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2015年2月

2015年2月28日 (土)

届かなかったシグナル…なぜ救えなかった遼太君

 

 子を持つ親も子どもをあずかる学校関係者もふるえ、おののいている。

仲良く遊んでいるはずの仲間をいとも簡単に殺してしまう。それも首を刃物で突き刺すという残忍なやり方で…調べに対して「知らない」「関係ない」と大人びた言葉を返す。やくざ映画でも見ているような情景が目に浮かんでくる。

 

 川崎市の多摩川河川敷で中学1年生、上村遼太君(13)が殺害され、遺体で見つかった事件はやはり逮捕された3人の少年の犯行である疑いが強まっている。

万引きを命じられたのに断ったために顔にあざが残るほどの暴行を受けていたようだ。殺害される直前に「殺されるかもしれない」と漏らしていたという。でも、遼太君が発したシグナルは無視されてしまった。

 

この世の中は人と人との関係が煩雑になり、他人のことにいちいちかまっていられないような場面が増えてきた。遼太君の助けを求めるシグナルが救いにつながらなかったのもそれだったかもしれない。だが、それじゃあ親たちは不安でたまらない。愛情を注いで育てたわが子が助けを求めているのに誰も気づいてくれない。わずか13年で生涯を閉じられてしまうのではたまらない。

 

学業を放り出し、街を徘徊する。仕事にも就かず、弱い者を見つけてはゆすり、たかり、そのうち万引きや泥棒を命ずる手配師のような存在になる。学びや仕事から離れてしまった少年が犯罪に手をそめるケースが多い。被害者になる例だって多い。不登校にはいじめや悪事から逃れようと苦しんでいる場合もある。シグナルを早くキャッチすることで救える例が多いはずだ。

 

それに家庭でも学校でも、また社会でも命の尊さをもっと教えないといけない。「教えている」という反論があるだろうが、それでもさらにやってほしい。

人をキック、太刀で切り倒すアニメのゲームは何とかならないか。内戦の地で砲弾にくだかれ血だらけになった人をむき出しのニュース画面は控え目にできないか。もっと子どもや少年たちに寄り添う社会にしよう。

 

川柳「朝囀」 シグナルは 目でなく心で 見るものだ (誠)

 

 

 

 

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2015年2月27日 (金)

「戦闘員の花嫁」…少女らをイスラム国に誘う甘い声

  「戦闘員の花嫁」…イスラム国に少女らを誘う

 

英国からシリアに渡る少女たちは「イスラム国」戦闘員の花嫁になるためだという。その数は昨年の夏以来、少なくとも8人に上るという。

戦闘員といえばまともに聞こえるがテロリスト、無差別殺人の犯罪者だ。

どうしてそんなことに加わるんだ。誰も止めることはできないのか。

 

ロンドン東部の学校から消えた3少女はインターネットを通して誘われていたという。先にシリアに渡って戦闘員の妻となった英国人女性から誘われていた。

「戦闘員の花嫁」―どんな響きで少女たちの心に忍び込んだのだろう。年端も行かない少女たちには戦場の英雄の妻とでも映ったのかもしれない。

 

旅行にでも行ってくるような調子で出て行ったという。

分別もない未熟な少女たちには無理もないだろうが、少女らを待っていたのは恐怖と狂気だったに違いない。泣きわめいても遅い。おいそれと脱出して故郷へ帰ることもできない。今、冷たい銃身を頬に当てられて恐怖のどん底かもしれない。

 

娘のことを案じて一睡もできない夜を送っている親たちのことを思うと言葉もない。もし、私がその身になったら狂い死んでしまうかもしれない。

英国政府も具体的な救出行動は取っていない。いや、手が打てないのだろう。そうしているうちにも少女たちのシリア行きは続いているかもしれない。

 

イスラム国に加わっている英国人女性は3、40人いるという。

それにしても少女たちに「花嫁」を語って勧誘とはむごいことをする。

ささやかな幸せを引き裂いて家族を悲しみの渕に落とし込んでしまう。

 いつ平和な日本に闇の手が忍び寄らないとも限らない。警戒と備えは早く始めるに越したことはない。私たちもそれぞれの守備範囲で備えよう。

 

 

川柳「朝囀」少女らを 甘言で誘う 悪魔たち (誠)

 

 

 

 

 

 

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2015年2月26日 (木)

イスラム国戦士の妻に…学校から消えた英少女8人

  イスラム国戦士の妻に…学校から消えた少女8人

 

過激派組織「イスラム国」に加わるためシリアに渡っている英国の少女たちの ことがようやく日本の新聞、テレビでも報じられ始めた。

今朝の共同外電によればロンドン東部の学校から消えた例の15、6歳の3少女は2年前にシリアに渡って戦闘員の妻となった英国人女性からインターネットを通して誘われていたという。

 

シリア行きの動機は「イスラム国」戦闘員と結婚するためで、3少女を含めて昨年の夏以来、少なくとも8人の女子生徒がシリアに渡っているという。

もちろん警察や家族が公表しない例もあるので、実際にはもっと多いという。

シリアに渡った英国人はこれまでに約600人に達し、そのうち約1割が女性とみられ、彼女たちが勧誘活動をしているという。

 

 そうした勧誘活動に協力する仲介者もおり、ネット上に仲介掲示をしたり、少女らにシリアへの渡航費の提供までしているという。3少女の場合は今月17日にロンドンからトルコのイスタンブールに渡り、仲介者の手引きでトルコ南部のキリス近辺からシリアに入ったらしい。3少女たちが通っていた学校からは昨年12月にも別の少女がシリアに渡っており、学校では注意していたという。

