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2015年8月

2015年8月27日 (木)

手錠による監禁…容疑者の手口共通性見逃した警視庁

 

 今になって騒いでも仕方がないのかもしれないが、大阪府寝屋川の中1男女遺棄事件で逮捕された山田浩二容疑者を、事件の2日前に東京都内で警視庁が職務質問していたという。山田容疑者のバッグからはスタンガンや手錠が発見されたものの、「護身用だ」「遊びに使う」という本人の説明を真に受けて釈放していた。手錠が事件で使われはしなかったのだろうか。

 

 山田容疑者は13年前にも中学生に「道を教えて」といって車に乗せ、手錠をかけて現金を奪うという事件などを起こしている。スタンガンや手錠はただ持っているだけでは違法性を問えず、任意提出の要請にも応じなかったことから、そのまま釈放したという。「必要なことはすべてやった」と警視庁はコメントしているが、過去に起こした事件の中で手錠を使った共通手口を見逃したとは言えない。

 

 山田容疑者は監禁罪などで懲役14年の刑を終え昨年出所したばかりだが、刑務所で知り合った男性と養子縁組をして「山田」と改姓しており、任意調べの中で前科調査がしっかり行われたのかどうか気になる。「手錠による監禁」の前科が確認できれば、身柄の処理は別な形になっていた可能性がある。せっかく手の内に入った容疑者をみすみす逃してしまったのではないかという思いが残るのだ。

 

今となって思えば山田容疑者は、過去の犯歴に監禁、それも手錠を使うという手口を繰り返しており、カバンにしのばせていた手錠やスタンガンは犯罪の準備だったと考えられなくはない。犯歴者やその犯罪手口の問い合わせや情報交換システムに改善の余地はないのか。2人の少年少女の尊い命を失わないで済んだかもしれないという思いを断ち切れないだけに悔やまれる。

 

 

川柳「朝囀」後悔は 先に立たずと 閻魔さま  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月22日 (土)

武藤さん、離党だけじゃダメ、議員辞職でしょ…行儀が悪いね

 

 「恥ずかしいですねえ、そんないい加減な政治家だということを見透かせなかったんですからねえ…」。地元の選挙区(滋賀4区)の主婦がテレビリポーターからマイクを向けられて、そう言ってた。恐らく今、滋賀県民の多くがこの主婦と同じ気持ちだろう。

 

 ほかではない、未公開株購入を知人にもちかけて出資を募ったが、株を購入しなかったのに出資金を返さず金銭トラブルになっていると週刊誌に書かれた滋賀4区の武藤貴也衆院議員(36)のことだ。武藤議員が昨年、「国会議員枠で買える」と勧誘したのはソフトウエア会社の未公開株で、23人が計4000万円を武藤議員の政策秘書の口座に振り込んだ。

 

 未公開株の購入を持ちかけるのは言うまでもなく、それも「国会議員枠」などといういい加減な話を持ちかけるとは国会議員としてあるまじき行為だ。事実ならそれだけで議員を辞職すべきだという批判が出るのは当然だ。

 武藤議員は、安全保障関連法案の国会審議で迷惑をかけたくないと自民党を離党したが、党内外からキチッと説明をすべきだと批判が出ている。

 

 武藤議員は、安全保障関連法案に反対するデモに参加を呼び掛ける学生らのグループを、戦争に行きたくないという極端な利己的な考えだ、と一方的に批判するなどして党内外の厳しい批判を受けている。その最中に未公開株の購入に絡む不祥事が発覚、他人を批判していられるような状況ではない。自らキチッと釈明ができないなら議員辞職は当然だ。若いのにお行儀がわるい。

 

川柳「朝囀」 個の時代 悪いことだけ すぐおぼえ (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月21日 (金)

首相が吐血…事実無根と首相が週刊誌に抗議、真実は?

