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2014年11月

2014年11月30日 (日)

「違憲状態」なんて生ぬるい、次は選挙無効だ!

 

私たちは罪を犯せば必ずそれなりの刑を科せられる。逃げられない。

それなのに国会は最高裁から憲法違反の疑いありと警告されても何もしない。

衆参722人、みんなで無視すれば大丈夫、怖くなんかないというのだろう。 自分の痛みになることはすべて無視だ。恥ずかしくないのか。

 

昨年7月の参院選挙をめぐり「1票の格差」が違憲状態だと断じた最高裁裁判官

15人のうち4人は「違憲」だと明確に判断した。鳥取で16万票得た候補が当選し、東京で55万票得た候補が落選した。投票価値に4・77倍もの格差があり、しかも多く得票した方が落選した。これは不平等とか不公平とかいう段階を超えて不当、不真面目である。衆院も違憲状態の判決を下されている。

 

 国会が憲法を踏みつけにしている状態で正義もへったくれもないだろう。

金ぴかのバッジを胸に黒塗りの車にふんぞり返っていても国民から信頼されなくなったら何にもならないだろう。自己満足じゃむなしいだろう。

 高額の歳費や手当、献金で金漬けの生活に味をしめた政治家が不利益になる定数削減や選挙区の改編を自らやるわけないが、もうそんなこと言っていられない。

 

司法だっていつまでも「違憲状態」なんて我慢の判決に踏んばり、選挙無効・選挙やり直し請求を退ける無理を続けるとは思えない。続けるべきではない。

莫大な血税をドブに捨てるようなもったいないことにはなるが、選挙無効を認容し選挙のやり直しを命ずる判決を下すべきかもしれない。それでなければ政治家は慌てないだろうし、無関心な国民も目をさまさないだろう。

 

無関心な国民…などと書くときっとまともな人々からはきついお叱りがあるだろ

うが、「お任せ民主主義」に浸り切った世相は即刻改めないといけない。普段の政治活動もチェックせず、タレントの人気投票のような選挙に乗せられて貴い「1票」を投じていては百年河清を俟つごとしだ。ずるがしこい政治家はそういう国民有権者のすきを見つけるに敏だ。こんなこといくら書いてもむなしいな…

 

 川柳「朝囀」国民の 代表という 偽証罪   ()

 

 

 

 

 

 

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2014年11月29日 (土)

マニフェスト選挙だと? また騙すつもりか

 

マニフェストが色あせた、熱気が冷めた…などと新聞各紙が各党の公約を一斉に評論している。中身が抽象的だ、昔の口約(口約束)に逆戻りだ、いや誇大広告だとその表現はいろいろだが、その裏ではマニフェスト選挙の復活を期待しているような感じもする。冗談ではありません。マニフェストはもちろんのこと選挙公約なんか信じちゃだめですよ。

 

今ごろ「マニフェスト」なんて言い出すこと自体が無責任だ。新聞も政党も、国民のくやしい思いを逆なでする行為だとも思っていない。

「マニフェスト」のいい加減さが暴露され、(政権をだまし取った)詐欺だ、振り込め詐欺だ…などと政治に対する失望と不信感が列島を覆った、あのむなしい政治漂流の歳月を忘れたわけではないだろう。

 

思い起こせばくやしさばかりがつのる。マニフェストを選挙に持ち込んだ民主党は「政策の実施時期、財源を明示した究極の公約」とばかり売り込んだ。中学生になるまで1人月額2万6千円支給する「子ども手当」、1人月額最低7万円を支給する「新年金」などを提示し、2009年衆院選で政権を奪い取った。

ところが財源保証もないばら撒き公約だったことがバレ、政治は漂流した。

 

結局、民主党の野田政権はその責任を追及される形で解散に追い込まれ、公約になかった消費税増税を掲げるなどして大敗、政権の座から引きずり下ろされた。

民主党が財源や実現時期などの数値目標を掲げなくなったのは仕方がないが、ほかの党もあつものに懲りたのか数値化を避けた。それにしても欧米の「荷札」のようなマニフェストを持ち込んだ学者が釈明もないのに腹が立つのだ。

 

選挙報道で大事なことは有権者の選択の決め手になる公約に実現性が担保されているかどうか見極めることだ。政治家や政党に公約の厳格性を認識させることはメディアの初歩的責任でもある。それなのに選挙の時には大騒ぎしても、選挙が終わってしまえば目もくれない。そんなことでは政治家も政党もその場かぎりの政策や公約でごまかすのは当然だろう。

 

川柳「朝囀」新聞が ガス抜き手伝う こともある  ()

 

 

 

 

 

 

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2014年11月26日 (水)

解散の命名遊びなんかしている事態か!

