演技する政治家にだまされるな!
俳優、高倉健さんが世代を超え愛され、その死が惜しまれるのは健さんが自分をありのままに役柄に乗せ、決して演じなかったからだと思う。
要するに自分を繕おうとしなかったことだ。そこにいるだけで存在感があった。演じない役者のすごさだ。
今の社会は子どものうちから演ずる大切さが強調され、それがいたずらに自分を繕うことにつながっている。その繕われた姿が個性と勘違いされ、学校での評価や入学試験、就職試験など人生の大事な場面で何の懸念もなく使われている。
だから、学校では子どもたちは幼いうちから「いい子」「よい子」であるよう一心に繕い、疲れ果てて壊れていくのではないか。
演じないことの素晴らしさ、繕うことのむごさというものをつくづく感じる。
健さんの朴とした自然体を改めて人々が憧れるのは、そういう人間の繕う場面のむごさに心を痛めているからだろう。へきえきとしているからだろう。
国会が解散になり総選挙がはじまる。演じることが最も得意な人たちの季節だ。汚れた手を真っ白い手袋で隠し、自分とかけ離れた演説をしてまわる。
やれもしない話を並べ立て、人々の心をワシづかみにしようとする。
そう言えば解散が宣せられた衆院本会議で議長が解散詔書を読み終わっていないのに一部議員が先走って「万歳!」を叫び、やり直すというハプニングがあった。
喜びだか、勇み心だか知らないが、演ずることに酔い痴れた「お調子者」たちの集まりであることをはからずもさらけ出してしまったようだ。
お粗末な政治家たちだ。そんな人たちに「1票」を託すのは情けない。
しかし、そういって見限るにはあまりにも政治の力は大きく重い。
少しでもマシな政治家、政党を選ばないとこれ以上マシでない政治になったら困る。
演じない、正直な政治家を1人でも多く選びだそう。
川柳「朝囀」「バンザイ」は 自らお手上げ 白い旗 (誠)
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