« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月

2015年3月31日 (火)

社長も敬遠、マイナスばかり強調する経済情報

  社長も敬遠、マイナスばかり強調の経済情報

 

くる日もくる日も新聞、テレビが「格差」「格差」と騒いでいる。

差をつくる「格」に位置する大新聞、大テレビ局の記者がそう叫んでいる。

そんな時、新聞におもしろい記事があった。「へえ…な会社」という紹介記事に社長がめったに出社しない水着製造・販売専門会社「ミューラーン」が出ていて、三浦誠巳社長が本社に顔を出すのは月に1週間程度だと紹介されていた。

 

 社長がいなくても成り立っている会社というのもおもしろいが、なぜ出社しないのかという話に感動したり、感心したりしたのだ。

 通信や交通が発達してインターネットで決済できる時代に東京にいる必要はないという話は素直に納得だが、おもしろかったのは「東京にいると、景気がわるいとか日本のマイナス面ばかり強調されるから…」という理由づけだ。

 

 「海外から見ると日本は『黄金の国』だということが分かる。日本や会社について冷静な判断ができる」。三浦社長の思いがそんな風に紹介されていた。景気がわるいとか日本のマイナス面ばかり強調されているという三浦社長の話には思い当たることが多い。特に国政や経済政策の接点にいる政治記者や経済記者には耳が痛いだろうが、素直に耳を傾けてほしい。

 

 「経済は生きもの」と言われるとおり理屈通りには動かない。しかも、国境を超えて国と国とが結びつきを深め複雑になっている時代だから、判断がむずかしい問題が多い。だからこそ判断は慎重に、報道は控え目が望ましいだろう。だが、現実の報道は分かりやすく、明解に―という呪縛につかまっているから、勢い、断定的かつ一方的になりやすい。

 

 過去最高水準のベア回答が続いた産業界について評価しているのかと思えば、景気の好循環につながるか分からないだの、地方や中小企業との格差が拡大するだのと負の論評を展開している。分かりやすい側面に話を集中させる。地方や中小企業の回復速度の遅れは一律に格差ではない。それそれが乗り越えていくべきハードルでもあるのだ。それをじっくり冷静に見届けるのが真の報道姿勢ではないか。

 

 川柳「朝囀」足踏みも 免震ゴムの せいにする  (誠)

 

 

 

 

 

2015年3月28日 (土)

歴代3社長、やっぱり無罪…JR宝塚線事故

   歴代3社長、やっぱり無罪…JR宝塚線事故

 

 

 乗客乗員150人を乗せたドイツ機墜落の原因は副操縦士の精神疾患によるとの見解が強まっている。副操縦士の殺人容疑を視野に入れた捜査が展開されることになりそうだという。その場合、航空会社の責任がどう問われるようになるのかが今後の焦点になりそうだ。

 

 一方、日本では鉄道の脱線事故に対する会社経営陣の責任が問われた裁判で無罪判決があった。107人が死亡した2005年のJR宝塚線の脱線事故で業務上過失致死傷の罪で強制起訴されたJR西日本の歴代社長3人の控訴審判決で、大阪高裁は死亡した運転士が速度を出し過ぎたのが直接の原因であり、現場カーブで事故が起きる危険性を歴代社長は具体的に予見できなかったと無罪を言い渡した。

 

 現場が急カーブに切り替えられた上に電車の本数が増え、脱線の危険性が高まったのに、列車自動停止など安全装置はつけられなかった。元社長らは「安全対策は担当者に任せていた」「安全装置を設置する法的義務はなかった」と責任回避の証言を繰り返してきた。裁判所は、JR西日本に安全対策が求められた事態は認めたものの、個々の社長に具体的な責任を明確にできないとして無罪判定をした。

 

こんな大事故なのに経営陣は何ら責任を問われない。ただ一人、直接事故を引き起こした運転士のみ責任を問われて終わる。運転士を使っていた最高責任者の責任はないのだろうか。現場の危険に常に気を配って安全な運行に配慮する責任は経営陣の基本じゃないのか。誰だってそう思う。表現は穏当でないかもしれないが、遺族にしてみたら「死に損」じゃないか。

