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2016年3月11日 (金)

かなしい記憶の風化…大震災、原発事故から5年

 東日本大震災、福島原発事故が起きてからきょう、丸5年になった。

「東日本大震災、大津波が起きたのはいつだったか覚えてますか?」。そう聞いても10人中半数は「2011年3月11日」と正しく答えられない。生身の人間だから仕方がないのかもしれないが、記憶の風化はかなしい。

 

 人が緊張感を持ち続けることができるのは3年という説がある。人によっては1年という話もある。直接、衝撃を受けた人たちは5年どころか30年、40年、いや一生忘れられないだろう。東日本大震災の被災地の人々はこの悲しみ、苦しみをそう易々と忘れることができない。愛する者を奪われ、ふるさとを奪われ、育て上げてきた幸せを奪われてしまったのだから当然だ。

 

 必死で立ち上がろうとする被災地の復興を多くの人々が支えた。老いも若きも寝食を忘れ、自分のことを後回しにして支えた。さまざまに批判される若者たちが別人のように汗と涙を流し、泥にまみれて奮闘した。被災地からは「ありがたい」「励まされた」「勇気をもらった」「この国の将来は心配ない」…そんな声が伝わり、理屈が先立つ頭でっかちな大人よりも被災地に勇気をもたらした。

 

 その懸命な支援にもかかわらず復興は思うに任せず、被災地の人々の苦闘が続いている。原発事故でふるさとを追われた人々をはじめ今なお17万人余が避難生活を余儀なくされている。長引く避難生活で体調悪化を招く人も多い。大震災、大津波、原発事故から助かったのに病を得て亡くなる震災関連死は岩手、宮城、福島の3県で3400人を超えた。いたましい。

 

避難生活の中で肉親や伴侶を亡くし独居生活に追い込まれる。孤立感を強め、健康を害し、人知れず亡くなっていく、いわゆる孤独死も3県で年に50人前後に上る。将来の生活が見通せず、先をはかなんで、自ら生涯を断った人は150人を超えた。残念でならない。避難所を転々とする暮らしは人々の心をズタズタに切り刻む…そのキズを和らげるよう私なりの励ましをおくり続けたい。

 

川柳「朝囀」歳月に つれて遠のく あの励まし  (誠) 

 

 

 

 

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