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2015年5月

2015年5月31日 (日)

与党も野党も真剣さ足りない…こんなことで国を守れるのか

  

 地下のマグマまで怒りだしたわけではないだろうが、安保法制を審議する国会は正直言って真剣さが足りない。大事な話なのにワイワイ、ガヤガヤ、大きな声で野次を飛ばす…よく、厚かましく金バッジをつけていられるものだ。質疑の中身どころか国会議員の質の低さをまざまざと見せつけている。なぜ、新聞、テレビはそれを批判しないんだろう。

 

 党首討論でもそうだったが、野次で答弁を止められた首相が「静かにしてください」と発言する場面が何度もある。あれでは答弁しようと思っていたことが喉から出かかったところで止まってしまう。大事な審議だから丁寧に分かりやすくと考えた首相が焦点部分を繰り返せば、「同じ説明の繰り返しだ」と新聞、テレビまでが扱き下ろし側にまわる始末だ。

 

喧嘩腰で突っかかる野党の質問姿勢もどうかしている。法案に反対なのは分かるが、すべてを否定してかかるのは建設的でも生産的でもない。それでは最初から審議にもならないだろう。戦争法案だ、戦争立法だと決めつけてかかるのでは議論にもならない。国の守りをどうするか。野党にとっても重責が負わされたテーマだ。政府案に反対なら自分たちの考えをしっかり示すべきだ。

 

 政府が新たな安保法制を立案したのは同盟国、米国との関係強化を軸に国を守るのが目的だろう。戦争をするためではなく、戦争を起こさないようにするためだ。私たち国民はあの戦争の悲しみとむごさを70年かかって学び平和への願いを新たにした。その決意と英知を無視して戦争をしようという政治がもし出てきても絶対にゆるさない。先次の大戦勃発前夜とはまるで違う。

 

それを戦争だ、戦争だと騒いで国会審議を紛糾させようとしている政治勢力こそ問題だ。そんな誘発に引っ掛かって自ら野次を飛ばしてしまう首相に政府内から厳しい声が出るのは当然だが、それを足場に審議ボイコットに出た野党は批判されてしかるべきだ。戦争させないために法制に反対するというなら、それだけ時間を惜しんで議論し正す…それが議論の府たる国会の役割だ。

 

 

 川柳「朝囀」 野次合戦 首相までも やっている  ()

 

 

 

 

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2015年5月29日 (金)

レッドカードも1枚じゃ足りぬ、FIFA汚職 

 

 サッカーのワールドカップW杯の誘致をめぐってFIFA国際サッカー連盟の副会長らが米国司法当局によって逮捕された事件は、「まさか」という驚きの一方で「やっぱり」という反応で受け止められている。

徹底して膿みを出すことができるのかどうかがまた問題だが、まさかわが日本協会まで闇に絡んでいることはあるまいな…

 

W杯サッカーの開催地選考や放映権をめぐる巨大利権が絡むところには常に不正と汚職の疑いがもたれてきた。現実にその決定権をにぎる幹部には闇の手がのびる。莫大な収賄の罪に手を染めた者も過去にはいる。

 「利権あるところ闇あり」といわれてきた通りだが、それは開催地決定の権力がFIFAに占有され、外からの監視が全く働かないからだ。

 

 サッカーだけではない。オリンピックだってその開催地の決定権はIOC国際オリンピック委員会に占有されている。巨大な賄賂が動き回っているという噂はたえず、開催地決定をめぐる不正疑惑は枚挙にいとまがないくらいだ。

人種や国の違いに関係なく、貧しい者も豊かな者も別なく熱狂させるチャンピオンスポーツ。その熱狂ぶりが巨大な利権を膨らませ、人を麻痺させる。

 

そこに根を張るのがスポーツマフィアだ。各競技の組織、特に国際組織に巣食うスポーツ貴族に接近して利権を鷲づかみにしようとする。国際組織の幹部は常に狙われている。国際組織の幹部を長い間続けるうちに自らマフィア的存在になってしまう者もいる。開催地の選考など権限が組織内に封じられている場合には、幹部がお互いに利益に群がる恐れだって十分にある。

 

FIFAは時あたかも会長の改選期にある。

日本協会はいち早く「プラッター会長の続投支持で決まってる」と発表したが、それでいいのか。事件の重大性を考えれば会長の引責辞任がむしろ当然だ。

世界のトップを行くビッグネーム、スポンサー企業は大丈夫だろうか。

それにもましてこんなスキャンダルでスポーツ熱が冷めてしまうのが残念だ。

 