 

 

 散総選挙に名前が付けられるようになったのはいつごろからだろう。

麻生太郎副総理のおじいさん、吉田茂元首相が国会質問に腹を立てて「バカヤロウ」と叫んだのが元で解散に及んだ「バカヤロー解散」が昭和28年だから、そのころからだろうか。何も無理やり名前をつけることはない。解散は解散でいい。

 

 遊び好き、お調子者が多い政界がイギリス議会のユーモアを真似たものらしい。それをくだらないモノ好きの新聞が書きたてたのが伝統になったようだ。

程度のわるいユーモアのお追従に恥ずかしさも感じなかったのだろうし、今も感じないからだろう。でも、本当はそんな遊びや駄じゃれを楽しんでいるような事態ではない。大事な政治日程を犠牲にして政権をかける重大事だ。

 

政界にはそこでしか通用しない変な隠語や遊び語があり、政治よりそっちの方が得意な政治家がいる。造語や語呂遊びに一芸のある政治家がいる。それを無視するどころか歩調を合わせて書き、しゃべりまくるマスコミ界がお粗末だ。年間2000億円ずつ確実に増える社会保障費を賄う消費税の引き上げを先延ばしする非常事であり1000兆円を超える借金財政に暗雲が垂れこむ事態だ。

 

その非常事態にも気づかず語呂合わせ、言葉遊びに興じている脳天気な人々が公共電波に乗って、朝早くから夜遅くまで茶の間に侵入してくる。政見放送という殊勝な番組だ。そこでもやっぱり自分の心からほとばしる言葉ではなく、造った美辞麗句ばかりだ。ひとたび当選して議員バッジを胸につけた途端に言動が一変する。やがて国会で質問に立ち、やくざの恫喝のような言葉を口走る。

 

この解散総選挙のために700億円と言う税金が費やされる。

その分、児童保育所や介護施設に使ったらどんなに子どもや老人が救われるか。

それだけじゃない。東日本の大震災被災地の復興に充てたらどうだ。すでに雪が舞うようになった寒い仮設住宅などで多くの人が不自由な生活に追いやられたままだ。立候補を取り止めて被災地の復興に身を投ずるような人はいないのか。

 

 

 川柳「朝囀」信を問う たまには心の 芯を問え  (誠)

 

 

 

2014年11月24日 (月)

選挙になると途端に政策あふれ出る…不思議だね

 政治の世界は本当に不思議なところだ。

選挙となるとあっちにもこっちにも国士のような政治家が現われて国難をいとも簡単に解決してやるとばかり声を張り上げる。

 それをなんで日ごろの国会や政治活動の中でぶっつけ合わないのだろう。

 

 民主党は「豊かな中間層」復活だという。安倍政権のアベノミクスが社会格差を拡大させたとしてそれに対抗し、国民生活に留意した柔軟な金融政策、生活の不安を希望に変える人への投資、未来につながる成長戦略―が3本柱だという。

 柔軟な…、不安を希望に変える…、未来につながる…心をくすぐる絶妙な形容詞で飾っているが、そういう砂糖まぶしの政策こそ実現性はあやしい。

 

 維新の党は、世情の不満を逆手にとってズバリ国民の心をワシづかみにしようという。国会議員定数と歳費を3割削るほか国会議員に支給される文書通信交通滞在費などの使途公開によって「身を切る改革」を唱え、あけすけな不満便乗型だ。短期決戦の選挙だから有権者に直接訴求するような政策になるのは仕方がないが、本当にやるのか、やれるのかよく分からない。

 

 私たちは2009年衆院選挙でそういう人心ワシづかみのばら撒き政策のえげつなさにさらされた。そしてまさかの政権交代を体験した。政権を奪ってしまうと

途端にマニフェストとかいう約束の公約は反故にされ、政権移動の是非を問う解散再選挙は拒否され、政治漂流が続いた。忘れろったって忘れられない。その政治混乱のさなかに東日本大震災と言う未曾有の災害に見舞われた。

 

 新聞もテレビも野党に向かって政権批判の受け皿になれと絶叫している。

政権は強大な権力を持っているのだから批判にさらされるのは仕方がないが、野党に向かって批判の受け皿になれとテコ入れするのはちょっと解せない。

 それより野党が掲げる政策が実現性も財政的裏付けもない票集めの詭弁になっているところを厳しく咎めることを忘れないでもらいたい。

 

 川柳「朝囀」借りた猫 選挙の時だけ ネズミ捕る  ()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月23日 (日)

演技する政治家にだまされるな!