 

事故で人が死亡した場合、会社、組織を処罰できるよう法整備をなぜ図らない。事故から間もなく10年になるというのに動きさえない。大きな事故があるたびに「事故の犠牲を無にしないよう安全対策を進めよう」というのに、現実はその場限りだ。まさに死者にムチ打つような話じゃないか。安全対策を講じることは生きている人間の務め、最低限の責任だ。

 

川柳「朝囀」責任が あるよでないのが 社長さん  (誠)

 

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

2015年3月27日 (金)

裁判所はなぜ「小選挙区制」の欠陥指摘しない

  裁判所は「小選挙区制」の欠陥をなぜ指摘しない

 

 

裁判官の量刑判断は世間の常識からかけ離れているとよく言われる。

「1票の格差」が最大2・13倍だった昨年の衆院選の違憲性が争われている高裁・支部の判決を見るとなるほどと思う。17高裁・支部のうちこれまでに13高裁・支部で判決が出たが、「違憲」の一歩手前の「違憲状態」が8件、「合憲」が4件、「違憲」はわずか1件と予想とはあまりにもかけ離れた内容になった。

 

 2012年の衆院選(最大2・43倍)については大半が「違憲」で、一部は「選挙無効」(やり直し)まで踏み込んだ判決内容だったことを考えると国会に対して裁判所が豹変だ。元々、憲法がしている投票価値の平等は、現実問題として多少の差やばらつきは可とするものの、2倍を超える格差まで認めているとは思えない。世の常識でも2倍は「大差」なのだ。

それに判決の中で「0増5減」改革によって最大格差が2・43倍から2・13倍に縮まったことを評価しているが、なお2倍を超える選挙区が全国で13選挙区もあるのだから憲法の「投票価値の平等」には程遠い。格差改善への取り組みの程度やその効果が問われているのではなく、格差そのものが問われているというのにどうしてそんな理屈にねじ曲げられてしまうのだろう。

「違憲」判決を下した福岡高裁は、各都道府県にまず1議席ずつを割り振る「1人別枠方式」が過去の最高裁判決によって合理性を失っているのにそれ自体が残存していることは改善への取り組みとしても評価できないとした。国民の一人としてその考えを支持したい。最高裁が定数配分方式の欠陥を指摘し改善を求めたように格差問題の元凶、「小選挙区制」の欠陥、廃止をなぜ求めない。

1選挙区の定数を3~5人の「中選挙区制」にすればいっぺんに解決する。大体、議席につながらない、いわゆる「死に票」が国民の投票の半分にも達するなどというのは邪道だ。「1票の格差」どころか「1票の価値」をゼロにしているわけで、国民に対して「文句を言うな」と忍従を強いているのであり、民主主義への冒涜だと言ってもいい。

川柳「朝囀」 1票の 価値踏みつけて 格差論 (誠)

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

2015年3月25日 (水)

高市総務相に一筆啓上、地方創生は地方組織の刷新から

  高市総務相に一筆啓上、地方創生は地方組織の刷新から

 

 拝啓 高市早苗総務大臣殿

突然、このようなお手紙を差し上げますことをおゆるしください。

都会の若者たちが地方に移住して活性化を支援する「地域起こし協力隊」の隊員数が今年度末に1500人を超える見通しになったと先日の全国サミットで公表されましたが、思うところあって書かせていただきました。

 

地域の人と汗を流す。そういう姿がたくさんできれば日本は変わる。そのきっかけを作るのが協力隊だ。大臣はそうあいさつされましたが、もちろんその考えは間違っていないと思います。そのための協力隊だということも100%納得です。     

でも、どんなに立派なアイデアも狙いも思い入れ通りに進んでいません。丸っきり成果をあげていないとは言いませんが、それほどでもないんです。

 