 

川柳「朝囀」 慌てるな 今はじまった ことでなし  ()

 

 

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2015年5月21日 (木)

あのヤジ騒ぎは何だ…討論じゃました不良議員を追及せよ

 日本の国会議員は子どもといっしょだね、まったく…。

大事な話をしているのにワイワイ、ガヤガヤ、大きな声で野次を飛ばす…

よく、それで厚かましく金バッジをつけていられるものだ。

 きのう20日の党首討論は、討論の中身どころか国会議員の質の低さをまざまざと見せつけた。なぜ、新聞、テレビはそれを批判しないんだ。

 

 少なくとも安倍首相が野次のために答弁を止めた場面が4回ほどあった。

首相が直接、「静かにしてください」と発言した場面が2回もあった。

あれでは答弁しようと思っていたことが喉から出かかったところで止まってしまい、どう発言したらいいのか分からなくなってしまうだろう。

自分がその答弁者、発言者になったことを考えてみたらどうだ。

 

 討論の中心は新しい安全保障法制の関連法案だ。国家の守りをどうするかがかかった最重要テーマだ。誠意をもって論じ、考え、実りのあるものにしなければならない。その責任は与野党問わず国会議員に負わされている。

 それなのに議論を野次や雑音でじゃましてしまってどうする。

 戦争法案だ、戦争立法だと決めつけてしまってはどうにもならないだろう。

 

 日米の同盟関係を強化して平和を守るのが法案の目的だろう。

いくら何と言おうと戦争をしないための法案だろう。それに疑問があるならそれだけ時間を惜しんで議論し正し危険を除去する…それが議論の府たる国会の価値だ。

反対なら、自分たちは国や国民を守り平和を維持するためにどうするのかキチッと示すべきだ。反対を叫んでいるだけなら金バッジは要らない。

 

 川柳「朝囀」 野次だけで 苦手な議論 ひた隠し  ()

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年5月19日 (火)

特権二重取りは強権的…橋下さんの次の改革はそこだ

 

 やりたい放題だ、自分勝手だ…さんざん批判、中傷にさらされた橋下徹大阪市長だが、大阪都構想を拒否され政界を去ることになったら、途端に退陣を惜しむ声、政治手法を懐かしむ声が飛び出している。

大衆というのはかくも身勝手だ。言いたい放題、やりたい放題はむしろ大衆の方ではないかと感じ入る。

 

 「弁護士としてプロフェショナルなプライドがあり、頼まれた仕事をやる。ぼくは国民の奴隷ではない」。大阪都構想の是非をかけた住民投票で敗れた後の会見で橋下市長は今後の進路についてそう語った。政治家は私の生涯では終わった―とも語ったが、気が多い人だからまだ分からない。

勝手な大衆がまた引っぱり出しにかかるかもしれない。

 

弁護士資格があるんだから、おっしゃる通り困ってる人を助けてやってほしい。弁護士はだれでもやれる仕事ではない。目をつぶって針の穴に糸を通すくらいむずかしい司法試験をパスしなければならない。橋下市長が司法試験に挑戦した時代には恐らく合格率は12、3%という難関だった。針に糸を通すどころか、太平洋で縫い針をさがすほどのむずかしさだったに違いない。

 

司法試験は国家試験、国家が資質を認定した者にしか与えられない資格だ。言い換えれば国家が必要と認定するのだから資格だけ取ってその道で役割を果たさないのでは背信行為だ。弁護士として働かないなら資格を返上すべきだという理屈になる。その点、最近は政治家、特に国会議員に弁護士出身が多いのは気になる。ちょっと弁が立つなと思えば元職が弁護士だ。

 

弁護士資格とテレビ画面を通しての人気が政治家への登竜門になっている。個人の努力の結果としての弁護士の資格であり、職業選択の自由は憲法で保障されているとはいえ、政治家も弁護士も選挙という国民審査、司法試験という国家審査を経た特権だ。特権の二重取りは二重行政より強権的だ。政治家になったら弁護士資格を返上させる。今度は橋下さんにそっちの改革をお願いしたい。

 

川柳「朝囀」 退陣後も 任務待ってる 風雲児  ()

 

 

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2015年5月18日 (月)

橋下さん弁護士に…政治家に弁護士資格返上働きかけて

 

