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2014年12月

2014年12月30日 (火)

公表を現場いじめに使うな! 学力テスト騒ぎ

 

 学力テストの結果を公表するか否か、扱いは教師や学校にゆだねたらどうかと書いた本欄(12月11日)にさまざまなご意見をいただいた。この問題にいかに多くの人々が不安、関心を寄せているか、改めて思い知らされた。やり直しがきかない教育のことだからそれは当然だとは思いながらも毅然としているようでグラグラしている文部科学省への不信感をぬぐえない。

 

最初に結論めいたことを書くことを許していただけるなら、私が公表するか否か、扱いを教師や学校にゆだねたらどうかと書いたのは、学力テストの趣旨は子どもの学力到達度を調べ授業や教育行政に生かしていこうといところにあり、そのことに直接携わる教師や学校がどう活用するかが大切だと考えるからだ。 

文科省も為政者も統率、支配の道具として利用してはならない。

 

「学力」「テスト」というだけでわが子、わが学校の成績を知りたがる国だ。文科省をはじめ都道府県・市町村教育委員会は公表による序列化や学校間競争などの弊害が生じると気遣って公表に足かせをはめたがる。一方、教育現場に対する責任をどう自覚しているかの問題はあるが、都道府県知事や市町村長の中には情報開示の原則、特に税金を使った調査だから公表が当然だと主張する声もある。

 

それは教育現場、教師の責任追及の場にしようという懲罰思考、権力志向の一端ともみえる。教育は長い時間をかけてその成果が現われるものであり、単年度主義に沿ってその成果が求められる行政とは異なることを無視した為政者の横暴だとさえ思う。文科省、教育委員会と為政者との間でやり合うその先で教師や学校、子どもたちが無視されている公表バトルは異常そのものだ。

 

現在の文科省の都道府県別の公表でさえ序列化を煽る元になっている。ほかに学習塾情報や入試情報など混乱の要因はいくらもある。混乱といえども程度問題で、現場の教師は公表結果をそれなりに受け止めて授業力アップに取り組んでいる。学校、教師はそれだけ負担が増すことになるが、そのためには多忙感の解消などを図る必要がある。そういう教育行政を進めるのが教育委員会の仕事だ。

 

 

川柳「朝囀」 公表を 現場いじめの 道具にし (誠) 

 

 

 

 

 

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2014年12月27日 (土)

生活の党と山本太郎となかまたち? ふざけた党名だ

 

党名「生活の党と山本太郎となかまたち」、党代表・小沢一郎。

小沢一郎さんが政党助成金をもらうために遮二無二、議員1人を確保してこんな党名を総務省に届け出た。公序良俗に反しない限り政党名なんか何でもいいんだ。この国の国政はついにここまで来てしまった。

 

 生活の党の小沢一郎代表が党員5人の政党要件をそろえるため無所属議員らの誘い込みをしていると本欄で書いたが、ついに園遊会で直訴状騒ぎを起こした山本太郎参院議員を仲間に囲い込んだ。政党の名前を変えてでも政党助成金にありつきたいと言っていると言われたが、その通り党名変更をした。政治をやることよりも金を手にすることが目的だと言われても仕方がない。

 

制度としてある助成金をもらって何がわるいんだ…という声もあるが、新しい党名にもびっくりだが、「…山本太郎となかまたち」とは驚いた。少なくとも大自民党の幹事長をつとめ、5年前には政権交代をやってのけた大政治家が政党助成金をもらうためになりふり構わずの政党合流をやった。その足あとからすれば想像もできないような党名じゃないか。

 

政党助成金は1月1日を基準日として算出、交付されるからギリギリ間に合った。議員を最低5人確保さえすればもらえるという決まりもいい加減だが、「もらわにゃ損だ」という政治家の卑しい魂胆が気になる。あけすけに受領資格を整えようというのではなく、人知れず静かに、「より良い仕事をするために利用させていただく」という謙虚な姿勢で取り組んでもらいたいのだ。

 

人のふところに入るお金のことをああこう言うのは少しばかり気が引けるが、赤ん坊を含め全国民が負担する税金が原資の政党助成金だから無視はできない。毎年、総額で320億円にも上る。この老政治家を国会に送り続けている地元選挙区の人々に聞きたい―この政党名、ふざけていませんか。それでも「オラがセンセイ」ですか。政治をまともに論ずるのもバカバカしい。

 

川柳「朝囀」金のため その誓いだけは 不変です (誠)  

 

 

 

 

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2014年12月26日 (金)

江田さんに留守託した橋下さん…足あとを知らないの?

 

 

大阪都構想実現のためとはいえ、橋下徹大阪市長、よくぞ留守を江田憲司氏にあずける気になったものだ。共同代表の一方とはいえ、過去の政治遍歴を考えれば信頼して党を預けられるような政治家ではないだろう。橋下市長の本心は一体、那辺にあるのか。しばらくは観察が必要だ。

 

江田氏と言えば2009年自民党を離党した渡辺喜美氏の「みんなの党」結成に加わったが、自らの野党路線を強行して除名処分となった。すると同志を率いて「結いの党」を結成し自ら党首におさまった。第三極路線を貫いて政策後回しで橋下氏の「日本維新の会」と合流、「維新の党」を立ち上げて共同代表におさまった。足あとをたどれば常にお山の大将をめざし、なりふり構わない執念の政治家だ。

 

政敵の動きを見るに敏な橋下市長が何の警戒もためらいもなく江田氏に留守をまかせたとは思えない。どこかに自爆装置かオトリ、あるいは隠しカメラが置かれているに違いない。執行役員会で共同代表を辞任した後、江田氏から「最高顧問」に任命された橋下市長が「冗談でしょ。僕の年齢で最高顧問なんてあり得ない」と真顔で怒ったそうだ。

 

最高顧問と言えば単なるお飾り、いてもいなくてもいいというポストだ。

規約にあるポストだからお願いした…と江田氏は取り合わない。もしかすると橋下市長は心の隅に「しまった!」「最高顧問なんていってハシゴを外してしまう気だな」という不安がよぎったかもしれない。大阪都構想がポシャれば政治生命もなくなってしまう橋下市長にしてみれば、それでも地元活動を後回しにできない。

 

橋下「日本維新の会」なら乗っ取り可能とみた江田氏の読み勝ちになるのか。それとも橋下市長の仕掛けたオトリ、隠しカメラに江田氏が引っかかることになるのか。「いや、橋下市長は江田氏の心中はすでにお見通しで、やがて戻ってきても長居はしない。『維新の党』なんかには見切りをつけて別の新党を旗揚げして江田一派におさらばじゃないか」と大阪の事情通は楽しんでいる。