特に今回は地方創生とからめて期待が持てるところから隊員数を増やし、来年度中には倍増の3000人にするというお話です。力み過ぎのようにも思えますが、望みは大きい方がいい。是非、実らせてほしいとは思います。

私が考えを異にするのはその目標や狙いではありません。肝心の地方の現状が隊員たちのやる気を生かし、所期の目的を本当にあげられるかという疑問です。

 

ズバリ申し上げて地方が若者を迎え入れる環境、態勢の中にあるとは言えないからです。地方の組織、団体はすでに権力構造化、既得権化して古い人たちの隠遁所のようになっている。だから、どんなに金を掛け、背中を押しても変わらない。地方創生の「創生」とは新しいものを作る意だと理解しますが、古いところに安住してきた人たちに新しい発想なんかあるわけがないんです。

 

 若い人たちによる別の組織を立ち上げて取り組んでください。頑張ってほしくない古い人が多すぎるんです。「ご苦労さまでした」と古い組織に決別を告げることは「票」や「人気」を気遣う政治家にはむずかしいかもしれませんが、国策としての地方創生なら決意してください。古い組織にいくら号令をかけても動きません。貴い税金をドブに捨てるだけで終わってしまいます。何とかしてください。

 

 川柳「朝囀」あちこちに 地方眠らす 人の影  (誠)

 

 

 

 

 

http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

 

2015年3月23日 (月)

白鵬をいじめるな…幕内4割は外国人ですぞ!

  白鵬をいじめるな…幕内4割は外国人ですぞ!

 

大相撲春場所は東横綱、白鵬が6場所連続の優勝を果たし、自らの持つ優勝回数の史上最多記録を34場所に伸ばして幕を閉じた。

なかなか口を開かない優勝インタビュー、「いろいろ騒がせましたけど…」と言ったきり空を仰いだ。場内の声援を受けてポツリ「ま、がんばります」と結んだ。

 

ひと晩たった今日の朝刊各紙はこの顛末を詳しく報じた。

「猛追かわして連続V」「耐えて,しのいで6場所連続優勝」…照ノ富士ら新鋭の猛追に耐えただけではない。自らまいたタネもあった。初場所での取り直しの一番をめぐって審判部批判を口走ってしまった。白鵬が勝っていたのは明らかだという声が多い。取り直しは白鵬には不利な扱いだった。

 

でも、審判は絶対…スポーツの世界、それも古い大相撲界では重い掟だ。

それを承知の上で口にしてしまった。それほど勝ち負けがはっきりしていた。

新聞、テレビはそれを厳しく取り上げ、白鵬への批判を記事にした。

我慢できなかったのだろう。白鵬は批判記事を書いた報道陣に対して春場所の15日間、取材にも口を閉ざしたまま通した。

 

 再び口を開くのはいかに大横綱とはいえ重たかっただろう。

土俵下での優勝インタビューに言葉を選び、苦しんでいるのがかわいそうだった。

それでも「恩を忘れるな」「おごるな大横綱」と週刊誌の新聞広告はむき出しの見出しが続いている。強すぎる横綱の宿命、あるいは妬みもあるのだろうが、ちょっと大人げないなと思う。

 

 ふがいない日本人力士ばかりの中、長い間、1人横綱で相撲界を守ってきた白鵬に恩を忘れてならないのはどこの誰かを考えるべきだ。

横綱、三役を含め幕内力士43人のうち17人、約4割が外国人。それも3横綱全員を含めて10人が白鵬のモンゴル出身、モンゴルさまさまだ。いつまでも「モンゴル人親方は認めない」などと言っていられるのかどうか。

 

 川柳「朝囀」白鵬に 強すぎるよと 

妬く

(

やく

)

協会  (誠)

 

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

 

2015年3月22日 (日)

「違憲」「合憲」…一体どっちが本当ですか、裁判長

 「合憲」「違憲」…どっちが本当手すか、裁判長

 

 