 「弁護士としてプロフェショナルなプライドがあり、頼まれた仕事をやる。ぼくは国民の奴隷ではない」。大阪都構想の是非をかけた住民投票で敗れ政界引退に追い込まれた橋下徹大阪市長は今後の進路についてそう語った。

政界には戻らない―とも語ったが、気が多い人だからまだ分からない。静かにしてほしいね。

 

弁護士資格があるんだから、おっしゃる通り困ってる人を助けてやってほしい。弁護士っていえばだれでもやれる仕事ではない。目をつぶって針の穴に糸を通すくらいむずかしい司法試験をパスしなければならない。橋下市長が司法試験に挑戦した時代には恐らく合格率は12、3%という難関だったと思われる。針に糸を通すどころか、太平洋で縫い針をさがすほどのむずかしさだったに違いない。

 

司法試験は国家試験、つまり国家が資質を認定してこそもらえる資格だ。言い換えれば国家が必要と認定したのだから資格だけ取ってその道で役割を果たさないのでは背信行為だ。弁護士として働かないなら資格を返上すべきだという理屈になるかもしれない。日本も特許や契約をめぐるトラブルが増えて、いわゆる訴訟社会になると弁護士を増やしたが、その割に仕事がないと問題になっている。

 

そのせいではないだろうが、最近は政治家、特に国会議員に弁護士出身が多いのは気になる。ちょっと弁が立つなと思えば元職が弁護士だ。テレビがそのお手伝いだ。番組という番組で弁護士を登場させて知名度を上げる。弁護士資格とテレビ画面での顔出しが政治家、国会議員への登竜門になっている。法律や規則に通じているから転職しやすいのだろうが、一つの既得権社会を作っているようにも思う。

 

個人の努力の結果としての弁護士の資格であり、職業選択の自由が憲法で保障されているという反論があるだろう。しかし、政治家も弁護士も国民による選挙や国家による審査を経た一種の特権だ。政治家が今、問題にしている「格差」の象徴のような要素を含んでいる。政治家になった時は弁護士資格を返上するくらいやったらどうだ。橋下さん、そっちの改革に挑戦してみてはいかがですか。

 

川柳「朝囀」 弁護士で 権力と闘う? ウソおっしゃい  ()

 

 

 

 

 

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2015年5月14日 (木)

歴史直視しない国は中国だ…核軍縮文書から広島長崎訪問提案削る

 

 隣人と喧嘩することはしんどいことだが、残念ながら中国とは仲良くするスベはなさそうだ。米国ニューヨークで開催中の核不拡散条約(NPT)再検討会議で議論されている、核軍縮を扱う最終文書から、世界の指導者に広島、長崎の被爆地を訪ねるよう日本が提案した部分が中国の横やりで削除されたのだ。

 

 菅官房長官は「(中国の行動は)理解に苦しむ」と記者会見で批判したそうだが、批判されたって相手のことを考えるような国じゃない。外交チャンネルを通して厳しく抗議すべきだ。被爆地はもちろんのこと全国の地方議会をあげて抗議の決議を行い、決議書を中国政府に送りつけたらどうだ。

 

 被爆地訪問の提案を削除した理由について中国の傳聡軍縮大使は「日本政府が第2次世界大戦の加害者でなく被害者として日本を描こうとしていることに同意できない」と語ったそうだが、本質をねじ曲げる発言だ。加害者、被害者の問題ではなく核の非人道を深く理解するよすがとすべき非常に重い提案だ。

 

 中国はことあるごとに「歴史を直視しない」と日本を責めているが、今度の中国の横やりこそ歴史を直視しようとしない姿勢の現われだ。被爆地の切なる願いを踏み付けにする無慈悲な振る舞いだ。少なくとも12か国が中国の横やりに賛同したといい、その中にもう1人の隣人韓国もいたというのに憤りを抑えられない。

 

 わが国は今、中国、韓国とぎくしゃくした関係を修復するために耐えに耐えている。だからといって今回の問題を中途半端に握りつぶすことはゆるされない。経済、軍事両面にわたって国威を得た中国は、何か大きな誤解をしている。

 お前さんと喧嘩したって痛くもかゆくもないわ、くらいの啖呵をきってやれ!

 

 川柳「朝囀」 国威だと 勘違いだらけ わが隣人  () 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年5月13日 (水)

野党は一発ダウンだ…首相の米国会演説攻撃戦

 

 日本の国会は米国の国会の下請け機関ではない!