 

 いつわが子が勧誘の罠にかからぬとも分からない。いつ自分ちの学校から生徒が姿を消してしまうかも分からない。親も学校関係者も不安でたまらない。

移民国家、多民族国家、そこにインターネットを通して忍び寄る闇の誘いの手から子どもたちを守るのは並大抵ではない。英国は今、経験したことのない不安と恐怖のるつぼに落とし込まれている。

 

闇の誘いの手がいつわが国にのびてこないとも分からない。不安をあおることは避けなければならないが、警戒と備えは早過ぎることはない。

テロの現場や戦場情報が垂れ流しにされている現実は気がかりだ。進路を見失った大学生が学業を放棄し戦場に向かおうとした。若者をアルバイト気分で送り込もうとする人たちもいる。新聞、テレビの力が試されている。

 

 

川柳「朝囀」少女らに 忍び寄る悪魔 声やさし (誠)

 

 

 

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2015年2月25日 (水)

英3少女のシリア行き、なぜメディアは知らぬ顔

  3人連れ少女のシリア行き…なぜメディアは騒がない

 

 

英国で15、6歳の少女3人が連れ立って過激派組織「イスラム国」に加わるためシリアに渡ったことが分かり騒ぎになっている。分別のつかない世代がテロに誘い込まれていく状況を肉親はもちろん教育界をあげて苦悩している。

「子どもらをテロリズムにさそう悪魔は何か」「教育界は立ち上がれ!

その叫びをそのまま日本の教育界や教育ジャーナリズムにぶっつけたい。

 

日本の新聞、テレビは依然として湯川遥菜さん、後藤健二さんの殺害事件の検証報道に集中している。不要だとは言わないが、その報道ぶりは一点政略的な野党勢力と変わらず政府・与党の事件対応の過ちさがしだ。分別盛りの2人がテロ集団の支配地域に自ら入って拘束され、テロ集団の勝手な大義によって残忍な最期を遂げた。政府・与党は交渉手段が乏しい中で最大限の努力をした。

 

政府、政権の失政を追及するのは新聞、テレビの重要な役目であることは否定しない。しかし、テロ集団の無差別な凶行や戦場情報が垂れ流しにされ、現実に世界の若者たちがそこに引き寄せられている憂うべき状況である。前途に希望を失った大学生が学業を放り出し戦場に向かおうとした。若者たちをアルバイト気分で送り込もうとする人たちがいることも分かった。

 

そこへ今度の英国の3人の少女たちの「イスラム国」参加事件だ。

なぜ新聞、テレビはその情報を気遣い、報道しようとしないのか。未熟な子どもたちが興味や憧れ、あるいは現実逃避感からそんな選択に走っているとすれば不安ではないか。文教族の政治家はもちろん教育ジャーナリズムは事実を追及し、世に警鐘を鳴らすべきじゃないか。年端も行かぬ分別のない世代じゃないか。

 

憲法が保障する人権、自由は大切だが、命にまさる自由があるのか。

子どもたちを助けろ、死なしちゃならない…と叫ぶことより「憲法だ」「自由だ」と高邁に論じている方が大切なのか。高尚なのか。それとも1点でも2点でも点数を上げられる教育論や都道府県の成績序列論の方が大事なのか。あなたの子どもがテロ集団に加わるようになっても無関心でいられるか。

 

 

川柳「朝囀」国人種 命の重さに 違いなし (誠)

 

 

 

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2015年2月24日 (火)

西川農水相逃げ切れず辞任…議員もやめるべし!

 

大臣の所轄で補助金を受けた企業から献金を受け取っていた問題で西川農林水産大臣が自ら辞表を提出し辞任した。改造内閣を含めて安倍内閣の閣僚辞任は小渕経産相、松島法相に続く。前の2人の国会におけるケジメもついていないのに3人目だ。金にだらしない、もうお話にならん。大臣辞任どころか国会議員も辞職したらどうだ。

 

大臣の所轄責任で補助金を受けた企業や団体から政治献金を受け取る。これこそ裏献金、いやマッチポンプ献金とでもいうのだろうか。しかし、一番バレ安い方法だから、それを敢えてやるというのはよほど金に困っているか、罪の意識が薄弱か、どっちかだろう。これまでの国会追及に対して西川大臣は「違法性はない」と言ってきたのだから、罪の意識がまるでないということだろう。

 

じゃあ、ここにきて突然辞表を出したのはなぜだ。

そんなこと聞かれなくても分かってるじゃないか。このままじゃ予算審議に影響が出ちゃう。やっとかっこうをつけて押し込むばっかりにした「農協改革」のタガが緩んじゃう心配がある。TPPも最後の坂道に差しかかっている…ここは一気に乗り越えたいところだ。二階総務会長あたりが裏でこっそり引導を渡したのだろう。

 

 それにしても西川大臣は「私がいくら説明してもわからない人は分からないということだから辞表を出した」とあたかも野党議員が分からず屋だとばかりに言っているが、失礼な話だ。自分の説明が分かりやすく、偽りがないというなら辞表を出す必要はないだろう。会見を聞いていると、この人が国会議員なのかい? しかも大臣なのかい? と思わず首をひねってしまう。

 

 「一強多弱」と言われるが、その一強は最近とみに驕り(おごり)が出てきた。安倍首相も答弁に対する野次に野次り返すようなことをやっている。いい気になっていないだろうか。野党は予算委審議に応じないと言いだしている。いつもの通り与党の過ちにつけ込んで政局ねらいに走る。こっちも無責任と言えば無責任だ。

