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2015年9月

2015年9月30日 (水)

年金の世代間格差、そんなに年寄りを悪者にするな!

 年金の世代間格差が広がっている、と厚生労働省が試算を発表した。

10月と言えば来年度の予算編成、税制改革に向けて動き出すころだ。

厚労省は何をやろうとしているのだろう。格差の広がりにかこつけて私たち高齢者の年金を削ろうとしているのかもしれない。

 変な予感がする。胸騒ぎがする。

 

 試算というのは支払った保険料に対して生涯でいくらの年金を受け取れるかを倍率で計算したもので、サラリーマンが入る厚生年金は70歳の世帯が保険料の5・2倍の年金を受け取る勘定。それに対して30歳以下の世帯は保険料の2・3倍の年金しか受け取れないことが分かったそうだ。

 厚労省のお役人さんは現役世代だから、高齢者がもらい過ぎと考えるだろう。

 

 年金の受取額は経済状況で多少動くが、標準的な経済成長で試算すると70歳の人の世帯は合計1000万円の保険料を支払って、計5200万円の年金を受け取ることになる。一方、30歳の人の世帯は、計2900万円の保険料を支払って、受け取る年金は計6800万円にとどまる勘定だ。

年齢が低くなるにつれて倍率は下がり、不利になる。

 

5年前の試算では70歳世帯の倍率は4・7倍で0・5ポイント増えたが、30歳世帯は2・3倍で変わらなかった。世代間格差は確かに広がった。しかし、高齢者が特に恵まれているわけではない。総務省統計では60歳以上世帯は月々6万円も生活費が足りず、5人に1人は生活困窮者だという。

5200万円も年金をもらっている実感はない。何かの間違いだろう。

 

川柳「朝囀」年寄りを 泥棒みたいに 言わんといて  () 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年9月26日 (土)

文科相は改造まで続投だって…責任取ってないよ

 新国立競技場の建設計画が白紙撤回になった問題で責任を指摘された下村博文文科相は来月初めの内閣改造で外れるまでは続投するというし、整備主体のJSC(日本スポーツ振興センター)の河野一郎理事長は任期切れで交代した後だ。

これでは責任を取ったことにはならないじゃないか。世間の常識ではこんなケジメのない話は通らない。

 

白紙撤回に至った経緯を検証する第三者委員会は、明らかに「大物」たちに遠慮しながら調査、検証をしてきたことがうかがえる。元首相で2020年五輪組織委員会会長、前の日本ラグビー協会長、さらに組織委員会事務局長で元大蔵省事務次官らがメンバーにおさまった有識者会議が事実上の決定機関になった。何を決めるにもその「大物」の顔色、発言をうかがったのは言うまでもない。

 

ラグビーの世界大会を誘致し五輪の前年開催に向けて競技場を併せて使用する計画が絡んだ。超党派議員連が「8万人収容」を要請したという話もある。明らかに元首相が牽引する大会だということがそういう政治圧力を生んだのだ。それを文科相はどう受け止めていたのか。大先輩の元首相のご機嫌を損ねるようなことにならないように気遣いをしていたのではなかったか。

 

総工費として1300億円が提示された時、関係者が安易に「変動はあり得る」と囁いていたのは、この国に根を張る公共事業への「お手盛り」「たかり」体質かも知れない。公金意識の乱れを指摘するまでもない。ラグビー世界大会に間に合わない、競技は別会場で―と決定した時、元首相が「2500億円ばかの金がこの国にはないのかね」と怒りをあらわにしたテレビ画面を思い出す。

 

その元首相に第三者委員会はなぜ聞き取りをしなかったのか。組織委員会の最高責任者まで煩わす必要はないと考えたのか。怖かったのか。

文科相やJSC理事長の落ち度や責任についてはすでに出尽くしていたではないか。大失態の幕引きの舞台づくりのための検証ではなかったか。自己弁護の文科相の顔をなお見続けなければならないかと思うとうんざりだ。

 

川柳「朝囀」三者委は 名前ばかりで 身内なの  ()

 

 

 

 

 

 

 

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2015年9月19日 (土)

抑止力、備えて使わせず…問われる国民の英知

 

 集団的自衛権の限定的行使を軸にした安全保障関連法がようやく成立した。

安全保障の国際環境の変化に対応して抑止力を強める、つまり脅威に備える。

「備えて使わず」の抑制の中にとどめることが求められる。それを可能にするのは戦後70年かけて愚かな戦争を悔い改め、不戦と平和を誓う私たち国民の英知だ。

そのことを私たちはしっかりと心に刻むことが大切だ。

 