4月29日安倍首相が米議会で安全保障関連法案について「この夏までに成就させる」と演説したことに野党各党が一斉に反発、中でも民主党の枝野幸男幹事長は重要法案の成立時期を外国で約束するとは何ごとかと冒頭の啖呵を切った。

 

再開国会は気の利いた攻防になるのかなと多くの国民が期待した。

しかし、相変わらず準備不足で論戦に臨む野党は爆弾質問もない。「法案提出すらされていない中で、成立時期を外国で約束するとは前代未聞、国会軽視だ」と民主党を先頭に正面から切り込んだ。これじゃあ安倍首相が慌てふためくはずもない。「国会軽視との指摘は全く当たらない」と一蹴された。

 

「私の決意を申し上げたまでのことだ」「昨年来、記者会見や国会答弁で今国会での成立を申し上げている」「昨年12月の衆院選でも安保法制の整備を公約として掲げた。それに対して国民の支持を得たからには早期に実現を図るのは当然じゃないか」と畳みかけられてしまった。

返す言葉もなく、やり返されてすごすごと引き下がってしまった。

 

野党が一斉反発した時、本欄は「国民無視だの民意軽視だのと言って、国民をダシにして政略的言辞をばら撒くのは止めにしてほしい。政局目当ての言論戦に国民

を引きずり込むのはやめてほしい」と書いた。そんな駆け引きばかりやってるから政治が白々しい、深みのないものになってしまったのだ。

 そんなことに時間を費やしている時ではないだろう。

 

 それにしても野党と一緒になって安倍演説を袋叩きにしていた新聞はどうした。

アジアへの思いが伝わらなかったとか沖縄への思いやりがなかった…と批判の声をあびせたが、演説は同盟国への首相のビジョン表明ではなかったか。それがアジアへの謝罪や反省で埋め尽くされるのが真っ当だというのだろうか。

 たまには、国民が求める視点に合った批判をお願いしたい。

 

 川柳「朝囀」 不勉強 勝ち目はないな 最初から  ()

 

 

 

 

 

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教員を「国家試験」に…権威主義そのものだね

 

 教員を国家試験による「国家免許」にしようという提言が安倍首相に出された。文部科学大臣、つまり国が免許を出すことによって教員の社会的価値を高め、教員の質を高めることにつなげようという狙いだと伝えられる。

わるいことではないが、即座に「大変結構なことですね」と応ずる気にはなれない。みなさんはどうお考えでしょうか。

 

提言を出したのは自民党の教育再生実行本部(本部長・遠藤利明衆院議員)だが、教員の社会的価値を高めるために「都道府県免許」から「国免許」に変えるとはどう見ても権威主義だ。そんなことで教員の社会的価値が高まるだろうか。

免許の出どころが都道府県から国になったからといって教員の質が良くなるとも考えられない。教員養成の在り方などもっと大事なことがある。

 

 「教育は国家の大計を成すものだ。その主体は都道府県ではなく国だ。教育は国家の専権だ」。そんなことを宣言しているような提言だ。そんな格付け、権威付けに教育を利用するような提言は賛成できない。現実の社会では「国家免許」であることが逆に権威を失わせている分野がたくさんある。「国家試験」をパスしても治療技量の伴わない医師たちが量産されている。

 

「弁護士政治家」もそうだ。政治家、特に国会議員に弁護士出身が多い。テレビがそのお手伝い。番組という番組で弁護士を登場させて知名度を上げる。弁護士資格とテレビ画面での顔出しが政治家、国会議員への登竜門になっている。法律や規則に通じているから貴重なのだという意見もあるが、一つの既得権社会を作っている。司法試験だけ取って弁護士として働かないのは背信行為だ。

 

個人の努力の結果としての弁護士の資格であり、職業選択の自由が憲法で保障されているという反論があるかもしれない。しかし、国会議員も弁護士も国民による選挙や国家による審査を通した一種の特権になっている。

教員も同じ特権社会に引き込むようなことになる恐れは十分ある。特権化や権威化をめざす背景に権威主義の権化、文科省の石頭がいるように思えてならない。

 

川柳「朝囀」 よろい着る 戦国映画の 見過ぎだね  ()

 

 

 

 

 

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2015年5月 9日 (土)