 突然の春暖気に永田町がうとうと微睡(まどろみ)出したのかもしれない。

 

 川柳「朝囀」 冬将軍 去った後には ヤジ将軍  (誠)

 

 

 

 

 

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2015年2月23日 (月)

おかしいぞ、本音と建て前使い分けのメディア

 

イギリスの15、6歳の少女3人が過激派組織「イスラム国」に加わるためシリアに渡った可能性が浮上し周辺を心配させているという。

親兄弟はもちろん隣近所の住民や学校の先生、級友たちは眠れない日が続いている。「誰か説得してくれる人はいないか」「1日も早く帰国させてほしい」とワラをもつかむ思いで訴えている。

 

日本ではシリアへ渡航しようとしていたフリーカメラマンに外務省が旅券を返納させ渡航を阻止したら、新聞、テレビが命令は権力の暴走だ、渡航の自由への侵害だ―と大騒ぎした。本人もそれが悪例になるから断固闘うと裁判に訴えると言いだした。自分を守ってくれた国を裁判に訴える…罰当たりな話だ。フリーカメラマンに自重を促してこそ報道責任じゃないのかと本欄は書いた。

 

「自由」「自由」と騒ぐけど人の命にまさる自由があるのか。記者たちは、もしシリアに渡って過激派に拘束され、湯川さんや後藤さんと同じ最悪の結果になっても、それでも自分の意思を通してよかったと言うだろうか。

そういう事態になれば、間違いなく「なぜ止めなかった」「日本人の安全を確保するのは政府の責任じゃないか」…と騒ぎ立てるに決まっている。

 

仮にイギリスの少女たちが自分の子どもでも日本の新聞、テレビの記者たちは「

(

)

めるな」「渡航の自由だ」と書き立てるだろうか。そうじゃないだろう。自分の子どもや兄弟の場合は別だというに違いない。イギリスでは3人の少女について「渡航の自由だ」「

(

)

めるな」と騒ぎ立てている新聞、テレビはない。みんなわが子の問題だとして心配をしている。

 

先日は東京で「ジャーナリストはなぜ戦場へ行くのか」というテーマでシンポジウムが開かれ、学生たちが「戦場を伝える言葉の強さに感動した」「自分が伝えなければ…という覚悟が伝わってきた」と前のめりになっていた。戦場に駆りたてられた学生がいなかったか、と心配になった。本音と建て前使い分けの国―といわれるが、人の命がかかった問題だけは本音で立ち向かってほしいと思う。

 

 

川柳「朝囀」正しきは 政府じゃなし メディアです (誠)

 

 

 

 

 

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2015年2月18日 (水)

不起訴はおかしい…渡辺元みんな代表の8億円に申し立て

  

 解党したみんなの党の渡辺喜美代表の借入金疑惑を東京地検が不起訴にしたのは不当だとして、告発人の大学教授らが検察審査会に審査の申し立てをした。

化粧品大手会長から8億円も借りたのに政治資金の収支報告書にも記載はなかった。このため大学教授らは政治資金規正法違反容疑で告発したが、東京地検特捜部は嫌疑不十分として不起訴処分にしていた。

 

特捜部の敏腕捜査官が調べてもシッポがつかめない。よほど巧妙に仕組まれたか、規正法そのものが抜け道だらけのザル法なのかどっちかだろうが、政治家には逃げ得を許してはならない。渡辺元代表の場合はとにかく借入金の額があまりにも大きい。8億円はロッキード事件の田中角栄元総理の5億円、東京佐川急便事件の金丸信元副総理の5億円をいずれもしのいでいる。

 

借りたのが参院選や衆院選の直前でお礼の挨拶メールまでやり取りしている。貸した側は「当然、選挙資金だと認識している」という証言もあるのに収支報告書不記載の罪にも追い込めなかった。そればかりか医療法人「徳洲会」から5千万円の裏金を受け取ったとして辞任に追い込まれた猪瀬直樹前東京都知事もそうだったが、「個人の借り入れ」という言い逃れの登場だ。

 

規正法は政治団体としての収支の記載を義務付けているだけで政治家個人の収支報告は対象にしていないところを逃げ道にしているらしい。刑事責任を問うのは困難にしても道義的責任は逃れられないだろう。常識外れの金額であり、それを説明できないのでは公人としての政治家の責任を果たしていない。逃れさせない道は次の選挙からそういう政治家に投票しないことだ。

 

渡辺元代表は先の衆院選で有権者の審判によって落選し憂き目にあるが、有権者の目はそうそう甘くない。今度の審査申し立てを検察審査会がどう判断するか分からないが、起訴すべしと議決すれば強制起訴される。金浸けの政治、それもどんどん巨額化する流れに司法は警告を発する責任がある。審査会に注目したい。

渡辺元代表も政界復帰をめざすなら自ら真実を明らかにすべきだ。

 

 

川柳「朝囀」告発人 いなけりゃ明日は 新党だ (誠)

 

 

 

 

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2015年2月17日 (火)

不愉快千万な国会の代表質問

 

 国会の代表質問を聞いているとまるで

軍鶏

(

しゃも

)

の喧嘩だ。

挑発だ、戦闘モードだと新聞、テレビがまともに評しているのもどうかしているが、もっと穏やかに質問できないのか。党代表の選挙には国会議員にふさわしい質問ができるかどうかを基準の一つにしたらどうだろう。

 

 代表就任後初めての衆院本会議の代表質問ということで、力んでしまったのか岡田民主党代表、いきなり喧嘩腰ではじめた。切り込みの中身がそれほど新味があるわけではないので、声を荒げて無理をする。