 それにしても安全保障関連法案に「戦争法案」のレッテルを貼り、「わが子を戦場に送り出せますか」と投げ掛け、「戦争」の2文字で不安を煽った人々は今、何を考えるだろう。難解な集団的自衛権の概念を説いて理解を促すことは与野党の別なく、すべての国会議員のつとめだ。

それを最初から怠り政治闘争に狂奔した。国民の理解が進むはずがない。

 

集団的自衛権は、自分の国と密接な関係にある国に対して武力攻撃があった時、それを自国の平和を脅かすものとみなして対抗措置をとる権利のことだ。国連憲章はすべての国に認められた国際法上の固有の権利「自然権」と規定している。だから憲法に集団的自衛権を明記している国はない。国際社会は憲法より国際法が優先され、国家は国際法に基づいて行動する。

 

 だが、日本は憲法至上主義だ。憲法はいじってはならない、「改憲ノー」の呪縛にかかっている。国の安全と存立を全うするための措置をとろうとする現実政治の前に憲法が立ちはだかっている。憲法9条2項は「戦力の不保持」「交戦権の否定」を定めており、集団的自衛権の行使には制限がある。だから、関連法は厳しい条件付きなのだ。それでも護憲論が「違憲」を唱え、法案審議の方向をゆがめた。

 

 国の守りを後回しにできる道理などあり得ない。集団的自衛権は権利ではあっても、安保関連法はそれを行使することが本旨ではなく、抑止効果が狙いだ。

 「法案つぶし」一点に絞った野党がその議論の道を断ってしまった。軍拡一途の軍事大国のアジアの海域における傍若無人、核開発が止まらない独裁国家、朝鮮半島の核保有ゾーン化…それでも脅威なしという野党の脳天気は不安だ。

 

 国会審議の最終局面における野党の議事妨害の連発、審議の場にプラカードを掲げてなだれ込み、ハチマキ姿で詰めかけた堕落、さらには喪服に数珠で神聖な国会を葬式の場に演出した独りパフォーマンス…どんな理由があろうと、国民の支持を得られるはずがない。

 そんな政治集団に「民意」「民意」と恩を着せられたくはない。

 

 川柳「朝囀」葬式を 良識の府で 見る時代  (誠)

 

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2015年9月17日 (木)

また犯人逃がした警察…罪もない市民が犠牲に

 

 熊谷市で3家族、6人が殺害された事件の容疑者は、熊谷署が事情聴取している最中に取り逃がしたペルー人である疑いが強まった。キチッと身柄処理をしていれば事件につながらなかった可能性がある。大阪の中学1年生男女殺害の山田浩二容疑者を警視庁が職務質問しながら見逃していた失態があったばかりで、警察の容疑者扱いのあり方が批判にさらされることになりそうだ。

 

 熊谷署は13日午後、ペルー人のナカダ・ルデナ容疑者(30)を住居侵入の疑いで連行した。事情聴取中にタバコを吸いたいと言ったため許可したが、警察官の一瞬のすきをついて逃走した。その後、14日夕には田崎稔さん(55)・美佐枝さん(53)夫婦が刺殺され、16日には1人暮らしの白石和代さん(84)、加藤美和子さん(41)・美咲さん(10)・春花さん(7)母子が殺害された。

 

 ナカダ容疑者は16日夕、加藤さん宅にいるところを警察官に発見されたため逃げようとして2階から転落、頭を強く打って意識不明の重体になっている。

 それぞれの被害者宅で見つかった足跡がナカダ容疑者の履いていた靴底とほぼ一致するなどその犯行はほぼ間違いないという。

 任意の事情聴取だったとはいえ、簡単に逃走をゆるしたことには問題がある。

 

 たまたま13日は日曜日で署員の少ない当直態勢だったとはいえ、警察官1人で喫煙コーナーに同行したあたりは無警戒過ぎないか。警視庁の中学1年生男女殺害事件の山田容疑者をめぐる安直な職質などの情報を聞いていなかったのだろうか。

 ナカダ容疑者は熊谷署に連行される前、周辺で「カネ」「カネ」と片言の日本語で訴えていたといい、警察署にも情報として上がっていたはずだ。

 