 

 政治家殺すにゃ刃物はいらぬ、病気の噂流せばいい…。

表現はきついが政界や政治メディアの世界にはそんなたとえ話がある。

政治家にとっては病気は致命傷だ。選挙や政局に絡んでそんな噂を立てられたり、怪文書をばら撒かれたりする話は今でもある。

 事と次第では単なる噂では済まない、重大な犯罪だ。

 

 それが現職の首相がその対象に狙われたとなればただ事ではない。

安倍首相が昨日、20日午後、週刊文春の記事に対して「根拠のない証言で個人を中傷し、読者に著しい誤解を与える。悪質極まりない」と抗議、記事の撤回と訂正を求める文書を送った。法的措置も検討するという。事実無根だとすれば見過ごしにはできない。首相に対する中傷なら捜査当局も放置できないだろう。

 

週刊文春は、首相が6月30日の夜、会合中にトイレに駆け込み吐血したほか、7月1日には帰宅途中の車内で腹痛を訴える騒ぎがあったと伝えた。

これに対して首相が「根拠のない話だ」「個人への中傷だ」と抗議したという話だ。真実は一つだから、どっちかがウソをついているということになるが、週刊文春側は「記事に書いてある通りだ」とコメントを出した。

 

新聞は無視したところが大部分で、扱っても一段見出しのベタ記事だった。

首相が病気でも大したことないと考えているのか、いつもの週刊誌の“読ませ記事”程度とみているのか、これからゆっくり追いかけようと考えているのか、その辺の評価だろう。首相周辺には間に間に舌禍を起こしている”おしゃべり“側近もいるので、あり得る話だと様子見なのかもしれない。

 

巷の噂ばなしと違って、こと国家のリーダーの健康上の重大事だ。

首相の抗議通り事実無根ならそれこそ責任問題だろう。どうせ1か月もすれば世間は忘れる…とでもタカをくくっているなら確信犯だ。そんなのは言論の自由、表現・出版の自由なんかに値しない。

ペンの暴力、いや、個人の名誉を損じる犯罪だ。

 

川柳「朝囀」週刊誌 首相病気の 増誌術  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月16日 (日)

日本の声を引き写し? 外国メディアの安倍談話批判

 

 五輪エンブレムやキャンペーン賞品のデザイン模倣疑惑が問題になっているが、戦後70年の安倍首相談話に対する外国のメディアや識者の批判こそ日本の新聞や野党の声の引き写しじゃないか。

 一国のリーダーが国の過去の過ちを断罪し謝罪するという重い話をどうしてもっと素直に受け止めようとしないのだろう。

 

 外国メディアから直接聞いたわけではない。報道を通しての話だが、安倍談話の「おわび」が歴代内閣の声を引用する形になっていて、首相自身の「謝罪」「おわび」になっていないと批判している。日本の新聞や野党が「首相自らの言葉ではない」「間接的表現による本音隠しだ」と表現した批判と全く変わりがない。東京の批判の声をそのままなぞって本国へリポートしたのだろう。

 

首相は「歴代内閣の歴史認識はこれからも揺らぐことはない」と自らの心情をはっきり吐露していたではないか。先の世代へ謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないという言葉は、未来志向に向けた一歩を希求するアジアの国々の声であり、日本国民の心からの願いなのだ。ケリをつけたい、おしまいにしたい…日本の新聞がこじつけていた逃避志向なんかではない。

 

自分の談話に誇りと責任を持っているという意思なのかもしれないが、「談話を引き継がれた印象はない」などと公言する元首相も後ろ向きだ。先輩のリーダー経験者としてもっと別な振る舞いがないのだろうか。少なくとも日本のリーダーだったじゃないか。白を黒と言えというのじゃないが、わざわざ外国へ行って自国政権の批判をしたり告げ口をしたりする姿勢を含めて気になる。

 

歴史や過去に対する責任はどうでもいいとは言わないが、いかなる国にも権威、自尊がある。それを叩きつぶそうとする権利はどこの国にもない。深い反省に立って謝罪し、おわびをするリーダーに国の内外から際限のない「難くせ」をあびせかかる。それは集団リンチにも似た無慈悲だ。非人道だ。

そんな国に他を諌め批判する資格なんか微塵もない。

 

川柳「朝囀」 批判好き 敵と味方が 分からない  (誠) 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月15日 (土)