 

俳優、高倉健さんが世代を超え愛され、その死が惜しまれるのは健さんが自分をありのままに役柄に乗せ、決して演じなかったからだと思う。

要するに自分を繕おうとしなかったことだ。そこにいるだけで存在感があった。演じない役者のすごさだ。

 

今の社会は子どものうちから演ずる大切さが強調され、それがいたずらに自分を繕うことにつながっている。その繕われた姿が個性と勘違いされ、学校での評価や入学試験、就職試験など人生の大事な場面で何の懸念もなく使われている。

だから、学校では子どもたちは幼いうちから「いい子」「よい子」であるよう一心に繕い、疲れ果てて壊れていくのではないか。

 

演じないことの素晴らしさ、繕うことのむごさというものをつくづく感じる。

健さんの朴とした自然体を改めて人々が憧れるのは、そういう人間の繕う場面のむごさに心を痛めているからだろう。へきえきとしているからだろう。

国会が解散になり総選挙がはじまる。演じることが最も得意な人たちの季節だ。汚れた手を真っ白い手袋で隠し、自分とかけ離れた演説をしてまわる。

 

やれもしない話を並べ立て、人々の心をワシづかみにしようとする。

そう言えば解散が宣せられた衆院本会議で議長が解散詔書を読み終わっていないのに一部議員が先走って「万歳!」を叫び、やり直すというハプニングがあった。

喜びだか、勇み心だか知らないが、演ずることに酔い痴れた「お調子者」たちの集まりであることをはからずもさらけ出してしまったようだ。

 

 お粗末な政治家たちだ。そんな人たちに「1票」を託すのは情けない。

しかし、そういって見限るにはあまりにも政治の力は大きく重い。

少しでもマシな政治家、政党を選ばないとこれ以上マシでない政治になったら困る。

 演じない、正直な政治家を1人でも多く選びだそう。

 

川柳「朝囀」「バンザイ」は 自らお手上げ 白い旗  () 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月20日 (木)

政治家、国民、記者…一番不勉強は政治家だ

 

 政治家、新聞記者や報道記者、国民と3者の中で誰が一番勉強不足か。

いきなり反発、反駁を買うようなバカなことを問い掛けるが、国会や地方議会をながめているとついついそんなことを考えてしまう。

 正解は政治家か、記者か、国民か、ご自分でお考えください。

 

 世の中のちょっとした知識人は、記者が不勉強だと言う。特に企業の経営者や幹部は経済記事に不満が強い。日銀の大規模緩和で大幅な円安と株高をもたらしたが、輸入品の価格高騰、バブルリスクと負の副作用に配慮した記事がない。地方の産業界は資金需要を喚起される環境になく、投機に向いたお金で資産バブルが起きて泣かされる羽目になる。そんな先を見通した記事がないからだ。

 

 それじゃあ政治家はどうだろうか。国会論戦の場を見ていると答えが見えてくる。

予算委員会など委員会質疑で質問に立つ議員のほとんどが新聞のコピーを携えており、3人に1人、いや2人に1人は臆面もなくそのコピーを読んで、孫引きして

「○○新聞が書いているが…真偽はどうだ」と迫っている。中には週刊誌の記事そのものを持ち出して質問する怠け者もいる。

 

 4日の参院予算委員会で社民党の吉田忠智党首が安倍首相に相続税3億円の脱税疑惑があると報じた2007年の週刊誌記事を引用して、「時効だが、自発的に納税してはどうか」と迫った。首相は「真実を確かめたのか。週刊誌記事で誹謗中傷するとは恥ずかしい」と激高、審議が一時中断した。新聞や週刊誌記事でメシを食っている堕落議員のひと幕だった。

 

 勉強不足を指摘される新聞記者や週刊誌記者が書いた記事、それを材料に国会論戦を挑む政治家、3段論法で言えば政治家の方が勉強不足ということになる。国民がその両者のどこに位置するか私たちそれぞれが自分で考えてみるしかないが、「お任せ民主主義」の世相を指摘されたらその位置は一目瞭然だ。

 政治家に「丸投げ民主主義」だと言われないよう何とかしないといけない。

 

