359万円の賠償を命じた名古屋高裁の裁判長は正に鬼だと今も思う。

 夫は妻がまどろんでいるちょっとの間に家を抜け出してしまったが、裁判長は「目を離して介護義務を怠った」「徘徊防止の出入り口のセンサーのスイッチを切っていた」などをその証拠として指摘した。

 

この判決を聞いて私は怒りで体がふるえた。

介護、それもこの夫婦のように年寄りが年寄りを介護する老老介護の苦しみも知らないで、ただ法律を杓子定規に当てはめて判決を下したな…と憤りを覚えた。

もちろん、自ら老親の介護経験なんかないのだろうと思った。

こんな血も涙もない裁判官にこの事件を担当させた高裁にも不信感を抱いた。

 

85歳という老女に「介護の対応が十分ではない」とはむごい。

もし、それが自分の母親であってもそういって責め立てるのか。

 私も10年ほど前まで90歳を超す母を自宅介護した。部屋の高いところへいくつかのカギをつけ徘徊に出ないようにした。でも、自分の親を部屋に閉じ込めるなんて苦しいことです。カギをかけないでおきたいと思うんです。

 

でも、ちょっと目を離したスキに出られてしまう。老人の足とはいえ想像もつかぬほど遠くまで行ってしまう。85歳という老女では無理もない話です。監視が不十分だと裁判長はそう言ったが、介護は肉体も精神もズタズタにする。目を閉じた瞬間、たちまち睡魔におそわれてしまう。ちょっとまどろんだことがそんなに罪なことですか。最高裁の人間味ある裁きを待ちたい。

 

 

川柳「朝囀」亡き母に そっと詫びる ときもある  () 

 

 

 

 

 

 

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小泉・細川の著名人連合にだまされるな!

  小泉・細川の著名人連合にだまされるな!

 

 現職の首相時代に原発推進者だった小泉、細川の元首相が脱原発、原発ゼロを掲げて自然エネルギー推進の法人を旗上げした。

 政治色のない運動にするために政治団体じゃなく法人にしたと説明しながら、秋の福島県知事選や来春の統一地方選で脱原発候補を支援するという。

 スタートからインチキ臭い話なのにメディアが大騒ぎしている。

 

 賛同者に女優の吉永小百合さん、歌舞伎界の市川猿之助さん、俳優の菅原文太さん、哲学者の梅原猛さん、作家の瀬戸内寂聴さん、作家の赤川次郎さんら著名人が名を連ねる。「人気第一実力二の次」というご両人らしく有名人で大衆を一網打尽にしようという作戦だが、情けないことに早くも追っかけ隊を編成しようというオバサンたちがうごめいているそうだ。

 

これから全国の原発所在地を巡回して原発ゼロの叫びをあげるそうだがそのたびに「純ちゃ~ん」「お殿さ~ん」の掛け声が飛ぶかと思うとゾッとする。

恥も外聞もなくなったオバサンたちだからどんなことになるやら…。

電気を湯水のように使う生活をしながら原発ゼロを叫ぶ…そんな理屈もケジメもない大衆を作り出して、それでもいいんですかね。

 

 何かをやろうよ―東京都知事選に惨敗した老いぼれ両人がそういってはじめた今回の自然エネルギー推進運動。もちろんそっちは表看板で、原発ゼロ・脱原発を通して安倍自民党政権打倒が狙いだ。政治かは怨念、ジェラシーの動物―と言われる実態を地で生きるご両人のことだから、自分たちのやっていることがどれだけ馬鹿げたことか分かっていない。政界を混乱させるだけでうれしいのだ。

 

だから、ご両人とも変人どころか奇人と呼ばれるのだ。

原発ゼロ、脱原発の前に省電力の暮らしや産業スタイルへの転換が先でしょう。

自然エネルギー推進も具体的な政策、事業化が先でしょう。

名を連ねる著名人のみなさんもそっちを期待しているのではないだろうか。

ご両人はその説明責任をみなさんに果たしているのだろうか。

 

川柳「朝囀」もう一度 濁った泉 川汚す () 

 

 

 

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2014年5月 8日 (木)

小泉、細川ご両人、著名人連合なんて卑怯だ

 

 電気を湯水のように使う生活をしながら原発ゼロを叫び、自然エネルギー推進運動に著名人をかき集める小泉、細川の元首相コンビ…もう笑止だね。

 何かをやろうよ―東京都知事選に惨敗した老いぼれ両人がそういってはじめたのが「原発ゼロ」と「脱原発」。もちろん、本気度ゼロだよ。

 

