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2014年9月12日 (金)

「吉田調書」、なぜか政治責任が見えてこない

 

 公開された東電福島第一原発事故をめぐる政府事故調の聴取結果書「調書」を自分なりに読み解いてみた。その第一感は阿鼻叫喚の中で指揮にあたる吉田昌郎所長(当時)ら現場へ介入し続けて初動対応の混乱に拍車をかけた菅直人首相(当時)ら官邸の無思慮ぶりだ。でも、なぜかそこから政治責任が見えてこない。

 

しっかりした危機管理体制がとられなかったことから情報伝達が迅速かつ正確に行われなかったことが致命的だとも思われるが、それにまして専門的な知識・知見が必要なことがらにまで口を出されたりしたことが意思疎通の歪みにつながったのではないかと推察される。「吉田調書」の各部分で吉田氏はかなりむき出しの言葉で怒りをあらわにしている。

 

これまでに国会などの場で取り上げられたこともかなりの部分で真相が明らかになった。菅首相が現場視察を強行し、原子炉格納容器の水蒸気を抜くベントが遅れたことが初動対応の遅れ、強いては負の連鎖につながったとされてきたが、それは電源が落ち、放射能が高濃度で手がつけられなかったからだと分かった。海水注入中止騒ぎも菅首相の指示ではなく、東電の伝達ミスによるものと判明した。

 

「吉田調書」の最大の焦点、朝日新聞が誤報だったと記事取り消し、謝罪、社長の引責辞任へつながった第一原発からの「全員撤退」の問題だ。朝日新聞は5月、独自に入手したという「吉田調書」に基づき「所員の9割が吉田氏の待機命令に違反して福島第2原発に撤退した」と記事を掲載した。だが、吉田氏は撤退でなく退避であり、それは命令違反だという認識はないと言っている。

 

「誰も逃げてなんかいない。何をばかげたことを騒いでいる。撤退なんていう言葉は使っていない」などと全面否定している。最小限の要員を残して退避する命令は出していたから所員たちは第2原発に退避した、結果的にそれでよかったと言っている。菅首相が自ら東電に乗り込んで「命を懸けてくれ」と演説し全面撤退(東電が逃げること)を食い止めた―といっているのは事実と反している可能性がある。

 

当時の菅内閣の幹部は、撤退、それも全員という受け止めだったと答えている。ただ、海江田経産相(当時)だけは「清水社長からの電話は『退避』という言葉で、すぐ菅首相らに伝えた」と証言している。それが『撤退』になぜ変わったのか。吉田所長が言いもしなかった「撤退」なる言葉が独り歩きした背景は何なのか。

 政府事故調は、政治責任をあぶりだす追及が足りなかったのではないか。

 

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