「1票の格差」が最大で2・13倍だった昨年12月の衆院選について、東京高裁は前回の2012年衆院選の2・43倍から縮小したのだから「合憲」だという判断を示した。その翌日には名古屋高裁が一定の改善は認めるが依然2倍以上のところが全国で13選挙区もあったのは許容されないとして「違憲」状態との判断を下した。一体、どっちが本当ですか、裁判長。

 

憲法は1票の投票価値の平等を規定している。それは特別な条件や例外を認めないという厳しいものであるはずだ。本来、憲法下の平等というのは厳格であるはずであって、解釈でどうにでもなるなんておかしいんじゃないか。

2倍を超す格差がその厳格な平等の中にあるといえるか。世の中の常識からいえば2倍は大差であり不平等きわまりない。

 

普通に義務教育を受けた者なら誰だって不平等と考えるだろう。

「違憲」判断を下した名古屋高裁の揖斐潔裁判長はバランスのとれた常識人だが、「合憲」を下した東京高裁の大段亨裁判長は多分、理屈が先に立つ人だろう。選挙が行われた時点で不平等だったのではと問われているのに、「0増5減」の改善努力を評価して違憲判断をしないという。

 

問われたことにちゃんと答えてほしい。2倍も格差があれば不平等なのは言うまでもない。会社で同じように仕事をして業績も差がないのに給料が2倍も違ったら社員は働かなくなっちゃう。いや、会社を辞めちゃうだろう。投票の価値の平等はそれよりずっと人権、人格に即した権利だから、その不平等はもっと厳格に審査されて然るべきだろう。

 

衆院選を無効としないのは政治家に対する甘やかしだ。「1人1票」が権利の基本だが、選挙区の人口、有権者の数は変わるのだから、区割りがある以上格差は生ずる。その格差を承知の上、どこまでが合憲でどこから違憲かの判断を司法に丸投げしていること自体が無責任だ。政治家は等しく国民の負託を背負わねばならない。それを小手先のつじつま合わせでお茶を濁しているのは不まじめだ。

 

 

  川柳「朝囀」国民の 不利益までも 解釈で (誠)

 

 

2015年3月20日 (金)

弱い者狙い撃ちの過激派…旅する国に迫る狂気

 四方を海に囲まれ国の人々は国境の外に夢と憧れを抱いて生きる。

ハネムーンはどこの国の人も同じだろうが、アジア東端の人々は修学旅行、卒業旅行、金婚式、銀婚式、そして退職記念…と人生の節目、節目にその憧れの地を訪れ、思い出を心に焼き付ける。

 

 それが何ものにも代えられない幸せであり、喜びなのだ。

その楽しい旅のさなかを背中から銃弾をあびせられてはたまらない。

しかも旅の集団が到着するのを待ち構えての凶行はむごい。

亡くなった埼玉県の宮崎遥さん(22)は10日前に大学を卒業したばかりの卒業記念の旅をお母さんのチエミさんと楽しんでいる途中で犠牲になった。

 

昨日も書いたが、過激派一味と言えども彼らにも親きょうだいがあり、妻や子があるに違いない…自分の家族だけは別だなんていう理屈は卑怯だ。

彼らには彼らの言い分があるかもしれない。しかし、それを罪もない人々に銃弾を浴びせることによって晴らすことは許されない。そのことを彼らに分からせることはできないのだろうか。

 

人は多少の差はあるが生まれ落ちた国や時代に翻ろうされて生きる。支配され虐げられて生きる者もいる。しかし、それに耐え、あるいは克服して生きることが試練だ。神が地球上にたったひと握りの豊かな国と圧倒的に多くの貧しい国をつくったことこそ試練だ。貧しきものが汗を流し、豊かな者がそれを助ける…その明解な試練に人類は2000年の時を刻んでもこたえていない。

 

だからといって暴力、凶行によってそれを果たすことを神は望んではいない。

凶行が何をターゲットにしたのか解明する必要はあるが、それによって亡くなった命がかえってくるわけではない。だから、くやしい。だが、旅する国民である日本人に惨劇がふりかかる恐れは去年よりも一昨年よりも大きくなっている。私たち自身が心の警戒レベルを2重3重に厳重にして備えるしかない。