安倍首相にも手の内を読まれて「批判、反論ばかりでなく対案を示してください」「岡田さんのリーダーシップを期待します」と釘を刺された。

 

余裕さえ見せた首相に甲高い地声の皮肉屋、江田維新の党代表が切り込んだ。

私たちが主張する新しいイノベーションの時代が来た…歴代の自民党政権ができなかった改革を、安倍さん、あなたができるという根拠は何ですか、唯々諾々とした官僚社会に支えられたままで出来るわけないでしょう。まさに言いたい放題、けなしたい放題を続けた。

 

 本会議場のひときわ高い演台から並み居る議員たちを見下ろし、大声を張り上げる。それも総理大臣に向かって「お前さんに何ができるのか」と扱き下ろし続けるのだから、さぞ気持ちいいだろう。自分の質問演説に酔っているようにも見えた。でも、テレビ画面を通して見ている身には不愉快千万…ますます野党に不信感を持つようになる。いや、嫌いになる。

 

 いやしくも一国のリーダー、総理大臣だ。その総理大臣に向かって無能者呼ばわりだ。2人とも東大を出ていることを除けばそんなに威張れる素養はないだろう。

国民の支持を集めて政権に近づこうとするなら、そんな威張り散らす姿勢はプラスにはならないだろう。実るほど頭が下がる稲穂かな…2人の姿勢から言い古された格言を思い出してしまった。

 

 川柳「朝囀」小選挙区 質問戦も 小型化し  (誠)

 

 

 

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2015年2月16日 (月)

遺体画像さらす50代教師たち…道徳教育は大丈夫か

 この世に生を受けた子どもたちは優しさと豊かな感性を大人たちによって育まれなければならない。それが人間らしい、人間にふさわしいからだ。

 恐怖や不安は子どもたちの成長にとって最も避けなければならない。それは子どもたちの心を閉じ、縮こませてしまうからだ。

 

 しかし、世の中にはそんなこと思いもしないのか、いや、自分勝手なことを考えている大人たちが大勢いる。それが子どもと接することを生業とする先生というのだから開いた口が塞がらない。

 三重県大紀町の中学校で50代の男性教諭が過激派組織「イスラム国」に殺害された日本人人質、湯川遥菜さんの遺体画像を授業で生徒たちに見せた。

 

 1、2年生3クラス、72人に教室のスクリーンに修正なしで映して見せた。

幸い、気分が悪くなるような生徒はいなかった。栃木県さくら市の中学でも2年、3年生の社会科の授業で50代の男の先生が殺害された後藤健二さんとみられる遺体写真を見せ、名古屋の小学校でも20代の女性教諭が5年生に湯川さんと思われる遺体画像を見せていた。

 

 当の先生たちは「テロ行為の卑劣さを強調したかった」「国際情勢に関心を持たせたかった」「命の大切さを教えたかった」とその理由を語っているが、遺体画像の衝撃性や死者の人権を考えるゆとりの欠片もなかったようだ。

テロの卑劣さや命の大切さは言葉によって教えることは十分可能だ。ショックを与えて理解させようというのは言葉による諭し行為という教育の自殺行為だ。

 

そういうむき出しの授業がまかり通るようでは親たちは心配だろう。

これから道徳が教科化され、それを教師が指導担当するといわれるが大丈夫だろうかと不安になる。現職教諭の研修はもちろん教師を志す人たちの教育指導をしっかりやってほしい。若い世代の異常な事件が社会に暗い影を投げかけていることをあわせて考えると教育現場の乱れは気になる。

 

川柳「朝囀」道徳が 教えられるか 50代  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

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2015年2月13日 (金)

命を守った政府を訴える? 杉本さん、それはあんまりだ

 

私の事例が悪しき先例となり、他の報道関係者まで強制返納を命じられ、報道の自由、取材の自由を奪われることを危惧する―。

シリアへ渡航しようとして外務省から安全確保を理由に旅券返納命令を受けた新潟市のフリーカメラマン杉本祐一さん(58)が東京の外国特派員協会で記者会見して命令取り消しを求める訴訟を起こす考えを表明した。

 

旅券を取り上げることは海外渡航を全面的に封じる措置だ。取材の自由を侵害する。報道の自由に対する権力の乱用だ。そう言って政府批判に油を注いでいた新聞テレビが途端に距離を置いて、「旅券返納命令に問題はないか」、「自由」か「生命保護」か―などとまともなことを書きはじめた。張本人が前へ出てくると身を引いて冷ややかな視線に変わる。いつものことだ。

 

本欄は当初から、自由、自由と騒ぐけど人の命にまさる事由があるのか―と書いてきた。むろんその考えは今も変わらない。安全を自ら守れる保証のない危険区域に入ろうとした杉本さんに自重を促してこそ報道機関だと思う。もし杉本さんがシリアに渡って過激派テロ集団に拘束され、最悪の事態になっても、それでも渡航の自由だ、取材の自由だと書くつもりか。

 

その時は間違いなく「なぜ止めなかったのか」「邦人の安全確保は政府の責任じゃないか」と騒ぎ立てるだろう。湯川さん、後藤さんが満足に救出の手を下せないまま殺害されてしまった直後だから政府は最悪の事態をまず想定して最大の安全確保策を取った。場合によって危険区域に踏み込まれたら混乱が見えているのだから個人の自由を最大限に抑制する手に出た。文句があるか。

 