安倍談話全否定…一体、どこの国の新聞だ

 

 戦後70年の安倍首相談話を野党やメディア、評論家がどう評価するか、朝刊を楽しみに開いた。驚いた。まともに評価した記事や評論もないわけではないが、大部分が一言片句をつつき回して批判、いや難くせをつけているではないか。

一体、どこの国の新聞なんだ! 第一感、そう思った。

 

「首相自らの言葉でない」「欺瞞的な内容だ」という野党の悪態はいつものことでお話にはならない。首相は村山・小泉談話に盛り込まれた植民地支配、侵略、痛切な反省、心からのお詫び―の文言をあげ、「ゆるぎないものとして引き継いでいく」と語った。それを「引用」「間接的表現」と決めつけている。村山さん自身がのこのこ出てきて「談話を引き継がれた印象がない」と言いだすありさまだ。

 

それに便乗したのか、新聞も評論家も同じように「引用だ」「間接表現による本音隠し」と文句ばかり並べている。「社説」にもかかわらず、「反対」「否定」ばかりで自分たちの考えを押し隠したままなのはどこのどなたか。他人の意見を否定するなら、その理由を明確に示すのは当然だろう。引用がいけないというなら、私ならこう表現するという具体例をもって示すべきだ。

 

正直、村山談話も小泉談話も「反省」「お詫び」が中心で贖罪色が強すぎた。進路を誤まった国を受け入れてくれた国際社会に「感謝」を書き加えた安倍談話は評価すべきだ。「子や孫、その先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」との文言も評価したい。私たち国民の願いでもあるからだ。私たちは子や孫にそれを具現化する未来志向の取り組みを始めなければならない。

 

戦争を起こした当事者として過去とキチッと向き合う―そのことの大切さを考えさせるとともに、今こそ未来に向けたスタートの時だ。安倍談話はそれを語り掛けている。批判することが特権であるかのごとく邪心に溺れ、常に自分たちは正す側にいると錯覚、正される側にいることにも気づかないようなメディアや評論家、政治家に惑わされることなく、前を向いて進もう。

 

川柳「朝囀」 この新聞 一体どこの 国のかい  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月10日 (月)

どうしたんだ埼玉県民…「うそつき」知事に圧勝プレゼント

 

 よその知事のことだからどうでもいいんだが、それにしてもこんな「うそつき」をリーダーに選ぶ埼玉県民って一体、何を考えてるんだろう。

 9日の知事選で民主党県連支援の現職、上田清司氏(67)が新顔の4人を大差で破り、4選を果たした。何も考えないなら「おめでとう」というべきところだが、言葉はわるいが「うそつき」当選だ。

 

 上田氏は1期目の11年年前、知事の任期を連続3期までとする「多選自粛条例」を全国で唯一制定施行した。その条例を自ら破って出馬したのだから正真正銘の「うそつき」だ。初当選で舞い上がってカッコウいいところを見せようと無理に条例を制定したが、権力の座に座ってみると居心地がいい。やめられなくなっちゃった。典型的な「あぐらかき」政治家なのだ。

 

 批判が出たというけど、終わってみれば89万票余り、元総務省官僚の32万票以下、まったく寄せつけず圧勝だった。どこにどう批判が集まったのか、説明してもらいたい。「当選確実」の一報を受けると、「自粛条例は守ることができなかったが、公のために頑張るという志は曲げたことはない」と語ったそうだが、こういうのを「わるびれるところなく…」というのだろう。

 

 うそをつかない。約束は守る。子どもにまず教える人の道だ。それを恥も外聞もなく破って、何が公だ、志だ―そう言ってやりたい。よその知事のことだけど…。

間違いなく今年の地方政治の恥ずかしい出来事のトップ候補だ。首都、東京の知識階層の居住ゾーンとしての埼玉県だ。土屋義彦知事は生前、全国の模範になるような県にしなけりゃならんとおっしゃってたが、天国で嘆いているだろう。

 