 

 川柳「朝囀」卑きょう者 弱い標的 狙い撃ち  (誠)

 、

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

2015年3月19日 (木)

モザイクがアラブの春と崩れる…チュニジア日本人狙うテロ

 子どもを抱えて逃げる家族、手を取り合ってもつれるように逃げる年寄り夫婦などの映像がテレビ画面に映し出されている。楽しい旅が一瞬にして地獄の修羅場に暗転した。モザイク遺跡の世界的メッカ、チュニジアのチュニスで起きたテロ襲撃事件で日本人が犠牲になった。

 

チュニジアの国会に近接した博物館が惨劇の場になったことから国会をねらったテロだという見方もあるようだが、百数十人が乗船した旅客船の到着に合わせて襲撃が行われていることを思えば、日本人を狙った襲撃だったと考えるべきだろう。        

旅の途中にあって全く無警戒の中にある人々を襲撃するとは卑怯きわまりない。あまりに残酷だ。ゆるせない。

 

関係者の話ではチュニジアは野放しで安心できる地域ではないが、特に渡航上の制限はなく最も低いレベルの「十分注意を」の対象になっていた。しかし、近接のリビアなど過激派集団が動いている国があり、大量の観光客を送り込むことに問題はなかっただろうか。旅行客を集めるのに楽しいことばかり宣伝していられる時代ではなくなっている。今回の惨劇から学び取るべき教訓は多い。

 

観光立国ともいうべき国にある以上、旅客を迎える立場でも安全対策に微塵のすきがあってもいけない。不安をあおるような話になるが、今度の襲撃が日本人を狙ったものだったとすれば、惨劇は地球上のどこででも起こる恐れがある。どんな惨劇になるかも予想できない。テロリストがわが国に侵入し、日本のどこかで襲撃を起こすことも現実感をもって警戒しなければならない。

 

テロ集団にも親もきょうだいも、妻や子があるかもしれない。

罪もない人々を虫けらのように殺害しておいて自分の家族だけは別だというのか。

そんな身勝手はないだろう。貧しく、虐げられた暮らしに生まれ落ちた苦悩は同情されても残虐な殺りくは許されない。そのことを国際社会は粘り強く説いて惨劇の連鎖を断ち切るしかない。それしかないだろう。

 

 川柳「朝囀」モザイクが アラブの春と 崩れ落ち  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年3月12日 (木)

鳩山元首相、ロシアの広告塔に…宇宙人そのものだね

 

やっぱりこの人は日本人じゃない。正真正銘の宇宙人だよ。

誰のことかって? 言うまでもない、民主党の元首相、鳩山由紀夫氏だよ。 

 政府の反対を押し切ってクリミア半島訪問を強行し、ロシアのクリミア編入の是非を問い昨年3月に行われた住民投票について、「ウクライナの憲法にのっとった民主的なものだ」とロシア側に立った発言をしてのけた。

 

日本や欧米政府は、住民投票はロシア軍の侵攻下で行われ、ウクライナの国内法や国際法に違反しているとして反対している。鳩山氏の発言は、編入が合法との見解を示したもので、とんでもない話だ。

菅官房長官は記者会見で「軽率きわまりない言動だ。論評する気にもなれない」と批判したそうだが、本当にあきれ果てた言動だ。破廉恥だ。

 

 政界を引退し政治的影響力はほとんどなくなったとはいえ、日本の元首相という立場は変わらない。国際的にはその言動が日本を代表するかのような印象を与える可能性もある。今回、親ロシアのクリミア共和国があえて鳩山氏を招待したのもそこがねらいで、近隣の反ロシア勢力は「(鴨でなく)鳩がネギを背負ってやってきた」とからかっているそうだ。

 