 川柳「朝囀」 ブログ紙は 一人民主主義 やってます  (誠) 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月19日 (水)

有権者まどわすご都合主義の野党共闘

 

 こんなことを言ったら野党支援者からお叱りを受けるだろうが、野党は早くも敗戦濃厚だ。野党共闘の成否が解散総選挙の帰趨を決めるとばかり選挙区調整に血眼になっているが、それは政策や公約を後回しにし、有権者の選択肢をないがしろにしたもので、政治家のご都合主義そのものじゃないか。

 

 政策や路線が対立あるいは衝突する部分を棚上げし、つじつま合わせして選挙を戦う。それを選挙戦略だなんて言われたら迷惑だ。路線と言えば政党の存立基盤を支えるものであり、それを棚上げして選挙するとはごまかしというしかない。そういうつじつま合わせをして選挙しても必ず後の政治活動の中で衝突したり仲間別れを招く要因になる。

 

その瞬間に有権者が託した票はバラバラになり、自分の「1票」はどの党につながったのか分からなくなってしまう。民主党を中心にした今回の共闘のさぐり合いを見ているとそんな方向に向かっているように思えてならない。主導権をめぐる駆け引きものぞいている。みんなの党のように路線対立がむき出しになっている勢力もある。解党なり合流なり有権者を惑わすことのないようにすべきだ。

 

安倍首相の解散表明に対して「大義がない」「アベノミクスの失敗を隠す陰謀だ」とただ批判と反対のノロシをあげるだけだ。それでは野党共闘の肝心な政策のすり合わせなんか期待できない。「アベノミクスは失敗だ」と批判するなら自分たちのデフレ脱却策をキチッと示すべきだ。3本の矢の3本目「成長戦略」が欠けてるというなら自分たちの戦略を発表すべきだ。

 

特に民主党は深刻なデフレ地獄を招いた当事者じゃないか。「アベノミクスの失敗をすり替える解散だ」と批判するなら責任あるデフレ脱却策を選挙戦で示すべきだ。少なくともアベノミクス批判の論拠を示すべきだろう。

胸突き八丁のアベノミクスを確実なデフレ脱却につなげる経済・財政環境をつかむために国民の信を問いたい、という与党の主張の方が分かりやすい。

 

川柳「朝囀」共闘も お互いはらを さぐり合い  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月15日 (土)

「朝三暮四」解散だ…国民をサル扱いだよ

  安倍首相の本当の狙いがどこにあるかも分からないのに解散に名前をつけようなんて邪道だといわれるかもしれないが、あえてそれを試みる。

本欄は中国の古い寓話に因んで「朝三暮四」解散と命名する。

 

「朝三暮四」は昔、エサ代に困った狙公という男がサルに「朝三つ、夕方四つの橡の実にしたい」といったら歯をむいて怒った。「それなら朝四つ、夕方三つにしよう」といったらサルたちが大喜びした。目の前のことにとらわれる愚かを表わす話で、言葉巧みに人をだます意味にも使われる。まさに今度の解散劇では安倍首相こそ狙公、失礼ながら国民・有権者はサルそのものだ。

 

安倍狙公は国民に向かってこう言った。「消費税の10%への再引き上げは法で決まっているし、金庫番の財務省もその気だから予定通りやろうと思う」。それを聞いた人々は「これ以上あげたら生活できない」と怒った。そこで安倍狙公は「ヨシ、分かった。再引き上げは先延ばししてお前さんたちの重税感を和らげてやろう。解散するから私を支持してくれ」と手を打った。

 

自分の経済政策や財政運営の失敗による財政危機や国民生活の困窮化を消費税再引き上げの先送りによる重税感の軽減にすり替えて政権の立て直しを図ろうと企んだ。見事なまでの狙公ぶりだ。

消費税の再引き上げは反対だ。アベノミクスの成果の実感はない。そういって叫ぶ人々は「重税感を軽減してあげよう」に騙され「1票」を献上するのか。

 

消費税10%への再引き上げで実現するはずだった「保育所待機児童の解消」「介護保険料の軽減」「自動車取得税の廃止」などが軒並み先送り、あるいは見送りになってしまう。世間では「アベノミクスごまかし解散」だ、「増税逃亡解散」だ、「念のため解散」だ…と珍名奇名が乱れ飛んでいるが、さて、みなさんはどんな名称をつけるでしょうか。

 

川柳「朝囀」先送り 騙される人 騙す人  (誠)