 

川柳「朝囀」けもの道 キツネもタヌキも 分からない  (誠) 

 

 

 

 

 

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2014年12月24日 (水)

志あるよでないよな初登院…新入生みたいだった

 

特別国会が召集され、先の衆院選で当選した新人議員43人の初登院が新聞、テレビでにぎやかに紹介されていた。国会議事堂に向かって深々とお辞儀をして歩み出す人、お父さんかお母さんか分からないが並んで記念写真を撮ってもらう人、同郷か大学時代の同僚か「久しぶり」と声を掛け合う人…大学の入学式、同級会で目にしたことがあるような風景が続いた。

 

 地方の新聞、テレビ局だろうか、郷里の若手議員を呼び集めて「初登院の印象は?」「決意を教えて」「イブの初登院ですね」と取材攻勢とカメラのシャッター音を響かせていた。インタビューに答える声もみんな弾んで、滑らかだった。議事堂の入り口で係から胸にぴかぴかの議員バッジを付けてもらう時にはさすがに背筋をのばし、国を背負う決意を新たにしていた。

 

「小学校の修学旅行で訪れた時の国会議事堂より何だか小さく感じました」「本会議場はさすがに荘厳な雰囲気でした」。そんな感想を残して秘書にうながされるように議員会館の自室に戻っていった。小学校に初めて入学したときの新入生とあまり変わりはない。正直、そんな印象ばかりが残ったが、議事堂の主のような先輩議員のズル賢さは見習わないでほしいなと思う。

 

国会議員になったからといって何も地方を見下ろす立場になったのじゃない。地方の声を国政にとどけるのがまず初歩だ。そのためには人々が寝静まった時間帯に地元と東京を行き来するようなフクロウ議員になって欲しくない。

批判するばっかりじゃだめだ。批判するなら自分ならこうするという対案、代案をキチッと示せるような国会議員になってほしい。

 

2、3年かけて一人前になればいい…そんな話に耳を貸してはだめだ。あなたたちが一人前になる養成料だか授業料を提供できるほど私たち国民は余裕はない。

今日から、今から一人前の国会議員としてやってもらわないと困るんです。

もう一度お願いする。国会議員なんです。党利党略じゃない、国益最優先です。今日の初登院で心に刻んだ初志を忘れないでいただきたい。

 

川柳「朝囀」こころざし あるよでないな 初登院  (誠)

 

 

 

 

 

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実現できるのか…理想詰め込んだ大学入試改革答申

 

人物や思考力を総合的に評価する大学入試へ改めよ、と中央教育審議会が文部科学大臣に答申した。実施は今の小学3年生が高校3年になる6年先だが、理想を詰め込んだ改革案の実現には首を傾げざるを得ない。文科相も聞きっ放しにはできないから大変だ。高校や大学の入試や教育改革審議に長い間かかわってきた者として感ずるがままを述べてみたい。

 

センター試験を廃止して基礎学力テスト、学力評価テスト、大学ごとの個別試験の3本立てにし、学力評価テストは年に複数回行うという。テストを重層的に行うことにより知力、学力を厳密に探ろうという意図は分かるが、これまで以上に知識、知力偏重の教育に陥る危険がある。高校はもちろん中学までもテスト漬けに追い込んでいく心配がある。

 

思考力や発想力を評価するという考えは学力偏重からの脱却が狙いだろうが、どう評価するが問題だ。間違いなく入試の難問奇問化につながる。元のもくあみだ。人物評価の名のもとに集団討論やプレゼンテーションが想定されているようだが、自己表現に長けた者と奥手な者と分離する微妙な17、8歳にそれが真の人物評価に直結するかどうか疑問がある。

 

また、人物評価には面接なども重視するとしているが、何万人という受験生を対象にするとなれば莫大な時間とものすごい数の面接官が必要になる。きちっと評価できるような面接官をそんなに確保できるのか。1人5、6分という面接で人物の何が分かるのか。現に就職試験の面接が就職情報業者の作ったマニュアルで行われている。その二の舞にならない保証はない。

 

大学外の巨大な受験組織に頼らなければならなくなる。つまり、今まで以上に予備校や学習塾に依存した受験社会が生まれる。その先は難関大学とそうでもない大学との二層化を招くだろう。それは経済的に恵まれた者がより有利な社会を意味する。大学入試、大学がすべてのような社会を出現させ、大学に進まない者との間の教育格差も心配だ。学力偏重のゆがんだ社会を招いてしまう。

 

川柳「朝囀」改革と いう幻想が 墓穴掘る  ()

 

 

 

 

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2014年12月22日 (月)

もらわにゃ損だ…小沢さんも狂奔する政党助成金

 

生活の党の小沢一郎代表が政党助成金を受ける資格をそろえるために無所属議員らの誘い込みをしていると聞いて思った。衆参合わせて4人では受領資格に1人足りないからだが、政党の名前を変える、つまり得意の解党・新党結成も辞さないという辺りを考えると金を手にすることが目的なのか、政治をするのが目的なのかちっとも分からない。

 

制度としてある助成金をもらって何がわるいんだ…という声もあるに違いないが、議員を5人確保さえすればもらえるという決まりに誘惑され、「もらわにゃ損だ」という卑なる空気が漂っている。あけすけに受領資格を整えようというのではなく、「より良い仕事をするために利用させていただきたい」という謙虚な姿勢で取り組んでもらいたいのだ。

 

生まれたばかりの赤ん坊を含めて国民1人当たり250円の負担になる税金から支弁し総額で毎年320億円にも上る。政党助成金だから政党に所属しない議員、つまり無所属議員はもらえない。議員1人当たりにすれば5千万円近い額だから欲しくなるのも分かる。だが、それをもらうことが目的になってしまって政治理念や政策などお構いなしに政党に名を連ねるという一面もある。

 

かつては自民党の中枢で権力をほしいままにし、その自民党の処遇をめぐって反旗をひるがえし、政権を奪って怨念を晴らしたほどの実力者が政党助成金にありつくために議員勧誘に走り回っているとは寂しい。うら悲しくさえある。

地元選挙区の人々は今回どんな思いでこの老政治家を国会に送り出してきたのだろうか。政党助成金を得るために議員集めをする姿を想像しただろうか。

 

「政治と金」の話は解散総選挙で吹っ飛んでしまったが、税金から無条件に政治資金を差し出す、一見、甘い大盤振る舞いのようにみえるが、その実は政治家の「卑なる心の底」をあぶり出すむごい仕掛けなのだ。政治家は口を開けば「政治には金がかかる」というが、当選するため、バッジを付け続けるため、つまり選挙に金がかかっているのだ。くやしかったら政党助成金を廃止することだ。

 

 

川柳「朝囀」政治より 資金もらいが 気にかかり  (誠)  

 

 

 

 

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2014年12月19日 (金)

疑わしきは罰せずでいいのか、東京五輪にも響くぞ!