ロシアから入国査証(ビザ)をもらっての訪問であり、クリミアがロシア領であるという前提で現地入りしたことになる。日本政府の立場を踏みにじる行為であり、軽率どころか反政府活動だ。年端も行かない未熟な若者ならまだ分かるが、日本を代表する政治家一族の1人、しかも首相までやった経験者だ。

そんな人物に国を託した1時期があったかと思うとゾッとする。

 

このままでは何をしでかすか分からない。

民主党は「政界を離れた人だ。もう関わりもない」と言っていられるか。

枝野幹事長がおっしゃる通り「日本の立場について国際社会に誤解を与える」不安がある。党最高顧問の時代、核開発を続けるイラン訪問を強行し、不要な誤解を招いたように際どい国を狙い打ちするから心配だ。歩く爆弾という人もいる。

 

 

 川柳「朝囀」宇宙人 私の国が 分からない  (誠)

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

 

 

小泉さん、また安倍批判…もう嫌がらせだね

 東日本大震災4周年の福島講演で小泉純一郎元首相が福島原発の汚染水問題を取り上げ、「全然コントロールされていない…安倍さんは(アンダーコントロールなんて言ったけど)よくもあんなことを言える…」などと批判した記事が新聞、テレビで報じられている。

 

 これまでに何度か言ってることと変わらないが、あれは批判なのか忠告なのか、それとも自己顕示なのか…みなさんはどうお考えになりますか。正直言って、私は嫌がらせ、あるいはカラカイの類いではないかと思う。

 自分が元代表、リーダーをつとめた政党の後継者の政治姿勢に不満や異論があるなら直接会って伝えればいいじゃないか。

 

 問題は大地震と原子炉のメルトダウンという未曾有の原発破壊、大量汚染水の処理というこれまでに経験したこともない惨事。政権リーダーとして神経をすり減らしている国難だ。汚染水の処理にしても地下の複雑な地層構造もあってなかなか思うように進まない。そんなこと首相を経験した人なら理解できるはずだ。少しでも処理がはかどるよう知恵を提供してやってこそ先輩というものだ。

 

 それを本人がいないところばかり狙って、しかもその被災地に出掛けて行ってああこうさげすんだ話をする。聞く人が拍手してくれれば、それは気分もいいだろう。会場から「純ちゃーん」などと掛け声がかかれば話も弾むだろう。

 そんな気分に浸りたくてやっているとすれば、軽蔑だね。

 ゆめゆめそんなお粗末な気分で繰り返しているとは思わないが…

 

 元首相からみれば未熟な若造かもしれない。でも、れっきとした首相、一国のリーダーです。それなりに崇め敬うべきです。もし、それができないとすれば、小泉さん自身に政党、自民党への愛情がないということだと思います。

 かつて「ワシが自民党をぶっ壊してやる」とうそぶいたことがありますが、その執念はまだおさまっていないのかなと思う。政治を壊すつもりですか。

 

 川柳「朝囀」小泉さん コントロールは ご自分を (誠)

 

 

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

2015年3月11日 (水)

避難生活なお23万人…大震災まる4年

 未曾有の大震災、あの悪夢からまる4年…被災地は時ならぬ雪空、みぞれ模様に見舞われた。必死で前に踏み出そうとしている人々にむごい追い打ちだ。

今もなお23万人が不自由な避難生活に追い込まれている。

 ボード1枚の仮設住宅は内側からどんなに手を加えても寒い。避難の長期化で傷みも出はじめ、冷たい風がしのび込んでくる。

 

 遅れる復旧…復興庁は懸命に復興計画を練り、先を急ごうとする。しかし、計画通りには進まない。計画のすり合わせは被災地の意向となかなか合致せず、用地交渉も滞りがちだ。せっかく話がまとまっても工事に応札する会社が現われない。作業員を十分に確保できない。資材の確保もむずかしい。悪い条件がまた悪い条件を呼ぶという悪循環なのだ。出口がなかなか見えてこない。

 