新聞、テレビの記者たちの間違いは、杉本さんがシリアに入っても何も起こらない場合を考え論じていることだ。日本人をねらうとテロ集団がメッセージを出している時でもある。「今、行くべきでない」となぜ書けない、放送できないのか。

「渡航の自由、取材の自由」か、「生命の保護」か―。

言うまでもない、聞くまでもない、「生命の保護」がすべてに優先だ。

 

いたましい2人の犠牲にもかかわらず、「命が大切だ」と書けないのはなぜか。

憲法や旅券法をつつき回して学者や評論家にモノを言わせ、自らの主張に代用している。なぜ、私はこう思う、私たちはこう考える―と書き、しゃべらない。

自分を語ることもできないでジャーナリストを名乗れるのか。

人の命がかかった問題で自分を語らずしていつ語るのだ。

 

川柳「朝囀」意見など 持たないヤツが 敏腕と  (誠) 

 

 

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2015年2月12日 (木)

杉本さんシリアに行かせるべきか…突然、沈黙の新聞、テレビ

 

旅券返納命令は権力の暴走だ、渡航の自由への侵害だ―。

シリアへ渡航しようとしていた新潟市のフリーカメラマン杉本祐一さん(58)に外務省が旅券を返納させたことをそういって批判していた新聞、テレビが突然、沈黙してしまった。なぜだろう。

 

安全を自ら守れる保証のない危険区域に入ろうとした杉本さんに自重を促してこそ報道責任じゃないのか。くり返すが、「自由」「自由」と騒ぐけど人の命にまさる自由があるのか。記者たちは、もし杉本さんがシリアに渡って過激派テロ集団に拘束され、湯川さんや後藤さんと同じ結果になっても、それでも杉本さんは自分の意思を通してよかったと言うだろうか。

 

そういう事態になれば、間違いなく「なぜ止めなかった」「日本人の安全を確保するのは政府の責任じゃないか」…と騒ぎ立てるだろう。   

政府としては最悪の事態を想定して対応するしかないじゃないか。湯川さん、後藤さんの場合でも現実問題として政府は対応に窮して混乱した。独自に解放を求めて交渉する先さえ持てなかった。

 

こういう場合に新聞、テレビの記者たちが犯す間違いは、杉本さんがシリアに入っても何も起こらない場合を前提に判断し論じることだ。今度の場合でも杉本さんが難民キャンプやNGO活動の現場を取材するだけで、過激派「イスラム国」に入るつもりはないと言っていることを前提に「自由」「自由」と騒いでいる。テロ集団の公言通り狙われたらどうするのか考えてもいない。

 

何度も繰り返すが、新聞、テレビの記者たちは渡航や報道の自由を貫くために杉本さんをシリアに送り出すのか。最悪のことになったら自らの責任で救出できるのか。救出は政府の責任だ―なんて騒ぎ立てないか。もし杉本さんが兄や弟だとしても外務省に自由侵害だと言って食らいつきますか。人の命がかかった問題、それも他人のことを軽々しく考えすぎていないか。

 

 

川柳「朝囀」自由さえ 叫べば命 守れるの?  (誠)

 

 

 

 

 

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2015年2月11日 (水)

もう一度書く、命にまさる自由あるか…命軽視のメディア論調

もう一度書くことにする。

「旅券返納命令は権力の逸脱だ」「渡航や報道の自由も阻害している」―シリアへ渡航しようとしていた新潟市のフリーカメラマン杉本祐一さん(58)から外務省が安全確保を理由に旅券を返納させたことを新聞、テレビがそういって騒いでいる。人の命を守るという報道責任をどう考えているのか。

 

安全を自ら守れる保証のない危険区域に入ろうとした杉本さんに自重を進言してこそ報道機関じゃないのか。昨日に続いてくり返すが、「自由」「自由」と騒ぐけど人の命にまさる自由があるのか。記者自身は、もし杉本さんがシリアに渡って過激派テロ集団に拘束され、最悪の事態になっても、それでも杉本さんは自分の意思を通してよかったと考えるのか。

 

それはないだろう。もし最悪の事態になれば、きっと「なぜ止めなかったのか」「日本人の安全を確保するのは政府の責任じゃないか」…などと騒ぎ立てるだろう。   

杉本さんの場合はまだことが起きているわけではない。この先の危険に対して本人も政府もどう対応すべきかが問われた問題だ。政府としては最悪の事態を想定した対応を執るしかないじゃないか。

 

新聞、テレビの記者たちの間違いは、杉本さんがシリアに入っても何も起こらない、最良の場合を考えて論じていることだ。カンボジア内戦などを取材した私の経験でも常に最悪の事態に備えるべきだ。杉本さんは難民キャンプやNGO活動の現場を取材するだけだというが、日本人をねらうと公言しているテロ集団が聞き受けてくれるわけない。万一の時に自分で交渉し解放にこぎつけられるのか。

 

くり返しになるが、新聞、テレビの記者たちは本当に杉本さんの命よりも渡航の自由や取材の自由の方が大切だと考えているのか。人の命がかかった問題を日常の政府批判と同じように論ずることがまともなのかどうか考えてみたらどうだ。何でもかんでもただ批判すればいいわけではない。

渡航や報道の自由を貫くために杉本さんをシリアに行かせるのですか。

 

 

川柳「朝囀」蛮勇に 命知らずと ルビをふる (誠)

 

 

 

 

 

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2015年2月10日 (火)