 法を無視しろとまでは言わないが、これだけ頻繁に重大事態につながる容疑者が職質や任意調べの段階で見逃され、罪もない人々が犠牲になるというのは看過できない。容疑者の扱いを見直す必要はあろう。

 特に職質などでいったん手のうちに入れた容疑者をみすみす見逃し、重大事件につながるというのは法治国家の基本にかかわる。

 

 川柳「朝囀」くやしいが 後の祭りが なぜ続く  (誠)

 

 

 

 

 

 

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2015年9月14日 (月)

豪雨被災地で空き巣相次ぐ…モラルの堤決壊

東日本豪雨の被災地で住民が避難して留守になった民家をねらった空き巣が相次いでいるという。人の不幸、弱みにつけ込んで悪事をはたらくとはけしからん。

 後片付け、復旧を支援してこそ災害列島をともに生きる者としてまともだが、被災者の足を引っ張るとは…血も涙もない輩だ。

 

 東日本大震災、福島原発事故の被災地でも同じような不心得者が続出し被災地の怒りを買った。住人が避難して不在になった民家に忍び込んで現金や貴金属を盗み出すという手口が大半だったが、中には金庫を片っ端から壊され、現金を奪われた会社や事業所もあった。

 社会の無道徳化、人心の荒廃は想像以上のようだ。

 

 突然の河川決壊や浸水で着の身着のままで逃げた人たちがほとんどだ。現金や貴重品を持ち出す余裕などなかった。そこをねらって盗みに入るとは卑怯そのものだ。                   

人の苦しみや悲しみを理解し受け止めようとする心根が全くない。

どうしてそんな人間が生まれてしまうのだろうか。道徳教育を教科化して強化すればそんな輩はなくなるのだろうか。

 

現地から伝わってくる話では犯人の中には自衛隊員の服装をしている者がいるらしい。命がけで被災者の救助、救出、復旧に献身的活動を続ける自衛隊員になりすまして悪事をはたらくとは、二重、三重の悪質さだ。

捕まえたら厳罰に処すべきだ。被災地をひき回しにするくらいでないとおさまらないのではないか。

 

川柳「朝囀」いつの日か モラルの堤 決壊し  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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集団強姦の募集に98件の問い合わせ…どうかしてるぞこの国

 

 大阪府警の元警察官の男が同期の現職警官と女性を集団強姦しようとネットで参加者を募集し、男が出会い系サイトで知り合った20代の女性を大阪市内のホテルで集団暴行していた。オオカミのような男たちだと驚いていたら、今度は埼玉県警の現職警官がかつて病死した肉親の状況調査をしたことがあるお宅で男性を殺害し現金を奪っていた。

 

 集団暴行にしろ金欲しさの殺人にしろ、犯罪の動機や手口は単純かつ下劣でおよそ司法の世界にいる人間とは思えない。一般社会の人間と同じで、むしろ人間くささを感じさせる。警察官も生身の人間だったという驚きを新たにさせられる。

 警察官という身分による規律、抑制が利かなくなり、私的な人間がむき出しになってしまう。社会の荒廃がそれに追い打ちをかけているのだろう。

 

 集団強姦の参加者募集の掲示には何と98件の問い合わせがあり、最終的に6人が加わったという。参加者1人あたり5000円の料金を徴収したともいわれる。社会の無道徳化は想像以上で、司法の世界にある者も常に誘惑に駆られているとみるべきだろう。幼稚で性格的に弱いところのある者がはだかの人間性がむき出しになって罪に手を染めてしまう。ひと言で強い人間を育てるしかない。

 

 殺人警官の方は病死した肉親の状況調査をした時にそのお宅の耐火金庫の在り処を覚えておいたというのだから、これも出来心の犯行ではない。いつ犯行に及ぶか綿密に計画を練った上での実行だったのだろう。倫理、道徳はいかなる職業、階級などによらず高いところが期待されるが、特に司法の世界にある者は社会的に指導性が求められるのであり、厳しい自己規律を体得してもらうしかない。

 

 こういう事件が続くと社会には一体誰が私たちを守ってくれるのか、という不安が広がる。自分の身は自分で守るしかないような時代になるのか、という不安が広がる。それが社会的退廃につながることが一番こわい。

 そうならない、そうしないために関係機関は全力を挙げてもらいたい。

 社会は規律と教育機能を発揮してそれを支援しなければならない。

 

  川柳「朝囀」遠い日の 治安大国 夢に見る  (誠)

 

 

 

 

 

 

 

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2015年9月 9日 (水)

ハディド氏、新国立にまた応募だって…食い物にしてる?