 

 疑わしきは罰せず―本当にそれでいいのか。

八百長試合の疑いがかかっているサッカー日本代表のハビエル・アギーレ監督を続投させようという日本サッカー協会はあまりに楽観主義だ。「シロ」と出る読みがあるならまだしも、「クロ」と出たらどうする。判断が甘かった、いや、ことは監督個人のことだから…と言い逃れするわけにはいかない。

 

フェアプレーが命のスポーツ界、それもナショナルチームの監督にふりかかっている疑惑だ。世界のスポーツ界が成り行きを注視している。6年後に控える東京オリンピックへの期待や評価にも直結する。「運がわるかったね」「まずいクジを引いちゃったね」といって同情してくれるとでも思っているのか。いや、東京オリンピックまで影響するなんて考えてもいないだろう。

 

ことはサッカー界だけの問題ではない。疑わしきは罰する―という厳格さをもって臨まなければならない問題であり、その時期だ。情報を集めながら静観する。ことはそんな悠長な事態ではない。オリンピックはもちろんさまざまな国際競技の誘致に疑惑をかけられたり、敬遠されたりという事態はいくら心配しても足りないくらいだ。これまでわが国が営々と築いてきた信頼基盤を失ってしまう。

 

多分、日本サッカー協会の幹部たちの心中は「シロ」であってほしいという一念だろう。しかも、その底にあるものは監督選任のヘマや責任を問われることへの恐れだろう。それは違う。それを恐れるならなおのこと、早いうちに断を下した方がいいのではないか。もう現段階でサッカー界への不信や不満は相当なものがあり、協会の断を決して早過ぎるとは言わないだろう。

 

まだ起訴されたわけではないし、有罪と決まったわけではない。協会幹部の本心はそこにあるようだが、「子どもたちの夢、希望そのもの」というサッカーが八百長事件にまみれていることを重視すべきだ。繰り返すが、疑わしきは罰す―疑わしいからこそ厳しい処罰で挑むということであるべきだ。その判断ができないようではラインズマンやレフェリーの誤審も注意できない。

 

 

川柳「朝囀」協会は いつになったら 旗あげる (誠) 

 

 

 

 

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2014年12月18日 (木)

ぐずぐずするな、ケジメつけろ! アギーレ疑惑

 

 静観―この言葉は行動を起こさないで、事態の成り行きをそっと見守るという意味だが、反対の意味もある。問題の奥に隠された本質を見極めるという、どちらかといえば動の意味だ。私たちはほとんど前者の意味で「ここは静観だ」「事態を静観する」などという。行動がとれない苦渋の時の便利な言葉だ。

 

 サッカー日本代表のハビエル・アギーレ監督がスペイン1部リーグ・サラゴサ監督時代の八百長疑惑でスペイン検察当局から告発されたことを受けて、日本サッカー協会が発表した「静観」は前者の意味だ。疑惑が立件され、つまり起訴された段階が処分の折り目になっているわが国だから、まだ起訴されたわけではないし、有罪と決まったわけではないから、静観するしかないという判断のようだ。

 

法的に考えればそれで間違ってはいないし、それしかないとさえ言える。

だが、ちょっと待っていただきたい。ことはフェアプレーが生命のスポーツの世界のことであり、それも日本代表の監督にふりかかった金にからむ疑惑だ。「子どもたちの夢、希望そのもの」(日本サッカー協会副会長)であり、八百長事件がささやかれるようでは影響が大きすぎる。

 

疑わしきは罰せず―の精神は大切だが、疑わしいからこそ厳しい処罰で挑むということがあってしかるべきだ。オフサイドを自分から言いだす選手はいないが、線審や主審の厳しい判定は絶対のサッカー競技だ。この八百長疑惑、いわばオフサイド疑惑には大仁邦弥協会長をはじめとする協会幹部の英断しかない。

いつまでも静観しているのではなく、危機意識を持つべきだろう。

 

疑惑を背負ったままでは監督自身が精緻な指揮がとれるわけがない。

選手たちも心にモヤモヤするものを抱いてプレーするのではやりきれない。

もちろん私たちファンも子どもも心から声援をおくることができない。

監督選考のミスを追及されることを恐れて判断が後手後手になることが一番まずい選択だろう。清々しない気持ちで試合を見たくない。

 

川柳「朝囀」線審が 旗をあげずに お手あげか  (誠) 

 

 

 

 

 

 

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2014年12月17日 (水)

当選2議席の大政党…不気味な小沢政治

 

大苦戦の末に辛うじて首がつながった生活の党の小沢一郎代表(岩手4区)が記者会見して、政権担当能力のある受け皿を作るために全力をあげたいと語ったと新聞、テレビが伝えている。律儀というか、親切というか、いや、余計な話だとおっしゃる向きもあるだろう。

 

だって、今回の衆院選では当選者は小沢代表を含めてたったの2人だ。参院議員の2人を含めてわずか4人の党、いや政策集団に過ぎない。報道する意義があるとすればその権力亡者の凋落ぶりだけだろう。かつて民主党を率いて力ずくで政権奪取に成功したこともある。若い女性政治家を大勢抱え、それが「小沢ガール」「小沢チルドレン」の名で一世を風靡したこともある。

 

竹下登首相の後継をめぐる党内抗争で敗れたことに怨念を抱き、20名余の一族郎党を引き連れて自民党から脱党、やがて野に突き落とした怨念の政治家だ。その末路が「2議席」とは驚愕ではある。中枢にあって権力をほしいがままにした政党に後ろ足で砂をかけ、政権の座から引きずり下ろした…物語としては聞けるにしても国を導く政治の世界ではむご過ぎる。

 

私たちはそんな政治を望んではいない。もっと心豊かな、心静かな政治の世界であってほしい。そんな政治の世界が作り出した世相は決まって殺伐としていたし、人間そのものがとげとげしく変わっていったことを記憶している。