 県民がせめてもの反抗を示したのが知事選として全国3番目に低い26・63%という低投票率だろう。585万余の有権者のうち投票に参加したのは約156万人に過ぎなかった。891,822票を獲得した上田氏は投票者の約6割を集めて圧勝だったが、有権者の15%の支持しか得ていない。725万県民のわずか12%しか支持していない勘定だ。私は県民の代表だ―上田さん、胸を張れますか。

 

川柳「朝囀」うそさえも 勝ってしまえば 正義なり  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月 9日 (日)

首相は長崎で非核三原則堅持明言…新聞、野党はどう難くせ

 

 安倍首相は9日の長崎市の平和祈念式のあいさつで「非核三原則」の堅持を盛り込んだ。6日の広島市での式典でそこに触れなかったことを蜂の巣でもつついたように責め立てられ改めたもので、被爆地の慰め、励ましになったものと思う。

被爆地に思いを至し、改めて核兵器否定の心情を確かめられたのは良かった。

 

さて、新聞、テレビはこのことをどう伝えるのか、気になる。言うまでもないが、多くの国民は新聞、テレビの報道でニュースの核心を知り、その大方を受け入れて生きている。特に最近は取材、報道現場にいた経験者がニュースを解剖して解説するのが流行っている。詳しく解説することがわるいとは言わないが、それが往々にして自己流の視点、こじつけになっているのが気になる。

 

そういうこじつけた解釈や批判を政治家がそのまま受け売りする。いや、その逆が多いかもしれないが、わい曲された情報が世論形成の元になっているような疑いさえある。広島の式典での首相あいさつをめぐって、「ほとんど文言が過去2年と変わらない」「非核三原則の堅持―が削られたのはなぜか」と今や売れっ子のニュース解説者が式が終わったか終わらぬうちにぶち上げていた。

 

長崎市の式の後、今度はどんな解説をするのか。こじつけるのか。

「非核三原則の堅持」を盛り込んだことに、「広島と長崎で差別した」「信念のない首相だ」とでもコメントするのだろうか。野党のみなさんは「広島の姿勢を批判され対応を変えたのは信念がなさすぎる」「世界の不信を買う」「核兵器使用を容認する姿勢を鮮明にしたのだ」と言い張りますか。

 

険しい安全保障法案審議の前途にかこつけて平和祈念式まで政治戦略に利用しようとする姿勢は被爆地のことを本当に考えているとは言えない。

祈りの平和祈念式を政治混乱の渦に引き込んでそれでいいのだろうか。被爆地のみなさんがそれを喜んでいるとでも思っているのだろうか。誰もが心静かにこの日を迎えたいと願ってきたんです。

 

川柳「朝囀」 被爆地を 巻き込む政略 

(

)

うれし  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月 8日 (土)

政治家、新聞も一時的に正気を失ってるらしい

 

 米国流に言うと日本の政治家も新聞も「一時的に正気を失っている」らしい。

首相は広島市の平和記念式のあいさつで「非核三原則」に触れなかったことを蜂の巣をつついたように責められ、9日の長崎市での式典では「非核三原則の堅持」を盛り込むことにした。すると今度は野党も新聞も「大事な部分を広島と長崎で変えるとは軽い」「信念のない人だ」と言いたい放題だ。

 

 昨年の式では冒頭部分がその前の年とほぼ同じだと指摘され、「引き写しではないか」とさんざんいたぶられた。このため外務省や厚生省、官邸で文案を作成した際に削った。首相はあいさつでは「核兵器のない世界」を実現する重要な使命がある―などと核兵器を明確に否定した。首相も文案を作成した担当者も「非核三原則」をないがしろにする意図はなかっただろう。

 

 だからこそ首相も反響の大きさを素直に受け止めて長崎ではそれをしっかりと入れ込んであいさつすると述べたのだろう。

それを「広島の姿勢を批判され対応を変えた。批判されて姿勢を変えるとは信念がなさすぎる」「どうなっているんだ―と世界の不信を買う」「核兵器使用を容認する姿勢を鮮明にしたのだ」とむき出しで攻撃している。

 