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月13日 (木)

解散に大義あったタメシなし…解散より解体せよ

 衆院の解散風が吹きまくっている。

そして新聞、テレビは、相変わらず、「大義は何だ」「大義はあるか」の大合唱だ。

大義があって解散された例があるなら教えてもらえないか。

 かつては「バカヤロウ解散」というのがあったし、「自爆テロ解散」というのもあった。前回は「近いうち解散」というふざけたものだった。

 

 選挙そのものに勝てるか。政権が取れるか。主導権を引き寄せられるか。政権を起死回生させよう。10中8、9が政局がらみなのだ。大体、普段の政治が党利党略で国民のことなんかまるで眼中、いや念頭にないのだから仕方がない。今回だって安倍首相は来年10月に予定されている消費税率10%への引き上げを先送り、その是非を国民に問うために解散するのだという。

 

 それを新聞、テレビがシナリオだの筋書きだのといってまともな話にしている。

でも、よく考えてもらいたい。消費税率10%化は「社会保障と税の一体改革」としてすでに選挙の洗礼を経て法律決定している。経済状況を勘案して引き上げをすることにはなっているが、その判断は政権にゆだねられているのであって、重ねて国民に是非を問うのは責任転嫁だ。大義じゃない。

 

もしかすると消費税率問題は表向きの話で本当の理由は他にあるのではないか。原発再稼働や集団的自衛権の関連法審議などむずかしい政局運営もあるが、それより「政治と金」の問題で女性閣僚が連続辞任に追い込まれるなどして政権がつまずいたことが大きい。300議席をあまり減らさない環境の中で解散に踏み切り、崩れかけた長期政権の筋道を立て直そうとしているのではないか。

 

いや、解散に踏み切らせる背景としてはこっちの方が重いかもしれない。それは「拉致」問題だ。2000年の小泉訪朝団の責任者だった時から関わってきた。被害者家族会の懸念をはね退けて強行した訪朝がほとんど成果がなかったこともあるが、今後もたらされる報告があまり「芳しくない」のではないか。だから、解散して政権の足固めを先行させておきたいという判断ではないのか。

 

川柳「朝囀」ありもせぬ 大義なんかを 詮索し  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月12日 (水)

APEC首脳の集合写真…安倍首相の後列配置は嫌み

 

 中国のAPECに出席した各国首脳の記念写真でわが安倍首相の立ち位置は後列のインドネシア大統領の後ろ、パプアニューギニア首相の隣だった。

 別にインドネシアやパプアニューギニアを見下すわけではないが、何だか寂しげな位置に置かれたなと正直思った。たかが写真じゃないかと思い切れない。

 

 この手の記念写真はれっきとした権威、権勢の表明みたいなところがある。

ホスト国がそれぞれの国や首脳をどの程度の位置においているかを示すものだ。

たかが写真、されど写真なのだ。ホスト国、中国の習国家主席をど真ん中に左右にオバマ米大統領、プーチン露大統領と置いたのは現実の国力、影響力からみて仕方ない。習主席には両大国を両脇に従えたという思いさえただよう。

 

さて、わが安倍首相の立ち位置だが、就任以来、首脳会談も拒絶され断絶状態だったのだから、後列は甘んじて受け入れよう。でも、習主席の後ろはマレーシア首相と豪州首相で、そこからさらに中央から外れた位置になった。

前列にブルネイ国王、韓国大統領、フィリピン大統領、チリ大統領などが位置どったのを見るにつけ、小憎らしいほど日本の位置づけに冷ややかだ。

 

その前に習主席が各国首脳を握手で出迎えた際、安倍首相の時だけ背景に国旗がなかった。人民日報の報道も各国首脳の場合は「会見した」と書きながら、安倍首相の場面だけ「求めに応じて会見した」と書き、嫌々ながら首脳会談に応じたという印象づけをしようと腐心していた。隣国同士だから、仲良くしなければならない。首脳会談に勝ち負けなし―と昨日書いた本欄だが少し苛立ちを覚える。

 

えらい学者や大評論家は小異を捨てて大同につけ、つまり小さなことにこだわるなというが、私たちはその小さなことしか分からない素人なんだ。その小さな私たちの威信を傷つけるような政治は受け入れられない。

いい気になっていればいつかは必ずわが身危うしだ―ダモレスクの剣が待っているぞ! それくらいの根性で外交を展開してもらいたい。

 