騒ぎ大きくしたのは新聞、テレビだ…恥を知れ! 赤ちゃんザル命名騒動

 私たちは、少しは恥ずかしい思いもしたし、これからもしばらくは清々しないが、英国はもちろん世界からとことん笑いものにされる一歩手前で済んだのではないか。言うまでもなく大分市の高崎山自然動物園の赤ちゃんザルの名前「シャーロット」を変更しないことにしたからだ。

 

赤ちゃんザルの名前を市民の公募で英王女と同じ「シャーロット」と命名したら批判の電話やメールが大分市や動物園に殺到した。「王女の名前をサルにつけるとはふざけてる」「英王室に失礼じゃないか」「英国との関係悪化が心配だ」…そんな声だった。王室、皇室のことになると途端に過敏な反応をする日本らしい一面だが、今回もまた新聞、テレビが取材を通して騒ぎを大きくしたようだ。

 

市や動物園にやいのやいの言って取材、インタビュー攻勢をかけ、「一体、どうするんだ」と迫った。わざわざ英王室にまで問い合わせをしたテレビ局もあった。騒ぎを大きくしてやれ…と考えたのではないかと思われても仕方がない。市民公募で選ばれた名前で、王女にも赤ちゃんザルにも愛情あふれる気持ちを込めた命名で問題なんかない、と考えていた市も動物園も放っておけなくなってしまった。

 

だが、結局は英王室の「動物にどんな名前をつけるかは自由です」「ウイリアム王子もキャサリン妃も傷ついてなんかいませんよ」という頭を冷やされ、名前を変更しないことで決着した。王室、皇室に過敏すぎる日本、王室に親しみを抱く英国の違いを見せつけられる結果になったが、ただ、日本人は形や形式にとらわれ本質を理解するのが苦手な国民だという印象を世界にさらしてしまった。

 

報道の自由は憲法で保障されているとはいえ、時には「私たちはこう考える」という見識を見せてほしいものだ。「シャーロット」名の応募者には子どももいるだろう、そのやさしい気持ちを大事にして変更すべきではない…そう主張して騒動から距離を置く新聞、テレビがなぜないのだ。英国民、英王室とのつながりが出来たじゃないか……今ごろそんなことを言わないでもらいたい。

 

川柳「朝囀」サル山で 日本人論 花盛り  (誠)  

 

 

 

 

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2015年5月 8日 (金)

平和ぼけ、赤ちゃんザルに英王女と同名大騒ぎ

 大分市の高崎山自然動物園が市民に公募して今年最初に生まれた赤ちゃんザルにイギリス王女と同じ「シャーロット」と命名したところ、イギリス王室に失礼じゃないかという抗議が動物園や大分市に集中し、大騒ぎになっているそうだ。

 サルと王女をいっしょにするのか―という、いかにも日本らしい騒ぎだが、果たして話はどうおさまるのやら…。

 

 失礼じゃないか、けしからん…抗議の電話やメールに勢いをつけたのは新聞やテレビの取材陣だったのではないか。やいのやいの言って大分市や動物園に取材、インタビュー攻勢をかけ、一体どうするのかと迫ったのじゃないか。   

 市民公募で選ばれた名前だから問題ない…そう考えていた動物園や市もあまりの騒ぎに動かざるを得なかった。

 

 動物園は、名前の取り消しを含めて取り扱いを検討することにしたが、元々、生まれた赤ちゃんザルには何の罪もない話で、悪意をもってつけられたわけでもないから騒ぐのがおかしいという市民の声も多数あるようだ。

騒ぎを大きくしてやれと思ったのか、わざわざイギリス王室まで問い合わせしたテレビ局に「どんな名前をつけるかは動物園の自由です」との返事。

 

ウイリアム王子もキャサリン妃も傷ついていません―。イギリス王室に冷やされたかっこうだ。「シャーロット」という名前を寄せた市民の中には多分、子どもも多く含まれているだろうから、取り消すようなことをすればその子どもたちが傷つくに違いない。英国人記者が問い合わせに「将来、シャーロット王女と子ザルの対面があれば楽しいね」と言っていた。何だか日本人、おかしくなっちゃったね。

 

川柳「朝囀」平和ぼけ 子ザルの名前で お騒ぎ  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年5月 6日 (水)