今、静かに目を閉じて瞑想してみるに私たちはそんな殺伐とした権謀術数の政治に煽られて随分、落ち着きのない時代の渕に落とし込まれてきた。

 

もうそんな政治はたくさんだ。小沢代表は、野党勢力の統合に取り組む意欲を示したと報じられている。そんなことを聞けば、「また、あんなばら撒き政策で人々を投網でかすめ取るようなことをするかもしれない」と不安になる。

地元選挙区の人々は何を考えてこの人を国会に送り続けているのだろう。引導渡しをするような勇気ある人はいないのだろうか。

 

川柳「朝囀」剛腕は 痩せても枯れても 気にかかる  (誠)  

 

 

 

 

 

 

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イスラム学校襲撃…卑劣、残忍、狂気、悪魔の所業だ

  

 

イスラム過激派「パキスタン・タリバン運動」の学校襲撃は、まさに人間の狂気そのものだ。罪もない子どもたちに銃口を向け、容赦なく引き金を引いた。わずか12、3歳で生涯を断たれた140人を超える子どもたちはさぞ無念だったろう。憎しみの連鎖を子どもたちに向けた悪魔の所業を呪ってやりたい。

 

鬼のような連中に何を言っても始まらないだろうが、一味にも子どもや妻、親きょうだいがいるだろう。その愛する者たちに銃口が向けられたらどうだろう。反撃を繰り返すなら悲しみや憎しみを広げるだけじゃないか。

そんな狂気を正当化するような教義は認めるわけにはいかない。

すべての人を幸せにするのが宗教じゃないか。

 

襲撃された時、学校は1年の終わりを祝うお別れ会などをやっている最中だったという。そのスキを突いて侵入し銃弾を浴びせるとは卑怯きわまりない。

悲鳴をあげて逃げ惑う子どもたちに容赦なく銃弾を浴びせた一味の姿は想像するだけでも恐ろしい。血の海に横たわる変わり果てた子どもたちの姿を目にして一味は何を考えただろう。いや、悲しみの欠片もなかっただろう。

 

一味は「すべての子どもに教育を」と叫び続ける少女、マララ・ユスフザイさん(17)を銃撃したグループでもある。マララさんがノーベル平和賞を受賞した後にも報復を続けると公言していた。今回の無差別襲撃にマララさんは「胸がはりさけそうに悲しい」といって悲しんだ。一味は政府のテロ掃討作戦をやめさせるための正義だと犯行声明を出したが、人殺しに正義なんかあるもんか。

 

シャリフ首相は「テロ行為がなくなるまで掃討作戦は続ける」といっているが、その先で罪もない子どもら市民が生涯を断たれている。掃討を続ける―の言葉は何の幸せも約束してはくれない。無力感しか伝わってこない。むしろ憎しみの連鎖に油をそそぐような響きさえする。世界の人道派、人権派は一体、どうしたんだ。ただ、悲劇を前に涙を流しているだけでいいのか。

 

川柳「朝囀」平和賞 また銃撃で 血に染まる  (誠)

 

 

 

 

 

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2014年12月15日 (月)

与党絶対多数…国会審議いい加減な野党相手にされず

  

 終わってみれば自民党圧勝、自公与党で悠々と絶対安定326議席。

自民党への集票を消極的収れんとでも表現したらいいのかもしれない。

権力争い、勢力争いに明け暮れていて、いつ政治をやってくれるのか分からない野党はちっともアテにならない。そんな状況では、信頼にいま一つだが、それでも政権経験が豊かな自民党の方がマシだという選択ではないか。

 

人間の価値判断は余程のことがない限り2週間の選挙戦の中で変わるようなことはない。毎日の政治の動きを通してどの政治家が、どの政党が国民の方を向いて活動しているかよ~く見ている。選挙戦が始まったからとバラ色の政策を並べ我田引水を企ててもなびきはしない。安倍総理はこの2年間に何をしてきた―と選挙攻撃しても、普段まともな政策論争をしていないから有権者は振り向かない。

 

アベノミクスは金や株を持った人たちを豊かにしただけだと野党は合唱した。

確かにそういう一面はある。だが、給料水準は回復しボーナスなども増えた。面と向かって聞かれればアベノミクスの成果は実感ない―と答えても心では期待を込めてアベノミクスを受け入れている人たちが多い。実感がない、成果が浸透していないという声は大勢ではない。本心ではない。

 

メディアはどこから、そういう声を集めてきたか。声の大きい人や組織の声を代弁して世論を作っているかもしれない。前回選で自民党が多数を得て復権した、その立役者の国民に向かって「独裁の国にするのか」と攻めあげては国民の支持は得られない。国民は振り回され、疲れている。「落ち着きのある政治」「安定した国」を求めている。そういう国民の心情に思い至らない政治は相手にもされない。

 

予算の編成権、執行権をにぎっている与党に対決するにはよほどの理論武装をしてかからなければならないのに国会審議を見ると新聞記事の切り抜きを手に伝聞質問を繰り返している。そういう姿を国民は見ていないようでよ~く見ている。

野党が「お山の大将」になりたい権力亡者を輩出し、くっついたり離れたりの離合集散を繰り返しているうちは超巨大与党選択は続くだろう。

 

川柳「朝囀」今日からは アベノサクセスと 呼び合おう (誠)

 

 

 

 

 

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2014年12月13日 (土)

今度は泥棒、スポーツ界は乱れてる…東京五輪やれるのか

判定に不満だったと全日本選手権の準優勝メダルをごみ箱に捨てた罰当たりなアイスホッケーの選手にあきれていたら、今度はバレーボールの日本代表にも選ばれている選手が窃盗容疑で警察に逮捕された。スポーツ狂国とさえ言われるわが国ではスポーツ選手の不祥事に甘い。然るべき立場にある者は勝ち負けに狂奔する前に選手の生活指導に真剣に取り組んだらどうだ。

 

先には水泳の選手がやはり海外遠征の地で盗みをはたらいた不祥事があったばかりだ。セクハラ騒動や体罰問題を見てもスポーツ界は自らに厳しい規律を課すのが苦手なように思う。幕引きを急ぐあまりに中途半端な処罰で済まそうとする。いや、済ましてしまう。だから、同じような不祥事を繰り返す。往々にして魔が差したんだといってもみ消し工作をしたりする。

 