命に勝る自由があるか…杉本さんをシリアに行かせたいのか

新潟市のフリーカメラマン、杉本祐一さん(58)が、憲法が保障する渡航や報道の自由を侵害されたとして訴訟を検討していると新聞、テレビが大騒ぎしている。後藤健二さんらが殺害されたシリアへ取材のため渡航しようとしたところを外務省から安全確保を理由に旅券返納命令を受けたことに対してだが、安全を自ら守れる保証のない危険区域に入ろうとした「責任」はどう考えるのか。

 

海外に渡航、在留する日本人の安全を確保することは政府の責任である。後藤さんたちが人質になった時も新聞、テレビ、政界からそれが声高に叫ばれ、法外な身代金にも応ずるべきだとする声さえ聞かれた。杉本さんの場合はまだことが起きているわけではない。この先の危険に対して本人も政府もどう対応すべきかが問われた問題だ。政府の対応は最悪の事態を想定してのものだっただろう。

 

それは正直言って、万一の時に杉本さんについても後藤さんたちの時と同じ結末になる恐れがあるからだ。杉本さんは難民キャンプやNGO活動の現場を取材するためで過激派「イスラム国」を取材するつもりはない―と主張しているが、日本人を標的にすると公言しているテロ一味にいつ捕まっても不思議でない。万一の時にも杉本さんは自分で交渉し解放にこぎつけられるのか。

 

新聞、テレビもそうだ。「杉本さんの取材計画をどこまで詰めて検討し、渡航阻止の実行措置をとったのか」と、まるで杉本さんの主張を素直に受け入れよ!といわんばかりのことを書いているが、万一、杉本さんがテロ集団の牙にかかったら「なぜ行かせた」「法的措置をもって阻止すべきだった」くらいのことを平気で書くだろう。新聞、テレビこそものごとを慎重に考え対処すべきだ。

 

人の命は地球よりも重いと言った首相も過去にはいた。

あえて言いたい。命にまさる自由があるのか。命に危険が及ぶ恐れがあろうとも、渡航の自由、報道の自由を貫くために杉本さんにシリアに行きなさいと新聞やテレビの記者たちは背中を押すのか。旅券返納の「命令イコール国家権力の乱用」―と決めつけて論ずる思想こそ国民を危険にさらすことになろう。

 

 

川柳「朝囀」蛮勇を ほめた言葉と 勘違い  (誠)

 

 

 

 

 

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2015年2月 6日 (金)

また足もと乱しはこの男…山本太郎がテロ非難決議放り出す

 

 

6日の参議院本会議で行われたテロ非難決議案の採決を「生活の党と山本太郎となかまたち」の山本太郎代表が退席、棄権した。各党から激しい非難と怒りの声があがっている。この程度の人物が国会議員、それも「良識の府」たる参院議員をしているということに言葉もない。

 

何の落ち度もない2人の日本人を人質として利用した上、虫けらのように殺害したテロ集団に対して強く抗議し、テロを許さないという意思表示が趣旨の決議だ。それも国会あげての強い意思表示をしようというのに棄権した。しかも、採決直前にわざわざ目立つように退席するという非常識だ。園遊会で天皇陛下に対して書状を取り出し直訴に及んだ時と同じだ。

 

各党は山本議員の行動が間違ったメッセージをテロ集団に送ることにならないかと気遣っている。5日の衆院本会議での決議では全会派を代表して提案者となった林幹雄議院運営委員長が、「生活の党と山本太郎となかまたち」と「山本太郎」という個人名を名乗るのはおかしいという批判の声を受けて、慣例となっている提出会派の読み上げを略し、「提案者を代表して」と名乗るというひと幕もあった。

 

衆院なのに参院議員個人名を会派呼称するのは違和感があるという声もあったそうだ。「生活の党と山本太郎となかまたち」などという売名政党名をつけたことがそもそもおかしい。もう一方の党代表、小沢一郎氏がその名を受け入れ新党を結成した時に本欄は「ふざけた党名だ」と書いた。正月の新年会で小沢氏は新党名に対する世間の反応はあながち悪くはないなどと語っていた。

 

政党交付金の受領要件である「議員5人」を確保することに遮二無二突っ走り、「山本太郎」を名乗る政党名を受け入れてしまった小沢氏はまたまた恥をさらすことになったのではないか。政党交付金に目がくらんで生き恥の党名を呑んだ小沢氏への批判の声も聞かれる。かつて自民党の中枢で権力を駆使、集票マニフェストで民主党政権を引き寄せた策略家も思わぬところで晩節を汚すことになった。

 

川柳「朝囀」良識も 見識もはや 絶え果てて  (誠)   

 

 

 

 

 

 

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2015年2月 4日 (水)

後藤健二さんは蛮勇だった…高村副総裁あえて言う

 

外務省の担当者から3回にわたって渡航自粛を受けながらもテロリスト支配区域に入ったことは、どんなに使命感が髙かったとしても、蛮勇と言わざるを得ない。

 「イスラム国」によって殺害されたフリージャーナリスト、後藤健二さんについて、自民党の高村正彦副総裁が記者団にそう語った。

 

 高村副総裁は、亡くなった方をむち打つために言っているのではないと断った上で、後藤さんの遺志を継いで後に続く人たちは蛮勇にならないよう細心の注意を払って行動していただきたいと説明した。個人で責任を取りえないこともあることを肝に銘じてほしいとも述べた。「蛮勇」とは文字から解釈するなら、むこうみずな勇気という意味になろう。

 

 後藤さんのこれまでの国境・人種を超えた活動やその底に流れるやさしい人間愛が国の内外で称えられる中で、それに水を差すようなことは言いにくい。いや、なかなか言い出せない。渡航延期を含む退避勧告の出ている危険地域に踏み入って拘束されたという経緯を踏まえれば、国会の検証論戦でも当然取り上げられることがらだが、野党追及もその直前でとどまっている。