川柳「朝囀」習ちゃんは あっち向いてホイ おじょうずね  (誠)

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月11日 (火)

日中首脳会談に勝者も敗者もない

 

 日中首脳会談から一夜明けると新聞、テレビは「笑顔なき握手」だの、「無表情会談」だのと、冒頭の握手シーンをめぐる観測に焦点を当てた。

こわばった2人の出会いを気遣い,面白がり、「信頼」に戻る道のりの遠さを印象づけることに紙面と時間を費やした。

 

つい2、3日前まで歴史認識や尖閣諸島をめぐって憎悪をぶっつけてきた相手が目の前に現われた。ニコニコ、愛想をくずして手を差しのべられるか。

大国を率いるリーダーがそんな軽薄さだったら信頼できないだろう。いや、そんな多重人格者を新聞やテレビは信頼しているというのか。

習近平主席にも硬い表情にならざるを得ない事情があっただろう。

 

初めてのAPEC首脳会合のホスト役をつとめる。成功させたいという気負いもあっただろう。国家主席就任から2年近く握手も対話もしていない安倍首相に会うとなれば緊張感もあっただろう。

それに国内には会談に反対や慎重論があり、ニコニコと握手したらすぐに反発を買ってしまう。そうしたことに配慮しての保身もあっただろう。

 

日本側がおもねたのか、中国側が妥協したのか。勝者は安倍首相か、習主席か。そんな話まで出ていた。そんなこと問うまでもないだろう。日中が断絶状態になったのは安倍首相の靖国参拝強行と野田前首相の尖閣国有化強行が引き金だった。尖閣は陸、海、空3方から一触即発の危機に瀕するなど万一を心配せざるを得ない状態になった。安倍首相はあらゆる手を尽くして会談にたどり着いた。

 

中国側は信頼厚い福田康夫元首相らの仲立ちにこたえる形で会談を実現させた。少なくとも安倍首相は「首脳会談を実現させた」とは胸を張れない。自分の思いを満たすことを優先させた安倍首相、日中の歴代指導者の合意を踏みにじった野田元首相、思慮を欠いた政治姿勢という点でいずれも勝者ではない。そういう軽率な政治家をリーダーとして続いていただく不幸こそ嘆くべきだ。

 

川柳「朝囀」すね蹴った 方が謝れ 言うみたい  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月10日 (月)

いよいよ日中首脳会談…もっと政治に思慮を!

 

 いよいよ今日、日中首脳会談が開かれる。

土曜日から日曜にかけてテレビも新聞も上や下への大騒ぎだ。

 「へ~え、そんなに心配していたのかねえ」「そんなに気遣っていたのかねえ」。正直、そう思った。

 

 隣国の首脳同士がお互いに就任以来2年近くも会談していないなんて異例、いや異常きわまることだ。国境が低くなり、あるいはなくなって「ふだん着外交」の時代だというのにどうかしている。G8だG20だという国際会議の席で視線を反らし、言葉も交わさないなんてよく堪えられる。そんなことを続けていれば誰だって心の中は疑心暗鬼、いや憎しみや忌避感が巣食ってしまうだろう。

 

日中関係が冷え切ったのには日本は大いに反省しなければならない。

震源ともいうべき靖国参拝は安倍首相の思慮に待つしかないが、これだけ疑念と反発を招いているのだから慎むべきだろう。英霊に尊崇の思いを伝えるという首相の思いが国交断絶状態を招いたことは「私ごと」では済まされない。不戦の誓いと慰霊が戦争への追慕と受け止められていることへ思いをいたすべきだ。

 

尖閣諸島についても見解に違いがある中、国有化によって領有権問題に火をつけたことを素直に反省すべきだ。元々、日中の歴代指導者が苦悩の末に到達した「将来世代が分かり会ってゴールが見えるまで棚上げにしておこう」という合意を今一度確かめ合うべきだろう。事前の通告も話し合いも抜きにした当時の野田佳彦首相の乱暴な国有化は責められても仕方がない。

 

不測の事態の発生も危惧される今、危機管理に向けて日中双方で心を砕く必要がある。尖閣国有化の強行で日中関係を断絶状態に追い込んだ野田政権の民主党が「2年近くにわたってアジア外交が凍結状態なのはいかがなものか」と安倍政権を牽制するような茶番は止めにしてもらいたい。日中首脳会談再開に向けて野田元首相から何らかの釈明があってもいいだろう。

 

川柳「朝囀」再開を 再会のごと 狂喜する  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月 5日 (水)

