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2016年7月24日 (日)

不安残してなぜやるの? 道徳教科化は取り止めよ

 文部科学省が小中学校の道徳授業を教科化する指導方法や評価の在り方について報告をまとめた。読んでみて即不安になる。不可能なものを無理やりこじつけているだけで、その通りやられたら子どもたちはモルモットどころか粘土細工にされてしまう。今ならまだ間に合うかもしれない。道徳教育の教科化を文科省に断念させるよう働きかけるべきだ。

 

 郷土の偉人を扱った本を読ませてその心を理解させる道徳授業が主流だが、これを改めて一つのテーマについてグループ討論したり、作中の人物になって考え理解するようなものにするという。作文を書かせたり、授業中の発言などを評価して記述式で示すようにするという。教科化しなくたって今のままでもできるじゃないか。これ以上いい子を演じさせるのか。

 

 その評価は入試の合否判定などには使わないという。神様でもむずかしい評価を入試判定に使うことはあってはならない。しかし、「使わない」とわざわざ断らなければならないのは、使われる恐れがあるということの裏返しだ。1人、2人の子どもを指導、評価するなら可能かもしれないが、30人、35人という子どもたちに目を配って評価をするとなれば教師が壊れちゃう。

 

学習指導要領を変え教える内容や教科書検定の基準は昨年決めており、これで教科化の枠組みが出そろったことになる。文科省のことだから少々のことでは方針を見直すこともしないだろう。教育現場は自らが当事者になる重大事であることに今一度思いを馳せ、教科化を断念させるか、少なくとも教科化の具体的手法の研究やタイムスケジュールの見直しを迫るべきだ。

 

今回の道徳教科化の端緒になったのは大津市の中2男子がマンションから飛び降り自殺した事件だ。子どもたちの規範意識を育てる必要があると政府の教育再生実行会議が提言したのを受けて始ったものだが、従来の道徳授業で対応は十分可能だ。大津事件は文科省が無理やり道徳教科化の足がかりにしようと目をつけたとしか思えない。子どもの内面評価はやり直しが許されない。

 

川柳「朝囀」専門家が 自信ないこと なぜやるの  ()

 

 

 

 

 

 

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