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2016年7月23日 (土)

「国民怒りの声」休眠へ、怒りは国民に届かなかったナ

 先の参院選に向けて、名前だけだったのかもしれないが、威勢のいい政党が旗上げした。安倍政権打倒を旗印に憲法学者、小林節慶応大学名誉教授が立ち上げた政党「国民怒りの声」がそれだ。舌鋒鋭く安倍政治を糾弾し、若者を鼓舞していただけに戦況は期待されたが、議席獲得はならなかった。

 

 政党人なら少なくとも敗戦、即店じまいということはない。しかし、そこが学者だ。あっさり党の「休眠」を宣言してしまった。休眠といってもそのうち目を覚まして活動を再開する予定ではないらしい。残務整理のための休眠で、小林教授は代表を下りるばかりか党も離れる。肝心の党名も、「怒り」の文字をはずして単なる「国民の声」としてしばらくつなぐという。

 

党旗上げの威勢が良かった、いや、怒りの声に乗せられて威勢が良すぎた分、望み敗れた時の反動が大きい。一挙に党の解体まで進んでしまう。それに学者が政治に手を染める結果は得てしてこうなる。学者だからものごとを理、いや理屈で考えてしまい、その先に「成功」を読みがちだ。しかし、政治の世界、そこは理屈より情がものをいう。浪花節の世界だ。

 

そこで説く理屈が明快なら明快であるほど世間は警戒する。身を捨てて追随することに躊躇する。史上、学者政治家が成功した例はまれだ。現実離れ、人情離れした政治、行政は国家や地域の発展を遅滞させるだけだ。小林教授は「自分に残された時間を大切に生きようと決めた」と政治から足を洗う決意を述べている。率直に申し上げて、それがいいと思う。

 

くやしまぎれだろうが、小林教授の捨てぜりふはいただけない。うまくいかなかったのは「メディアが私たちを無視した。報道してくれなかったからだ」と言う。それこそ言いがかりというものだ。主張や訴えが世上、注目を集めるようならメディアは放ってはおかない。訴えの内容に問題があったか、関心を持たれなかったか、どちらかだ。失礼だが、小林教授は政治活動を誤解している。

 

川柳「朝囀」 怒っても 節のあるやつ 現われず  ()

 

 

 

 

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