新聞も野党のそうした攻撃発言をそのまま垂れ流しだ。

首相はもちろん、あいさつ文をまとめた外務省や厚労省、官邸にキチッと取材をしてそれも併せて報道すべきじゃないか。

「非核三原則」を削られて被爆地の悲しみと憤りは大きかっただろう。あいさつ文作成者にそのことについて伝え、真意を問うことは記者のイロハじゃないか。

 

身内からの相次ぐ失言、舌禍で安全保障法案審議の前途が険しくなっている首相に追撃のチャンスとばかりかさにかかるのは分からぬではないが、あまりにむき出し過ぎる。こんな動揺の中で平和記念式を迎える長崎の人々が喜ぶとでも思っているのだろうか。みんな心静かにその日を迎えたいと願っている。

政治に利用されることなんか微塵も期待していない。

 

川柳「朝囀」 過ちを 直せばそれも たたかれる  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月 7日 (金)

けんか腰の国会論戦、なぜそう威張るのか民主党議員

 

 しばらくぶりに衆院予算委員会の国会中継を聞いたというか、見た。

驚いた。国会議員って、こんな物言いしかしないのか…質問じゃないじゃないか。

喧嘩だ。口をとがらせ、声を張り上げ…答弁する首相や大臣を圧しようとやっている。舌禍、あるいは誤答を引き出そうとしているだけだ。

 

多分、それだけ真剣に議論しているんだというだろうが、相手を攻めあげるだけでは議論にならないだろう。質問ともいえない。

特に若い論客たる議員を質問者に立てている民主党だが、熟議を求めている姿勢とは相容れない攻撃、いや口撃論法だ。率直に言って、どうしてそんなに威張るのか…そんなに偉いのか、と言ってやりたくなる。

 

少なくとも一国のリーダー、総理大臣だ。そのリーダーに向かって、「あなたは…」「真摯に反省しているとは思えない…」「何も考えていないのでは…」と罵詈雑言に近い言葉を並べる。よく、首相は虐ギレもせず、質問に答え続けるなあ―と感心してしまう。新国立競技場建設計画の白紙撤回や安全保障法案をめぐる問題発言続出で攻撃を受けやすい情勢にはあるが、それにしても異常な空気だ。

 

政治論争は、攻撃一点張りの野党が圧倒的に有利で、論調も分かりやすい。政府側は言い訳にならないよう丁寧な答弁が求められるから、それでなくても釈明や説明調になりやすく勢いで負ける。そこをいいことにまくしたてる質問は、間違いではないが、紳士的ではない。少なくとも聞いている側に「なんでそんなに威張るんだ」と思わせるのは得じゃない。

 

インテリやくざ…などという呼び名があるが、そんな輩と国会議員がいっしょにされるようなことがないようにしてもらいたい。「なぜだ」「どうしてだ」という言葉を重ねてたたみかける質問の仕方は、そのインテリ…のイメージが募って、聞いている者にとっては不快ですらある。

やさしい、やわらかな質問から迫真の答えを引き出すのが真の討論だ。

 

川柳「朝囀」 国会は 闘犬のごと 興ざめに  (誠)

 

 

 

 

 

 

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2015年8月 5日 (水)

63億円もドブに捨てて居座り続けるんですか下村大臣

 

 また金(かね)の話で、卑しいと言われるかもしれないが、白紙撤回となった新国立競技場建設費のうち戻ってこない支払い済みのデザイン・設計費用などが何と63億円に上るそうだ。今ごろになって何を言ってるんだ。下村文科大臣、あなたはこの巨額な逸失金を発生させただけでも辞任、辞職は当然だ。

政治家、それも大臣なら潔く責任を取ったらどうだ。

 

支払い済みで戻ってこない金が約63億円に上る話は、4日の参院文教科学委員会で下村大臣から明らかにされた。政府がこれまでに約59億円と発表していたが、下村大臣はさらに約4億円近くあり、合計で約63億円になることを明らかにした。

計画が白紙撤回されてもその支払い済みの金は戻ってこないとなれば、丸々、デザイン・設計者にくれてやったようなものじゃないか。

 