それでも前へ進むしかない。言葉にこそ出さないが、街で出会う者、すれ違う者が目を合わせ励まし合う。支え合う気持ちを確認しながらわかれる。それでも病院通いが滞り、家の中に引きこもる人が増える。関連死、それに誰にも看取られることもなく生涯を断つ孤独死が悲しみを誘う。若者が立ち上がって「声掛け」や「見回り」を続け、復興、復活への出口を探し続けている。

 

みんな全国の支援に感謝している。学生のボランティア活動によって復活した老人家庭、子どもたちの励ましの演芸会や文集で絶望の渕から立ち上がった人々もいる。励ましは輪になって広がっている。現地にボランティア活動の拠点を開設した静岡県ボランティア協会、原発事故に追われたJFAアカデミー福島の中高生を受け入れ育てる御殿場・時之栖は今期は18人を送り出した。

 

地震・津波の国に生きる私たちにとって大震災はひとごとではない。

それに原発が現存している。「3・11」の危険、恐怖は4年を経て減ったどころか高まっているとさえ言える。東日本の震災地のことを考えたり支援することは、決してあってはならないことではあるが、次の「まさか」「万一の日」に備えることだ。どんなに時間がかかろうが自分のこととして考え続けることだ。

 

 川柳「朝囀」一本松 どこにあるかも 知らぬ議員  (誠)

 

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

殿、ご乱心! 鳩山元首相クリミア行き強行

またまた余計なことをしてくれたね、迷惑千万だ。

民主党員ならずとも多くの心ある政治家は苦々しい思いだろう。

言うまでもなく、鳩山由紀夫元首相が政府の反対を押し切ってクリミア半島訪問を強行したからだ。子どもじゃあるまいし、鼻もちならん。

 

 日本政府はロシアによる一方的なクリミア併合を国際法違反として反対しており、そこにのこのこ出掛けて行って余計なことを言われたりポーズされたりしたら困る。民主党としても今や議員、党員を離れているが、かつての党員であり首相であり、その言動は気になる。枝野幹事長自ら「日本の立場について国際社会に誤解を与える。軽率だ。注視すべきだ」と苦言を呈していた。

 

 だが、そんなことで自らの言動を反省するような御仁ではない。むしろ反対や中傷をされれば余計にムキになる天邪鬼だ。党最高顧問の時代、当時の野田民主党政権の制止を振り切って、核開発を続けるイラン訪問を強行した。沖縄の尖閣諸島についても「中国が(日本に)盗み取られたと思っても不思議ではない」などと発言し、中国世論にさえ「売国奴」呼ばわりされたこともある。

 

 そんな人物が国会議員、それも国を率いるリーダーにおさまってしまう国だということに改めて驚きを感ずる。リーダーを選び出す政治システム、選挙制度に問題があるとすれば仕方がないが、国民の無関心が背景にあるなら問題だ。その無関心も○○家、××一族、あるいは△△藩末裔…などという名家崇拝に根づいた時代錯誤につながっているとすればお話にならない。

 

 地元の親ロシア政府「クリミア共和国」のムラドフ副首相のお出迎えを受けてご本人は上機嫌だったそうだ。それに味をしめて今度は「日本には正確な情報が伝わっていない。自分で見てきたい」と過激派組織「イスラム国」を訪問すると言いだすかもしれない。いや、それくらいのことを言い出す政治オンチだ。外務省はクリミア行きの断念交渉でなぜパスポートの返納を命じなかったんだろう。

 

 川柳「朝囀」 バカ殿が ほんとにいるんだ 志村けん (誠)

 

 

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

 

2015年3月 6日 (金)

選挙権18歳改正へ…票になるところからですか

 

 日本人は考えてから行動する人種だといわれていたが、行動してから考える欧米型に変わってしまったらしい。そんなことあるわけないだろうといわれるかもしれないが、選挙権年齢を今の「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる公職選挙法改正案を衆院に提出したというのに、民法や少年法はどうする、教育現場での政治的中立性をどうする…と追いかけ騒いでいるじゃないか。