人間だから考え方か変わることはある。あってもいい。

でも、責任ある立場にある、いや、あった者なら豹変を説明し理解を得る必要がある。ご両人とも国のエネルギー政策として原発推進の先頭に立ってきた元首相だ。

特に小泉元首相は今、原発の活用方針をエネルギー基本計画に明記し、原発再稼働へ環境を整えようとしている自民党の総裁だったじゃないか。

 

それが間違いだというなら真っ先に自民党を説得すべきだ。

それを大衆に呼びかけることを優先し政権の足もとを掘り進めようとしている。

自民党をぶっ壊してやる―を売りにしたような首相時代もあったから驚きはしないが、愛党の精神さえないリーダーが国の先頭に立った現実を悲しく思う。

はっきり言って変人どころではない、奇人そのものだね。

 

細川さんもそうだ。金と暇をもてあそぶにも殿さまの流儀があるでしょう。

現役時代のくやしさ、憎しみなんかを老いて晴らそうなんてみっともない。

それも奇人ともいうべき人といっしょにくつわを並べることはないでしょう。

脱原発、原発ゼロがダメだというわけではない。そのために自然エネルギーを推進しようというのも間違っているとはいわない。

 

それなら電力消費を削減する暮らしや産業スタイルへのが転換先でしょう。

自然エネルギー推進も具体的な政策、事業化が先でしょう。

東京都知事選もそうだったけどなぜ選挙に手を出すんですか。

原発ゼロ、脱原発っていうけどそれはすべて「選挙プロパガンダ」でしょ。

小泉さん、細川さん、世に混乱の風を吹き込んでそんなに楽しいですか。

 

政治色を薄め、広く国民運動に発展させるため自然エネルギー推進会議を政治団体でなく社団法人にしたと説明されているが、そこも矛盾だらけだ。

そこに名を連ねた著名人のみなさんには政治的意図は本当にないのだろうか。

影響力が決して小さくない人たちばかりだからこそ元首相ご両人の説明に責任を求めたいと思う人は多いはずだ。

 

川柳「朝囀」老いてこそ 後輩いじめ したくなり  () 

 

 

 

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2014年5月 7日 (水)

維新と結い…合体も新党も議員を辞職してやれ!

 

 

日本維新の会と結いの党が夏にも新党をつくるそうだ。

くっついたり離れたり、分散したり…そんなことばっかりやっている。

世界広しといえど、そんな国がほかにあるだろうか。

 この連中は一体、いつ政治をやるんだろう。

 

ひとたび国会議員になれば、いや、バッジをつけてしまえば何でもやれる。

そう思っているらしい。大きな間違いだ。有権者が「1票」を投じたのは政治を託したのであって、政治ゲームの場を与えたのではない。

数を得て大きな政党になって、力を誇りたいかもしれないが、そんなことをお願いしたのではない。

 

日本維新の会がほかの党と一緒になることを前提に先の衆院選、参院選で「1票」を投じた人はいない。ましてや結いの党は、みんなの党の議席をネコババして旗上げした党だ。認知されていない。有権者はそんなことをしてほしいとみんなの党に「1票」を投じたのではなかったはずだ。維新の会の石原共同代表はみんなの党との合体を希望しており、そっちも話を進めるというじゃないか。

 

冗談も休み休みにしてほしい。それじゃあみんなの党と結いの党とが元のさやにおさまっちゃう。まるで子どものままごと遊びだ。

そんな政治家を食わせるために私たちは血と汗の税金を払っているのではない。

新党をつくるのも、合体して数を得るのも勝手ですが、やるならいったんバッジを外し、議員を辞めてからにしていただきたい。

 

 要するに議席は政治家の所有物ではないんです。

政治家の生活、生涯を保障する特権ではないんです。

 こんなことを叫んでも政治家は歯牙にもかけない。大衆は見向きもしない。

 くやしいけど叫び続ける。

 

川柳「朝囀」 政治ゲーム 子どものころに 覚えけり  ()

 

 

 

 

 

 

 

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2014年5月 6日 (火)

とんだ恥…ゴホン、ゴホンでコンサート中止騒ぎ

 

 