そんなでたらめを生んだ責任は文科大臣、あなたにあるのは言うまでもない。

それになぜ63億円もの金になるのか説明しないのだ。あなたの金じゃない。国民の税金でしょ。イの一番に国民に説明すべきだ。

税金だ。自分の懐が痛む訳でもない。だから、いくらになろうが、捨て金になろうが構わない。そういうところではないのか。

 

大体、63億円もの捨て金になっちゃうのか。今日あたりになってテレビ番組などで漏れ伝わっているが、新聞、テレビも不真面目だ。その内容をキチッと報道すべきじゃないか。デザインの監修代が約15億円、設計費36億5000万円、技術協力費約8億円、設計前払い金約4億円…というのだが、私たちの常識では理解に苦しむ金額だ。だからこそ細かい説明が必要だ。

 

ベルギーの劇場や作者との間で盗作疑惑が持ち上がっている2020年東京五輪の公式エンブレムの問題だってデザインしたアートディレクターがやっと口を開いたが、国はいくらの制作費を払うのか、払ったのか。それだって税金からだろう。国民はどれほどの金になるのか知りたい。正当な制作費を支払うべきものなら早く明らかにすべきだ。公金の支出を闇に伏せようというのか。

 

 

川柳「朝囀」 公金に いとめもつけず 払う国  (誠)

 

 

 

 

 

 

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2015年8月 4日 (火)

また民主党がおせっかい外交…岡田代表が朴韓国大統領会談

 

 おせっかい外交だ。いや、つげ口外交だ。売国的、いやみ外交だね。

昨日から今朝にかけて、炎暑列島は賛否に分かれて揺れたのではないか。

ほかではない、民主党の岡田代表が訪韓し、朴槿恵(パククネ)大統領との会談に及んだ話だ。

 

もちろん会談の成果なんてあるわけがない。

安倍首相が近く発表する戦後70年談話について、先の大戦を「日本の植民地支配と侵略」と認めた村山談話の継承と旧日本軍の従軍慰安婦問題の解決という、従来の揺さぶりを繰り返しただけだ。ほとんど触れもしなかった新聞、テレビがある一方で、民主党機関紙のような扱いをした新聞もあった。

 

 もっとも民主党にしてみればそれで成果は十分だっただろう。

就任以来、まだ公式な首脳会談にたどり着けない安倍首相の“情けない状況”を日本国内に改めてさらけ出すことになればいいわけで、それが狙いだったのだ。

 日韓首脳会談の早期実現を求めたと伝えられるが、それは本意じゃない。「売国奴」呼ばわりされるのを避けるためにやった計算ずくの儀礼発言だ。

 

 民主党はなぜこんなへつらい外交みたいなことをやるんだろう。海江田前代表も代表就任後初の外遊先を中国に選んで、中国の軍事展開に抑止をこめた安保政策をさぐる安倍政権をあげつらうため習主席との会談をさぐった。結果は期待よりはるか下の階級常務委員との面会しか実現せず、「日中間の困難を作っているのは歴史認識と尖閣問題だ」と非難され、ほうほうのていで席を立った。

 

 韓国や中国の政界ではこういう外交があるたびに「あれは日本の政治家かね」「日本の政党かね」というささやきが起きるそうだ。

外交は何よりもまず国益を背負うものだ。党の人気や政局ねらいで国益を踏み付けにするような行為は控えるべきだ。

費用は民主党持ちですか? まさか、税金じゃないだろうね。

 

川柳「朝囀」売るものは いっぱいあるのに なぜ国を  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年8月 2日 (日)

先生の多忙の犯人は文科省

 小中学校の先生の7割以上が授業や業務に負担を感じている―と文部科学省が調査結果を発表した。学校の先生、それも7割以上…というのが問題だというのだろうが、一体、今の社会で仕事に負担感もなしに働いている人がいるだろうか。

いるとすれば余程の脳天気か、怠け者だろう。

貴い税金を投入してやるだけの価値がある調査なのか。

 