 

じゃあ問題点を詰めて世論の動向を見てから公職選挙法の改正案を提出すればよかったじゃないか。早く改正を図りたい人たち、18歳19歳240万人の新有権者をほしい人たち、人の数をすぐ票の数と置き換えてしまうような人たちだからでしょ? 巨額の財政赤字が若い世代に先送りされるんだから、彼らの意向要望を政治に反映させてやる必要があるというけど、それは本心じゃない。

 

自民党支持票は投票率の比較的高い高齢の有権者に支えられて有利だが、野党はそこの不利を少しでも埋めるには若い世代の票が欲しい。この手の法改正には頑として反対の野党がやる気になっている。若い世代の意向を汲んだ政治にしたいなんてよくぬけぬけという。民法だ少年法だといったところで自分たちの当落や党勢のすう勢には関係ないから後回しなのだ。

 

政治的中立性をどう確保するかって人によっては重大関心だろうが、そんなことを言ってるから若い世代の政治や選挙に対する関心が上がらないのだ。

文部科学省は高校生対象の副教材を作って、選挙制度の解説などを盛り込んで指導するという。政治教育は政党教育につながる、として基礎的な政治制度やシステムの説明だけでごまかしてきたツケが回ってきたのだ。

 

この年代で無菌室での押し込み教育みたいな授業をやったって実社会には雑菌も誘惑菌もウヨウヨいる。雑菌や誘惑菌に打ち勝ってこそ抵抗力のある、自己力の確かな若者が育つじゃないのか。教材の中身とかやり方によっては国による押しつけだといってややこしい話になる恐れもある。政治的な主張や発言を封じてきた大学や高校でさて、どんな指導ができるだろうか。

 

川柳「朝囀」70年 2歳成長 やっとだね (誠)

 

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

 

2015年3月 3日 (火)

ふざけてる…予算委質問に女性5人立てた民主党

 

民主党が2日の衆院予算委員会を「女性デー」と位置づけて、5人の質問者全員に女性議員を起用した話が新聞に出ていた。

女性重視の姿勢を示して、「女性が輝く社会」を掲げる安倍政権に対抗する狙いからだったと説明されていた。

 

感想を周辺の女性たちに聞いてみた。

「いいじゃない…野党にも立派な女性は大勢いるもの」とお役人OB。

「ご立派よね。足元にも追いつけないわ、私なんか」と幼稚園の若い先生。

「それでちゃんと役目をはたせたのかね」と農家のおばさん。

「そうですか…新聞見てないよ。ちょっと不真面目よね」と商店の老女。

 

 まあ、そんなところだったが、全体とすれば評価するとは言い難いところだ。

不真面目ね…という響きが平均だったような気がする。女性に女性の評価を求めると総じて厳しい声になる傾向があるようだ。若い女性候補者が選挙で高得票を取るのは圧倒的に男性票によるもので、女性票はほとんど変わらないという。「女性そろい踏み」にはわざとらしさを感じたのかもしれない。

 

 女性、女性といって女性を特別扱いするのは女性蔑視、セクハラではないかという声がある。30年あまりも昔、私の県で女性県議が初めて誕生した選挙報道の中で当の県議が「女だからインタビューするの?」って怒っていた記事を読んだのを今も覚えている。サッチャー英首相も「初の女性宰相」という新聞の見出しに噛みついたことがあるそうだ。

 

 かつての男性ポストに女性が就くと物珍しさもあって新聞、テレビが飛びついて大ニュースにする。女であることが特別視される。女性陣にしてみれば女であることをもてあそばれた感じだろう。質問に立った5人組は果たしてそれをどう考えただろうか。首相や大臣に向かって、「一体どうなってるんですか」と畳み掛け溜飲を下げただろうか。人気取りに引っぱり出されたと気づいただろうか。

 

川柳「朝囀」ひな壇で 足並み乱る 5人ばやし (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 http:gonbee-72.cocolog-suruga.com

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