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2014年5月20日 (火)

大川小訴訟、つらい悲しい口頭弁論始まる

 

 

助かる可能性がいっぱいあったのになぜ救えなかったのか…。

全校児童の7割にあたる74人が津波の犠牲になった石巻市・大川小の遺族が、石巻市と宮城県を相手取り損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論は、子どもの死を受け入れられない父母のつらい切ない声で埋まった。

 

1人1億円…わが子の命を賠償額に置き換えるのはつらかっただろう。

でも、悲劇の真実に迫りたい…その思いに背中を押された。

どこかに娘はいるはずなのに見つけてあげることが出来ず、心臓をえぐられるような思いです…。あの日から一歩も前へ進めません…。

 法廷は新たな悲しみに包まれた。

 

大川小が津波襲来を知らされた時は50分も余裕があった。

だが、子どもたちを校庭に集めたまま避難先や避難ルートをめぐって混乱し、避難行動を開始した時は10分もゆとりはなくなっていた。

最後は安全な裏山でなく危険な河川堤防を避難先に決めた。避難を始めて数分で津波に遭遇、子どもたちは手をつないだまま濁流に飲まれていった。

 

第三者委員会は、避難決定の遅れや危険な河川堤防を避難先に選んだことが多くの児童が犠牲になった最大の直接的な要因と結論付けた。

だが、避難決定の遅れについては関係者が死亡していることから遺族の疑問に十分に答えられなかったばかりか、再発防止策を示すのが(第三者委員会の)目的だという説明に遺族は打ちのめされ、真相究明を法廷に求めた。

 

 市教委は生き残った子どもたちから聞き取った証言メモを命を投げ捨てるかのように捨ててしまうなど子どもたちへの気遣いに欠けていた。そのことにも鉄槌を加えて欲しかったのに第三者委はほとんどを素通りした。

訴訟という悲しみの旅はいつ終わるか分からない。受け容れられるような真実に行き逢えるか分からない。つらい、むごい日々を思うと言葉もない。

 

川柳「朝囀」日は経れど 子の顔、声は あの日のまま  (誠)

 

 

 

 

 

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