笑ってしまうのは、負担感が最も高かったのは「国や教育委員会の調査対応」で9割近い先生が負担を訴えていたことだ。文科省も自分たちの調査活動が現場の先生たちを困らせているというのでは二の句が告げられなかっただろう。

多分、調査をはじめる前はつまらぬことで先生たちを困らせているのは分からず屋の保護者だろうと思っていただろうがアテががはずれた。

 

もちろん「保護者からの苦情やいちゃもん」に苦しめられている先生は7割以上に上った。お話しにもならないような父母がいることは承知しているが、同僚の先生や校長、教頭と相談すれば片づくことが多い。その相談もできないで抱え込んでいるのでは負担になるのは当然だ。世の中には仕事の処理能力が欠けていることに気付かず、「忙しい」「忙しい」とこぼしている人が多い。

 

研修のリポートや報告書づくりに負担感を訴えている先生が多いが、これも奇妙な話だ。あれだけの難しい教職員採用試験をパスしてきた先生がリポート一つ作るのが大変だ、苦痛だなんて考えられない。

その原因は素直なものを仕上げるのではなく、高評価につながるものを仕上げようと無理するからだ。無理すれば何だって大変だ。

 

整理整頓は先生が子どもたちにうるさくいう生活姿勢だ。仕事も計画的にテキパキこなす習慣をつけていれば、負担にも感じないで片づけられる。

校長も教頭も、嫌われることを恐れず、先生たちに整理整頓を呼び掛けるようにしたらどうだろう。幸い、授業や子どもと接する仕事には負担感が軽いと答えている先生たちが多いから、今、ひと声かければ改善するかもしれない。

 

川柳「朝囀」先生の 多忙の犯人 文科省 (誠)

 

 

 

 

 

 

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2015年8月 1日 (土)

菅元首相らこそ強制起訴すべき…「人災」の責任なぜ問えない

 

 検察審査会が東電福島原発事故の刑事責任をめぐり、勝俣恒久元会長(75)ら旧経営陣3人を強制起訴に持ち込んだのは、検察を市民感覚に引き込みたかったからだ。あれだけの大事故なのに誰も責任を取っていない。結局は自然災害のせいにしている。そのモヤモヤをどうしても晴らしたいからだ。

 その意味では菅直人元首相ら当時の政権責任者も起訴すべきではないか。

 

 3人を「起訴すべきだ」と再議決した理由は「取れる対策を怠った」というもので、これまでに検察が不起訴の根拠にした大地震・大津波に対する予見性を排除した形だ。そのすじ道から言えば、事故を発生させた責任より事故後に適切な対応が取れなかった菅元首相ら政権幹部に対しては明確に責任を問えるはずだ。

 告発を受けてどんな検証が行われたのかはっきりさせる必要もある。

 

 「ベント(緊急弁の開放)をすべきかどうか東電から問い合わせが来ているが、(菅)総理が専門知識をお持ちなので、現場視察の後、あるいは途中で指示があると思います」。3・11当日、当時の枝野幸男官房長官が官邸の記者会見でそう語った。菅首相が現場視察を優先し、ベントの指示を怠ったことが原子炉建屋の水蒸気爆発や被害拡大につながったとして福島原発告訴団は責任追及してきた。

 

 しかし、検察は放射線量が髙く、停電も重なって対応が遅れたものだとして訴えを退けた。国会や政府の調査委員会は事故後の菅首相の対応を「現場に過干渉を繰り返し、危機の取り組みとしては最低だった」と断じた。

 検察は菅首相らに不起訴という寛大な判断を下したが、原子炉の溶融・メルトダウンという最悪の事態を招いた「人災」に責任も問わない異常さだ。

 

 「大地震、大津波が専門家の間で予測されていなかったし、予見性は問えない」という古びた判断基準の司法では正義にたどりつけないだろう。専門家も予測していなかった大規模な地震、津波だったのだから仕方がない―そんな判断ではどこにも責任を求めることはできない。予測でなく、予想されるすべての事態に備えるのが企業の責任だ。政治責任はその何百倍も重いはずだ。

 

 川柳「朝囀」歯がゆいが 何度も起訴の 門たたく  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

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