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2014年8月23日 (土)

私たちの市長じゃないが、広島市長の言い訳は許せない

 

 

私たちの市長ではないが、こんな言い訳は許せない。

100人近い死者・不明者を出した広島市北部の豪雨禍、土砂災害で避難勧告の遅れを指摘されていることに松井一実広島市長は、防災計画のマニュアルに基づいて対応した、(問題ない)…と言い訳したそうだ。

 

 計画に従って対応したのだから責任は問われない…という言い方だ。

じゃあ、あれだけの死者・不明者が出た現実は仕方がないというのか。運命だとあきらめろとでもいうのか。そんなひどい話がありますか。

 行政にも政治にも結果責任という不可避の責任がある。それも知らないで市長になったのか。それとも市民が知らないからかまわないとでもいうのか。

 

 防災計画のマニュアルに基づいて対応したから問題はないという発言は取り消すべきだ。マニュアルに基づいて対応した…というのは市長として、為政者として最低限の法律違反、規則違反をしなかったというだけで、それは法律の上で責任追及を交わす一つの拠りどころにすぎない。それよりも市民の命、安全を守るという一番大切な役割を果たせなかった背信が問題なのだ。

 

 つまり、政治家に課せられた結果責任を果たせなかった、市民の負託にこたえられなかったという重大な過失だ。そのことをなぜ無視する。

 規則やマニュアルは市民のためというより役人や政治家が自分たちを守る隠れ蓑、駆け込み寺のようなもので、いみじくも松井市長が「マニュアルに基づいて対応したのだから問題ない」と言ったのは、そのことを白状したようなものだ。

 

「結果的に多くの犠牲者を出してしまったことに大きな責任を感ずる」

「マニュアル通りでは対応できないことが明らかになった。早急に見直したい」

せめてそれくらいのことを言うべきだった。犠牲者に対してはもちろん、遺族のみなさんの悲しみに追い打ちをかけたんじゃないか。責任は感じるものじゃなく、取るものなのだ。責任を取れない政治家が多くなった。

 

 

 川柳「朝囀」何思う 命ささげし 消防士  () 

 

 

 

 

 

 

 

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