自身の栄誉損ねた大江氏の首相呼び捨て演説

憲法記念日に横浜の臨港パークで開かれた憲法集会で、ノーベル賞作家の大江健三郎氏(80)が安倍晋三首相を批判した呼び捨て演説が問題になっている。安倍首相が嫌いだから、強い怒りを示したかった…にしても剥き出し過ぎる。そんなぞんざいな姿勢では聴衆の共感、同調を得られるどころか不快な思いを抱かせたのではないかという。

 

大江氏は約3万人の聴衆を前にしてステージに立ち、安倍首相が4月29日に米連邦議会の上下両院合同会議で行った演説を批判した。初めのうちは「安倍首相」といっていたがスピーチに熱を帯びてくると「安倍」と呼び捨てに変わった。「集団的自衛権を用いて、世界で起きる戦争に対して軍事的な抵抗をすると、安倍ははっきり言った。そのためにいくつも法律を作ると言った」と述べた。

 

さらに「安倍は国会で議員たちにはっきり説明していない。国民にも同意を得ていない」などと続け、「安倍の考え方は世界的な宣伝として成功している」「彼がアメリカ両院で話したことはウソだ」などと語った。いつも穏やかな語りかけの大江氏の人が変ったような激しい言葉に会場は驚き、ざわめいた。

大江氏の怒りがそこまで昂じていると受け止めた人たちが多かったようだ。

 

だが、いくら怒りの抗議だとはいえ、首相に対する批判であり、しかもそこにいない、反論もできない状態で一方的にぶっつけた言葉に政界では批判の声も上がっている。私も国民の一人としても理不尽、残念だと思う。安倍首相に直接考えを伝え、首相にも反論の機会を与えるようにすべきだったろう。

その方が大江氏にとっても正々堂々の抗議になっただろう。

 

いやしくも一国の首相だ。間接的ながら国民の総選挙の結果として選ばれたリーダーだ。そのリーダーを罵倒することは国民への軽侮だ。ノーベル賞受賞者、国民を代表する作家という栄誉を損ねたのではないか。

先にお笑いタレントの太田光氏(49)が安倍首相を「バカだ」「幼稚だ」と扱き下ろしたラジオ番組が問題になった。批判には礼節が大切だ。

 

 

川柳「朝囀」 平和ぼけ 首相呼び捨て はやり出す (誠) 

 

 

 

 

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2015年5月 5日 (火)

児童虐待年7万件…「子どもの日」なんかやめちまえ!

 全国の児童相談所が扱う児童虐待の相談件数がついに7万を超え、救いの手も間に合わず亡くなる子どもが年間60人に迫る。

「子ぼんのう」「子はかすがい」という言葉もある日本だが、子どもたちは痛めつけられ、苦しめられ、そして短い生涯を閉じている。

「子どもの日」にこそ私たちはこの痛ましい事実を考えるべきだ。

 

平成25年度中に全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は7万3765件だった。虐待は圧倒的に実の母親によるもので次いで実の父や祖父母や実父でない父などによる。一番可愛がってくれるはずの両親から虐待とはむごい。

自分を産んでくれた母親に虐待される…子どもたちにとってどんなに悲しい、くやしいことだっただろうと思う。

 

隣近所からの通告など早期発見、早期救済の手はずも徐々に整えられているが、それでも助けられず亡くなっていった子どもたちが平成23年度中に58人もいた。生ごみを捨てるポリバケツの中に閉じ込められ息絶えて行った野球少年、食事の仕方が下手だと咎められ食べ物も与えられず餓死していった少女…自分には何の落ち度もないのに一方的に痛めつけられていった。

 

いい子にするから堪忍して、ゆるして…。お母さん、好きだよ…必死で命乞いをする小さな叫びが聞こえてくるようだ。2013年横浜市で小学校に通っていなかった女児(6歳)が雑木林で遺体となって見つかった。所在不明のまま虐待などによって命を奪われる事件が増えている。慌てて行政が実態調査を始めると居住実態がつかめていない子どもが全国で1588人もいることが分かった。

 

生まれた後、親に出生届も出してもらえず隠され、「戸籍なし子」となった子どもらがいることも明るみに出てきた。学校へも通えず、社会から認知もされず育った子どもたちだ。どこに、どれだけいるのか、やっぱり役所が慌てて調べ始めたが実相はまだ分からない。休日づくりの「子どもの日」なんてやめちまえ!

政治家のみなさん、「格差」などという生易しいものではありませんよ。

 

川柳「朝囀」負の陰に 目つぶって快や 大連休 (誠)

 

 

2015年5月 2日 (土)

袋叩きの首相演説…野党は日本の政治集団か?