そんな薄汚れたコートやグラウンドからどんなに素晴らしいプレーや試合を見せられてもうれしくも楽しくもない。勝てばいいんだろう、強ければいいんだろう、メダルを取ればいいんだろう…まさかそんな風に考えているのではないだろう。

ちょっと活躍すればスポーツメディアが追いかけて派手な報道をする。そうしてチヤホヤされている間に有頂天になって堕落してしまう。

 

堕落してろくなプレーができなくなる。そのうちに週刊誌の破廉恥記事をにぎわすようになる。他人の持ち物や金銭に手を出すようなことをして何食わぬ顔で試合や競技に参加する。何も知らないでやって来て、贔屓の選手やチームに声援を送って夢を膨らませている子どもたちがそれを知ったら何と言って嘆くだろう。自ら夢を断つ子がいるに違いない。

 

チームのオーナーはもちろん監督やコーチはキチッと選手の生活指導をしているのだろうか。公式試合への出場を少しばかり自粛したくらいで規律の立て直しができるだろうか。スポーツ界の内実は相当に乱れているに違いない。

スポーツは特権ではない。ちっとばかり有名になったからといって特権階級なんかではないんた。いい気になるな!

 

 

 川柳「朝囀」 この行儀 東京で五輪 やれるんか  (誠)

 

 

 

 

 

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2014年12月12日 (金)

チグハグなグリンピース、ナスカの地上絵傷つける

 

環境保護団体が、環境を守るために立ち入りを禁じられている世界遺産の地に環境保護を訴えるためと言って侵入し環境を破壊した。笑い話にもならない。

環境保護団体グリーンピースがペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」の現場に踏み入った話は、グリーンピースが環境保護団体であることに疑いを抱いた人々の批判の声が広がっている。

 

公表された写真を見ると地上絵の中でも最もよく知られたハチドリの絵の近くに、黄色い布を使って英語で「変化の時だ! 未来は生まれ変わる」というメッセージを表現した。国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP20)の開催に合わせて世界温暖化を世界のリーダーたちに訴えるためだったというが、地上絵の地を選んだところがまず問題だ。

 

知れ渡った名勝の地だから損傷してはまずいと考えなかったのか。

メッセージの布を固定するために穴を掘ったり石を動かしたりしている。

自分たちの主張のためには環境や自然や文化がどうなろうが構わないのだろうか。

直接、地上絵にふれたわけではないが、周辺に足あとを残すなど少なからず環境を傷つけている。ペルー政府の憤りも当然だろう。

 

地元の検察当局はグリンピースの責任者の出国を禁じ捜査を開始する方針だと伝えられるが、思慮を欠いた行為に世界から批判の声が広がっている。グリンピース側は「注意して行ったつもりだが、こんな結果になって残念だ」と謝罪したと伝えられるが、効果や成果が出るならどんな方法でもどこでも構わないというやり方はNGO組織にふさわしくない。

 

ナスカの地上絵に残した足あとは、そのままグリンピースの活動史の恥の足あとでもある。環境保護団体の名を疑わせるような結果になったことを反省すべきだろう。活動そのものも直接行動によるプレッシャーでなくもっと話し合いによる対話路線を考慮した方がいいのではないか。

ナスカの地上絵の文化的、遺産的価値を軽んじているなら論外だ。

 

川柳「朝囀」ナスカの絵 仲間に踏まれ 泣いている  (誠)

 

 

 

 

 

 

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2014年12月11日 (木)

王さまの前で人の道説く…平和賞のマララさん

 世界の指導者たちは、なぜ自分の子どもが数学や科学の宿題をしている時に、途上国の子どもは基本的な読み書きだけできればよいと思うのか―。

ノーベル平和賞を授与されたマララ・ユスフザイさん(17)の受賞演説の中の一節だ。史上最年少のノーベル賞受賞者と称えられる少女の声は、もう立派な思想家、啓蒙家の響きを持っていた。

 

女子の学ぶ権利を否定している反政府武装勢力パキスタン・タリバーンにおびえながら学校に通う暮らしを英国BBC放送のブログに仮名で投稿し続けた。パキスタン政府主催の講演会に招かれ女子教育の必要を説いた瞬間から実名を知られ、武装勢力から狙われるようになった。そして2年前の10月9日、下校のためスクールバスの中にいたところを覆面の男たちに銃撃され、重傷を負った。

 

マララさんは英国に移送され懸命の治療のお陰で助かった。

反政府武装勢力はマララさんの影響力におびえ、マララさんが政府批判を続けるうちは襲撃をやめないと言っている。大の大人が少女の叫びにおびえ武力で言動を封じようとしている。それをやめさせる力は国内の政治家にもないし、国境を超えた国際世論もほとんど無力だ。

 

そんな大人社会の無力さに失望した女性たちはマララさんに刺激を受けていろんなことを学んだり、夢をめぐらす活動をはじめた。マララさんはオスロの授賞式にスクールバスで一緒に銃撃され負傷した友人や抑圧された周辺国の女性などを招いた。今回の受賞は自分だけでなく世界各地で抑圧され苦しみの中にある女性や子どもたちへの励ましと勇気づけだとマララさんは言っている。

 

内戦のシリアで戦火の下の子どもたちを案じながら銃撃戦に巻き込まれ亡くなったフリージャーナリスト、山本美香さんのことを思い浮かべる人もいるだろう。 戦火の下を逃げ惑い、おびえ、傷つき、息絶えていく女、子ども…消え入るように助けを求める、その声に引き戻されるんです。生前、そう語っていたのが思い出される。天国でマララさんの受章を喜んでいるに違いない。

 

川柳「朝囀」人の道 王さまの前 少女説く  (誠)

 

 

 

 

 

 

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学力テスト、公表は学校、教師にゆだねよ

 

 公表することに意義がある。公表しないことにも意味がある。

公表したいと考える人がいれば、公表しないでほしいと考える人がいる。

丸ごと公表すべしという人がいれば、一部にとどめるべきだという人がいる。

つまり、公表することにいい点とよくない点とがあり、どっちにするかを誰かが決めつけてしまうことには無理がありそうだ。

 

それなのになぜ文部科学省は公表に足かせをはめてしまおうとするのか。公表に道を開くのかと思わせて、それを一部に狭めてしまうのはなぜか。

全面公表することで何が困るのか。教育界にどんなことが起き、教育にとってそれがどう問題になると文科省は気遣うのか。成績が公表されると序列化をあおる、現場の先生たちが混乱するというのだろうか。

 