 

 仕切り直しの2020年東京五輪パラリンピックの主会場になる新国立競技場計画にあのザハ・ハディド氏が公募に再挑戦する意向らしい。

 デザインや設計の世界のことはよく知らないが、こういう例はさほど珍しいことではないのだろうか。何だか組織委員会やJOCのみなさん、それに遠藤五輪担当大臣、食いものにされちゃいませんか。

 

 旧計画が2500億円と当初見込んだ建設費の約2倍に膨れ上がった原因は、ハディド氏の難解なデザインにあったわけで、それが先払いした監修料など60億円を超える税金が戻ってこないというおまけ付きの、前代未聞の白紙撤回となったのに懲りずにまた手を出してくるというのだから、わが国をなめている。

 再びそのデザイン案、設計案を選ぶようなお人好しだけはご勘弁願いたい。

 

 多額の国民の税金を注ぎ込む国立大学やその研究所でデザインや設計を勉強した専門家は大勢いるだろう。またとない大舞台に渾身の計画を提案して国民に恩返しをしようという者はいないのか。縁もゆかりもない外国のデザイナーに大舞台をせしめられ、さらに仕切り直しの計画募集にノコノコ出てくるのを止められもしない。プライドはないのか。意気地なしどもめ…。

 

 よく聞いてみるとハディド氏に再挑戦を働きかけた一味がいたらしい。

ハディド氏のデザインに基づく旧計画の設計を担当した日本の設計会社のようだ。

確かに白紙撤回されるまでの長い間、積み重ねてきた知見、経験を新計画で生かせるかもしれないが、厚顔ぶりもそこまでゆくと疑いたくなる。いったん手にした大魚を逃がしてしまった図だが、いかにも図々しい。

 

完成、オープンの年月を突きつけられ余裕のない新計画だ。

組織委員会は工期とコスト両面から厳しい対応を迫られている。

その猶予のない混乱に乗じて…と言いたくもなる。

 

 

 川柳「朝囀」味をしめ またやってくる 新国立  (誠) 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2015年9月 1日 (火)

東京五輪佐野エンブレム、ついに使用中止へ。世紀の大恥

 

 東京五輪組織委員会(森喜朗会長)は、次々と盗作疑惑が浮かび上がっているアートディレクター、佐野研二郎氏(43)制作の2020年東京五輪公式エンブレムの使用中止を決めた。事実上、白紙撤回ということだ。

森会長、舛添要一東京都知事、あれだけ自信たっぷり「特段、問題ない」とおっしゃった発言の責任はどうするんですか。

 

国立競技場計画の白紙撤回、63億円余りの税金をドブに捨てるという失態に続いて公式エンブレムまで白紙撤回だという。世界の五輪準備計画の中でいまだかつてない不名誉、大恥だ。なぜ、こんなだらしない話になってしまうのか。思い当たるフシはいくらもあるが、まず一言で言ってそれぞれ責任ある立場に起用された人物がいい加減だということに尽きる。

 

巨額の建設費や経費をねん出するのに財務省に無理を言わなければならないからそのOBや有力な政界OBを起用する。スポーツに造詣があろうがなかろうが関係ない。政界OBだってただ声が大きければいいと言わんばかりの人物に白羽の矢が立ってしまう。そういう「大物」が要所に坐ってしまうから、周囲からは声をあげにくい。多少の問題や異論があってもそのままになってしまうのではないか。

 

国立競技場にしても公式エンブレムにしても、ことデザインという特殊な分野についてはそんな「大物」たちこそ素人に近い。選考委員やそのリーダーの人選についてはほとんど「お任せ」で、ましてや最終決定には口さえ挟むことはない。

どう選考が進められたのかさえ知らない人たちが、贋作だ、真似だ、盗作だと騒がれたところで何が何だか分からないのだろう。

 

各種競技の理事や理事長、コミッショナーなどが経済界や法曹界の大物が名前だけで坐って、へまをする例が続いているが、この国の無分別な「肩書主義」が大事な場面でボロを出したのだ。エンブレムなしの五輪が可能なのか。それくらいのことを森会長だって舛添都知事だって考えて行動しているようでないと世界の笑いものになっちゃう。それにしてもなぜこんな失態が続くんだろう。

 

川柳「朝囀」 エンブレム 盗作騒ぎは エンドレス (誠)

 

 

 

 

 

 

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