 安倍首相が米議会での演説で安全保障関連法案について、「この夏まで成就させる」と表明したことに対し野党各党が一斉に反発の声をあげた。

「これほどの重要法案の成立時期を外国で約束するとは前代未聞。国民無視、国会軽視、ここに極まれりだ」―岡田克也民主党代表。「憲法の根本原理の権力分立にかかわる問題だ。厳しく対峙したい」―枝野幸男民主党幹事長。

 

 「日本の国会は米国の国会の下請け機関ではない」―枝野民主党幹事長。

「立法府を無視している」―吉田忠智社民党党首。

「時間をかければ、国民の中に反対論が多数になるのを恐れての焦りだ」―山下芳生共産党書記局長。まだ他にもあるだろうが、これまでに報道された主なものはそんなところだ。

 

 一国の指導的立場にある政治家、少なくとも首相だ。同盟国の政治家に向かって語りかけるのにそれなりの思いを込めるのは当然じゃないか。野党のリーダーたちだって友国を訪問し思いのたけを披露しているではないか。

 首相は国会に法案審議をお願いする立場だから、法案成立の時期まで表明するのは踏み込み過ぎだが、法案を成立させたいという強い決意を示したのだろう。

 

 それを寄ってたかって袋叩きだ。新聞までいっしょになって首相演説にいちいち文句をつけている。「歴史問題で米側の求めに応えたに過ぎない」「アジアの諸国民への思いが伝わってこない」「安保法制の約束の前に沖縄県民への思いやりはなかったのか」…と追及のことばが紙面を埋めた。いやしくも安全保障法制の相手である同盟国への首相のビジョン表明だ。謝罪や反省だけでいいのか。

 

国民無視だ、民意軽視だ…と私たち国民をダシにして政略的言辞をばら撒くのは止めにしてほしい。今次の政治への無関心の広がりの背景には政治家、政界が国民を大切にしているように見せかけて展開してきた駆け引きに深い根があるんです。  

それも選挙目当ての駆け引きや党勢拡大のための政局ねらいだ。正直、野党は日本の政治集団なのか分からなくなってしまう。

 

 川柳「朝囀」友国に 割って入って 存在感  (誠)

 

 

 

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2015年5月 1日 (金)

失われた命かえってこない…遅過ぎた特定機能病院取り消し

 

 医者に殺される―と本欄でも書き続けた群馬大病院と東京女子医大病院について、厚生労働省は高度な医療を提供する「特定機能病院」の承認を今月いっぱいで取り消すことを決めたそうだ。当然のことだ。むしろ処分は遅過ぎた。

 問題を明らかにするのも遅過ぎたのではないか。

 

 承認を取り消したって失われた命はかえってこない。

取り消されると診療報酬上の優遇が受けられなくなり、年に数億円の減収になるほかトップ医療センターの看板を失うことになる。

だが、関係者の間には「幕引き」の印象が強く、社会は他人事(ひとごと)のように無関心で、憂慮すべき事態だ。

 

群馬大病院では腹腔鏡による肝臓切除手術を受けた患者が集中的に死亡しており、相次ぐ死亡を病院長らが把握していなかったばかりか、患者への説明なども十分に行われていなかった。東京女子医大病院では集中治療室で人工呼吸器をつけた小児への使用が禁止されている鎮静剤を2歳男児に大量に使用、男児は死亡した。鎮静剤の使用禁止が病院内で周知徹底されていなかった。

 

信じられないようなことが病院内ではびこっている。

東京女子医大病院では2002年に女児に対する心臓手術をめぐる事故で特定機能病院の承認取り消しを受け、2007年に再承認されたものの取り組みは不十分だという。2回も承認取り消しを受ける背景には病院側の取り組みがおざなりだという可能性がある。厚生労働省の承認審査も生ぬるいのではないか。

 

厚生労働省は特別検討チームを編成して大学病院の管理運営体制について立ち入り検査を進めるとともに承認要件を厳しく見直すことを決めたそうだ。厳しくする余地があるということはいままでの承認要件が甘かったということだろう。人の命を扱う医療の認可や承認が生ぬるいのでは私たちは命がいくつあっても足りない。「白衣ムラ」に対し腰が引けている厚労省が悪の元凶だ。

 

川柳「朝囀」2度あれば 3度目もある 治療ミス  (誠)   

 

 

 

 

 

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