それは程度の問題ではないか。先生たちが授業に手がつかないような混乱になるだろうか。先生だって良識がある。序列化を誘う原因は学習塾や入試情報などいくらもあるし、大体、文科省が都道府県別に公表している成績そのものが序列化をあおる元になっている。よしんば混乱があるとしても先生たちは公表された結果によって触発され、授業力アップに取り組むだろう。

 

そういうプラスの面を無視して自分たちの言う通りにさせようというのは文科省の独善だ。教壇に立つ先生など現場をいかに信じていないかを如実に物語る。

そんなことで国家百年の計たる教育を生き生きとした活力あるものにできるわけがないだろう。教壇に立ったこともない文科省の役人が机の上で考えたことが多様な価値観に支えられる教育に生命を吹き込むことなんかできない。

 

はっきり言おう。学力テストの結果を公表するかしないか、どんな形で公表するかは県教委でも市町村教委でもない、個々の学校に委ねるべきだ。

一番大切なことは子どもたちと向き合う先生たちに学習到達度を高める情熱と工夫を持ってもらうことだ。文科省や教育委員会の権勢欲、支配欲を満たすことではない。教育現場をもっと信頼し敬うべきだ。

 

川柳「朝囀」 文科省 庭には不信の あだ花が  (誠) 

 

 

 

 

 

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2014年12月10日 (水)

舌禍はやっぱりこの人だ…麻生発言に党内ハラハラ

 

選挙遊説で舌禍があればまずこの人だろうと思っていたら、やっぱりやった。言うまでもないが、自民党副総理の麻生太郎財務相がその人だ。

社会保障費の増大をめぐって「老人が増えることばかりが指摘されているが、子どもを産まない方が問題だ」とやって、待ち構えていた新聞記者たちにつかまった。

 

終盤の選挙戦に影響は避けられないと慌てて言いわけ会見に及んだ。

「人口減少は国力に影響する大きな問題だ。経済的事情で産めないのは問題で、放置できる話ではない―という意だった」と釈明した。口は便利だ。

何と言い訳しようが、「産まない」と言った言葉は消せない。あっという間に「麻生氏、子どもを産まないのは問題―の問題発言」と列島に広がった。

 

政権のほかの閣僚からも苦言が漏れた。

「ライフスタイルのことまで踏み込んだ発言はいかがなものか」

「少子高齢化の問題は微妙だからこそ、発言は慎重であるべきだ」と苦々しい思いを込めた言葉が集中した。菅官房長官が「野党は一部だけ取って攻撃してくる」と幕引きの助け舟を出したが、容易におさまりそうにない。

 

 それというのも麻生氏の舌禍はその前にもあったばかりだ。

株高、円安で利益を出さない企業について「よほど運が悪いか、経営者に能力がないかだ」とやった。環境の変化に応じて努力しないと企業経営は思うに任せないものだという自ら企業経営者としての持論を述べたようだが、野党からは「中小企業の苦境を無視する発言だ」と一斉に攻撃された。

 

 そのなり直しが終わらぬうちに自ら火に油を注いだかっこうだ。結局は「産みたくても産めない状況に置かれているのが問題なんだ。そう言うべきだった」と重ねて釈明したが、おさまる兆しはない。政治家は話を分かりやすくしようと踏み込み発言するクセがあるが、この人は話をおもしろくしようとするから始末がわるい。党内は選挙が終わるまで発言を控えてくれ! とハラハラしている。

 

 川柳「朝囀」ご法度を すぐ忘れるのも 能がない  (誠)

 

 

 

 

 

 

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2014年12月 9日 (火)

ブレイズは無礼に通じる…メダルをゴミ箱へあきれた選手たち

 

 

 

 

 

銀メダルじゃ気に入らんとアイスホッケー全日本選手権で準優勝したフリーブレイズ東北の選手2人が表彰式の後、メダルをゴミ箱に捨てていた。

 

チームは不適切な行為だったと謝罪するとともに準優勝返上を発表した。

 

あきれた選手、チームだ。その辺のガキと変わらない。

 

 

 

チームの冠名を聞いて笑っちゃう。いや、笑っちゃった。「ブレイズ」は英語のBlaze(ほのお)から取ったのだろうが、怒りと間違えたのではないか。優勝したチームにもスタンドを埋めたファンにも随分嫌な思いをさせたに違いない。

 

ブレイズは無礼な男たちという意味かも知れない。

 

だって、「名は体を表わす」というではないか。

 

 

 

メダルを捨てた2人の選手は次の公式戦となる20日のアジア・リーグに出場させないほか、チームオーナーを減俸とする処分を発表した。

 

「多くの人に不快な思いをさせてしまい、深く反省し、お詫びする。スポーツマンシップの再教育を徹底する」とチームとしてのコメントを発表したが、公式戦1試合の欠場でお茶を濁しているようで根性をたたき直せるだろうか。

 

 

 

試合は将来の選手をめざす子どもたちも見ていたただろう。こんな無様な話を聞いたら子どもたちも若い選手たちも情熱を失ってしまうだろう。延長戦となった決勝の決勝点の判定をめぐって不満があったと伝えられるが、不満があっても最後は素直に受け入れてこそフェアプレーだ。それができないならスポーツマンの資格はない。なぜ人間の貫代を落としてまでスポーツをやるんだ。

 

 

 

川柳「朝囀」 本当の 力も知らず 墓穴掘る  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年12月 8日 (月)

遊説も古い草稿頼りです…にわか解散のせい?

 

 民主党幹事長の枝野幸男さんが静岡市の繁華街で「高齢者の老後の安定、子育て支援、若者の安定的な雇用に力を…」と応援演説をしていた。何だか聞いたような話だなと思ったら、2009年衆院選の時と同じだった。票を掻き集めて政権交代を引き寄せた、あの選挙だ。

高齢者の老後の安定と言ってあの時は「最低でも月額7万円の年金を実現する」と「7万円年金制度」を公約として発表した。子育て支援は子どもが中学生になるまで1人月額2万6千円を支給するという「子ども手当」の公約を公表した。しかも、従来の公約より実現性が担保された「マニフェストだ」と横文字まで使っていかにもやってくれそうな雰囲気づくりまでして手が込んでいた。

老人から子育て世代までその気にさせて政権を取った。しかし、いざ政権運営の段になると財源の見通しも立たず、「子ども手当」だけはとりあえずの半額支給で形だけは整えた。高速道路の無料化などとともに最低7万円年金は目鼻立ちさえ示すことができず暗礁に乗り上げたまま空転した。「ばら撒き公約」との批判はまだしも「やるやる詐欺だ」の批判を浴びた。