 

政府も外務省の担当部局がシリアに入らないよう伝えていた…10月中旬には面会して渡航しないよう注意喚起した、と述べるにとどまっている。

 遠巻きに「自己責任」論を口にする政治家はいるが、それも自分の言葉ではなく第三者の発言としてふれるだけだ。そんな微妙な空気の中での高村発言だった。政治家としてそれこそ勇気のある発言だと思う。

 

 高村副総裁は、情報取集の極めて難しい地域である上、引き続いて日本人を標的にするというメッセージが発せられている中で、極力、リスクを避ける配慮を国民にあえて求めたのだ。個人の責任を超えた混乱を招くことをまた突き付けられた。 ことが起きてしまった後でどんなに涙をぬぐっても憤っても始まらない。私たちが今、考えなければならないことはただ『危うきに近寄らず』だ。

 

 川柳「朝囀」メディアさえ 人に言わせる 「自己責任」 (誠)

 

 

 

 

 

 

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2015年2月 3日 (火)

協会がやっとアギーレ解任…レッドカード出し遅れだ!

 

 八百長試合の疑いがかかっているサッカー日本代表のハビエル・アギーレ監督の解任をやっと日本サッカー協会が決断した。スペイン1部リーグ時代に八百長試合にかかわったとされる告発状がスペインの裁判所に受理されたのを待って未練たらたらの解任だが、「シロ」と出る読みもないのにダラダラと引っ張ってきた判断の甘さは追及されて当然だ。

 

フェアプレーが命のスポーツ界、それもナショナルチームの監督にふりかかった八百長疑惑だ。疑わしきは罰せず―ではなく、疑わしいから罰する―で臨まないと不信を招いて取り返しがつかないことになる、と本欄は主張してきた。

世界のスポーツ界が成り行きを注視しているし、5年後に迫った東京オリンピックへの影響も気がかりだったからだ。

 

「運がわるかった」「まずいクジを引いちゃった」といって同情してくれるとでも協会幹部は考えているのではないか。そうも書いた。いや、不信なんて大したことない…疑惑は当人の問題だし協会には関係ない…今もそう思っているのではないか。ことはサッカー界だけの問題ではない。これまでわが国のスポーツ界が営々と築いてきた世界の信頼基盤が薄汚れてしまったのだ。

 

協会幹部たちは「シロ」であってほしいという一念でダラダラと引きずってきてしまったのだ。その理由は何でもない、すでに八百長疑惑が出ていた人物を監督に選任してしまったヘマを認めたくなかっただけだ。その責任を問われることへの恐れだったに違いない。それならむしろ早いうちに断を下した方がいいとなぜ考えなかったのだろう。解任が早過ぎると誰も言わなかったはずだ。

 

大仁協会長はアジアカップなど全日本チームの国際試合への影響を気遣った…と解任が延びた理由を語ったが、結果的には選手たちに二重の喪失感を持たせてしまった。まだ有罪と決まったわけではない…協会の思いはまだそこにあるのではないか。「子どもたちの夢、希望そのもの」のサッカーが八百長疑惑にまみれたことを重く見て解任を急ぐべきだった。オフサイドは疑わしきに旗をあげるのだ。

 

川柳「朝囀」大仁さん 自らに赤カード 出し遅れ (誠) 

 

 

 

 

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残虐なイスラム国に人情論? 国会でおかしなことを言ってる

 

「イスラム国」による邦人人質事件に絡めて国会議員がおかしなことを言い出した。2人の邦人が拘束されている中を安倍首相が中東を訪問し2億ドルの支援を表明したことや「テロと戦う」とのエジプト演説などがテロ集団に凶行の口実を与えたのではないかという。社民党の吉田忠智党首の指摘に代表される通り、あたかも非が首相や日本政府にあるとでも言わんばかりの発言だ。

 

何をどう言おうが自由だが、間違ってならないのは何の落ち度もない人質を殺したことは犯罪であり、テロ集団は犯罪集団だという事実だ。

私たちは犯罪を許さない。テロを認めない。テロに屈しない。彼らの育った境遇がどうあれ、貧困がどれだけ彼らを虐げてきたかは別にして卑劣かつ非道を正当化することは許さない。人道、人権論にふれるまでもないことだ。

 

テロリストたちに罪を償わせる―という首相発言を民主党の大塚耕平議員が2日の参院予算委で追及していたが、極悪非道の犯罪人であるテロリストたちを法の裁きにかけようとする首相の決意に異論をはさむ余地はない。「イスラム国」の過激主義と最前線で戦っているアラブの国々を支援していくことが日本としての毅然たる責任だとする首相発言に何が問題があろうか。

 

野党は対決姿勢を控え冷静な検証が大切と言いながら、その冷静さが妙な人道主義や人権主義とごちゃ混ぜになってテロ集団へのゆがんだ感傷を醸し出しているように思えてならない。日本人を狙って殺りくを続けるというテロ集団のメッセージに対する脅威がその背景にあるのかもしれない。

だが、テロ集団の言い分を認めてしまうような論戦は絶対にあってはならない。

 

生活の党の小沢一郎代表は「イスラム国への宣戦布告だった」と扱き下ろした。それこそ政略的対決だ。今、必要なのは冷静に中東の現実と向き合うことだ。戦乱、テロ、生活喪失…人々は絶望の渕にある。その中東と長い連携の中にあるわが国が何を為すべきか。小沢さんともいうべき思慮の政治家が分からぬはずがない。