オバマ民主党惨敗、国民のいらいらに倒される

 

 評価と批判が交錯する2期目を乗り切るのは幸運と奇跡しかない。

オバマ米大統領はやはり国民のいらいらの波間に沈んだ。ノーベル平和賞に輝いた栄光は「一つのアメリカ」の叫びさえ守ることができなかった。乗り越えたはずだった「人種」の影が再び忍び寄っているような寂寥感も感ずる。

 

 わるい時というのはわるい条件が重なるものだ。

2期目のど真ん中、オバマの支持率が最低水準の中の中間選挙だった。

それに加えて次々と打ち出す経済政策は景気回復を国民に実感させなかった。

失業率の改善など目覚ましい成果をあげてもそれを共和党にかき消された。

砂上に城壁を築くような悪戦苦闘が続いた。

 

そこに共和党の攻撃の的にされるようなことが飛び出してくる。

中東の過激派組織「イスラム国」、エボラ出血熱対応などをめぐってオバマの指導力や危機管理能力は厳しく問われた。その不安をことさら喧伝され弱体政権をさらされていった。動けば動くほど共和党の攻撃の芽にさらされた。看板政策である、国民皆保険をめざす医療保険制度(オバマケア)への攻撃は致命的だった。

 

 個人負担が増える悪制度だというマイナス宣伝を最後まで打ち消せなかった。

民主党の主要な支持層である若者や女性の支持離れにつなげられた。

 6年前初の黒人大統領を誕生させたあの熱気、それも将来に夢をつなぐ若者や女性に支えられた情熱が失われては、大きなエアポケットしかない。

期待が大きければ、支持率が高ければ落ちる時は急だ。落差は大きい。

 

強いアメリカ、内向きのアメリカを選択した米国はどんな将来を描いているのか。

アメリカを含め大国が指導力を弱めている中でどんな世界戦略を描いているのか。

日米関係に影響ないというがTPP交渉など従来に増して厳しく出てくるだろう。

 熱は冷める、ブームはしぼむ…人の世の定めだが、国を導く者は常に心に刻んでおかねばならない。わが国の政治家にはそう望みたい。

 

 川柳「朝囀」 民主党 野に下って お付き合い  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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サンゴ密漁の中国漁船、避難してきても上陸させない。当然だ

 中国のサンゴ密漁船が小笠原港に避難しようとしても上陸させないと言った太田国交相発言をめぐって人道問題だとネット上が騒いでいる。

犯罪行為への警告であり、台風に対しても十分に時間的余裕を持っての忠告だから、人道に反するどころか配慮の行き届いた措置だ。

 

太田発言を批判する人たちは多分、強風高波で命に危機が迫っている中国船員たちを見殺しにでもすると考えているのだろうが、そうならないように事前に然るべき避難行動をとるようにという老婆心だ。仮に荒波にもまれて生死の境目をさ迷うような事態になっても救いの手も差し伸べないような非人道な国民ではない。そんなことも分からないで騒いでいるのか。

 

海上保安庁の調査では中国のサンゴ密漁船は3日時点で205隻にも上っていることが分かった。外国船の操業が禁じられている排他的経済水域の中だという。再三の警告を無視して違反操業を続けるばかりか、中止を求める小笠原漁民との間で争いも起きているという。そんな数の密漁船がいっぺんに小笠原港に避難寄港してきたら大混乱だし、万が一の時に救助もできない。

 

それなのに「人道問題だ」なんて言っている神経が分からない。

領海内を密漁で荒らされた上、文句も言わず救いの手を差し伸べろ…なんて人のいいことを言っているなんて脳天気もはなはだしい。

そんなことを言っているからつけ込まれる。尖閣諸島での領海、領空侵犯にしてもわが国の弱腰外交を読み込み済みの蛮行ばかりじゃないか。

 

命がほしけりゃ自分の責任で現場海域から退避しろ! 盗みを働いたあげく、災害に見舞われた船員を助けるのは当然だ…なんて勝手なことは言わせないぞ! そういう声をあげるべきだ。人道、人道…といって「1億総善人」を気取っている間に日本列島は水際まで攻めこまれてしまったじゃないか。

国家の威信はどこへ行ってしまったんだ。

 

川柳「朝囀」盗っ人も 5分の正義 あるという  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年11月 4日 (火)

単純ミス、点検忘れ、犯意なし…よくもぬけぬけと

 

 「単純ミスだ」「勘違いだ」「点検忘れだ」「他意はない」「犯意はない」…政治資金でやり玉にあがっている政治家とその周辺から飛び出している言い訳を新聞紙面から拾ってみた。黙っていればいい気になって…そんな逃げ口上ばかり並べて恥ずかしくないのか。国を背負う国会議員じゃないか。

ばかにするのもいい加減にしろ!

