映画・テレビ

2013年10月10日 (木)

みのもんた司会者、このままずるずるか?

 みのもんた司会者は報道番組出演こそ自粛しているがショウ番組は出ている。

週刊誌は、みの司会者の復帰をブロックしようと厳しい批判を浴びせている。

「ちょっとした有名税だ」と早期復帰を主張していたお仲間の芸能人は沈黙だ。

報道陣を前に人生訓を開陳…オレは大物なんだと振る舞われたようでもある。

さて、みなさんはどうお考えになりますか。

 

他人のキャッシュカードを盗み現金を下ろそうとした実の息子。

成人とはいえ責任の一端を親として担うべきか。その必要はないのか。

いや、司会者といえども時に権力者に向かい、世相に向かって批判や諌言をろうしてきた警世の人でもある。それもかなりの影響力を持っている。

「有名税程度に考えればいい」という芸能人のエールには違和感を覚える。

 

そこには妙な特権意識に酔った空気があることを否定できない。

有名人、影響力がある人だからこそつまずきを恥じ厳しく身を処すべきだろう。 つまり、一般人が息子の犯した犯罪にどう身を処すかの問題とは自ずから異なる。

みの司会者にはその前に自分自身のセクハラ疑惑がある。

女性アナのお尻に手を伸ばし撥ね退けられた映像の説明はないままだ。

 

「事実はないが、紛らわしかったから番組関係者を注意した」がテレビ局の弁明だ。

番組関係者を叱ったということは、そんな場面を大衆に見せちゃダメじゃないかという意味のお叱りだろう。なぜ本人を叱らない。CM中の談笑の映像が本番で出てしまった…テレビ局の弁明はかえって疑惑を深めてしまった。

CM中はいつもそんなことをしているのかとの疑いを持たせたのだ。

 

みの司会者本人からしっかりしたケジメが示されないのが何よりおかしい。

政治家、総理大臣まで呼びつけて政界のテイタラクを攻めたてる人だ。

女性のお尻に手を伸ばした映像が茶の間に流れ、おまけに実の息子が窃盗犯罪で警察に逮捕されたとあれば、番組の中で地方料理をほおばっておどけているわけにはいかないだろう。みの司会者が自らケジメをつけるべきだろう。

 

 大勢の記者、カメラマンを前にして息子を信ずる、警察も信ずる…あの言葉は一体どういう意味だろう。警察に圧力を掛けたつもりなんだろうか。

市井は一生懸命働いてもみの司会者のギャラの滴ほどしか報われない人ばかりです。そんな人たちに砂をぶっかけたんです。みの司会者からしっかりしたケジメが示されない限り列島の茶の間はしめったままです。

 

 川柳「朝囀」 つまずきを 苔にし太る 人もいる ()

 

 

 

 

 

 

2013年9月 3日 (火)

みののセクハラ、CM中ならいいのか

 「セクハラ行為があった事実はありません」「紛らわしい行為だったから番組担当など関係者を注意しました」。TBSは、みのもんた司会者のセクハラ騒動の幕引きに最もまずい選択をした。

 

 そういう判断をした責任者は生放送で全国の茶の間に流れた映像を自分で見たんだろうか。みの司会者が女子アナのお尻をさわり手を払いのけられた。みの司会者はニヤニヤしながら揉み手でごまかしていた…

紛らわしい行為どころか紛れもないセクハラだろう。

 

 「CM中に談笑している様子が本番に出てしまった」という局の説明こそ笑止だ。恥の上塗りだ。いつもCM中にそんなことをやっているのか。CM中ならセクハラは問題ないのか。談笑するって、言葉を交わして過ごすことでしょう。女子アナのお尻をさわることをこの局では談笑するというのだろうか。

 

生放送でなかったり、映像が流出していなければ「セクハラの事実はなかった」と言い逃れされてしまうこともあるが、全国の茶の間に流れてしまっている。

その後も再生映像が流布している。

映像メディアが視聴者の目にフタをしてしまおうというのは自殺行為だ。

みの司会者自身が取材攻勢に驚いているという報道にもびっくりだ。

 

 「セクハラ行為の事実はない」と言いながら、「紛らわしい行為があったから注意した」という局の発表は非常に分かりにくい。

それ自体が紛らわしいし、矛盾に満ちている。

こういう片づけ方をしたからには今後セクハラ報道の矛先が鈍るだろう。

いや、セクハラ報道なんかやれないだろう。

二重、三重に視聴者の信頼を失うことにつながる。

 

  川柳「朝囀」 気をつけろ みんな見えちゃう CM中  () 

 (朝のさえずり)

 

 

 

 

2012年10月16日 (火)

「ガンさん」ありがとう

俳優の山田吾一さんが亡くなった。面識があるわけではないが、この人の名演技で自分の進路を決めてしまった。もちろん、それは間違っていなかったし、大いに感謝している。

 

NHKのテレビドラマ「事件記者」が茶の間を賑わしはじめたころ、昭和33年、私は高校2年生だった。正義感あふれる中央日日の中堅記者「ガンさん」役を演じていた。ガラガラ声で飾り気のない、あっけらかんとした記者像は山田さん本人そのものだったのではないか。

他紙に特ダネをすっぱ抜かれた若い記者をあけすけに叱りつける。「お~、くやしいだろう」「オレもくやしいわ」とあびせる。

 

でも、それを必ず後でフォローする。「くよくよするんじゃねえよ」「雨の日がありゃ晴れる日がくる」。そういって若い者を行き付けの小料理屋「ひさご」へ連れて行く…そこには坪内美詠子さん演ずるやさしい女将「おチカさん」がいて慰めの言葉をかけてくれる。「エンちゃん」も「イナちゃん」も「ヤマさん」「べーさん」も、みんな集まっている。

その劇中の雰囲気がたまらなくあったかくて楽しい、生き生きとしていた。人間同士の心の通い合いというものがにじみ出ていた。

 

単純な私はいつしか新聞記者になろうって決めていた。国語が苦手で理系の大学に入学したものの新聞記者への思いを断ち切れず、文系に転向した。念願かなって新聞記者になったが、もちろんあの「事件記者」の空気なんかまるでない。奴隷とまではいわないが、1日24時間働き通し…記者クラブのソファーがベッドになる生活だけは「事件記者」そのものだった。

高校時代の恩師が同級会で「あいつの書いた原稿は注意して読め」と言い渡したそうだ。

 

その国語不得手が何と45年間、新聞記者を勤め上げ無事卒業した。好きなら多少の能力不足は埋め合わせることができる。適職なんて終わりまで分からない。だから、自分にどんな仕事、どんな会社が向いているかなんて初めからこだわることなんかない。

就職雑誌なんか作る会社がああでもないこうでもないと理屈をつけて進路を指導するようなことを書いているが、進路を間違えた手合いにそんなこと書く資格なんかないんです。

 

山田吾一さんだって高校を卒業した後、いったん会社勤めをしたが、俳優の専門学校に入って演技を学び、劇団四季などを経て「事件記者」にめぐり会っている。どこでどんな出会いがあるか分からない。それが人生だ。高校時代に「事件記者」や「ガンさん」に出会わなければ 私も今、こんなことを書いてはいない。山田吾一さんの「事件記者」と出会って新聞記者になった人は全国に大勢いた。いや、いるはずだ。

山田吾一さん、ありがとうございました。心から感謝し、ご冥福を祈ります。

 

川柳「朝囀」 原点は クラブに響いた 「バカヤロ―」    ()

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