 政治の混乱が何をもたらすか…そのことを政治家は今こそ考えるべきだ。

 

 戦火の下を逃げ惑い、犠牲になっていく人々を前にフリージャーナリスト、後藤健二さんが世に問うてきたことは混乱する政治の非人道性だったのではないか。人間の顔をとどめながら悪魔の心に変わったテロ集団の恐ろしさを後藤さんは自ら犠牲になって証明した。テロの残虐さを身をもって教えた。

国会議員のみなさん、しっかりしてくださいよ。

 

川柳「朝囀」平和ぼけ テロリストにも 人情論  (誠)

 

 

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2015年2月 2日 (月)

ならず者たちと人間愛の後藤さん同じレベルで論じるな

 

 

残虐なテロリストたちに言いようのない憤りを覚える。

日本人を狙って殺りくを続けるというメッセージには為すすべもみつからない。

一方、新聞、テレビ、政界の評論にはいささかの違和感を覚える。首相が中東訪問で発した「テロと戦う」「イスラム国と戦う国々を支援する」との宣言は思慮を欠いていた、とする批判だ。

 

生活の党の小沢一郎代表は「イスラム国への宣戦布告だった」と扱き下ろした。そうだろうか。たまたまテロ集団が人質の2人と交換に巨額の身代金を持ち出した根拠にされただけであって、それを首相発言と結びつけてはテロ集団の言い分を認めてしまうことになる。首相発言の人道性を持ち出すまでもなく、テロ集団の残虐行為は認められない。罪もない人を殺害するのは言い訳できない犯罪だからだ。

 

彼らには道理も人道もない。生まれ落ちた境遇が薄幸だったり、貧困や格差に不満があるかもしれない。その境遇を繁栄国家のせいにし、ひっくり返そうとして戦争ごっこをはじめ、自分たちの思い通りにしようと徒党を組み生身の人間に容赦なく銃や爆弾を向けている。人の命を尊ぶイスラムの教えに背いて自責の欠片もない。血も涙もない無法者たちだ。

 

石油基地を銃で脅して奪って資金源にするかと思えば、国家の金銀財宝を持ち出して売り払うというありさまだ。さらには古代の木乃伊(ミイラ)まで持ち出して軍資金にするという罰当たりをやっている。それを「歴史的に虐げられた人間の反抗だ」「その反抗を邪魔するような首相発言は宣戦布告だ」「発言のリスクをちゃんと考えていたのか」。そんな批判が飛び出すとは驚きだ。

 

戦争や内戦の戦火の下で必死で生きる人々にレンズを合わせ、耳を傾けて、戦争の愚かさと命の尊さを世に問うてきた後藤健二さんと人間の顔をした狂気集団とを同じレベルで論ずることは間違いだ。ならず者たちの餌食にされた尊い人間愛の実践者の無念を嘆くことはあっても、テロ集団の残虐さには頑として怒りを訴えるべきだ。それでなければ後藤さんは浮かばれない。

 

川柳「朝囀」非道の弾 人間愛の 鎖断つ (誠)

 

 

 

 

 

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2015年2月 1日 (日)

後藤さん殺害される…人間の顔をした悪魔たちに憤り覚える

 

 

 

私たちの願いは人間の顔をした悪魔たちには通じなかった。イスラム国は拘束していたフリージャーナリスト、後藤健二さん(47)を殺害したとする動画をネット上に公開した。強い憤りを感じる。何の落ち度もない2人を見せしめのようにネット上にさらし、虫けらのように殺害した残虐な行為は許せない。卑劣なテロ集団の壊滅を国際社会に強く訴えたい。

 

 72時間以内に身代金を払わなければ2人を殺害する―政府は《72時間》という時限爆弾を背負わされうろたえた。イスラム国に接触できるのか? 直接交渉は可能か? 中東の友国にどう協力を求めるか? 2004年イラクでボランティア活動家の高遠菜穂子さんら3人が誘拐された時と同じように交渉の取っ掛かりでまごついてしまった。残念だが日本の外交力の非力さだろう。

 

そうは言っても部族や民族対立の地で外交力を築くのはたやすくない。宗教や文化の違いを乗り越えるのは容易ではないからだ。今回もヨルダン政府の協力に頼るしかなかった。当初、湯川遥菜さん(42)救出に手もつかなかった。イスラム国が身代金要求からヨルダンに収監中の爆弾テロ事件実行犯サジダ・リシャウィ死刑囚の釈放要求に変えたことでやっと交渉の手がかりを得た。皮肉というしかない。

 

交渉も米国のイスラム国空爆に参加中に墜落しイスラム国に人質になったパイロットの解放がヨルダン国民の要求として浮上、後藤さんの解放は綱渡り状態になった。テロに屈しないと言いながらテロ集団に後藤さんの解放をすがるというちぐはぐだった。ヨルダン政府はよく頑張ってくれたが、やはり国民世論を後藤さんとパイロットとのセット交換で納得させることはできなかった。

 

イスラム国空爆に抗し米人記者などの「処刑」が行われている最中になぜ後藤さんらは現地に足を踏み入れたのか。悔まれる。戦火の中を懸命に生きる人々の報道を通して後藤さんが訴えたものは尊いが、命も大事にしてほしかった。個人の責任を超えた混乱を考えるべきだとする声もある。そういう危険と背中合わせで得る映像や情報にたよる映像メディア界も猛反省すべきだ。

 

 川柳「朝囀」地球より 重い命が 二つ消え  (誠)

 

 

 

 

 

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