 大阪・フェスティバルホールで行われた米国人ピアニスト、キース・ギャレットさんのコンサートでとんでもないことが起こった。5月3日のことだ。

静まり返った演奏中、「ゴホン、ゴホン」と大きな咳が続いた。

演奏は何度も中断、集中力をそがれたギャレットさんは演奏を中止して帰ってしまった。高い料金を払って入場した人たちは演奏中止に怒り狂った。

 

咳の主は謝罪したのかどうか知らないが、さて、あなたならどうする。

咳をしようが、鼻をかもうが個人の自由だという国もあるが、私たちは大衆の中、特にコンサートや能など芸術鑑賞の場では作法を大切にする。

音楽や歌を鑑賞するコンサートは演奏者の邪魔をしないことが基本だ。

風邪で咳き込む状態ならキャンセル、突然の咳ならハンカチで抑える。

 

 高い入場料を払っている多くの人たちは「中断、中止はけしからん」と怒る。

多少の邪魔があったにしても最後までやり遂げるべきだという。

一方、ギャレットさんに同情し、「マナーを守れない人間が情けない。最低だ」と大咳の主を含めてコンサートをぶち壊した人たちに怒りをぶっつける聴衆も多かったのは言うまでもない。

 

主催者側もライブ録音を予定していたこともあって開演前のアナウンスや会場掲示は十分にしてあったという。何年か前にもギャレットさんのコンサートは咳や雑音で演奏中断があったそうで、この日も舞台の袖からギャレットさんの注意発言もあったようだ。それでも騒ぎ立てる聴衆もいたのだから、ファンとはいいながらも大阪人としては見苦しいところを見せてしまった。

 

再三の不作法、中断騒ぎにもめげず来阪してくれたギャレットさんに本当のファン、ジャズ愛好家なら感謝し、しっかりと詫びるべきだ。

この失態が音楽家の間に知れ渡ってしまえば大阪には誰も来てくれなくなる。

そんなことになったら恥ずかしいじゃないか。

橋下市長、強がりもいいけど市民のマナーがこんなじゃ話にならないでしょう。     

 

 

 川柳「朝囀」マナーとは 他人にだけ 問うものか ()

 

 

 

 

 

 

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2014年5月 1日 (木)

朴大統領は本当に謝罪したか…かっこうばかりか

 

 

大統領、あなたの言葉には心がこもってない、謝罪になっていない。

朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領が国民の批判にさらされている。

「多くの貴い命が失われ、国民に申し訳なく、心が重い」という大統領の謝罪の言葉には心が感じられないというのだ。

 

 言葉には国民性のようなものがあるが、「申し訳ない」「心が重い」というだけでは心の底からお詫びしていることにはならないのだろう。

「過去から積み重なった弊害を正すこともできず、このような事故が起きて無念だ」と続けた言葉は、かっこうをつけている言い回しだ。

 謝るというよりリーダーの威厳を守ろうとしているように感じられる。

 

 事故が起きて無念だ…私は一生懸命やっているのに残念だと言っているのだ。

こんな事故を起こしてしまって、何とお詫びしたらいいか分からない。そういう気持ちが遺族はもちろん、国民に感じられないのだ。

 そこは朴大統領の国民との心の距離を感じさせてしまうし、政治姿勢そのものが非常に乾いたものなんだなと感じざるを得ない。

 

 謝罪の言葉は難しい。16、7歳の将来のあるわが子を失い悲嘆にくれる遺族を慰められるような言葉を表わし伝えることは至難だ。

だからこそ政治家には普段から人々との心の通い合いが大切なのだ。

 心が豊かなリーダーはそれをことさら意識しなくてもやっていける。

朴大統領にそうした心の通い合いがあるかどうか、答えが出かかっている。

 

 皮肉にも政治家の真価は謝罪の場面で出る。

5千万円借入で辞職した猪瀬前東京都知事は「迷惑と心配をおかけした」と謝罪した。8億円借入で辞任した渡辺前みんなの党代表は「疑問や誤解を与えたことをお詫びする」とコメントした。猪瀬さんのことを心配した人はいない。渡辺さんの巨額借入疑惑を誤解した人もいない。いずれも国民をバカにした弁だ。

 

現代は言葉が紙切れのように軽くなったのか、政治家が薄っぺらになったのか、あるいはそれがいっしょにやってきたのか分からないが、その根本は国民が真実を見極める力を失ってしまったからだろう。

 

 

 川柳「朝囀」反日の 叫びの前に 詫びようを  ()

 

 

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