政権交代の正統性にまで批判が及び、早期に解散して政権の問い直しをすべきだったのに引きずって政治漂流を招いた。その背景には新聞、テレビの応援があった。財源見通しが立たないことについて「財政状況はその時の経済状況によるのだから仕方がない」「実現不可と豹変すればいいんだ」などという論評を展開する新聞まであった。公約の厳格性をメディアがくずしにかかった。

結局、野田首相が解散に追い込まれ、政権を明け渡す事態に追いやられたが、枝野さんがその一部始終を忘れたわけでもないだろう。それとも国民、有権者は忘れっぽいからそんなことは記憶もしてないとでも思っているのだろうか。仏の顔も三度というではないか。あの悔しさは誰も忘れてはいない。もしかすると柳の下にいつもドジョウがいると思っているのかもしれない。

 

 川柳「朝囀」不意打ちに 古い草稿 頼りです  (誠)

 

 

 

 

 

 

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2014年12月 6日 (土)

勉強不足の新聞、テレビ…気がつけば政党の宣伝屋

 

選挙になると国難をたちまち解決してくれそうな政策があふれ出る、不思議だなあ…と先日、政治家、政党に向けて書いたが、きょうはそれを新聞、テレビに向けて書くことにしよう。普段からこれだけの紙面と時間を割いて問題点や課題を細部にわたって報道していれば国民と政治の距離はびっくりするほど縮まるだろう。

だが、肝心なところがピント外れなのは相変わらずだ。

 

アベノミクスが解散の大義であり、選挙の争点だと与野党が一致して朝から晩まで、遊説カーから繰り出されている黄色い声、ガラガラ声は壊れたテープレコーダーのように「アベノミクス」「アベノミクス」の連呼だ。ただ違うのは与党陣営が「アベノサクセス」(アベノミクスは成功)と言っているのに野党は「アベノミステイク」(アベノミクスは失敗)と言っているところだけだ。

 

反対だ、ダメだと叫んでいる方がはっきりしているからだろうか、新聞、テレビは「アベノミステイク」の方に肩入れして、野党の応援団みたいなところがある。社会格差を拡大させただけだというら、どんなところで、どれほど格差が生まれているのか知りたいがその説明はない。第三の矢「成長戦略」がないと指摘しながら資本主義、自由主義の経済に政府お仕着せの成長戦略は矛盾だと騒いでいる。

 

野党の一部が消費税率引き上げの原点に返り国会議員定数や歳費などを削減して「身を切る改革」を唱えれば、便乗して国会改革を叫び出す始末だ。新聞、テレビがあけすけに国民の不満に便乗してどうしようというのだ。選挙に便乗し有権者に訴求するような政策ばかり掲げる政党の姿勢を厳しく批判すべきだ。大震災被災地復興のための歳費一部返上だって野党も一緒になって幕引きしたじゃないか。

 

その震災地はまだ多くの人たちが不自由な仮設住宅暮らしに追いやられている。

それにもかかわらず被災地の「ヒ」の字も遊説カーからは聞こえてこない。

そのくせ「国民の暮らしを守る」「民意尊重」と歯の浮くような絶叫が聞こえる。

紙面と時間をそれだけ割いているなら、面倒くさいことも報道してほしい。

2009年衆院選でばら撒き政策の検証を怠った大罪を新聞、テレビは忘れている。

 

 川柳「朝囀」勉強不足 大事な時に さらけ出し  ()

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年12月 4日 (木)

ますます混乱しちゃう…分かりにくい選挙世論調査

 

衆院選挙をめぐって新聞、テレビ各社による世論調査が行われている。

その結果報道にいちいち目くじらをたてていたらきりがないが、中にはよく分からないものもある。調査する側の意図が透けて見えるのもいやらしいが、何を知ろうとしているのか分かりにくいのも迷惑だ。

考えたらますます分からなくなって、眠れなくなってしまう。

 

 今回の安倍首相の解散選択は「適切だったと思わない」とする人が72%強、「適切だった」は22%強―というテレビ局の報道があった。ああそうですかと聞いていたら、消費税引き上げ先送りを解散の理由にしたことに「納得できない」とする人は71%強だったが、消費税の引き上げを先送りした首相判断を60%強の人が「評価する」としていると発表が続いた。ここに至ってハタとまいった。

 

 消費税の引き上げ先送りはいいが、解散の理由にしたのは納得できない。それじゃあ消費税増税には反対なのか、賛成なのか…え~い、どっちなんだ。はっきりせんか、はっきり…思わず叫びたくなる。そこへ今朝の新聞各紙は「自民300議席うかがう」と一斉に安倍自民党の増勢を伝えている。一体、国民世論の本心はどこにあるというのか。読めば読むほど分からなくなってしまう。

 

紛らわしい質問をされた人たちは面食らうのではないか。本心と違う答えをしてしまう人もいるのではないか。そんな心配までしてしまうのはこっちの頭の回路がこんがらがっているせいかもしれないが、大事な増税の是非をめぐる調査だからもっと簡潔で分かりやすいのがいい。その結果を聞いた人がこんがらがってしまうのでは調査の意味もない。誰にも分かるように伝えるのが報道機関の役割りだ。

 

 世論調査の狙いも各社別々だろうし、元々、設問の仕方一つで結果はガラリと変わる。予め回答を用意して選択させるというやり方も恣意的だ。たまにはどんなことを聞いてほしいか、どんな設問の仕方が望ましいか、そのことを世論調査してみたらどうだ。それにしてもこんなに頻繁にやっている世論調査だが、どんな人が聞かれているんだろうか。大分、長い人生を生きてきたが聞かれたためしがない。

 

 川柳「朝囀」世論とは 時に調査に そっぽ向く  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年12月 3日 (水)

民主党、大物そろって重複立候補…御身大切じゃ

 

比例区に名を連ねておけば小選挙区で落ちても生き返れるという「重複立候補制」という珍制度が衆院選挙にはある。まじめに表現するなら一種の保険だが、利用するのは小選挙区を勝ち抜くだけの自信がない候補者の「かけ込み寺」みたいなものだ。普段えらそうなことを言っていてもその意気地なしぶりが選挙の時にバレるからおもしろい。

 