 

些細なことだと言わんばかりに「ミス」の上に「単純」をつけ、「点検忘れだ」なんてよくもぬけぬけと言ったもんだ。ごまかしがバレないように点検するのを忘れたと言ってるように聞こえるがどうだ。犯意があったかどうかは司直が調べることだ。犯意があったら大変じゃないか。私たちは詐欺犯だかコソ泥を養うために命を縮め税金を納めてることになっちゃうじゃないか。

 

改めて分かったことは政治家の姿はしているがみんな金と権力のお化けだ。選挙の時にはへりくだって「票」のおねだりはするが、当選してしまえば見向きもしない。人々が寝静まっている時間に地元入り、眠っている間に東京に戻る夜行性動物だ。その間に企業といわず個人といわず巧みに言い寄って金づるにして巨万の富をかき集める。巧みな錬金術師だ。

 

手を広げ過ぎて金の管理も自分ではできない。私設秘書を大勢雇ってつじつま合わせをさせる。まかせっきりだ。中には粗忽な秘書もいて、キャバクラで金づるをもてなした領収書や女性秘書にプレゼントした下着の領収書を添付してしまったりする。悪事がバレれば「秘書が」「秘書たちが」と逃げ回り、それでも済まなければ「修正」「訂正」「書き変え」となんてもござれだ。

 

野党議員も同じことやってるからまともに追及できない。世の中もせちがらい。「1票」が軽くなって些細なプレゼントに動かされる向きも増えている。そんなところに目敏い政治家は巧みに贈り物攻勢をかけて票も心もわしづかみにする。なぜ東京ではウチワが人気なのか分からないが、爪切りや靴べら、タオルなどが飛び交っている。民主主義も安っぽくなったもんだ。

 

川柳「朝囀」あゝ哀し ウチワで舞い散る この1票  (誠) 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

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2014年11月 3日 (月)

樹木希林さん叙勲おめでとう…あっぱれだね

 道ひとすじというけど功遂げ名を成すのはひと筋縄ではいかないんだな。

秋の叙勲受章者を紹介した今朝の新聞を読みながらそう思った。

位に違いはあるが、そのひと筋の生涯に打ち込んだ汗と涙に違いはない。

階級か、文化か…などと言わず、心から受章をたたえたい。

 

日夜、国のために体を張って国防に身を捧げている自衛官、最近は大災害の救援復興にはなくてはならない存在だ。昇進栄達などには目もくれずひたすらへき地で医療に献身する医師、子ども一人ひとりと向き合って魂を捧げる教師、社会の一隅にあって弱き人、恵まれぬ人たちに愛情を注いでいる介護士や福祉士、保護司…もっともっと勲章をあげたい人たちばかりだ。

 

受章の喜びの言葉にも人柄がにじみ出ている。

「おそれ多いことです」「好きな道を進んできただけなのにもったいない」「叙勲にふさわしいことをてきたかな」「もっと頑張らなくちゃ…」。みんな控え目だ。

中でも俳優、樹木希林さんの受章の弁は人柄がしのばれる。「天災や人災、疾病の世の中で、どういう気持ちで受け取ればいいのかちょっと戸惑いました」。

 

その多芸さと超個性派ぶりは語るまでもないが、「すべて成り行きまかせ」と語る謙虚さがこの人の芸域を広げてきたのだろう。成り行き―と言葉ではおっしゃるが、その奥は「役者は世の中の何かを自分の体を使って映し出すものと考えている」と語る通り、人知れぬ悪戦苦闘のひと筋だったことがうかがわれる。

こういう人の叙勲はうれしい。

 

勲章がともすれば階級序列の象徴と見られがちな中で文化の一部、生活の一部という清々しいものにしてくれるからだ。七面倒くさいことを言うが、民主主義の時代にあっては国民から愛される勲章でなければならないわけで、その点で国民に溶け込んだ樹木さんのような受章者がもっと増えるのが望ましい。社会に明かりを灯し燃え尽きる一本のロウソクのような人に受章の機会を増やしたい。

 

川柳「朝囀」スキャンダル それでも勲章 待っている (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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