2日公示された今回の解散総選挙で海江田万里代表(東京1区)や野田佳彦前首相(千葉4区)、菅直人元首相(東京18区)ら民主党の大物がうちそろって比例区にも重複立候補した。海江田代表も菅元首相も前回の選挙では小選挙区で落ちたが比例区で生き返った。野田前首相は前回、現職の首相だというのに重複立候補に保険をかけるというありさまだった。

 

代表や前・元首相らの周辺は「党首やその経験者が落選すれば党へのダメージが大きいのだから保険をかけるのはやむを得ない」といってるが、党内からは「リーダーとしての覚悟はないのか」「誇りはないのか」「情けないとは思わないのか」といった批判の声があがっている。特に志を抱いて政界に転じたというのにいつまでたっても古手にじゃまされている若手の党員は怒り心頭だ。

 

元々、この重複立候補制というのは現職がバッジを失わないために考え出した便法で、基本的人権たる選挙権をもてあそぶ邪道だ。小選挙区で落選してもその得票が当選者の得票に近接していれば、その近似値を重複立候補者の間で比ベ一番多い者が復活する。小選挙区での落選は本来、政治家としての失格判定なのに、別の判定の場で有資格者に変えてしまうのだから、乱暴この上ない。

 

制度があるのに利用してなぜ悪い。あらかじめ重複立候補することを名簿で明らかにしているのになぜ悪い。重複立候補者の周辺からはそんな開き直りとも思える声も聞こえるが、選挙制度はもっと簡便なのが望ましい。テレビの小選挙区の開票速報場面で「私の不徳です…」と落胆していた人が1時間もしない比例区の開票場面で「バンザーイ」と叫んでいる姿は政治の不可解を象徴している。

 

 川柳「朝囀」 生き返る チャンバラ映画 そっくりです  (誠)

 

 

 

 

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2014年12月 2日 (火)

さあ公示!も感慨なし…どうなる「新党ひとり」のご両人

 

さあ公示! といっても、百メートル走なら70メートルあたりに差しかかっている。それに一強多弱がああこうもっともらしい理屈を並べ合っているだけで、この解散総選挙にはさしたる感慨もないが、ちょっぴり気になるのは公示直前(28日)に解党して無所属出馬の身になった2人の新旧みんなの党代表の思いやいかにといったところだ。「劇団ひとり」ならぬ「新党ひとり」というそうだ。

 

党を創立した渡辺喜美さん、党を壊してしまった浅尾慶一郎さんの2人だ。

どちらかといえば渡辺さんの方が純粋かな…自民党と民主党の間にあって第三極としての存在をめざした。浅尾さんはおとなしそうな顔をしているが、何を考えているか分からないという雰囲気で、性格はどう猛そのものだね。だって、住み心地が良さそうなみんなの党にうまいことを言って居候し、最後はつぶしちゃった。

 

 仲間を引き込んだ上、野党との結集路線を叫んで、与党との連携を主張する渡辺城主を攻めあげた。政治資金の借入でちょっとへまをしたとはいえ城主は城主だ。少しぐらいは気遣いをしてやっても罰はあたらない。だが、浅尾さんは居直りでも居座りでもない、押し込み強盗みたいなことをやった。元々、渡辺城主は第一次安倍政権では行革相をやったように政権寄り、自民党寄りだ。

 

 その立ち位置も分かっていたはずだ。それゆえに5人の党が36人に増勢したじゃないのか。その与党再編路線が気に入らないというなら、渡辺城主追い出しじゃなく、浅尾さんの方から党を出ていくべきだった。それなのに借入金騒動とこれまたクセモノの江田憲司一派の脱藩事件で心身に深い傷を負った渡辺城主をいたぶり続け、最後には落城させてしまった。

 

政界には史上に伝説を残す破壊屋が何人もいる。中枢にあって権力をほしいままにしながら自民党破壊を企てた小沢一郎生活の党代表がその代表格だが、その面構えからは納得だ。だが、浅尾さんはそのムードたるや壊し屋とはとても思えない。虫も殺さぬような顔をして政治家、それも政党の創立者を殺してしまう。恐ろしい。

そういう怖い人に「○○ちゃーん」などという声を掛けないでもらいたい。

 

川柳「朝囀」票さらう「新党ひとり」ほんとかね  (誠)

 

 

 

 

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2014年12月 1日 (月)

身を切る覚悟なんかないくせに…よく言うよ

解散なんかするより消費税率を10%まで引き上げることを法律で決めた時の約束である私たち政治家も身を切る痛みを受け止めよう。

安倍首相が衆院の解散を宣した時、野党のリーダーたちが一斉にあげた叫びだ。国会議員のみなさん、覚えてますか。

今、政策や公約を論じ合う中でなぜそのことを取り上げないんですか。

 

社会保障と税の一体改革を議論した上で消費税率を5%から2015年10月を期して10%まで引き上げることを法律で決定した。その時に国会議員のみなさんは議員定数を削減したり歳費や手当を減らして痛みを受け止めようと自分から言いだしたじゃないか。それなのに定数削減なんて口ばっかり、最高裁から「違憲状態」の最後通告を受けてるのにごまかしてお茶を濁そうとしている。

 

歳費や手当の削減もかっこうづけにやった程度で、さっさと元に戻してしまった。東日本大震災の被災地復興のための増税をやった時もカラスの行水のように形ばかりだったじゃないか。そんなことも棚にあげて空をつかってきておきながら選挙になった途端に「私たちも身を切る痛みを」などと言いだす。有権者の「1票」をかすめ取るためなら恥も臆面もない人たちだ。

 

 わが身をかわいがる、肥やすことにこれくらい一生懸命な人たちはいない。

国民だ、民意だ…とひと口までに言うが、その実、ほとんど考えていない。

解散の大義なんかいちいち説明されなくたってこっちで解釈します。

選挙の争点だって言われなくったってこっちで考えて評価します。

収支報告書に盛られている政治資金の使い道、あれは何ですか。

 

クラブ、キャバクラでおねえちゃんを相手にどんな政治活動をしてるんですか。国民の血税をそんな使い方をして恥ずかしくないか。「地元の秘書がやったことだ」なんて言い訳はみぐるしい。そういう先生、あなたも大先生の秘書から政界に転じましたね。その昔、あなたも地元の秘書の一人としてキャバクラで政治活動してたんでしょう。もう、政治のことを考えるのもかったるくなりました。

 

川柳「朝囀」クリスマス 選挙の後に キャバクラで  (誠)

 

 

 

 

 

 

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